第197話 洞窟都市へ1

 魔王国帝都ダ・アウロゼ。

 その中央にそびえる黒水晶の塔の空中庭園の美しい花々に囲まれ、優雅にグラスを傾ける男がいる。


 「あの魔力爆発の検知以降、ニロネリアからの連絡は無いのだな?」

 容姿端麗な貴公子オズルはその鳥の顔を持つ男を見下ろした。

 男は魔王一天衆の一人、鳥天のダンダである。


 「はい、オズル様。あれ以来、東の大陸からの連絡は途絶え、こちらからの呼びかけにも全く応じませぬ」


 「ふふふ……魔王二天、しくじったか? 私も少々買い被りすぎたかな。そもそも私が手渡した宝珠の一つを失った時点で、その程度の女だと言う事だ。お前の結論として、東の大陸への侵攻はまだ時期でないと言うことだな? うむ、よかろう。今回は手を引こうか」


 「はっ、ですが、ニロネリアはどういたしますか?」

 「連れ戻す価値もない。これ以上は無駄な出費になるだけだろう。向こうから成功の連絡があれば話は別だがな」


 「しかし、ミズハも行方知れずであります。今、二天を失ったと国民に知られるのは……」

 と鳥天のダンダは言いかけて、突然無言になる。


 貴天オズルが目を妖しく光らせている。

 「連れ戻すことは無い、いいな」

 オズルは念を押すように言った。


 「はい、仰せのままに」

 ダンダは抑揚のない声でうなずいた。


 「お前は、旧公国の例の場所の監視を強化しておけ。何か胸騒ぎがするのでね」

 そう言って、グラスを呷る。

 ダンダが去った後、執事のカルディが現れた。


 「ミレニアムの様子はどうだ?」

 「はっ、未だに朦朧状態が続いているようであります」

 「あの科学者どもめ、大言壮語を吐いた結果がこれか!」


 「やはりミレニアムの前に起動させたNo2の存在が影響しているのではないか、との話でございました」

 「うむ、引き続き問題の解決に善処しろと伝えろ」


 「かしこまりました。それでオズル様、これが今朝の記事でございます」

 カルディはテーブルの上に切り抜きを並べていった。


 「いかがいたしましょうか? 少々行き過ぎな論評も見られます。取り締まりますか?」

 その標題をちらりと眺め、オズルは立ち上がって後手を組んだ。


 「民衆のやっていることだ。一々構うことなど無い」


 「はっ。左様でございますか」

 カルディは恭しく頭を下げた。


 その時、急に強い風が吹き、テーブルの上から「魔王軍大敗」、「無能な王族、戦死者多数」などという刺激的な言葉を並べた切り抜きが一斉に舞いあがった。



 ーーーーーーーーーー


 足元が悪い中を俺たちはゆっくりと下っていた。

 出発してどのくらい経ったのか、時間の感覚すら分からなくなる。ただ、眠くなったリサをおんぶしているのでそれなりの時間は経過していはずだ。


 淡い光が周囲を包んでいるが、前を行くミズハの周りだけが昼のように明るい。


 後ろで砂を踏む音が続く。


 所々、ほとんど竪穴のような所を通る必要があったが、互いに助け合って何とかそんな難所を越えてきた。


 先を行く、ミズハとセシリーナが不意に立ち止まって振り返った。


 「カイン、ここは広いわ。ここで休憩しましょう! 早く来て!」


 「休憩ですか! 良いですね!」

 俺のすぐ後ろで急に元気になったリィルの声がした。


 「今、行くよ!」

 「あ、そこ滑るから!」


 「ぎゃあああーーーー!」


 そこは横穴が空洞状に広がった場所で、俺たちが泊まる宿屋で言えば二部屋分くらいの広さがある。周囲では青く光る魔鉱石が星のように輝いていた。これはもう見慣れたも景色だ。


