12 西へ東へ
第176話 <<潜入、地下墓地 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
「中は一本道だけどやはり見張りはいるみたいね」
石の螺旋階段が地下に続いている。階段に緑色の血が点々と続いており、下の方からは複数の獣の気配がする。
「そうですか? でも突進あるのみですわ。行きましょう!」
ミラティリアは剣を手にして駆けだした。
「あっ、待って。慌てないで!」
サクも慌てて後を追う。
どうもミラティリアは用心深く潜入するということが嫌いな性質らしい。猪突猛進というか、どんな場面でも正面から敵にぶつかって行くタイプだ。
お嬢様なので怖い物しらずなのかもしれない。
早速、その足音に反応した奴が3匹も階段を上がってきた。
蜘蛛の体にカマキリのような上半身をしている化け物のような魔獣である。鎌はないが、全ての脚部の先が鋭利に尖っている。
最初の一匹がミラティリアに襲いかかってきた。
複数の脚で同時に突いてくる。
その爪先をかわす。
「嫌ですわ。こいつ、私と同じような戦い方をしますわ」
確かにミラティリアの使う刺突剣を複数持っているかのようだ。
ミラティリアが攻撃に転じると、正面の敵がぱっと後方に飛び退き、それに呼応するように左右の壁を駆け上がってきた2匹がサクとミラティリアを両側から襲う。
正面の敵がその隙を突いて再度迫る。
「右を!」
サクはそう言って左の敵の牙を剣で受けながら、正面の階段に丸い玉を放る。
ミラティリアが右から寄せてきた奴の腹部に一撃を与えた。
カサカサカサ…………!
正面から蜘蛛の魔獣がミラティリアに迫る。
その時、正面に白い光が生じた。暗がりに慣れた魔獣の複眼が焼かれるほどの光である。一瞬、その動きが鈍くなった。
サクは、左の蜘蛛の腹部を切り裂き、正面の奴の頭部を断ち割った。紫色の体液が飛び散る。サクが振り返るとミラティリアは最後の一匹にとどめをさしていた。
「あそこを見てください」
ミラティリアが壁を指した。
壁には紫色の体液が飛び散っていたが、天井部分にだけ付着していない。
「あそこに奴がいたらしいわね」
サクの言葉にミラティリアがうなずく。
「追い詰めましたわ。下に逃げたようですね」
「待って、一緒に行くわ」
すぐに駆けだそうとするので、サクは呼びとめて一緒に階段を下りる。
やや広い地下室にはぼんやりとした光が灯っていた。光源は天井に張られた魔法具である。サクは天井を見上げた。天井や部屋の石壁は質実剛健な造りで、装飾性はまるでない。
「天井の魔法具はごく最近付けられたものだわ。誰かがこの遺跡に住んでいるということかしらね」
広い地下室の床にも何も無い、天井や壁からはがれた岩屑すらも誰かが片づけてしまった後のようだ。
「こんな碌でもない獣を造る奴らです。お父様は不法組織とおっしゃっていましたけど」
ミラティリアは左腰に下げた短剣を抜く。
「ええ、正体不明の不法組織が交易利権の掌握を図っていると言っていましたが、どうも、ただの不法組織では無いようですね。まず人間じゃない」
そう言って剣を構える。
二人の前に複数の影が現れた。いつの間にか奥の扉が開いている。
目の前に数人の男たち、尖った耳や蜥蜴に似た風貌はどう見ても人族ではない。その男の周りに例の魔獣が姿を現している。
サクは天井や壁を見渡す。
間違いなく姿を消した魔獣が複数いる。目の前の男に注意をひきつけておき、その間に周囲に魔獣を展開させたのだ。透明な魔獣が跳びかかるチャンスを伺っている気配がする。
「ミラティリア、周りの獣のことはわかっていますか?」
サクは小声で確認する。
「もちろんですわ。魔法具がビリビリと振動しています」
ミラティリアが腰から下げていた玉石の輪は魔道具だったようだ。それが、周囲の危険を知らせている。
