第289話 城壁の中2

 城壁の中の回廊は薄暗く床は一面苔むしていた。ここは本来は武器や弾薬を運搬する専用通路だったのだろう。中央に二本の鉄路が作られておりトロッコが移動できるようになっている。


 長い間水が流れ込んでいたせいか、通路片側の石床は削れてちょっとした小川のようになっている。


 バルドンがランタンを灯しながら先頭を進んでいくと、やがて広いホールのような場所に出た。


 武器の保管庫として使われていた部屋だったらしく、壁沿いには朽ちた木箱が並び、縄で縛られていたと思われる矢などが床に散乱している。


 中央の床には大きな穴が開いており、水はそこにゴウゴウと流れ込んでいる。周りの機械や構造からすると城壁の上まで巨大な弩を持ち上げるのに使われた起動床があった所だろう。


 「気をつけろ。広くて光が届かない暗がりに何か隠れているかもしれないぞ」

 カムカムは剣を構えてランタンで周囲を照らした。


 ドドドドドド…………

 広間の穴に滝のように水が落ちていく音だけが響く。


 だが、耳の良い者には水音に混じって別の音が聞こえていた。

 騎士たちは腰の剣に手を置いた。


 ズリッズリッ……と何かが這うような音だ。

 一行に緊張の色が走った。


 やはり、何かいる!


 誰もが一斉に剣を抜いて音の元を探った。

 どこからだ?

 どこから聞こえる?


 やがて騎士の一人が無言で穴を指差した。


 どうらや音はあの穴の方から聞こえてくるようだ。

 その嫌な気配にカムカムの背後にいたサティナたちも身構えた。


 その大きな穴の縁が微かに発光したように見えたが、違う、

無数の青白い手が光って見えたのだ。直後、穴の内側から死人の肌をした化け物が次々と現れた。 


 「あれは幽鬼です! しかも群れです! カムカム様、剣に符呪を! ここは時間を稼ぎます、雷光弾!」


 騎士の一人が片手を前に突き出して稲光を放つ弾を撃ちだした。ゆらりと立ち上がった幽鬼の群れの足元に牽制するように光の弾が着弾して電撃を放った。


 幽鬼は朽ちた肉体を持った幽霊のような姿の魔物で、その場所で死んだ者が変化したゾンビに似ているが、邪悪な術によって召喚されて出現する魔物なので別種とされている。


 幽鬼たちは雷光に一瞬たじろいだが、何のダメージもなかったのか、すぐに体勢を立て直した。


 その間に、カムカムたちは急いで剣に聖属性の魔法を付与し始めたが、それでは遅い、どう見ても間に合わない!


 「カムカム殿! ここは私たちが前に出ます!」

 サティナの声に、ルミカーナとミラティリアはさっと腰の短剣を抜いた。


 元々魔力を持たない人々の多い東の大陸ではメイン武器の他に属性付与の武器を予備として携帯しているのは常識だ。

 それにサティナの大剣に至っては元々が魔剣である。幽鬼だろうがアンデットだろうが相手を選ばないらしい。


 「サティナ様、先鋒は任せてください! ミラティリアはサティナ様とともに防御をお願い!」

 ルミカーナがそう言って前に出たかと思うと、あっと言う間にその短剣が闇の中に氷の輪を描いた。

 冷たい光が弧を描きながら次々と幽鬼を両断していく様子は美しく、そして強い!


 「さあ、こっちよ!」

 ルミカーナは、穴の縁から湧き出した幽鬼の注意を一人でひきつけながら、大量に集まってきた一角に果敢に斬りこんでいく。

 その間にも穴の反対側から一匹、二匹と散発的に現れる幽鬼に対し、サティナとミラティリアが防戦していた。


 「すまない、サティナさん!」

 バルドンが騎士たちの剣に聖属性魔法をかけている。


 「大丈夫? ミラティリア?」

 「はい、サティナ様」

 ミラティリアとサティナは少し前に出て、カムカムたちが準備を終えるまで守りを固めた。そこに不用意に近づいて来る幽鬼が二人の前で消滅していく。


 突出して敵をおびき寄せているルミカーナは幽鬼を斬りまくっているが、穴の縁からは次々と幽鬼が新たに発生してくるようだ。


 「これではきりがありません! サティナ様! どこかに召喚の魔法陣があるはずです! 見つけてください!」

 ルミカーナの声が聞こえた。

 

 「よし、こっちも準備できた! 皆の者、魔物を倒せ!」


 カムカムたちが剣を振り上げ、「うおおっ!」と騎士たちが一斉に幽鬼の群れの中に飛び込んで行った。


 「探すわよ、ミラティリア! 少しの間、敵はまかせるわ」

 「はい! サティナ様!」

 サティナは警護をミラティリアにまかせ、魔力の流れを読み解き始めた。その邪悪なオーラの発生源はどこか?

