第369話 未来へ続く道 ー最終回ー

 あの魔王オズルがどのくらい先の未来へ逃げたのかは誰にも分からない。


 奴の最後の言葉が本心なら俺たちの次の時代なのかもしれない。いずれにしても奴が再び現れたその時こそ、最終決戦になるだろう。


 そのための準備は必要だが、中央大陸の激動の時代はようやく終わりを迎えたのだ。


 今しばらくはこの平和を甘受しながら、油断なく次の戦いに備えなければならない。



 俺も、史上初、大陸を跨いだ二つの王国で王配になってしまった。ゴシップ誌いわく、王女たらしの双国王カインである。


 だが、この先俺が何をやらかすのかまだ誰も知らない。



 「よし、これで良いかな?」

 俺は、漬け起きしていた長靴の洗剤を洗い流し、パッパッと水を切った。


 これは祝福のボロ長靴と言うらしい。

 名前からしてたぶん幸運が物凄く上昇する加護がついているに違いない。


 いくら洗っても汚れは取れないし、穴も開いたままだが、前よりも風格が出てきた気がする。


 「紋章のデザインになったが、いっそ新王国王家の初代家宝に認定しようかな?」


 そんな冗談を思ってしまうほど、俺とリサを支えてきたボロ長靴なのである。


 家宝を盗みに入った盗賊が、宝箱を開けた瞬間にその悪臭で失神するというのも罠っぽくて面白いかもしれない。 


 「父上ーーっ! こっちです!」

 「パパーーっ! 見て!」

 「一緒に遊んでぇ!」


 花が咲き乱れる美しい庭園の奥から大勢の子どもたちの楽しそうな声が聞こえる。あれはみんな俺の子である。


 正妻は全部で20人になった。


 既に貴族の義務は果たしたことになるが、王族ならまだまだなのだそうだ。今後、真魔王国や周辺諸国との絆を深めるため政治的に側室として迎えねばならない女性も多いらしい。


 昨晩も遅くまでリサとセシリーナがリイカとなにやら密談をしていたので、こっそりたまりんを潜り込ませてみた。


 テーブルに広げられた書類を覗くと、側室候補の5人の名前が記載されていて、来年にもゲ王家の御令嬢と森の妖精族のフローリアという二人の美しい乙女を側室として迎え入れる計画があるらしい。

 

 今現在、ここ中央大陸にいる妻は、リサ、セシリーナ、エチア、イリス、クリス、アリス、ジャシア、ルップルップ、アナ、リイカ、ラサリア、ソニア、マグリア、ミサッカである。ラサリアは先月18歳になって結婚したばかりの新妻だ。


 東の大陸には、サティナ、ナーナリア、マリアンナ、ミラティリア、ルミカーナ、クラベルの妻がいる。

 

 屋敷はリ・ゴイ王国にあるが、転移門が実用化されたのでどこにいても気楽に行き来できるようになった。おかげで妻問婚も楽になったのである。

 

 今日も東の大陸からみんなが遊びに来ている。庭園ではリサとサティナが仲良く子どもの面倒を見ながらお茶を準備しているところだ。


 「カイン、来て! ロアが陛下に魔法を使って見せるそうよ!」

 エチアが笑顔で手を振った。

 俺とエチアの長男であるロアが、うんうん唸りながら真っ赤な顔をして両手を前に突き出している。


 「ええっ、その歳でもう魔法が使えるようになったのか? 今行く!」

 俺は駆け出した。


 子どもの成長ぶりを見ずして父と言えるか。


 どうも俺の子どもたちは俺に似ずみんな優秀なのだ。

 これが英雄シードなのだろうか。


 そうかと思うとセシリーナの子のクリスティアは王立学院の幼児部屈指の女たらしで、既に数人の女の子を引きつれているらしい。


 しかもリィルの娘のセ・リリーナ嬢に至ってはいったい何をしたのか、既に一人目の婚約者なのである。


 うーーむ、これは誰の遺伝だろうか?



