第139話 愛人眷属は大魔女様

 「へっ?」

 全員目が点になった。


 カインが消えた! とみんなで大騒ぎしていた事など一瞬で頭から吹っ飛んでいる。


 「これが新しく俺の愛人眷属になった湿地の魔女ミズハだ。ほら、可愛い子だろ? はははは……、どうして眷属になったかと言うとだな……、あれ? みんなどうしたんだ?」


 いきなり戻って来るなり、カインは照れくさそうに頭を掻きながら美しく可憐な少女姿の魔女を紹介した。そのまるで月の光が弾けるような銀髪の神々しさはもう間違いようがない。


 魔王二天、魔王国の者なら知らない者はいない。あの大魔女ミズハがカインの隣にぴったりと寄り添ってカインはその愛らしい華奢な肩を抱いているのだ。


 「…………」

 みんなポカーーンと口を開けて声も出ない。

 「…………」

 しかし、ミズハもまた目を丸めた。


 そこに集まっている美女たちの顔ぶれである。

 カインに、妻と婚約者が待ってるんだよ、という話を聞いてからここに来たから、心の準備はできていたはずだった。

 カインの下半身を見ればその結婚状況はすぐ分かる。顔に似合わず、ずいぶんと美麗な紋ばかりだと感心していたのだが……


 「…………」

 ミズハと三姉妹、オリナに化けたセシリーナはお互いに顔を見会わせたまま言葉も出ない。


 「ど、どうしたんだ、みんな? あれ? みんな、彼女のことを知っているのか? ミズハも?」

 ただカインだけがこの状況を理解できずにおろおろしていた。


 「ど、どうして……、どうしてお前たちがここにいる? クリス、アリス、貴女たちは本物なのか?」

 ようやくミズハが震えながら指差す。


 「「ど、どうしてミズハ様が?」」

 クリスとアリスは思わず後ずさった。

 「なぜミズハ様こそここに?」

 オリナが青ざめて指差す。


 「幻覚で顔を変えているけど、クリスティリーナ嬢だな。やはり生きていたのか? そしてメラドーザの姉妹たち、貴女たちまでどうしてここにいるんだ?」


 「ミズハ様こそ、魔王二天の一柱、魔王軍最高幹部ともあろう方がなぜここに? ……カインの愛人って、え? ええーー?」

 4人が一斉に怖い目でカインの方を振り向いた。


 「また、やらかしたわね?」

 「また、やった!」

 「また、やってしまったのですね!」


 「お前、まさかお前、彼女らまで従えているのか?」

 ミズハがわなわなと指先を震わした。


 「クリスティリーナは俺の妻だし、三姉妹は全員俺の婚約者兼守護者なんだよ、へへへへ……」

 カインはうれしそうな照れ笑いのような表情を浮かべたが、ミズハの顔は怖い。

 なんだか不味い状況のようだ。

 思わずネルドルに救いを求めるように振り返ったが、そこにいたはずのネルドルたちの姿は無い。


 ミズハの姿を見た瞬間に危険を察知し、ネルドルとゴルパーネは舟の手直しと称して、この修羅場から逃げ出したようだ。


 「カイン、どういう事か、くわしーーく説明して頂戴!」

 オリナの姿をしたセシリーナが真顔で迫った。その目に何とも言えない迫力がある。


 「そ、それはだな…………」

 何か不味いことになったのかもしれない。俺の頬を脂汗が流れた。




 ーーーーーーーーーー


 ようやく俺が一通り説明を終えると、セシリーナ、クリス、アリスが深いため息をついた。


 「お尻で……ミズハ様を……」

 「またもや愛人眷属というわけですね」

 「そう、しかも、よりによって、大魔女、大戦の英雄ミズハ様……」


 「本当にもう。カインは……」

 セシリーナが頭を抱える。あのミズハ様だ。帝国最強の魔女をお尻で倒すとは……、カインの女運の凄さにはもう声もない。


 「まったくだ。暗黒術使いの3姉妹を守護者として従え、なおかつ大魔女の私が仕える者など、普通に考えれば大魔王級の英雄でもなければありえない話だぞ。それがこんな人族の男だなんて誰が信じる?」

 ミズハはたき火の前に座って呆れたように頬杖をついた。


 「ミズハ様……、カイン様の妻には聖魔法使いの元大神官の妖精もいますし、東の大陸で待っている婚約者も大変な力を持ったドメナス王国の王女様とのことですわ。それに旧王国のリサ王女様も将来カイン様の妻になると慕っておられますし」

 アリスが説明を加えた。


 「なんだそれは……。どこまで信じていいかわからないが、確かに、カインの腹の紋の加護はかなり強力だと感じるが」

 これは後できっちり調べなくてはとミズハは杖を握った。


 「本当のことですよ。私たちがカイン様を慕う気持ちを読み取ってくれれば、真実だという事がお分かりになるはずです」


 「とんでもない男ということだけはわかった。しかし、この顔ぶれだぞ、凄すぎないか? 美女が勢ぞろいと言うだけじゃないぞ。これなら既に帝国全軍を軽く凌駕する軍事力じゃないのか?」

