第364話 魔王再戦2

 チーサの体に見る見るうちに切り傷が増えていった。


 魔王オズルはあのサティナ姫ですら苦戦した強敵である。たとえ彼が優秀な騎士でもやはり一対一で戦うのは無謀だった。


 仲間の泥豚族の魔女たちも魔王オズルの放つ負のオーラからリサ王女たちを守るので精一杯で加勢することができない。


 「いけない、なんとかして彼を助けないと!」

 今動けるのは私だけだ。セシリーナはよろよろと立ち上がって弓を探した。


 あった! 少し離れた床に転がっている。


 「援護するわ!」

 セシリーナは弓を手に取って振り返った。


 「あ!」

 だが、少し遅かった!


 床に開いた大きな穴の縁にあった石材の破片を踏んでしまい、チーサがわずかに体勢を崩した。ほんのささいな構えの崩れだが、それを見逃すほど魔王は甘くは無い。


 「死ねえええーーっ!!」

 もらった! 

 魔王オズルの目にはわずかな先の未来で首から血を噴水のように吹き上げて倒れる男が浮かんでいる。


 そう、そしてそれはもはや現実!

 この爪を振り降ろすだけだ!

 魔王オズルは愉悦の表情を浮かべ、トドメをさすべくその床の大穴を飛び越える。


 その時だった!

 壊れた床の下で何かが動いた。


 魔王が大穴を飛び越した瞬間、ひょこっ! とモグラのように穴から顔を出した奴がいる。

 

 そいつが肩に担いだ骨棍棒は、またもや魔王が大きく開いた股間を真下から突き上げた! 嫌な手応え、大激突!


 ちーーん!

 これはもう見事なくらいの直撃!


 ぐぶぁっ! 愉悦の表情が一転硬直し、口から汚い唾を吹く。魔王は口を三角に開いてスローモーションのように崩れ落ちた。


 「ぐああああああっ!」

 次の瞬間、凄まじい痛みが局部から脳天に駆け抜けたような気がした。もはや不能になりそうな、得も言われぬ痛みだ!


 「おお、ライアンじゃないか! 良くがんばったな。後は兄貴にまかせるんだ」

 俺は魔王オズルと死闘を繰り広げていた弟のライアンに手を振る。


 「「カ、カイン!!」」

 セシリーナとリサが同時に叫んだ。


 信じられない!

 だが、どうみてもその顔はカインである。

 魔王オズルが連れ去って行方不明になったカインがひょっこりとそこに現れた!


 どうも魔王の幻術で騙されているような気もするが、この間抜けさだ。

 今までの息を飲むような真剣勝負を一瞬でギャグに変える絶妙なタイミング。

 こんな登場ができるのはカインという男しかいないだろう。


 「まったく、遅いよ。兄さん。おかげでこっちは酷い目にあったよ」

 ライアンと呼ばれたイケメンの男は埃を払いながら立ち上がって、カインの手を取った。


 「よっこいしょ」

 カインがライアンに穴から引き揚げられた。 


 「そうか!」

 セシリーナはなるほどと唸った。

 なんとなく彼から懐かしい雰囲気を感じたのはカインの弟だったからだ。


 ライアンと言えばカインの実の弟でサティナ姫が目をかけている超優秀なドメナスの騎士だったはずである。


 カインの弟であればリサの新たな婚約者に選ばれても安心していられる。そう思ってサティナが密かにチーサという偽名で送り込んでいたのだ。


 チーサが最終選考まで残り、優勝しそうな勢いだったのも当然だ。サティナ姫の愛弟子が他の候補者に後れを取るわけがない。セシリーナは並んだ兄弟の姿を見て納得した。


 「カイン!」

 呆然としているセシリーナの隣からうれしさ大爆発状態になったリサが飛び出してカインに思いっきり抱きついた。


 「おおっ、リサ! リサじゃないか! うん、きれいになったな!」

 俺は涙目のリサを抱きしめた。リサはもうすっかり大人の女性だ。美人すぎる!


