第177話 クマルン村を離れて
「ああ、いろいろ酷い目にあったな」
親切な農夫に乗せてもらった馬車の荷車に揺られ、俺は遥かに遠くなったクマルン村のある山々を振り返った。
「酷い目にあったのは私ですよ、カインの記憶をどうやって消しさってやろうか、それを考えると今だにろくに夜も眠れませんよ」
リィルはまだ例の事を根に持っているようだ
「まあ、まあ、御魂箱の中での出来事は幻みたいなもので、段々と記憶も曖昧になってきてるんだよな」
「本当ですか? ……その顔、怪しいものですね」
「うん、まあ、多少はね」
実のところ、リィルの場合は顔面にモロとか、強烈すぎて一生忘れられないとは思うのだ。ミズハの裸踊りも思い出しただけで鼻血ものだし。
リィルがじっーーーーと睨んでいる。
その目力に負けてつい目が泳いでしまう俺がいる。
「なんですか? その気持ち悪いニヤケ顔! やっぱりそうなのですね、ふん!」
俺が目を反らしたので察したようだ。リィルはぷいっと横を向いて頬を膨らませた。
「ええと、これからどうするの? 何か計画はあるんでしょうね?」
俺とリィルに挟まれた席で気まずそうにしていたルップルップが俺を見つめた。
俺とリィルとの険悪な雰囲気を紛らわそうと気をつかったのか、珍しく明るい表情、作り笑いってやつを作っている。
「ああ、気にしなくてもいいわよ。ルップルップ。この二人はいつものことなんだから」
セシリーナは膝の上で寝ているリサの頭を撫でている。
「そうだな」
ルップルップの隣で、ミズハが農夫からもらった青い果物をシャリっと齧った。
「そうですか?」
ルップルップもカゴの中で揺れている果物を手に取って、一口かじるふりをしながら、みんなの顔を見まわした。
なんというか、妻のセシリーナと姪だというリサはカインに甘々なのだが、あとの愛人眷属だと言う二人はカインにあまり優しくない。
なぜ、そんな関係になっているのか好奇心が湧くが、なぜか怖いので聞けない。
「リサちゃんは、本当にカインの姪ですか?」
ルップルップは聞いた。
「あまり詮索はしないほうが良いぞ。知りすぎると我々から離れられなくなるぞ」
ミズハがルップルップをじろりと見た。
脅しだろうか? 秘密を知ったら逃がさないとでも? でも、野族の集団から追い出され、どこも行くあてもないのだ。
「まあ私は眷属でも婚約者でもないし。この中では唯一の他人だけどね。でも一緒に行くんだから教えてくれたって……」
ギロッとミズハが無言で睨んだ。その目に力を感じる。
「そ、そのうちでいいわ」
ルップルップは肩をすくめてみた。
うわあ、怖かった! 一見愛らしい容姿なのにミズハは言葉で言い表せない迫力がある。
それにしても、そんなに睨むほどの事なのだろうか?
どうにもこの連中はちぐはぐだ。仲間かと思えば、そうでないような雰囲気を感じる時もある。
特に魔女のミズハは異色の存在だ。湿地の魔女というだけでも珍しいが、何か秘密がある人物に思えてくる。
ルップルップは野族育ちなので人間や魔族の世界の事には疎いのである。ミズハが湿地の魔女だと言うことくらいは分かるが、魔王国の元幹部だという知識はまったくない。
ルップルップにじーーっと見つめられながらもミズハは果物を食べ尽くすと目を閉じた。
それからは誰も話をしない。
疲れからか、カインも眠ったようだ。
シャリシャリ……
ルップルップも貰った果実を一つ、また一つと齧り始めた。
ガタゴトと揺れながら馬車は進む。
街道を行き交う人や馬車が増え、周りの景色も次第に変わってきた。アパカ山脈に向かう大街道である西シズル中央回廊が近づいているのが雰囲気でわかる。
「お客さん、あそこがアパカ山脈方面への分かれ道です。あそこを西に向かえばア・クラ村は間もなくですよ。馬休み場にじきに着きますから皆さんを起こしてください」
馬車を操っている農夫が道端に立つ木の標識を指差して振り返った。
ルップルップは辺りを見回したが、起きているのは自分だけだ。カインなどは涎を流してだらしなく眠りこけている。
「ええと、みなさん、起きてちょうだい! 今日泊まる村の近くに間もなく到着だそうよ!」
ルップルップの声は良く通る。さすがは野族を率いてきただけのことはある。馬車の荷車でみんなが目を覚ました。
「カインも、ほら起きなさい! いつまで寝てる気!」
ルップルップはカインを揺すった。
「ほげ? なに? 桃なのか?」
寝ぼけたカインが目の前の大きな桃を掴んだ。
物凄く柔らかいのに弾力がある。
「ば、ば、ば……!」
目の前でルップルップが急に顔を赤くした。
「ばか者ーーーーっ!」
俺はバチーーンと頬に平手打ちを喰らって目が覚めた。
「バカだわ」