 

 アリスもクリスも笑みを浮かべた。セシリーナは腕組みして考え込んだ。おいおい、誰も否定しないところが怖いぞ。


 「しかも魔王様の求婚すら断った帝国一の美女、あのクリスティリーナが妻なんだぞ。これは信じられない事態だ。カイン、お前は彼女たちがどれほどの美女か分かっているのか?」

 流石のミズハも頭を抱えた。


 魔王様が結婚相手を選ぶため編さんされる極秘ファイル、成人した美女100人が載る美女名鑑現代版ではクリスティリーナと三姉妹は帝国頂点に立つ美女と評されているのだ。

 一位がクリスティリーナ、続いてイリス、アリス、クリス、ゲ・アリナなのである。


 ちなみにかつての美女名鑑では現魔王様の姉ゲ・アリアスティ様やクリスティリーナの母であるセ・シリアナが一位だったこともある。

 魔王二天のニロネリアが最高で3位、ミズハ自身も最高で5位に格付けされたこともあった。


 旧王国のリサ王女はゲ・アリアスティ様の忘れ形見である。おそらく成人すればクリスティリーナもかくやと思わせる美女になるに違いない。間違いなく1位争いに食い込んでくる。

 つまりリサ王女まで含めると、カインは脱獄囚で人族という身でありながら、既にこの国における美女の頂点の五人を全てモノにしている状態なのだ。


 それにしても、これはとんでもない男に引っかかったとしか思えない。今やこの男が手にした力は脅威だ。下手をしたらミズハがこの愛人と共謀して帝国に反逆し、3姉妹の力を利用して帝国の転覆を企んでいる、そう思われかねない。


 このカインという男は知ってか知らずか、今やまさに想像を絶する軍事力を手にしているのだ。今、ここに居る者だけで既に帝国軍はおろか全世界を焦土と化すことができるレベルなのである。


 そもそもミズハの魔法に対抗できる魔女や魔術士は魔王様を含めても数えるほどしかいない。

 ミズハが本気を出せば一瞬で魔王軍の三分の一程度は消滅させることができるが、3姉妹は一人ひとりがそれと同等かそれ以上の実力者だ。


 しかも、3姉妹は恐ろしい強大な兵力を有している。

 カインは知らないのかもしれないが彼女らは個に見えて実は物凄い大軍なのだ。水に浮かんだ氷の大部分が水面からは見えないのと同じで、三人いればアンデットの兵士が最低でも三百万人はその周りに潜んでいると考える必要がある。それにイリスとクリスの “ペット” ならこの世界を何度でも滅ぼせるかもしれない。


 これが3姉妹が常にその身を狙われていた理由でもある。

 姉妹の美貌はもちろんだが、希少な暗黒術師の力は、野望を抱く王族や大貴族、そしてなにより魔王一天衆たちの垂涎の的だったのだ。


 魔王一天衆の再三にわたる誘惑を断り続けた3姉妹に対し、最後の手段として一天衆の美天が魅了による奴隷化と精神支配を試みたが、結局失敗に終わったらしい。

 貴天オズルは意のままにならない3姉妹に対し、解呪不能とされる神罰級の呪いを刻み、死刑囚ということを隠してリサ王女の側使えの任を与え、囚人都市に幽閉したのだ。

 

 呪いは囚人都市を数日離れただけでも神罰が発動し、彼女らの身を滅ぼすというものだ。ミズハは一天衆の企みを知り、刑を止めさせようと密かに手を回したが、既に手遅れだった。

 罪のない一国の姫君たちを救えなかった、と胸が痛んだのだったが……。


 その3姉妹が自由の身になって目の前にいる。


 しかも、全員がカインの婚約者だという。

 カインを見る目や彼と言葉を交わす時のキラキラした感じは見ているこっちが恥ずかしいくらいで、クリスやアリスが本気でカインに恋しているのが分かる。


 自分が救えなかった命が救われていたことに安堵するとともに、その様子に一抹の不安も感じる。


 3姉妹は自らの意思でカインに寄り添っている。その姿を見ていると、カインが望めば本当に全世界の征服すら容易だろう。


 つまり、カインは魔王一天衆の貴天オズルがかつて渇望したポジションにひょこんと座っているのだ。それが意味することは何か、それを一天衆や大貴族の連中が知ったらどうなるか。

 この男はそれが全然わかっていない。基本的に楽観的なのか、無知なのか。


 これはかなりうまく考えて行動させないと大変な事態になりそうだ。むしろこのタイミングで彼のメンバーに加われたことはこの世界にとって幸運だったかもしれない。うまく良い方向へ誘導しなければ世界が亡びかねない。


