第368話 双国の結婚式
再臨した魔王オズルを撃退して半年が経った。
やるべきことはたくさんあった。
俺は聖都クリスティの屋敷を拠点にして、中央大陸、東の大陸と飛び回って懐かしい仲間たちに無事を報告し、これまで置き去りになっていた様々な手続きを済ませた。
そして各地にいる妻の元を巡って存分に夫の務めを果たしたあと、婚約者たちには男のけじめとして正式に結婚を申し出て、各家の祝福を受けて彼女たちを妻に迎えた。
ドメナス王国でもサティナ女王の王配になる事が正式に認められ、我がアベルト家は弟のライアンが跡を継ぐことになり、しかも家格も上流貴族家と肩を並べるまで引き上げられたのである。
リ・ゴイ王国とドメナス王国ではさっそく女王の結婚式の準備が進められることになった。
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そして、ついに今日、この日を迎えたのだ。
聖都クリスティは祝賀ムード一色に染まり、王宮前広場には数十万の市民があふれかえっていた。
その大歓声が今や物凄いことになっている。神殿での厳かな式が済んで王宮のバルコニーから新王家のお披露目なのである。
「なんだか俺には場違いな気がするな?」
俺は正装をして、隣で微笑む純白のウエディングドレス姿をしたリサを見た。手作りのウエディングブーケを持って俺に寄り添うリサは本当に美しい。もうため息が漏れる。
「ほら、私ばかり見ていないで、カインもみんなに手を振ってくださいよ。みんなが新しい王家を歓迎しているんですから」
「王家か……ガラじゃないよ」
「何を言っているのよ、これが1回目のお披露目なのよ」
反対側からサティナが覗き込んで微笑んだ。
そのウエディングドレス姿がまた美しい。俺は両手に花どころではない、二人とも超絶美花なのである。
サティナも誰もが絶句するほど奇麗だ。もう何も言えない。
俺は鼻の頭を掻いた。
二人の花嫁はそれぞれの大陸で一番と言われる美女だ。前から分かっていたけど、それでも凄い。凄すぎて直視できない。
これはリ・ゴイ王国とドメナス王国の女王が行う史上初の合同結婚式なのである。
双国を掛け持ちで女王の夫になるというのも前代未聞だが、しかも海を越えた二つの大陸の国の王配で、魔導通信の記事には双国王カインとまで書かれている。
今日は聖都クリスティで結婚の式典が開催されているが、一週間後には今度は王都ドメナスティに場所を変えて同じ式典が行われることになっている。まさに歴史に残る結婚式なのである。
まさかあの時、サティナ姫から逃げて船に乗った、その挙句の果てに、このような未来が待っているとは神ですら想像もできなかっただろう。
全てが奇跡の連続だった。
その奇跡を共に旅した骨棍棒とボロ長靴は風下に置かれた祭壇の上で異臭を放っている。
その祭壇を飾る旗の紋章は新たに俺が女王リサから拝領した家紋である。
王家を守る盾を背景に、中央にそそりたつ骨棍棒、その両脇にボロ長靴がデザインされている。
いかにも俺らしい紋だが、ちょっと遠目には起立する骨棍棒と丸みを帯びた左右の長靴の造形が俺の股間の魔王に見えてしまい、乙女が赤面するのが難点だろうか。
俺たちの背後には、礼装で着飾った美しい妻たちがずらりと並んでいて注目を浴びている。どこから見てもいずれ劣らぬ美女ぞろいなのである。
転移門が完成したため、遠距離でも容易に行き来できるようになったので全員出席だ。
マリアンナは双子の兄妹、カインジュニアとマーリアを連れており、セシリーナはクリスティスを連れている。俺の視線に気づいて3姉妹が手を振るが、クリスはなぜか既にお腹が大きくなっている。ゴホン……。
俺は魔王オズルによって異世界に閉じ込められていたが、3姉妹は俺の手がかりとなるわずかな痕跡を辿って俺の居場所を見つけてくれたのだ。
俺を救ったその唯一の痕跡が、時空を超えて漂ってきた長靴の悪臭だったらしい。
何だか微妙な話である。
やはりあのボロ長靴はただのゴミではなかった。強烈な悪臭を放つゴミ以上の何かだ。
それが俺をあの異世界から帰還させ、あの魔王オズルすら撃退した。あの長靴の正式名称が祝福されたボロ長靴と言うのは本当だったのだろう。
それはともかく、時空を超えた果てにある異世界に侵入するだけで魔力が空になるほど消耗した3姉妹は、異世界から脱出する特殊魔力を回復するまで数か月に相当する期間を要した。
その間、俺は彼女たちが土魔法で作った屋敷で生活したのである。
異世界の閉ざされた空間に、あそこが狂戦士化した俺と俺を誘惑する美しい妻の3人が閉じ込められたのである。
やることは決まっていた。
三姉妹と再会したその日に俺はクリスと結ばれ、その後数か月、俺の魔王は無双状態で彼女たちの上に君臨したのだった。
やがて三姉妹の魔力が回復し、異世界を脱出するため時空の門を開く準備をしていたイリスがあの魔王オズルが再臨することを察知したのである。
せっかく元の世界に戻っても奴にめちゃくちゃにされたのでは意味がない。
そこでイリスが作戦を立て、奴が出現する数日前にこの世界に戻って密かに準備を進めてきた。
こうしてようやく戻ってきてみると、異世界では数か月しか経っていないと言うのに、この世界では既に3年もの歳月が流れていた。
リサは18歳になって美しい大人の女性に成長していた。当然サティナは19歳の美女になっていて、知らせを聞くや転移門から飛び出して抱きついてきたサティナに俺は心底惚れなおしたのである。
やがて式典は順調に終了し、俺たちは王宮に戻った。
護衛の先頭を行くのは15歳になって大きく立派になった美少女騎士ラサリアである。
挨拶されてその成長ぶりに感激したばかりで、彼女がいずれ俺の妻に加わりたいと願っていることはまだ知らない。
王宮では他国の来賓や新王国の重臣たちがその庭園に集まって立食パーティを開いている。もちろん俺たちの仲間や友人、そして妻たちの姿もある。
俺はリサとサティナを左右に侍らせて美しい花の咲き誇る庭園に足を踏み入れた。
真っ先に有能な賢臣で妻のリイカが鋭い目つきでこっちを睨んでいるのが見えた。
そう言えば昨日、外交の件で相談があるから時間を作って、と言われていたのを忘れていた。うん、これは忘れたままでいた方が良さそうだ。
「カインーーっ!」
一か月前に結婚したばかりのカワイイ新妻のエチアが満面の笑みで俺を見つけて手を振っている。その隣にはジャシアがいる。
エチアは、ベビーカーに乗せた四つ子をあやしているジャシアと一緒にケーキを食べてご満悦の様子だ。
旅から帰ってきた恋人の姿を見た時のエチアのうれし泣きの表情はおそらく永遠に忘れられない。
エチアが俺の胸に飛び込み、その声に気づいたジャシアが家から飛び出してきた。
その草原の家で二人は俺の帰りを待っていてくれたのだ。二人とも本当に大切な妻だ。
特別席にはリィル夫妻と語らう女王ミズハとゲ・ロンパの姿があった。
俺に気づいてリィルが微笑み、しとやかに手を振った。
どこの御令嬢かと思うほど可憐な立ち振るまいとその洗練された容姿が美しい。
とてもあの盗賊職のリィルと同一人物だとは思えない。
「姫さまーーーーっ!」
突然飛び出してきて、花嫁姿のサティナの前で号泣し始めたのはドメナスの騎士マルガである。
彼はずっとサティナの配下にいた苦労人だそうだ。既にだいぶ酔っているらしく、「あのお転婆の姫さまが、ううう……」と感情が押さえられないようだ。
「マルガ、ありがとう……」と優しくその肩に手を置いて微笑むサティナが美しい。マルガの背後にいる近衛騎士たちも二人の主従の様子に感激して目を潤ませていた。
美しいドレスを着たミラティリアとルミカーナの二人はサンドラットと東の大陸の話題で盛り上がっているようだ。
サンドラットは数日前からこっちに来ており、俺たちは久しぶりに大いに飲み、そして語りあった。
サンドラットの後ろにいる美しい女性たちは彼の妻たちだ。妖精族の美女ニーナを筆頭に既に6人、歌姫のメロイアさんの姿もある。その中で一番歳が若そうに見えるメーニャという美女は赤ちゃんを抱いていた。
蛇人国からは、正装したドリス女王とそのお供の野族夫婦が顔を出しており、3姉妹とルップルップが何か楽し気に話をしている。
ドリス女王の後ろにはメイド服の美女たちが立っており、野族の男はなんだか背後にいる目つきの鋭い美人メイドを非常に気にしているように見える。
始めて見る顔だが、妙に気にかかる。俺の視線に気づいたのかそのメイドが不意に顔を赤くした。もしかして俺みたいな男がタイプとか言うんじゃないだろうか?
そんなミサッカの反応を見てアリスが微笑したことに俺は気づかなかった。
俺の実の弟であるライアンの周りには3人の美女の姿がある。ようやくあいつも妻を娶る気になって俺の代わりにミスタルの実家を継ぐことになったらしい。
あの3人は婚約者なのだが、そのうちの一人はなんとルミカーナの従妹だそうだ。その彼女はジャシアの子どもたちに気づいて抱っこさせてもらうと、エチアとジャシアの二人と楽し気におしゃべりを始めた。
東の大陸で自分の工房を構えたクラベルは、女騎士ソニアと俺専属の密偵になった元暗殺者のマグリア嬢に新しい武器の売り込みの話をしている。
さすがクラベルは商魂たくましい。彼女が実は銀髪の湿地の魔女だと知ったのは結婚してからだ。初めての夜でその姿を見せられた時は仰天した。
美しい女騎士のソニアもリサが出場した星姫様コンテストに出たあのソニア嬢だったということも、結婚当日に判明した事実だった。
俺たちは軽く挨拶をしながら中央の赤い絨毯の上を進んだ。
奥に見えるテーブルを準備して「こっちよ!」と手を振っているのはナーナリアとマリアンナだ。
内緒で俺たちの特別席の飾りつけをしていたようだ。
何をやらせても上手なアナがマリアンナの子どもに手伝ってもらって最後の仕上げの花を飾った。
俺たちは勧められるまま、その席についた。
「みんな幸せそうですね」
俺の隣にセシリーナが立って俺のカップに茶を注いで微笑んだ。クリスティスはお気に入りのセ・リリーナを見つけて遊びに行ったらしい。
「君はどうなんだい?」
「私はカインと一緒に居ればそれだけで幸せですよ」
そう言って不意に頬にキスをした。
「まあ、新婚の妻の前ですよ、セシリーナ」
それを目撃したリサが頬を膨らませた。
「ずるいわ」
そう言ってサティナも俺の頬にキスをした。
「はははは…………」
笑顔が王宮を包みこみ、優しい春風が舞い上がっていった。
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