 俺とルップルップは二人でお尻の泥を払っている。なぜか気の合う二人なのだ。

 踏むなと言われると二人して踏むし、触るなと言われると二人して触って酷い目に遭う。こいつ、俺の失敗を見ているはずなのに何かとやらかす。


 「お茶にするわね」

 それぞれの袋から、分散して運んでいる道具を取り出すと、セシリーナがお茶の準備を始めた。魔鉱石の光に浮かぶセシリーナの横顔は今さらながら夢のように美しい。


 「ふわぁーーーー」

 甘えて俺の背中に寄りかかっていたリサが気の抜けた欠伸をして目元をこすった。


 「ほらこれを食べるといい」

 ミズハが栄養豊富だという乾燥した果実を全員に一粒づつ手渡していった。


 「まだ先は長いのかな?」

 「私の探査魔法では現在は深度的に中間地点を過ぎたあたりだな」

 ミズハがお茶セットに火を灯す。

 「ミズハのこれは美味しいが、もっと食べたいものね」

 ルップルップがカリカリと音を立てている。


 その手がミズハの袋に伸びて、ミズハににらまれた。

 「ルップルップは野族育ちの癖に、そういうのが下手ですねえ……」

 リィルがため息をつく。


 「野族の村では私が食べたいと言えば、みんなが山のように食べ物を抱えて集まって来たものよ」

 「だから、あちこちこんなに成長したんですね」

 リィルがルップルップのお尻を撫でた。


 「そうですか?」

 そう言ってルップルップは自分の体を見る。


 俺の目は密かに釘づけになっている。確かにマリアンナのような巨乳とまではいかないがこの中では一番のボインだし、腰のくびれからのお尻の丸身も色気たっぷりで非常にそそる。

 もう少しすればダイナミックボディのマリアンナに肉薄するかもしれない。そう思ったら、いかん、妙なところが自己主張し始めた。


 その時、またもぐううとルップルップのお腹が鳴った。


 「まったくもう、ルップルップは仕方がない人ですね。ほら、特別に私のものを差し上げましょう。感謝するんですよ」

 リィルはそう言ってルップルップの手のひらに自分の乾燥果実を乗せた。


 「ありがたくいただくわ、リィル」

 リィルもたまには良い所もあるんだな。俺はリィルを見直した。


 むふっと笑ったリィルが後ろを向いて何かを口に放り込んだ。

 カリカリと良い音を立てて何か食べている。


 「おいしいですよ、カイン!」

 俺が見ているのに気づいて、リィルはにこっと笑う。

 おかしい、リィルが俺を見て微笑むなど、何か企んでいるに違いない。


 俺はリィルを警戒しながら、手のひらの乾燥果物を口に……あれ? 無い。


 ニヤニヤと笑うリィル!


 「お前か! お前が盗ったんだな!」

 「痛い痛い、離してください。なんですか急に? 私がなにかしましたか?」


 「ミズハが俺にくれた乾燥果物が無い!」

 「どうせ、私やルップルップのお尻を見ていて、その辺に落したんですよ」

 リィルはあながち否定できない事をずばりと言う。


 「しっかり握っていたんだ。落す訳ないだろ?」


 「いや、気の緩みで、ぽろっと落としたに違いありませんよ、ほら、足元に……」

 言われて俺は足元を見るが、暗いうえに似たような形の石ころがたくさんある。


 「本当か? 暗くてわからんぞ」

 俺は這いつくばって懸命に探すが見つからない。


 「カイン、危ないからこっちにお尻を向けないで」

 セシリーナがカップに茶を注ぎながら言った。

 「カイン、お尻が危ない、ぷーしそうだ」

 リサが笑った。


 「何を騒いでいる? さあ、茶が入ったぞ」

 ミズハが言った。

 俺は果実を諦めて地面に座り込んだ。考えてみれば別に腹が減っているわけでもないのだ。


 「さて、これからの事なのだが」 

 ミズハが切り出した。


 ミズハによれば、まもなく地下に巨大な空間が現れるという。洞窟の下方から常に風が吹きあがってくるので息ができなくなるという心配はないそうだ。何かわからないが換気機能のようなものがあるらしい。


 幸い、今まで危険な生物には遭遇しなかったが、地下の大空間に何がいるかは見当がつかない。

 もしかすると魔獣ヤンナルナのような地下性の危険な魔獣が大繁殖している可能性だってある。


 だが、危険を承知でここまで来ているし、大魔女ミズハ以下、森の妖精のクレアが勇者認定した仲間たちが揃っている。


 という訳で、全員の意思を確認し、今日は早めにここで寝ることになった。思い思いの場所に陣取り、ミズハが準備した軍用魔道具の風寝具を地面に転がす。小指の先ほどの大きさの厚手の布が倍々に広がって、あっという間に人一人が寝るには十分な大きさになる。適度に厚みもあって地面のデコボコも痛くない。布の中を風が循環する魔法効果が付与されているので地面の熱さも寒さも感じない。