「わざわざ、ここに乗り込んでくるとは馬鹿な人間どもだ」
中央の蜥蜴男が口を開いた。
「あなたたちは魔族ですね。どうして魔族がこの大陸にいるのかしら?」
サクはそう言いつつ脳裏にあの妖艶な魔族の美女を思い浮かべた。間違いなくあの女が関わっている。
「魔族と知って、まだ闘う気でいるのか? 無知で下等な人族はこれだから困る。人間が何百人いようとここにいる我らの誰一人も倒す事はできないと知るが良い」
その男は片手を差しだすと手の平を開いた。
急にミラティリアがふらついた。
サクが抱きとめ、仮面の奥から男を睨んだ。
男が片手を上げる。
「!」
サクはミラティリアを抱えたまま壁際に跳ぶと、曲剣でそれをなぎ払った。緑色の血が飛び散る。
「ほう、良く我が術から逃げたものだ。だが、後がないぞ。魔法に抵抗する道具か何かを持っておるのかもしれぬが、所詮それだけのこと、たった一人で何ができる?」
蜥蜴男たちがニヤニヤと笑っている。
サクは意識が朦朧としているミラティリアをそっと壁際に下ろした。
正面に透明な獣が徘徊している気配がある。いつ跳びかかってきてもおかしくない。
サクは一瞬目を閉じ、開いた。その瞳が緑色に変わっている。
追い詰めた獲物を前に蜥蜴男は眼を輝かせる。
「殺せ! 死体は喰らって良い! 骨まで残すな!」
蜥蜴男が叫んだ。
サクを目がけて何匹もの獣が一斉に跳びかかる気配がした。
人間の女がズダズダに引き裂かれ、許しを請いながら死んでいく姿が目に浮かぶ。
周りの蜥蜴男たちも笑う。
ギャルウウ!
ギャン!
目の前で透明化していた数匹の獣が、血反吐を撒き散らして、壁にぶち当たった。
その血反吐を全身に浴びた蜥蜴男の笑みが固まった。
何が起こったのか理解が追い付かない。
大きな影が二人の女の前に立ちはだかって荒い息を吐いている。
さらに何かが次々と階段を下りてくる。
蜥蜴男はその姿に目を見開いた。
透明な獣を噴き飛ばしたのは、大きな猿のような魔獣である。
「堕砂猿、蟷螂蜘蛛、何だ? 何が起きている?」
蜥蜴男たちの前に、自分たちが作った魔獣が現れた。だが、その姿は異様である。堕砂猿は胸に大量の血をこびりつかせ目は白目である。蟷螂蜘蛛も腹が裂けて内臓が出ている。
驚愕の表情を見せた蜥蜴男の前で、女に跳びかかろうとした透明獣が蟷螂蜘蛛に刺し貫かれ、堕砂猿の凶暴な一撃をくらって天井まで吹き飛んだ。
「何をしている! お前たち! 気が狂ったのか!」
そう言って仲間の蜥蜴男の方を振り返る。
そいつは手に何かの小箱を取り出し、開いて、首を振る。
「マバ様、こいつら、既に死んでおりますぞ!」
「ば、馬鹿な! 敵に操られているに違いない、早く支配権を取り戻せ!」
「やっていますが…………何度やっても、やはりこいつら、死んでおります」
ボズッと鈍い音がして、最後の一匹が堕砂猿の拳に腹部を抉られて倒れた。
「ば、馬鹿な、透明獣が全滅だと!」
「マバ様、何か恐ろしい事が起きています。奥にお逃げください。ここは我々が食い止め……」
剣を抜いた蜥蜴男の手が止まった。
「どうした?」
マバが怪訝な顔をした。
「いません……」
「何がいないのだ?」
マバが辺りを見渡す。
狂った堕砂猿と蟷螂蜘蛛がこちらを取り囲むようににじり寄る。
「死んだ透明獣がいないのです、あれが……」
ジュボ! と音がして、何の前触れもなくその男の首が飛んだ。
「!」
突然、周囲の仲間が次々と悲鳴を上げた。
「ぎゃー!」
「うわっ! マバ様!」
バリバリと骨を砕く音と咀嚼音。
何もいないのに喰われている。
「!」
マバは即座にその状況を理解した。
首が無くなっても立っている体を突き飛ばし、奥に逃げ込むと、バン! と扉を閉じて鍵を掛ける。
透明獣だ!
