第366話 魔王再戦4

 「もはや魔王オズルらしい戦いぶりなど、どうでもいいわい。これでどうじゃ!」

 魔王オズルは片手に込めた黒い魔弾を撃ち放った。


 その威力はリサを守る魔女たちを一撃で吹き飛ばした。凄まじい衝撃波で周囲の空気が巻き込まれて渦を巻いた。


 息をつくひまもない一瞬の出来事だ!


 三人がかりのあの防御魔法を瞬時に消し去るとはなんと言う威力か!


 「ヤバいわ!」

 しかも今はリサは丸腰で何一つ武器を持っていないのだ。

 魔王にはカリスマ系のスキルは効果が無い。リサの鉄壁の防御スキル ”甘えん棒” も武器が無ければ有効にならないのだ。


 闇の歯車のようなものが魔王オズルを軸に回転しながら周囲を覆い始めた。初めて見るがあれは闇の防御術だろう。


 「魔王オズルの目的はリサ女王よ! 私たちとの戦いを避けて、さらって逃げる気なのよ!」

 サティナの幻影が張り付いている俺は女言葉で叫んでいる。


 「兄さん! リサ王女を守るんだ! うわっ!」

 駆け寄ろうとするが、回転する歯車の闇の風圧に押し戻されてしまう。こうしている間にも魔王オズルがリサ女王に近づいていく。

 

 「ダメっ、カイン! 矢も弾かれるわ!」

 セシリーナが放った矢が魔王オズルの闇の歯車に当たって弾かれた。


 ミズハが作らせた弓から放たれた矢には闇術を無効化する強力な加護が付与されている。

 しかし、歯車は回りながら内部から次々と新たな闇を発生させ、矢が当たった部分だけちょっと欠けたかと思うとすぐに元にもどってしまうのだ。  


 「近づけない! どうするの! ライアン!」

 「真上はどうかな、兄さん? もしかするとあの歯車の軸になっている奴の頭上なら、防御が薄いんじゃないか?」

 「なるほど、真上ね! あれが小型台風のような渦なら、台風の目を狙うってわけね」


 (カインさまーー、支援ーーしますかーー?)


 (ありがたい! たまりん!)

 俺はたまりんとの感覚共有で奴の動きの先が読める。魔王がどのようにリサ王女に近づくか、その歩みが見える。


 「魔王! リサに手を出すんじゃないわよ!」

 俺は叫んで、魔王めがけて渾身の力で骨棍棒を放り投げた。サティナモード状態だ。その威力は大盾すら打ち砕く!


 奴は時間の流れを操れるようだが、こっちもたまりんが先読みさせてくれている。


 骨棍棒は燃え上がった。空気との摩擦で発火したのだ。灼熱に染まった骨棍棒が猛烈な勢いで魔王に迫る。


 「バカか? そんなコケ脅しが当たると思うか? これまで戦ってきて、それすらもわからぬか」

 飛んでくる骨棍棒に気づいた魔王オズルが不敵に笑った。


 サティナモードのあの激しい剣撃で致命傷を負わせることができなかった相手だ。俺だってそんな事くらいで奴にダメージを与えられるとは思っていない。


 だが、こいつはすぐに傲慢になる。

 相手を見くびる癖がある。


 俺の攻撃はショボい。ヤケクソに骨棍棒を投げたように見えるだろう。そう、奴が言うようにその攻撃が「そんなもの」であるならばなおさらだ。

 

 その瞬間が訪れるまで、魔王オズルは己の闇術に絶対の自信をもっていたのだ。


 「!」

 そう、奴の目の前で、真っ裸の美女リサが「うっふん!」と艶めかしく微笑むまでは……。


 「なにょ?」

 魔王は噛んだ。間違いなく噛んだ。


 それほど衝撃だった。

 闇の歯車の内側に突然真上から美女が落ちてきた!


 しかも魔王ですら目が釘付けになるほどの、この世のものとは思えぬ完全無欠の美。

 その神がかった揺れる美乳に思わず魔王の手が伸びた。


 (はいはい、男としてその気持ちはよーく分かる。しかし、だからって何も魔王にリサの裸を見せることはないだろ! リンリン!)

 

 (何のことでしょう?)

 リサに化けていたリンリンがさっと逃げた。


 「消えた?」

 残像を残して消えた美乳を揉み損ね、指が空しく動く。


 だが、魔王オズルよ! リンリンが化けた全裸のリサに魅入られたのがお前の運の尽きだ!


 ドボスっ!


 「むげぇえええっ!」

 魔王が内股になって燃え上がった股間を抑えた。灼熱の骨棍棒が見事に魔王オズルの股間に命中していた。


 全裸のリサに一瞬魔王の集中が切れて闇の歯車が消えかかった。そこに俺の真っ赤に焼けた骨棍棒が直撃したのである。もちろん、これはたまりんの先読みの力の手助けによるものだ。


 「ぐおおおぅ、熱い! 抜ける、タマが抜ける!」

 魔王オズルは燃え上がった股間にとっさに魔法で水を吹きかけ、両手で股間を押さえながら膝から崩れ落ちた。


 股間が焼けて服に穴が開いた。しかもそこだけ濡れたのでまるでお漏らししたみたいだ。これはかなり格好が悪い!


 「凄いぞ! 兄さん!」

 「まあね!」

 俺の ”勘違い骨棍棒” は最強か? さすがはクリスが強化しただけのことはある。


 「兄さん、ボケっとしないで畳みかけるんだ! このチャンス、逃してはためだ!」

 ライアンが叫んだ。


 「わかっ、びゃあっ!」

 わかったわ! と言うつもりが、先に俺の身体に限界がきた。なんでこのタイミングで、と思うがどうしようもない。いきなりサティナモードが切れた!


 「ぎゃあああ、骨が軋む! 筋肉痛が襲い来るう!」

 ピシパシ、ピシパシ!

 サティナモードはふだん使わない領域まで全身の筋肉を酷使する。その反動が凄いのだ。急にヨレヨレになった俺に何をしているんだよ、という表情でライアンが急ブレーキをかける。


 「いいから俺に構わず魔王に攻撃を!」と叫んだ俺の目の前をライアンが黒々とした重たい風の塊に弾き飛ばされ、吹っ飛んでいった。

 

 「ライアン!」

 急に立ち止まった所を狙い撃ちされたらしい。

  

 「ぐぬぬぬぬ、おおおおっ!」

 顔を歪めた魔王オズルは人差し指から煙を上げている。

 奴も我慢どころを学習したらしい。ライアンが心配だが、今の俺に吹き飛ばされたライアンを確認している余裕はない。


 片手の指から放った闇術でライアンを吹き飛ばし、魔王は股間を隠した情けない内股姿で立ち上がって俺をにらんだ。


 かなり奴の憎しみを稼いだらしい。

 その凶悪な眼には俺を八つ裂きにする光景が映っていそうだ。


 凶暴な肉食獣の前に裸で立っているようなこの感覚、かなり久しぶりだ。


 心臓の音だけが響いてくる。

 血流が早い。

 俺の全身の筋肉はとっくに限界を超えてしまっている。

 全身大筋肉痛である。

 サティナモードが切れた今、奴に対抗する手段はもはや俺には残されていないだろう。


 頼りの骨棍棒は奴の足元に転がっているし、短剣一本の俺が奴を撃退するのは絶対に不可能だ。


 どうすべきか? 考えている間にも奴がじりじりと近づいて来る。復讐に燃えた表情だ。血に飢えた眼、その吐く息づかいまで恐ろしい。


 (ああーー、がんばったけどーー、ここまでですかねえーー)

 たまりんの声が頭の中に響いた。


 (呑気にあきらめないで何かないか! 武器もこんな短剣しかないんだ。どうすればいい、たまりん!)

 (魔法なんてーーどうですかーー使えましたよねーー?)

 (俺の水鉄砲かよ! あれはしょぼい立ちショ……みたいな威力なんだぞ! 知っているくせに)

 (あきらめが悪い人ですねーー。武器もない、魔法もない。だったらーー残りはそれしかーーないじゃありませんかーー)


 これは俺とたまりんだけの高速思考会話である。

 瞬きするくらいの時間でかなりの話をすることができる。このくらい出来なければたまりんとの感覚共用などできない。

 

 でも閃いた!

 確かにたまりんの言う通りだ。

 俺にはまだこれがあった!


 「兄さん! 奴がそっちにっ!」

 「カイン、逃げて!」

 「危ない!」

 ライアンたちの叫びが凍り付いた。


 助けに入ろうと一斉に動いたが、魔王オズルの攻撃速度はライアンたちの理解を越えていた。


 死ねぇい! このアホめ! 魔王オズルはそんなセリフを言ったような気がした。


 不味い!

 一瞬で間合いを詰められている!

 奴の邪悪な瞳の光が残像を残し、瞬きする暇もなく目の前に奴の顔が現れた。


 「兄さんっ! 避けろ!」

 ライアンの悲鳴にも似た声が響いた。

 魔王が放った信じられない速度の爪の一閃! サティナモードの消えたカインがよけられるはずもない。凄まじい一撃が疾風と共に駆け抜ける。


 やられた!

 死んだ! 

 首が飛んだに違いない!


 「ぶっ、ぷぅぁああ!」

 だが、次の瞬間、妙な声を発し、大きく仰け反ったまま弾け飛んでいたのは、なんと魔王オズルの方である。


 一体何が起きたのか?


 目を丸くしたライアンたちの前で俺は魔王と激突した反動で長靴を片手に持ったまま背中から床に叩きつけられた。


 「な、何という臭い、おぇええええ!」


 そう、魔王オズルが鬼気迫る顔で迫り来た瞬間、奴の鼻柱にボロ長靴を押し付けてやったのだ。


 いや、正確に言えば、脱ぎたてホカホカの臭いボロ長靴に向かって奴の方から勝手にぶつかってきただけなのだが……。俺はたまりんの先読みで、奴が来る予想位置に長靴を突き出していただけだ。


 だが、どうだ!

 これが俺の最終兵器の威力だ!

 自慢じゃないが俺の蒸れたボロ長靴は凄まじく臭い! 


 異世界の凶悪な魔獣が尻尾をまいて逃げ去ったほどだ。

 三姉妹が迎えに来るまで、あの凶悪な異世界の荒野で生き延びられたのは、繊細な嗅覚を持つ魔獣がボロ長靴の得も言われぬ悪臭にびびったからだ。


 「どうだ魔王! たとえ魔法も剣も効かなくても、この俺の足の臭いには耐えられまい?」

 

 「ゲホッ、ゲホオオオっ! おぇえええ!」

 思いっ切りむせながら、ついに魔王オズルは空に逃げた。


 口や鼻を何度も手で拭っているが涎が酷く、目もボロボロと涙目だ。鼻腔から侵入した猛悪臭が粘膜にからみついてとれない。


 あれだけの勢い迫って、ここぞと深く息を吸い込んだ瞬間に俺の足の臭いを胸いっぱいに吸い込んだのだ。

 肺が腐ったかもしれない。

 哀れな……思わず奴に同情してしまいそうだ。


 ええーー、どれだけ臭かったの? とセシリーナたちが俺を見た。魔女たちまで鼻を押さえながらゴミでも見るような目つきで目を細めた。

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