 俺は野営用の薄い毛布をかけ、右にセシリーナ、左にリサを抱いて目を閉じた。少し離れて反対側の壁際にはミズハたち3人が寝る。


 どのくらい時間が経ったのか、むくりと俺の股間が動く。


 原因は反対側で寝ているルップルップだ。

 あいつ、寝相が悪すぎる。色っぽいミニスカートの癖に腹を掻きながら大胆に足を広げ始めた。

 もう少しでこっちからは丸見えなのだ。見えそうで見えない所が非常にエロい。なんという罠!


 ああ、しかもなんてことだ。ミズハを巻き込んだ。それはミズハのスカートだ、お前の布団じゃない。


 このままではミズハの方が先に丸見えになりそうだ。


 寝ているミズハはいつもの険しさが無いのでまさに眠れる美女。その少し幼気な顔立ちに似合わず大人びた下着がやけに色っぽい。白いお腹が見える。その裸の腰にベルトのように結んだ紐の先には、魔法具なのか半分に欠けた腕輪のようなものを下げている。


 初めて見るミズハのパンティ、意外にもエロエロで……。


 いかん、目をつぶって寝なくては。

 だが、俺の目がどうしても開く、おお、今度はルップルップが片膝を立てた、おお、なぜそんな所に指を這わせる必要があるんだ? と俺が凝視していると視線を感じた。


 目を上げると、ルップルップが目を開いて俺を見ている。ゴミを見るような目つきで睨んでいる。


 ヤバい気付かれたか? 

 とっさに俺は寝たふりをしたが、ルップルップが動く気配がする。


 何だ? 何をしようというのだ?

 薄眼を開くとルップルップが四つん這いで獲物を狙う猫のように俺の方に近づいてくる。


 まさか発情期ではあるまいに。

 顔が近づく、甘い香りがする。しかも毛布の上から俺の股間に跨ってきた。


 「カイン……」

 ルップルップが妖艶に耳元で囁いた。

 やばい、股間がギンギンだ。

 左右にセシリーナたちが寝ているというのに!


 「カイン、気づいていますか?」

 だが、期待と裏腹にその声には色っぽさはない。


 「ん?」

 「動かないで、そのまま。ほら、何かが下から上がってくる気配がしない? でも本来なら危険に一番早く気づくはずのミズハやセシリーナが眠りこんで起きる気配がない、おかしくない?」

 そう言えば、そうだ。

 俺が興奮して体を大きく動かしても全く目覚める気配がない。これはおかしい。


 「敵か?」

 「この気配はおそらく……。魔族だけを眠らせる何か術を仕掛けているのかも? 私とカインは不本意ながら同族。純粋な魔族じゃないから効果はない、違う?」


 「わかった。それじゃあ眠ったふりをして油断させておいて倒す、これだな」

 「わかったら、そっと武器の準備をしておいて。私は守りの詠唱を始める」

 そう言って、俺の体に身を預けたままルップルップは神官の術を準備し始めた。


 「!」

 やがって深い闇の中、洞窟の下の穴からそいつらは顔を出した。


 皺くちゃの手に掲げたランタンから紫色の煙が立ち上っている。背は低く、泥豚族をミイラ化したような気色の悪い姿で、片手には骨で作った槍状の武器を持っている。


 ……二匹、三匹、全部で四匹。


 そいつらは俺たちが完全に寝入っていると思っているようだ。

ひきつるような笑みを浮かべ、武器を構える。


 キシャア! と一匹が鳴いた。

 それを合図に槍を突きたてようと3匹が飛ぶ。


 「聖障壁っつ! 今です! カイン!」

 瞬時に青白い光が俺たちを包み、その光に当たった奴らが弾き飛ばされた。同時に俺は腰の骨棍棒を手に毛布を捨てて跳び起きる。


 「ぐがああ?」

 「ぐえががあ?」


 目の前の4匹が、立ちはだかった俺の雄姿を見て、喚きながらたじろいだ。


 何だ、何なのだ?