堕砂猿らに倒されたはずの透明獣が襲ってきたのだ。
「馬鹿な、支配は完璧だったはずだ。敵に操られるはずはない……」
「それは、生きているうちの事でしょう? 死んだのなら別ですよね?」
ふいに脇から、あまりにも美しい声がした。
マバは背筋が凍った。
「誰だ!」
暗闇の中に仮面が浮かんだ。
一体いつの間に入りこんだのか。外にいたはずの女が立っていた。仮面の奥の目が妖しく緑色に光っている。
「き、貴様! 本当に人間か? 闇術、死人の兵? まさか、まさか、お前はまぞきゅ……」
蜥蜴男の首が落ちた。
サクは曲剣の血を振り払う。
「大丈夫? ミラティリア?」
サクはミラティリアを抱き起こした。
「どうしたのでしょう? 急にひどいめまいと幻覚が」
「敵の精神攻撃を受けたのよ。私は対抗するすべを知っていたから無事だったわ」
ミラティリアは頭を振って立ち上がった。
まだ少しふらつくようだ。
「サク、貴方が全部片付けてしまったようですね」
足元に倒れている蜥蜴男を見て、ミラティリアが振りかえった。一瞬サクの目が緑色に見えたが錯覚だったのか、いつもの瞳が見つめ返している。
「それにしても、ここは何なのかしら? 何かの実験室のようですわね」
二人は部屋から出て通路を進んだ。
たくさんの扉が左右に見える。
「扉の向こう側に魔獣の気配がします。おそらくここで魔獣を合成する実験をしていたのでしょう」
そう言って、サクは通路の奥の豪華な扉の前に立った。
「ここは?」
「墓室の一つのようですね」
サクは扉に刻まれた紋章を指でなぞった。
「古代の英雄の眠る墓の一つかもしれませんわ」
ミラティリアが少しわくわくしている。
「鍵はかかっていない」
サクは扉を押し開いた。
中から濃い香の匂いが漂った。
確かに元は墓室だったのであろう。だが、遺体を収めた棺は既にその台座には無く、代わりに王座を思わせる豪華な赤いイスが置かれている。その色はあの女を思い起こさせる。
「ここは一体何かしら?」
ミラティリアが周囲を見渡した。
サクは壁際でほとんど塵と化している男の死骸を見下ろした。
「とにかく、悪だくみをしている連中の拠点のようね。ミラティリアはその戸棚にある書類や手紙を全部持ち出して頂戴。これで奴らの息の根を止められそうだわ」
そう言って、サクは机の引き出しを開ける。その奥にあった小箱が目に止まる。
「これは契約の箱か? どんな命令を受けたか知らないけれど中身は碌なものじゃないはずね」
サクはその箱を床に置いた。
「何かするの?」
ミラティリアが興味深々で覗きこむ。
「私たちの国に手を出したらどうなるか、思い知らせるのよ」
そう言ってサクは曲剣を両手に持って振りかざす。
ミラティリアが始めてみるサクの魔法だった。
曲剣が白い光で輝く。魔法の名前こそ知らないが、それが強大な聖なる魔法であることぐらいミラティリアにも分かった。もしかすると光術と呼ばれる高次魔法かもしれない。
サクは聖なる魔法の使い手だったのね! 思いがけない事実に喜んでしまう。
その目の前で剣が振り下ろされた。
箱が砕かれ、中の黒い珠に剣先が触れると破裂音と共に珠が砕けちった。
その衝撃は珠の持ち主と、それを与えた者に激しい頭痛をもたらし、珠が砕かれた事を知るのである。
「ここを燃やして撤退するわよ。ミラティリア!」
サクは叫んだ。
「ええー。もったいないですわ。調べれば素晴らしいお宝があるかもしれませんし」
「だめよ」
珠を失ったと知れば、敵は焦って動くはずだ。あらゆる局面が急展開するだろう。ここで時間をつぶしているヒマはない。
「ええー。そんなあ!」
「ここにあるのは危険な実験とその犠牲者よ。みなを天に帰しましょう。それに、こいつらは本気で戦争をするつもりだったようね。この奥に魔鉱石や火薬が一杯の部屋があるようだわ。その火薬を使いましょう」