 邪悪な気配は煙がたなびくように穴の縁を廻っている。それが立ち昇ってくる先は……


 「見つけた、あそこだわ! 召喚術が生きてる!」

 サティナは穴の反対側、太い柱に隠されるように置かれている祭壇を見つけた。その黒い祭壇にはドクロが積み上げられ、恨みの気配を放っている。


 「あの術式を破壊すればいいのですね!」

 ミラティリアが風のように穴の縁を駆け抜けた。


 その身軽さはさすがは砂漠の民である。足元の不安定さなど物ともしない。


 彼女は見事な跳躍を見せ、着地と同時に祭壇の上のドクロをなぎ払って、祭壇に描かれた紫色の魔法陣に剣を突き立てた。

 ギリギリ……と剣先が音を軋ませ、次の瞬間、突然魔法陣が発光したかと思うと、祭壇が粉々になって崩壊した。


 「やったわね! ミラティリア! 幽鬼の発生が止まったわ!」

 「よくやりました!」

 サティナとルミカーナが幽鬼を斬り伏せて同時に振り返った。


 「よし! 残った幽鬼は大した数ではない、殲滅しろ!」

 カムカムが剣を振るって叫んだ。


 ----------


 やがて最後の一匹が闇に返った。


 「ようやく倒したか、後は残っていないな?」


 カムカムは天井を見上げた。気配を消して上から狙っている魔物がいる場合もあるのだ。全部倒したと思って油断した瞬間が一番危ない。


 「カムカム様、どうやら幽鬼は殲滅したようです。侵入者の気配を察知して起動する魔法陣だったようです。幸いこちらの被害は皆無でした」

 バルドンがスケルオーナを連れて駆け寄ってきた。


 「うむ、この状況で一人の負傷者も出なかったのは幸いであった。これもサティナさんたちの活躍のおかげだな」

 「ええ、ですがサティナさんの大剣、あれは何でしょうな?」

 「バルドンも知らぬ魔剣か?」

 「はい、帝国の記録にも出てこない、無登録の魔剣かと思われます」


 サティナの黒い大剣はかなり凶悪な魔剣であることは明らかだ。斬られた幽鬼はその剣に吸い込まれるように消滅していた。

 

 「どうかしましたか?」

 戻ってきたサティナが微笑んだ。


 「いえ、その大剣の噂をしていただけです。凄い剣ですね。装飾もちょっと変わっているが、見事なものです」

 大剣の鞘は絡み合う裸体の魔女のようだ。柄に至っては男性そのものを表している。


 「この剣ですか、我が家に代々伝わってきた剣ですわ。あっ……」


 サティナが大剣の柄を押さえた時、ふいに鞘のリボンに糸で結んでいた小さな薔薇のような小石が外れて床に転がった。


 小石はころころと穴に吸い込まれて行く。

 石が穴に消えた。


 その瞬間、ぬっ! と穴の中から再び不気味な白い手が現れた。


 敵っ! 

 幽鬼がまだ残っていたのか!


 一斉に緊張が走った。

 だが、石を目で追っていたサティナだけがその手指の形をしっかりと目に焼き付けた。あれは…………。胸の鼓動が大きく音を立てた。


 「幽鬼ではないな、さては死人喰らいか!」

 カムカムが剣に力を込める。

 ぬぼうと現れたぼざぼざの髪、一瞬そこに不気味な顔が歪んで消えた。その手がペタペタと穴の縁を這い回っている。

 やはり化け物!


 「おのれっ! 化け物! 奴が次に顔を出した瞬間に魔法をぶち込め、先制するぞ!」

 カムカムの声に騎士たちが片手に火球を浮かべた。


 「あ、待ってください!」

 サティナだ。

 

 彼女はカムカムたちが火球を撃ち出すより早く、一瞬で穴の縁に移動すると、「つかまって!」と素早く手を伸ばしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る