 これは予想外の反応。いったい何が起こっているというのか?


 「べぐあ、ぐああ?」

 「べろろ、べぐああ?」

 そいつらが顔を見会わせ俺を指差す。


 「カ、イ、ン! パンツ、履いてない! 丸出しだっつ!」

 目を覆ったルップルップが赤い顔をして叫ぶ。


 しまった! 俺に甘えるセシリーナのいつもの癖がでた!

 俺はいつの間にかパンツを脱がされていたのだ。


 だがこの状況で今さらパンツを履いている時間はない。


 俺は身構える。こうなればそそり立つ勇士を揺らしつつ敵を迎え撃つしかない。


 大丈夫、奴らも雄のようだ。

 「グゲ?」

 「ゴヘ?」

 だが、奴らは自分たちの前隠し布の中身と俺のとを見比べている。


 「ゲクコッコ! ブブブ! べぐあ!」

 一匹が叫ぶと、奴らは戦いもせずに一斉に洞窟の奥へと逃げ出した。


 「行った? 助かったのか?」

 「いいから、早く履きなさい! 死にたいの?」

 「ま、待て! 睨むな!」

 俺はルップルップが投げてよこしたパンツを急いで履く。


 「ところで、それは何だ?」

 ルップルップは地面に落ちているランタンを拾い上げる。

 「やはり、これが原因か」

 ルップルップは煙の出ているランタンの小窓を閉める。


 「う……」

 「くっ……」

 すぐにミズハたちが頭を押さえて目覚めた。


 「おい、大丈夫か? 今、危ないところだったんだぞ」


 「今回ばかりはカインに助けられたようだな。意識はあったが体が動かなかったのだ」

 ミズハが身体を起こす。


 「あれは何だったの?」

 「まだ頭がくらくらします」

 「気持ち悪いよーっ」


 「ちょっとちょっと、カイン、こっちに来なさい」

 奴らが落として行ったランタンを調べていたルップルップが手招きする。


 「何だ? 何か見つけたのか?」


 「このランタンには文字が刻まれている。これ読める?」

 「共通語じゃないな、古代文字かな?」


 「へぇーー、これは妖精族の神聖文字じゃないですか」

 俺の後ろから覗きこんだリィルが言った。

 「妖精族の神聖文字だと? さすがに私もそれは知らないな」

 ミズハも珍しそうに覗きこむ。


 「まさかさっきの奴らが妖精って事はないでしょ? 地下に妖精族に関係する何かがあるってことじゃない?」

 セシリーナも文字を覗き込む。


 「うーーん」

 リィルは腕組して何か考えている。


 「どうした? 何か知っているのか?」


 「ええ、昔、長老から聞いたお伽噺を思い出していたのですよ。地下に封じられた呪われた一族という話です」

 「お伽噺?」

 「元は妖精から分かれた種族なのですが、蟻や蜂のように女王一匹に無数の雄がいる特殊な社会をもつ連中がいたそうなのです。なんでも優秀な子孫を残すため、雄の優劣はアソコの大きさで決まっていたとか」

 そう言って俺の顔を見た。


 「ほら、ここにいる、あそこだけ無意味に大きいような奴が有利なんです」

 「なるほど、それならば奴らが急に戦意を失って逃げ出した理由が分かるな、大きさで負けたと思ったのかもしれないな」

 ミズハがうなずいた。


 「ちょっと、リィル! カインのは単に大きいだけじゃないわよ。まさに夜の支配者、夜の帝王よ。凄いのよ!」

 「リサも帝王に会いたーい!」


 「セシリーナ、そう力説されると物凄く恥ずかしいからやめてくれ」




 「……という訳だ。作戦は決まった。カインがパンツ一枚という即応態勢で先頭を行く、いいな」

 ミズハが杖で俺の尻を突いた。


 「わかった、わかったよ。でも即戦力のためにはもう少し色気が欲しいもんだよな」

 俺はちらりとルップルップを見た。


 俺の視線に気づいたのか、ルップルップは素早くミズハの影に隠れる。

 ミズハの魔女服は平坦な胸をいっそう平坦に見せる特殊効果でもあるようだ。


 ちっ、色気も何もなしかよ。


 そう思った俺の脳天にちょっと不満気な顔のミズハの杖が落ちて、目から盛大に火花が散った。

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