 「リサも結婚できる歳になったのよ」

 「そうか、うん、美人さんだ」


 「リサと結婚してくれる?」

 「もちろん結婚するぞ、約束だからな。そのために戻ってきたんだ」

 頬を流れるその涙をぬぐうと、頬を染めたリサが無言で俺の唇に唇を重ねる。


 そのぽわぽわの胸の感触が凄い。いつの間にか中央大陸一のセクシーさと謳われたセシリーナ顔負けの抜群のスタイルになっているようだ。


 俺が時間の止まった居空間にいた間に、こっちでは3年以上の年月が経っていた。リサももう子どもではない。俺が23歳でリサがまもなく19歳、いつの間にか歳の差がなくなって結婚するにはちょうど良いくらいになってしまった。


 「カイン……」

 「セシリーナ、君も無事かい?」

 俺はセシリーナに片手を差し出した。


 「カイン! 私も会いたかった! 会いたかったわ!」

 セシリーナも子どものように抱きついてきた。俺の胸に二人の熱い思いが伝わる。かけがえのない二人だ。俺は愛おしい二人を思い切り抱きしめた。


 俺はついにこの世界に戻ってきた。

 二人の温もりを感じながら、俺は改めてそう思った。


 時空流の中でオズルに突き落とされた弱肉強食のあの異世界で生き延びられたのは奇跡に近い。


 たまりんたちすら呼び出せない世界で、俺の身を守ったのは骨棍棒とボロ長靴の悪臭。

 そしていよいよ絶対絶命という時に発動したサティナ姫との婚約紋の力、いわゆるサティナモードの発動だった。俺は彼女たちがいたからこうして生きているのだ。



 「ゴホン! 兄さん、感動の再会中のところ悪いがこっちが先でしょう?」


 ライアンは、床を転がりながらも体の周りに防御魔法を張っている魔王オズルに剣先を向けている。


 「確かに、問題はこいつだよな」

 俺は二人からそっと離れると骨棍棒を構えた。


 一見カッコいいポーズを決めたようだが、妙に腰が引けているのはリサの胸の感触に加え、セシリーナの胸の谷間が目に焼き付いてしまい、久しぶりに俺の魔王が目覚めたせいだ。


 「ぐおおおっ……、おのれ、またも貴様か。あの異空間からどうやって戻った? いや、どうしてお前の一撃は魂が抜けそうになるほど痛いのか、よくわからん……、ぐぬぬぬ……」

 唇を噛んでへの字口の魔王が俺を見上げた。


 いや、それ勘違いだから。とはさすがに言えない。


 「わしを愚弄しおって」

 魔王オズルがよろよろと立ち上がって口元を歪めた。


 「兄さん、来るぞ!」

 「みんな力を貸してくれ!」

 俺が叫ぶと、ポウポウと周囲に光玉が現れた。懐かしい金玉たちだ。俺が閉じ込められていた異世界では呼び出すことはできなかったのだ。


 「たまりん、視覚情報連動! あおりん、幻影防御! リンリンは奴の気をそらせ!」


 「なんだか、だいぶ久しぶりですねえーー」

 「とっくに死んじゃったかと思っていたのですけれど」

 ピカピカ!


 「ふん、貴様があの時の精霊使いじゃったか? だが小細工をしても無駄なことだ! 死ねっ!」


 「兄さん! よけて!」

 「え!」

 ハッと気づいた瞬間にはアッと言う間に魔王オズルに間合いをつめられていた。

 首元に迫る刃が風を斬り裂き、爪が冷たい色を放った。


 うおおっっ、やられる!


 「カイン!」

 カインが反応できる速さじゃない!


 ガキィン!

 だが、まぐれか? カインの骨棍棒が奴の爪を防いでいる。実はあおりんの幻影術で助かったのだが、それには誰も気づいていない。


 「当たれっ!」

 刹那、放たれたセシリーナの矢は見事に奴の右腕に突き立つ。


 「グオっ、当たったじゃと?」

 魔王オズルが初めて顔をしかめた。

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