二人は通路を戻る。
「でも、二人だけでここを破壊しますの? 準備に何日かかるかわからないですわよ」
「大丈夫よ」
そう言うと、サクは鍵のかかっていた扉を押し開いた。
広間には魔物たちの死骸があるだけだ。
そう思っていたミラティリアは目を疑った。
「準備はできております。姫様」
そこには大柄な騎士が立っていた。余りに大きな体躯のせいで隠れて見えなかったが、その背後には十人以上の凛々しい騎士が整列している。どうみても異国の騎士だ。サンドラットの盗賊仲間には見えない。
「御苦労でしたマッドス。先に連絡したとおりです。みなでこの拠点を破壊しますよ」
「はっ!」
騎士たちが溌剌と動き始めた。どの男も良く訓練されているらしく動きが良い。しかもイケメン揃いである。元々、あわよくば自分の血縁の者をサティナの夫にと目論んだ貴族が選りすぐりの美男子を送り込んでできた部隊である。
砂漠の街では見かけないほどの美形の騎士に囲まれてミラティリアは少し顔を赤くした。
「サク? この方たちは? 貴方は一体、何者ですの? 本当にサンドラット?」
塔の入口から出ると、ミラティリアは振り返った。
「騙して御免なさい」
そう言って、サクが仮面を外す。
ミラティリアは息を飲んだ。時間が止まったようである。
神殿に飾られた美の女神の絵画を思い出した。
まるでその絵から抜け出てきたのではないだろうか。そう思えるほど美しい顔立ちだ。
その神秘的な黒髪が風に舞う。
「黒髪の姫……まさか」
「ドメナス王国のサティナです。これからもよろしくね、ミラティリア」
大きな衝撃がミラティリアを襲う。ドメナス王国の姫に対して試合を申し込んだり、こんな危険な冒険に付き合わせたりしていたのだ。
「これはサティナ様、知らぬこととはいえ、たいへん失礼をいたしました。この罪は私一人のもの、バーバラッサの街の者や父には関係がありません」
ミラティリアは即座に片膝を地につけ頭を下げた。
「何を言うの。罪なんか一つもないわ。あなたのおかげで敵の拠点を見つけることができたのよ。これが今回の戦争にどんな影響を与えるか」
「?」
「今、貴方は歴史の流れが変わるその瞬間に立ち会っているのよ。よく見ておく事ね」
「姫、準備はできましたよ」
さきほどの大男が顔を出した。
「姫、お客人、こちらの馬をお使いください」
別の騎士が馬を二頭連れてきた。
「よし、それではあの岩場まで退避よ!」
サティナは叫び、馬に乗る。
騎馬の一団が砂塵を巻き上げて疾駆する。
「あんた、運か良いな! 姫にだいぶ好かれているぞ」
マッドスがミラティリアの馬の隣を走る。
「好かれて?」
「姫があんなに嬉しそうな顔をしているのは久しぶりだ。あんたと姫は何か運命の糸で結ばれているのかもしれない」
「運命の糸だなんて、顔に似合わない言葉をお使いになるのですね」
「がははは…………!」
二人の馬はサティナの隣に止まった。
「まもなく発火します」
騎士がサティナを見上げる。
「さて、見ものですな」
マッドスが言った。
その直後だった。火が竜のように天に登った。
大地を揺るがし、凄まじい爆音が全員を襲う。巨大な岩陰に隠れているものの、その岩すら砕けそうだ。
ようやく暴風が吹き去ると、塔のあった場所に大きな窪地が出来ていた。砂の中にはまだ石壁が見えるが、端から崩れ、砂に埋もれていく。
「これでいい。さあ、バーバラッサに戻りましょう。バドンズ・メーロゼ氏に話があるのよ」
そう言うとサティナは手綱を掴んだ。
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