第288話 城壁の中
森と草原の狭間で騎士たちが巨大な肉食亀と死闘を繰り広げている。
「ぐわあっ!」
尻尾に吹き飛ばされた騎士が倒れる。
「足だ! 足を攻めろ! 尻尾に気をつけろ!」
魔獣の足からはようやく血が流れ始めた。
「まだ倒れぬか!」
カムカムはその頭に向け、連続して火球を叩き込んでいる。
「あなた! 危ない!」
サティナたちの攻撃をすり抜けて襲いかかってきた二本足の腐肉食いをスケルオーナがとっさに剣で叩き斬る。
「スケルオーナ、俺の背中は任せたぞ」
「ええ、もちろんですわ。あなた」
二人は背中を合わせる。
さすがは夫婦、その息はぴったりである。魔獣の執拗な攻撃からスケルオーナがカムカムを守り続けている。
やがて亀のような大型魔獣の頭部がついに吹き飛んだ。
ドオオン! と地響きを上げて魔獣が地面に伏した。
「やったか!」
バルドンは額の汗をぬぐった。魔獣の周りに立っている者、地面に倒れた者、そして魔獣に踏み潰された者。
バルドンは悔しさを噛み締める。騎士3人もの犠牲を出しながらようやく魔獣を仕留めたのだ。
「まったく手強い奴だった」
カムカムも荒い息を吐いている。さすがに魔法の連射はキツイのだろう。
振り返って見ると、二本足の魔獣の最後の一匹がミラティリアによって仕留められたところだった。
「スケルオーナ、血がでているぞ」
カムカムがスケルオーナの肩を抱いた。久しく剣を握っていなかったとは思えない活躍だったが、多少傷を負ったようだ。
「大丈夫ですか! カムカム様、スケルオーナ様!」
バルドンが腕の裂傷を押さえるスケルオーナの元に駆け寄ってくる。
「腕が少し鈍りましたわ。でもこの程度の怪我くらい何ともありません、大丈夫です」
「おお、ですが大切な御身です。すぐに手当をしましょう」
バルドンは腰に下げた袋から薬を取り出した。
「サティナ嬢、怪我はなかったか?」
戻ってきたサティナたちを見てカムカムが言った。
「ええ、私たちは大丈夫です」
サティナはそう言って大剣を背に戻す。それを見て他の二人も剣を収めた。
「まったくここは恐ろしい場所だ。スケルオーナに手傷を負わせるほど強力な魔獣が繁殖しているとはな……、慌てて封印するわけだ」
カムカムはバルドンがスケルオーナを治療するのを心配そうに見守っている。
腐った肉を好む屍肉食いから受けた傷だ、大したことがなくても雑菌が入って病気になることもある。バルドンは錠剤を飲ませたが、あれは菌を押さえる薬だろう。
「それにしてもここは妙な所ですな。繁殖しているのは新種や変異体の魔獣ばかり。これではまるで実験場ではないですか? 一部で噂されていた帝国の秘密の実験場というのはあながち嘘ではなかったのかもしれませんな」
バルトンが包帯を巻きながら言った。
「実験場か? うむ、そういう事も考えられるか。それとも……まさかここがそうだと言うのか?」
カムカムは珍しく真面目な顔つき周囲の木々を見回した。
言われて見れば、一見すると普段見知ったどこにでもある木々のように見えるが、よく見ると何となく違和感がある。森全体が異質でどこか嫌な雰囲気を漂わせている。
閉鎖された封印都市内で秘密の実験が行われているという噂は以前からあった。新種の魔獣だけではない、恐ろしい人体実験の噂さえあったのだ。それは人と魔獣をかけ合わせ、人を魔獣化するというものだ。
あの優しそうな魔王様がそのような恐ろしい実験を許可したとは思えないのだが……。カムカムは大戦前に一度だけ見た好青年の顔を思い出した。
部屋の扉をぶち破って飛び込んできて、問答無用で人の股間を蹴り上げた若者だ。
あの時は、巧みに声をかけて酔わせ、ベッドに連れ込もうとしていた銀髪の美少女がまさかミズハだとは知らなかったのだ。
「カムカム様、死亡した騎士は埋葬いたしました。彼らの認識票がこれです」
やがて、泥まみれになった騎士の一人がやってきた。
「うむ、忠義の者たちよ、お前たちの家族はボロロン家の名に誓って路頭に迷わせたりはしないぞ、安心して逝け」
カムカムは認識票を受け取って冥福を祈る。その真摯な姿に周囲の騎士たちも同様に祈り始めた。
ー---------
「カムカム様、左側の奥の城壁に扉を確認しました。そこから旧王都の街に入れると思われます。他の地点は封印が強力でとても通過できません。いかが致しますか?」
偵察に出ていた騎士の一人が戻ってきて報告した。
「行くしかないだろうなバルドン」
「はっ、このまま進むしか道はないようですな、かつて王都は東海岸に面しておりました。王都を突っ切って海につながる川を見つければ外に出られるのではないでしょうか。さすがに川の中までは封印の効果はないと思われます」
「よしその案を採用だ! 皆、このまま用心して進む! 心せよ!」
「はっ!」
「抜刀したまま前進! カムカム様に続け!」
一行は移動を開始する。
周囲の森は不気味な静かさで一行を包み、まるでその行動を監視しているかのようだ。
いつ森の茂みや草むらの中から新たな魔獣が出てくるかわからない。そんな不安と緊張が薄暗い森を進む騎士たちに重くのし掛かる。
やがてしばらく進むと森の奥に巨大な内城壁が見え始めた。この旧王都は二重三重に城壁が取り囲んでいる城塞都市として有名だった。
その石壁に鋼鉄製の扉が見えている。
頑丈な扉は内側にひしゃげて、その内部に大量の水が流れ込んでいく。扉の変形はおそらく何かが体当たりした結果だろう。
あれをあそこまで壊せる獣が付近に潜んでいるということだ。
一行は息を潜め、用心深く扉に近づいた。
「どうだ、開けられそうか?」
騎士たちが数人がかりで鉄の棒を歪んだ扉の隙間に入れて開こうとしているが悪戦苦闘中だ。
やがて重々しい軋み音とともに、やっと人一人がくぐれる程度の隙間が開いた。これ以上はどうやっても無理だろう。
「カムカム様、早くこの中にお入りください」
騎士が魔道具のランタンを手渡した。
「うむ。スケルオーナ、入るぞ」
カムカムが屈んだ、その時だった。
重低音の鳴き声が森に響き渡った。
ゆさゆさと背後の森が揺れ、さっきの魔獣よりさらに巨大な魔獣が木々をなぎ倒して近づいてくるのが分かる。
その足音と共に地面が振動するほどだ。
「まずい、斃した魔獣の死臭に気づいた奴がいる。カムカム様、スケルオーナ様、急いでくださいませ」
騎士が二人を隙間に押し込んだ。
遠くで死んだ亀の甲羅を噛み砕く音がする。さっきのあれを噛み砕くほどの化け物がいるのだ。
カムカムたちに続いてサティナたちが四つん這いになって中に入ると騎士たちもその後に続いた。
「バルトン様、念のためこの扉を封鎖してから追いかけますので先にお進みください」
数名の騎士たちが言った。
「わかった。この先で待っている、遅れるなよ」
「はっ!」
騎士たちはそう言ってテキパキと動き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます