第365話 魔王再戦3
「魔王、こっちだっ!」
ライアンが魔王の注意をそらそうと剣を振りかざす。魔王を相手にするのだ、もちろんただの剣ではない。サティナの剣ほどではないが相手の魔力を吸い取る貴重な魔剣である。
「てぇりあああ!」
ライアンの渾身の一撃が魔王オズルを背中から叩き斬った!
だが、その鋭い切っ先に手ごたえは無い、剣はオズルの形をした闇を切っただけだ。
魔剣の威力で真っ二つに裂けた黒い霞が風に乗って消えていくと、後にはセシリーナが命中させた矢だけが落ちていた。
カインの前にいたのは闇の塊に過ぎなかったのだ。
ライアンがハッと振り返ると魔王の本体がライアンの後方に出現する。
「ライアン、こいつも幻影を使うぞ、気を付けろ! 闇術だ」
「今の移動は闇術とはちょっと違うかもしれませんよ、兄さん!」
「ふふふ……、あれを幻影程度にしか考えられないとは。わしの偉大さに気づかぬバカ者どもだが面倒な奴らじゃ。ならばこれならばどうじゃ?」
魔王オズルの姿が消えた。
どこだ!
「きゃあっ!」
カミーユの悲鳴があがった。
いつの間に移動したのか、魔王オズルがカミーユを抱き抱えて、その首元に爪を食い込ませている。
「抵抗するな、わしはリサ王女を手に入れさえすれば良いのじゃ」
そう言って魔王は魔女に守られているリサ王女の方にゆっくりと近づいていく。
「この卑怯者め!」
セシリーナが矢をつがえたまま叫んだ。今は撃てない。撃てば魔王はカミーユを盾にするだろう。
「兄さん……」
ライアンが人差し指と親指をパチパチ合わせて俺に目配せをした。
「ああ、わかった」
あれは左右から挟み込んで同時攻撃しよう、という意味だ。昔、よく二人でアベルーロ高地に行ってウサギ狩りをして遊んだものだ。
俺は骨棍棒を握り締める。
さっき魔王オズルとやりあえたのはまぐれではない。たまりんたちの支援もあるが俺自身も以前とはちがう。
俺が飛ばされた異世界は空気が薄く、俺はそこで生き延びるため様々な経験と鍛錬を積んだのだ。
あの世界で日替わりでイリスたちを一晩中天国に行かせるのに、どれほどの鍛錬が必要だったか。だが、それがこうして俺の戦闘力を大きく引き上げている。
俺とライアンは魔王オズルの爪先がカミーユの喉に食い込むのをにらみながらじりじりと間合いを詰める。
「抵抗しても無駄じゃ」
魔王オズルも俺たちの意図に気づいているだろう。抵抗するなと言って大人しくしている連中ではないことくらい承知で言っている。
奴にはまだまだ余裕がある。おそらく本気は出していない。久しぶりにこの世界に出現して、体が慣れるまでのお遊び感覚なのだろう。だが、その傲慢さが命取りになる。
(やってくれリンリン!)
俺は魔王オズルの頭上に音もなく近づいた紫玉に向かって心の中でつぶやいた。
俺の指示とつぶやきは、たまりんとの感覚共有で瞬時にたまりんを経由してリンリンに伝わる。
声に出さずともリンリンやあおりんに指示ができる。どうだ! 女湯のぞきで鍛えた感覚共有の成果がこれだ!
イタッ、たまりんから頭を殴られるような感覚アタックが来た。余計なことまで共有してしまった。
(おほほほ……! 見てなさい! 出番ですわ!)
リンリンの言葉が俺の頭に響いてきた。
「ふうっ!」
魔王オズルの耳元にリンリンが息を吹きかけた。実際の息ではないが、リンリンの言葉は、身震いして思わず飛び上がるような、とてもこそばゆい感覚を生じさせる!
「うッ! なんだ!」
魔王オズルが思わず耳を手で叩いた。虫でも飛んできたと思ったのだろうか。
だが、今だ!
隙ができた! チャンスだ。
「てぇりゃああ!」
「おおっ!」
俺とライアンは猛然と魔王オズルに向かって突っ込んだ。
「小癪なことをしおって!」
魔王オズルは少し苛立ったが、遅い! 確実に俺とライアンの攻撃のどちらかは魔王オズルに命中するタイミング。絶対に魔王は逃げられない!
そう思った瞬間、目の前の空気が歪んだ。
(まーおーうーのー周囲のーー時間のーーの流れがぁーー遅くなってーーますよーーーー)
たまりんの声がのびのびに響く。
しまった!
魔王がカミーユを突き飛ばし、突進したライアンとカミーユの体が交差しぶつかったかに見えた。
ライアンは進路を変え、しっかりとカミーユを受け取めていたが、同時攻撃は失敗だ! 奴は時間の流れを遅くして逃げる時間をつくったのだ。
目の前に魔王オズルがニヤニヤ笑みを浮かべ俺を待ち構えている! そこに飛び込むのは無謀だとは理解している。
だがもうダメだ。勢いがついているので、そう簡単に俺の体は止まらない。
俺はライアンとカミーユを横目で見ながら、「うしゃああ!」と奇声を上げ、上段から骨棍棒を振り下ろした。
「ホレ!」
魔王は片足を上げただけである。
ドボス! と異音がした。
魔王オズルが蹴り上げた足が突進した俺の股間にめり込んだ! 自爆である。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!
ゴロゴロゴロ……!
股間を押さえ俺は苦悶の表情で無言で床を転がった。
「アホが! さっきのお礼じゃ。くくく……どうじゃ、痛いじゃろう? ほーれ!」
魔王オズルが悶える俺の腹をさらに蹴り飛ばした。柔らかい腹部に尖ったつま先がえぐり込んだ。
腹を破られなかったのは、あおりんの幻影防御でわずかに狙いが反れたためだろうか。
「ぶ、ぐはっ!」
俺は吹っ飛んで壁に背中からぶち当たった。すぐ隣にはドンメダが壁にめり込んで白目を剥いている。
二人仲良く壁に磔だが、俺だけ内股なのがカッコ悪い。
「カインーっ!」
「兄さん!」
ああ、ライアンとセシリーナたちから引き離された。リサは魔女たちに守られているが、そんなに心配そうな顔をするな。大丈夫、生きてるよ。
魔王オズルは……? と見回した瞬間、俺はなぜか総毛立った。
どこにもいない?
ヤバい! ぞっとした俺は反射的に壁から体を引きはがした。
刹那、たまりんからの視覚情報が脳内に閃き、俺はわずかに右に身体を傾けた。
その頬をかすめ、凄まじい衝撃波がよぎって魔王の手刀が俺の頭部があった位置の石壁を貫通していた。
ドーーン! という鈍い音は後からきた。
奴は俺を先に始末する気になったらしい。
パラパラと石が砕け散る中、俺はたまりんが上空から伝える映像を頼りに魔王オズルの攻撃を避けて床を転がり回った。
たまりんの視認領域の端からライアンが血相を変えて駆け寄って来るのが見える。セシリーナが何か叫びながら次々と援護射撃をしているが魔王は後ろに目でも付いているのか、まったく命中しない。
「くそっ!」
床を弾むように転がった俺に、一瞬で先回りした魔王オズルがその両手の爪を光らせた。
間に合わない!
たまりんの視覚情報からもその絶望的な状況がわかる。
ライアンの援護も、セシリーナの矢も、魔女の防御術も、魔王の一撃で俺の首が飛んだ後になる!
「人を散々コケにしおって、その首を切り落としてやる!」
魔王オズルが放った一閃が俺の首を切り落とす!
キィーーン! と甲高い金属音が大気を震わせた。
「な、なんだと!」
攻撃を仕掛けたはずの魔王オズルが一歩後退するほどの衝撃音がした。
その爪が首を叩き切る直前、俺の目の前にサティナの幻影が立ちふさがって、片手で爪を払い飛ばした。
これは、サティナモードの発動だ!
(加護、サティナ姫身写しモードを発動中…………)
四方からの多重音声で響いてきたのは例のしぶいジジイの声だ。即座に加護紋から放たれた力が俺の身体を乗っ取り、一瞬全裸になった俺に、足元から巻き付くように光が走りサティナの姿が重なっていった。
魔法少女爆誕! みたいな感じだが、変身シーンで男の全裸を見て喜ぶ者は少ないだろう。
「馬鹿な! あの女がここに? いやこれは影か! 貴様、なんという呪いを隠していたのじゃ!」
魔王オズル、いやゾルラヅンダの眼をもってしてもカインという男の能力が見えなかった。見ようとするとケバケバしい女装をした気色悪い筋肉質の男の霊がちらちら重なって邪魔をしてくる。
「カインに害成す者よ、滅しなさい!」
目を剥いた魔王に俺の短剣が迫った。相変わらずサティナモードになると言葉づかいも女っぽくなるが、野太い男の声だというところがなんとも気持ち悪い。
「うおおっ、気色の悪い奴め! ぐっ!」
仰け反った魔王オズルが一瞬で斬り裂かれ、血が飛び散った。
俺は右手に骨棍棒、左手に短剣である。サティナ姫が得意とする剣を中心にダメージを積み上げ、怯んだところに骨棍棒の大ダメージを与える。
サティナ姫の姿をまとった俺が魔王オズルを追い詰めるのをセシリーナたちが呆気にとられて見ている。
「グボッ!」
魔王オズルが血を吐いた。
短剣をかわした奴の腹に唸りをあげた骨棍棒がめり込んだ。強烈な打撃にメシッと骨が砕ける音がした。
物凄く痛い気がするだけではない。サティナモードで本物の破壊力が出ている。
「ぐおおっ……」
ドサリ、カインの姿に重なる美少女の凄まじいパワーとスピードの前に魔王オズルが初めて膝を地につけた。
「兄さん、一緒にこいつを倒すぞ!」
そこにライアンが戦闘に加わってきた。サティナ姫の弟子であるライアンは当然サティナの動きに合わせるのが得意である。
「てぇやああああ!」
「逃がしませんわ!」
二人のあまりに鋭いコンビネーション攻撃に魔王オズルは次第にバルコニーの端に追い込められていった。
本当の魔王オズルであれば、こんな二人の猛攻でもほとんどダメージは与えられなかっただろう。だが、本来闇術師であるゾルラヅンダが魔王オズルのふりをしてその戦闘スタイルを真似するのには限界があった。
肉体はオズルであっても戦闘経験が違うのである。それが、このような苦戦を呼んでいる。
それならば本来の戦い方をするだけじゃ。
魔王オズルが微笑んだ。
何かする気だ!
二人が感づいた瞬間、俺とライアンの同時攻撃が鋼のような闇術の盾に弾き返されていた。
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