 俺が立ち去った後の庭先に干された汚い長靴が風に揺れている。


 ぷぅーーん……

 不用意に近づいてきた蠅がそのあまりの臭いに慌てて逃げて行った。


 「これを家宝にするって言ってましたけど、あの人ったらまさか本気なのでしょうか?」

 お盆にお菓子を乗せて現れたミサッカが鋭い目でボロ長靴を見下ろした。




 ーーーーーーーーーー 


 輝かしき聖なる都クリスティの中央広場、そこに一つの石碑が運ばれてきた。周りではネルドル工房の職人たちがせわしなく石碑を建てる準備をしている。


 「本当にここにこんなのを建てていいのかい? シリーナ?」


 「女王様の許可は得ているらしいわ。それよりも約束の時間なのに相変わらずクラエスとアリサは遅刻なのよ」

 「まあ、あいつらだからな。クリス叔母様とアリス叔母様からきつく叱ってもらっとくよ」


 「アイリス! おひさー-!」

 獣耳をぴくぴくさせながら現れたのはジャニアだ。


 「ジャニアも呼ばれていたんだな? まったく父上は心配性なんだよな。いくら真魔王国のミリア王女たちが急に立ち寄る事が決まったと言ったってね」


 「警護も兼ねて、近くにいるみんなに声をかけたらしいんだぜ。他のみんなもまもなく来るんだぜ」


 「あいかわらず元気一杯だな? いい事でもあったか?」

 「毎日良い事ばかりなんだぜ! 会えてうれしいんだぜ、アイリス!」

 ジャニアはがばっとアイリスに抱きついて再会を喜んだ。


 「魔王討伐戦以来ですね。ジャニア。ロアは一緒じゃなかったの?」


 「お久しぶり、シリーナ。あいつは弟のカッインと一緒に母のエチア様の護衛として北方鉱山の魔物退治に出かけているんだぜ」


 三人が久しぶりの再会に賑やかにしていると、そこに豪華な王家の馬車が横づけした。


 「おっ、われらの王女様が先にご到着だぞ」

 アイリスがさっそく出迎えて馬車から降り立った美女を恭しく迎えた。


 その姿を見て、立ち入り規制されている工事現場を取り巻いていた人々が一斉にため息を漏らした。


 おそらく今、この大陸一の美少女と言って良い。


 リサ女王の輝くばかりの美貌をそのまま受けついだリーシャ王女だ。


 王女の登場に、その姿を一目見ようと野次馬が周囲に集まってにぎやかになってきた。


 リーシャ王女と一緒に顔を見せたのは、長兄であるクリスティアとシリーナの双子の兄であるセクリーエである。


 二人は護衛を兼ねて王女を迎えに行っていたのだ。


 「おや、カリエス王子はご一緒じゃなかったのですか?」


 「それが、お兄様はこっそり王宮を抜け出してダップダップと野族の村に狩りに行ってしまったの。困ったお兄さまだわ」

 リーシャはため息をついた。

 

 そうこうしているうちに、真魔王国の王室専用馬車が姿を見せた。空中を浮遊する優雅な馬車はさすがに魔法の発達したお国柄を思わせるものだ。


 到着した馬車から姿を見せたのは、銀髪の美男美女である。


 ミズハ女王の代わりに国賓として偶々聖都クリスティを訪問していた二人はリーシャ王女たちの出迎えを受けた。


 やがて、魔王討伐戦を戦い抜いた勇者たちが見守る中、二国の王子と王女は互いに持ち寄った手の平に乗るほど小さな石箱を、石碑が立つ台座の窪みの中に収めた。


 二つの石箱が格納されると自動的に神聖魔法が発動したようだ。淡い光が窪みの中からほのかに放射され始めた。 


 「この世界に平和と安寧をもたらす碑となれ」

 「人々に幸あらんことを願います」

 二人の王女の言葉に集まっていた人々は一斉に拝礼した。


 人々が見守る中、ゆっくりとその石碑は持ち上げられ、巨大な岩をくりぬいて作られた台座に据え付けられた。


 「これでようやく完成だ。なんだかんだ注文をつけてだいぶ手直しさせられたからな、今日はカインに一杯おごってもらうぞ」

 ネルドルは額の汗をぬぐった。


 「あいつ、この前も王宮を抜け出して工房に来てたわよ。ほら、例の新商品を見て商人魂が騒ぐ、とか言ってね」 

 ゴルパーネがネルドルにタオルを手渡した。



 式典が終わって、完成した石碑の周りに十数人の人影が集まって来た。


 「ねえ、サーニャお姉ちゃん、これには何て書いてあるの?」

 幼い男の子が騎士の装いをした少女のスカートを引っ張った。


 「これはね、魔王討伐の記念碑なの。ほら、一番上に世界を救うため目覚めた神竜様の絵が刻んであるでしょう? 世界が平和でありますようにってね」


 「そうだぜ。邪悪な魔王とその軍団を倒した俺たちの名前が刻んであるんだぞ、すげえだろ? ええと、お前はスザ・ラングラット・アベルティアだったか?」

 そう言って幼い男の子の頭を撫でた。


 「ゲ・ラアーナ兄さん、私たちだけで戦ったわけじゃないんです。あまり偉そうにしないでください」

 ミリアがゲ・ラアーナを肘で小突いた。


 二人は真魔王国の王子と王女、つまりミズハ女王の子どもである。

 