一部始終を見ていたセシリーナが額に手を当ててつぶやいた。
ーーーー農夫に礼を言って、馬車を下りた6人は村に向かった。
「おお、痛てぇ……」
俺は右の頬を押さえている。
「自業自得です」
セシリーナがちょっとすねた感じで俺を覗き込んだ。
リィルと手をつないだリサが元気良く前を歩いている。ミズハと警戒モードのルップルップは後ろから仕方なさそうについてくる。
ア・クラ村はアパカ山脈からシズル大原に向かう街道の十字路にあたる。そのため交易が盛んで村はかなり栄えている。
西シズル中央回廊の起点にもなっているので、行き交う人々は後を絶たず、もはや街と呼んでよいほど大きな村だ。
山際の緩やかな斜面に立地する村の周りには農地が広がっており、村と郊外を隔てる城壁や柵は特に無い。その中央を一直線に走る大通りは、顔や姿の異なる多くの人々で大いににぎわっている。
その通りの真ん中にいつものように立つ人影があった。
背筋をピンと伸ばして両手をおへその辺りで軽く組んでいる。それだけでもう遠目にも誰だか分かる。
その周囲に、遠巻きに男共が人垣を作っている光景にももう慣れた。
「お待ちしていました。カイン様」
道の真ん中で待っていたアリスがにっこりと笑った。
「よう! アリス」
俺は片手を上げた。
周りの男共が不意にざわついた。
「無事ご到着、なによりです」
その男の言葉に美少女が見せたその笑顔は、想像を絶する魅力と男への愛にあふれていた。
さしてイケメンでも何でもない強さの感じられない女顔の男がその美少女の心を完全に奪っていると分かったのだ。
嫉妬の炎がメラメラと燃え上がる。
しかもそれだけではない、その男が引き連れている5人だ。もう目もくらみそうな美少女や美女ばかりである。
なかでも、男に腕を絡めている美女の姿に全員絶句した。その余りにも親密な様子。察するに恋人? まさか既に妻だとでも言うのだろうか?
アリス目当てで集まっていた男共の視線が、その美女、セシリーナの容姿に釘付けになった。その美貌とスタイル! まさに生唾ものだ!
アリスも美しい。だが、彼女が醸し出す大人の女の魅力はそれを遥かに上回る破壊力だ。
容姿端麗、涼やかな女神のような美貌は一見すると清純な純潔の乙女を思わせるのに、ちょっとした仕草にあふれんばかりの大人の色気が匂うのだ。なんというセクシーさ!
あれは既に男を知ってるからこその艶だ。全身から放たれる輝くようなセクシーなオーラ、その点でその美女は間違いなく断トツの色気を放っている。
あの超絶美女をあれほどセクシーな女にしたのがあの男……
俺の周囲を黒い嫉妬の嵐が吹き荒れる。
「だ、誰なんだ?」
「神だ、女神が降臨された!」
男共の声が周囲を飛び交う。
「まるでクリスティリーナ様じゃないか?」
「貴様、いくら美しくとも、あれはあんな男の妻だぞ、我らがクリスティリーナ様を愚弄する気か!」
何だか怪しい雰囲気になってくる。
「カイン様、ご心配はいりませんわ。今片付けますので」
俺の不安を察したらしい。
アリスが片目をつむると、それだけで周囲に集まって騒いでいた男共は急に呆けたようになって散って行く。
「ありがとう。それにしてもいつもながらアリスの暗黒術は凄いな」
俺は苦笑した。
「カ、カイン! この方はどなたなのです?」
ルップルップが目の前の美女アリスの容姿に目を丸めた。
「だから、このカインは美女には恐ろしい男だと言ったでしょ? カインには私たちの他にも愛人眷属がいると話をしましたが、こちらが3姉妹のお一人、アリス様なのですよ」
リィルがルップルップに言った。
「ひえええええーーうそでしょ! この方も将来カインの妻になる方ですか! むむむ……リィルの言う通り、やはりカインは女の敵確定ね! 早く死んでほしいわ」
ルップルップはゴミクズを見るような目で俺を睨んで胸を隠した。
女神のような容姿のセシリーナは言うまでもないが、このアリスという女性も国と国が戦争をしてまで奪い合いしそうなほどの美女と言って良い。
ミズハは美しいが人間離れしていてどこか怖い。リィルははっきり言ってこの2人に比べれば子どもレベルだろう。リサは可愛いがもちろん本当に子どもだ。
それにしても、このような二大美女を妻に…………。ルップルップはカインの横顔をまじまじと見た。一体この男のどこにそんな魅力があるのか全く不明、理解不能である。
「カイン様、宿をお取りしております。イリス姉様たちも既に到着しておりますわ」
アリスが微笑んだ。
ーーーーそしてその宿でイリスとクリスに出迎えられたルップルップの衝撃はマックスに達したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます