第367話 魔王再戦5 ーひとつの決着ー

 「空に逃げてしまいました。どうします兄さん?」


 ライアンがちょっとつらそうな表情をして、右肩を押さえながら近づいてきた。さっきの魔王の攻撃で負傷したらしい。


 「ちっ、チャンスだったんだけどな」

 そうは言ってはみたものの、これが今できるベストの状態だろう。みんな満身創痍だし、奴を倒し切る手段もない。


 現状ではリサたちから奴を遠ざけるのが精一杯なのだ。


 それに戦ってみて改めて分かったが、俺とライアンでは魔王オズルは倒せない。

 もしもうまく倒せたとしても、堕ちた闇術師は魂が残っていれば何度でも復活するらしい。奴を根本的に倒すにはその魂が自然消滅するまで封印する必要がある。


 「こ、この恥辱忘れぬぞ! 貴様、二度三度と! お……おのれっ! もはや絶対にゆるさぬ!」

 空に浮かんだオズルの目が怒りに燃えている。


 いかん、これは火に油という奴だ。

 奴は上空に巨大な魔法陣を描き始めた。


 どうやら広範囲魔法で一気に俺たちを片付けるつもりになったらしい。


 広範囲魔法は主に戦争で使われる魔法で、術式の展開に時間がかかるため発動中が弱点になり、守り手がいない状態で使うことはまずない。


 だが強力な攻撃魔法が使えない俺たちが相手なら問題はないと考えたのだろう。その考えは正しい。セシリーナは矢を撃ち尽くしてしまったし、魔女も倒れて回復していない。奴の術式が完成するまでバルコニーにいる俺たちには手出しができないのだ。


 だが、俺は冷静だ。

 まさか、俺がこの時を待っていたとは思うまい!


 「今だ!」

 俺は片手を大きく振り上げた。


 (始めてくださーーい!)

 その瞬間、俺の意図を汲んだたまりんが頭上でピカッと強い光を発した。俺の思いを乗せた思念波が波紋のように競技場に広がった。


 (攻撃開始!)

 するすると音もなく黒い触手が三方向から空に向かって伸びていく。


 「ムッ! なんじゃ、これは!」

 魔王オズルがそれに気づいた時には触手が蛇のようにオズルを絡め取っていた。


 直後、凄まじい大爆音が轟いて、魔王の頭上で展開を始めていた邪悪な魔法陣が凍った花火のように粉々に砕け散った。


  

 「何なの? セシリーナ! あれは何が起きてるの?」

 リサが身を乗り出した。


 観客席に三人の魔女がいる。

 黒い触手はその足元から伸びている。


 「カイン、あれは誰です? もしかして?」

 セシリーナがバルコニーの端まで出てきた。


 「まあ、見てな」

 ニヤリと笑った俺の隣で二人の目が丸くなった。


 三人が大きな魔女帽を同時に脱ぎ捨てた瞬間、リサとセシリーナが息を飲む!


 「イリス!」

 「クリスとアリスもいるよ!」

 懐かしい美人三姉妹がそこにいた。

 

 「みんなカインと一緒に無事に戻って来ていたのですね!」

 セシリーナがカインの横顔を見た。

 「ああ、彼女たちが俺を異世界から連れ戻したんだ」

 カインの表情は爽やかだ。


 その顔を見てセシリーナはドキッとした。異世界でどれだけ鍛錬を積んだのか、久しぶりに見るカインの横顔は一段と男前になった気がする。思わず顔が火照った。


 鍛錬と言えば、それは三姉妹も同じだ。

 異空間から戻ってくるまでの間、カインの妻としてどれだけ充実した日々を送ったのか。


 三人とも立ち振る舞いが大人びて、立ち上る色香とともにその美貌とスタイルにはさらに磨きがかかっている。


 とくに何というか、その肌の色艶や魅惑の腰つきから夜の営みの素晴らしさと満足具合が伝わって来るようだ。その三姉妹の変化に気づいたセシリーナが誘うようにほんのり興奮した表情で俺を見つめた。


 (気を付けろ! 魔王オズルは何をしてくるか予測できない奴だ)

 俺は三姉妹とたまりん回線で意思を通わせている。こんな便利な感覚共有ができるとは知らなかった。


 (ええ、わかってます)

 (これ便利ですね、驚きました)

 (アリス、余計なことを考えない、やる!)


 「「「邪霊捕縛! 滅!」」」

 三姉妹の声が競技場に響き渡り、触手を青紫色の光が走った。


 「うがああああああーーっ!」

 その光に焼かれ、魔王オズルが絶叫した。


 体が透けて骨が見えるくらいの光に包まれてもがいている。


 「やはり魔王、しぶといわ!」

 「ええ、これに耐えられる魔人がいるなんて驚きです!」

 「油断禁物! 続けて!」


 さすがは魔王、奴の体を守っていたオーラは消失したが、まだ消滅しそうもない。


 「おのれ……三姉妹か……。気配を消して隠れておったか。だがまだじゃ、この程度では……」

 魔王オズルは両手の拳を握り、触手を逆に曳き始めた。


 まだ抵抗する力を持っているらしい。


 (何か仕掛けてくるぞ! 気を付けろ!)

 俺が心の中で叫んだ瞬間、魔王オズルが両手を動かした。


 「虫けらの存在で、侮るなっ!」

 魔王オズルが指から炎系の何かを放った。


 (お姉さま! 避けて!)

 アリスの声が脳内に響いたと同時に、爆音と黒々とした煙が湧きあがった。

 

 観客席に大きな穴が開いている。


 (大丈夫か! イリス!)


 (やりましたわね!)

 攻撃を受けたイリスは空中に逃げて無事だったようだ。イリスはちょっと煤けた顔を拭って眉をひそめた。


 「これは仕返しです」

 イリスは触手にさらに力を込めた。ぎりぎりと触手が魔王の肉体を締め上げる。


 「ここからは逃がしませんよ!」

 アリスも反対側から触手を手繰り寄せた。


 「あなたの悪巧みはここで全て終わらせます!」

 クリスが睨んだ。


 「き、貴様ら……! 暗黒術使いは本質は我らに近しい、人々から忌み嫌われ、山中に追われた一族のくせに……」

 オズルが唇から血を流した。


 「我が一族を侮辱することは許しません!」

 イリスが叫んだ。


 バリバリ! と触手の光がさらに強まった。


 魔王オズルの抵抗力が下がってきたような気がする。もうじき、魂が分離する!


 その時だ、不意に競技場の一角が青白く光った。転移ゲートが開き、真魔王国からの兵、ゲ・ロンパたちが姿を見せた。


 ついに援軍が到着したのだ。これで魔王オズルを倒せる! 誰もがそう思った。


 しかし魔王オズルの様子は妙だった。

 うつむいて何かブツブツ言いながら手を動かしている。まだ何かする気だろうか?


 「くくっ、われはまだ運があったようじゃ」

 オズルがニヤリと笑みを浮かべ顔を上げた。その手の平にはいつの間にか黒い珠が握られている。


 「お姉さま、あれは邪魂の珠です!」

 クリスが叫んだ。


 かつて純真な白魔導士だった魔王二天のニロネリアを闇に堕とすためにも使われたという二対の邪悪な呪いの魔具である。


 闇の力に傾倒した蛇人族の元暗黒騎士が作り上げたもので、恐ろしい呪いがこめられている。

 その堕ちた暗黒騎士との戦いで、三姉妹の叔父である王弟が犠牲になった。その因縁の魔具がまだ残っていたとは!


 だが、どうしてその最後の一つを魔王オズルが所有しているのか。


 三姉妹の調査では魔王オズルは闇術を使うが、教団には属していなかったはずだ。

 あれを入手できた方法がわからない。あれを最後に所有しているのは教団の最高幹部だったはず……。 


 「気づいても遅いわい!」

 黒い珠が無情にもゲ・ロンパたちに向かって投げられた。


 そこには魔王と戦うために選ばれた真魔王国屈指の魔法使いたちが集まっている。あれに触れただけで、魂を抜き取られ魔王の意のままに操られてしまうのだ。


 今、この場で彼らの誰か一人でも魔王オズルの手駒になったら不味い。まして万が一、ゲ・ロンパやミズハが触れたりしたら最悪だ。


 「まずい! させないっ!」

 クリスがとっさに瞬間移動し、その槍を振った。


 突如、大気を揺るがす轟音と衝撃が俺たちを襲った。ゲ・ロンパたちの目の前でその黒い珠は打ち砕かれた。


 多くの者を惑わせ、道を誤らせてきた邪悪な珠の最後の一つが大音響とともに爆散した。その飛び散った破片すらもクリスが暗黒術で消し去っていく。微細な欠片すらも残したら不味いものらしい。


 (しまった! 逃げました!)

 不意にアリスの声が頭の中に響いた。


 今の衝撃を利用して魔王オズルが逃げた。触手の檻の中は既に空である。


 「くそっ、魔力を消耗し過ぎたわい。この勝負はお預けじゃ! 次はお前たちに邪魔されない未来じゃ」


 上空に転移した魔王オズルの全身が黒い闇に包まれ始めた。だが、まだ数本の触手がその足に絡みついている。


 「逃げる気ですよ!」

 「させるもんですか!」

 イリスが触手を手繰り寄せたが間に合わない。


 ガッ!! と辺り一面を照らす光が生じたかと思うと、次の瞬間には目標を見失った触手がゆらゆらと虚空を漂っていた。


 邪悪な闇の圧力は拍子抜けするほどあっけなく消失している。そしてそれは、今この世界から奴が消えたことを意味している。


 「またも逃げられてしまったか……」

 最後にゲートから姿を見せた女王ミズハが空を見上げた。


 今回はこれで決着だ。本当の決着は未来へ先送りしてしまった形になる。


 どうやらこちらの転移ゲートが現れるタイミングを予測されていたようだ。未来視なのだろうか。奴を倒すには奴が未来を視えない状態にする必要もありそうだが、次に奴が現れるのはどれだけ先の未来になるのか。


 競技場に降り立った真魔王国の兵たちはバルコニーの上を見上げた。そこにはミズハに手を振る懐かしいカインの姿がある。


 「バカ者め、帰って来たか。みんなをこんなに心配させおって、本当に困った男だよ」

 ミズハはつぶやきながら安堵感にほっと胸を撫でおろした。やっと世界の歯車が動き始めるのだ。


 カインが英雄シードを持つことはもはや疑いようがない。いずれカインの子どもたちがこの戦いに決着をつけるだろう。


 そのために奴には子づくりに励んでもらわねばならない。リサ女王やサティナ姫、三姉妹の子どもならば間違いなく勇者に育つ。その中には私の魔法を受け継ぐだけの力を持つ者もいるはずだ。


 ミズハは表情を緩めてカインに手を振った。

 

 その瞳にカイン抱きついていく二人の姿が映った。それを祝福するようにカインの周囲を光の玉が飛び回っている。


 「あれはカインだよな? あいつ、やっと帰ってきたんだ。よかったな、これでようやくリサ女王もサティナ姫も一安心だな」

 ゲ・ロンパが笑顔でミズハの隣で剣を収めた。


 「ああ、サティナ姫たちにもすぐに教えてやらなければね。多分、転移門でふっ飛んでくるだろうな」

 ミズハは微笑んで肩をすくめた。


 もう、なんだか未来は想像できる。


 サティナ姫の事だからまた夜這いするだろうか?

 でも、今やサティナ姫もすっかり大人だ。多分カインの想像をはるかに超えた美女になった。それはリサ女王にも同じことが言える。


 二人に夜這いなんかされたら、その魅力に間違いなくカインの理性は吹っ飛ぶだろう。

 覚醒したベッド上の魔王を前にしてサティナやリサがどうなるか。その運命やいかに。もう想像しただけで赤面ものである。


 旅の最中、あのセシリーナですら毎晩毎晩、凄かった事を思い出す。


 「どうした、ミズハ、顔が赤いぞ」

 ますます赤くなったミズハの肩をゲ・ロンパが抱き寄せた。

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