 「神竜さまって、あの大神殿の? ねえ、何て書いてあるの? ミリア姫様、読んで、読んで!」


 「ええっ? 人の名前が書いてあるだけですよ……この一番上は魔王との戦いで活躍した40人の勇者を輩出した有名なアベルト家の記録ですよ。もちろんスザちゃんのお母さんのことも書いてありますよ、ほらここにラサリアって」


 「へえ……。あっ、ここにもヘンテコな長靴の絵が彫られている!」

 

 「ああ、これは王国の家宝を表したアベルト家の家紋ですよ」

 「僕のペンダントの絵と同じだよ!」

 

 「そうですね。それでここから下には王家出身の勇者が刻まれているの。ラマンド王家、メルスランド王家、ドメナス王家、アケロイ王家、リ・ゴイ王家……」


 「最後は貴族家と諸家の勇者ですね。セ家、ボロロン家、セメン家、ムラジョウ家」

 文字をなぞっていた指が止まった。


 「一番最後、ここにも何か刻まれているよ。あれ? ミリア様、泣いてる?」


 「いいえ、泣いてませんよ。目にゴミが入っただけです。スザは優しい子ですね」

 少女は懐かしいその文字を指でなぞった。


 「……ここにこれを刻す、ドゥリス・ド・メラドーザ二世」

 ああ、これは魔王討伐に旅立った日にドリス様が記した記録を元にした碑文なのだ。


 「蛇人族の女王ドリス様と同じ名前なんだね!」

 スザが目を丸くした。

 「そうですね」

 その瞬間、風が舞い、少女は優しく微笑んだ。



 ーーーーーーーーーー


 月日は流れ、穏やかな日常風景の一部になった石碑は誰が気に留めるでもなく、天辺に止まった鳥の糞が碑面に垂れている。

 文字はだいぶかすれてしまっているが、今でもかつて世界を救った勇者の名が刻まれている。


 大都市になった聖都クリスティの中央ロータリーは今では摩天楼の中のちょっとした公園になっている。周囲の道路には大小様々な魔導車がひっきりなしに行き交っており、石畳の歩道に設けられたカフェテラスで寛ぐ人々の姿も多い。


 雨上がりのまぶしい光の中、どこからともなく姿をみせたその少女は弾むように緑の公園に駆け込むと、石碑の前に立った。


 破れたちょっと大きすぎる長靴を片足づつ逆さにして、中に入った雨水をパッパッと慣れた様子で水切りをすると、今では誰も読めなくなった文字を一つ一つなぞっていく。


 「カイン、セシリーナ、リサ、イリス、アリス、クリス……。あっ、ここにボザルトって後から彫ったのは誰だったかな?」


 少女は懐かしそうにその英雄の碑に手を添えて微笑むと、胸に下げた古びた槍のネックレスをぐっと握りしめた。


 「また会えたね」

 汚れを拭きとりその最後の文字を優しく指でなぞった。


 その時、背後で大声がした。


 「おおい、ドリスーーっ! 待たせて悪い! 今から冒険に出発するぞ。博物館から盗まれた”建国勇者の骨棍棒”ってのを探して欲しいそうだ! 依頼だぞ!」


 「ごめーーん! 遅れちゃった!」

 二人の美男美女が駆けてきた。

 

 「クリスティナ! アイエス! 大丈夫、私も今来たばかりだから慌てないで!」


 そう言ってドリスは笑顔で振り返ると少し大きめの古びた魔女帽をかぶり直した。



 FIN




---------------


ついに最終回を迎えました。

ありがとうございました。


ここまで1年と4日、369日間、毎日更新なしとげました。

1年はやれれば良いなと思ってましたが、多くの方に読んでいただき大いに感謝です!


拙作『――帝都ダ・アウロゼの何でも屋騒動記―― 恋する魔女は魔法嫌い』がボロ長靴貴族の冒険の外伝になってます。最初の方はギャグ系ですが終盤に行くほど変わっていきます。よろしければどうぞ。


今後も新たな作品で、お目にかかれる日をお待ちしております。

ペコリ。

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ボロ長靴貴族の冒険 ――婚約者から逃げた挙句のカイン 水ノ葉月乃 @tomkatom

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