 ミズハはカインの抜けた横顔を見ながら目を細めた。カインの素性や加護を見通す鑑定の眼である。

 

 <カイン・マナ・アベルトの鑑定結果>

 ・人族、男、23歳。東の大陸、領主国ミスタル出身。

  旅商人・貴族・騎士。

 ・称号:勇者の魂を背に負う者、未確定称号:双国王

 ・婚姻紋:大聖女の加護、大いなる慈母、天女の純愛

 ・婚約紋:王女の守護、王女の初恋、抱擁の守護者、熱愛の守護者、慈愛の守護者

 ・俗紋:愛人眷属紋、服属紋、妾紋

 ・予知されたる未来紋:野の司祭紋、氷の将紋、砂花紋、賢臣紋、一途な青き剣紋、豊穣の乳紋、銀髪の妹紋、門の剣士紋、獣女紋、獣姫紋……


 「なんだこれは」ミズハは思わず二度見した。


 これほど明確に未来紋が10個も見える男など今まで見たことがない。未来紋は将来の運命の相手に関する紋だ。未来の婚姻紋である。

 その紋がはっきりと浮かぶということは、カインという男が女性を引き寄せる力の強さの表れであり、今見えている婚姻紋、婚約紋の相手以外にも、既に未来で10人の妻が確定しているということである。


 銀髪の妹紋? 湿地の魔女の誰かだろうか?

 賢臣紋というのも気になる。単純に考えればカインに臣下が付くという未来があることになる。しかも、未確定称号に現れた双国王という名から、二つの国の王になるということらしい。


 こいつがいづれ王になるだと? しかも二股で? 思わずカインの抜けた横顔を睨んでしまう。いや、顔で判断してはいけない。もしかすると能力に何かとてつもなく光るものがあるのかもしれぬ。


 ミズハは再び目を細めた。今度はカインのスキルや能力を見通す鑑定の眼である。


<カイン・マナ・アベルトの能力鑑定結果>

 ・特殊技能:房中術マスター(ベッドの上の魔王)、星神使い

  長所:持続力。短所:運動音痴

 ・特殊能力やスキル:女運急上昇と恋愛期間の短縮(呪い)

 ・従属精霊等:勇者の背後霊、星神様の御使い(三柱)

 ・装備中の特殊アイテム:精霊罰付股間アーマー(不幸を呼ぶ)、祝福された骨棍棒(ただの牛の大腿骨。祝福により戦闘中一度だけ強力なラッキーヒット、まぐれ当たりを出せる)、祝福されたボロ長靴(強烈な匂いで敵を惑わし、戦闘中一度だけ致命的攻撃をかわす)

 ・特記事項:古き血の者、内に転生する魂の欠片を宿す者、英雄シードの持ち主


 房中術マスターとか女運急上昇とか……何か光るものがあるのではとちょっとでも思った自分が憎い。


 だが、最後にぴくっとミズハの眉が動いた。

 一番最後の特記事項に、である。そこに帝国の闇を探っていた時に何度か目にした言葉が並んでいる。

 

 「古き血の者」、「転生する魂」だと? それが何かはまだ分かっていないが、帝国を覆う邪悪な闇の計画にとって、この男の存在が何か重要な鍵なのかもしれない。


 しかも、こいつが伝説の「英雄シード」の保有者だったとは!  


 英雄シードの子孫からはいずれ英雄、勇者が出る。これがこいつの意志に関わらず王に選ばれる理由かもしれない。


 王家に英雄が出ることを人々は無意識に望んでいる。その無意識の願望がこいつを王の座に導くのだろう。あるいは未来の英雄の存在が過去に干渉し、英雄が王家に生まれる道を作っているとも考えられる。


 この男自身はともかく、帝国はまだこの男に受け継がれた血の重要性に気づいていない。

 邪悪な企みを持つ者たちが血眼になって探している人物が、こいつだったのだ。こいつは全然強そうでないし、見た目も女顔で魔族の思うイケメンとはかけ離れているので網に引っかからなかったのか、あるいは単に幸運だったのかは分からないが、奴らより先にこの男を見つけられたのは、まさに幸運だったと言うべきだ。


 帝国の闇を払うため、こいつを守りながら敵の正体とその目的を探らねばならない。それが本当の意味で魔王様を守ることにつながるはずだ。ミズハは杖を握り締めて決意を新たにした。


 「はははは……。でも丘舟もまもなく修理が終わりそうだし、そうしたら村に帰れるぞ。ミズハが仲間になっただけだし、何も問題なしだな!」

 カインはミズハの決意にまったく気づくこともなく、能天気に腰に手を当てて笑った。


 本当にこいつは……ミズハが頭を痛めた。


 「大魔女様を呼び捨て……」

 そんなカインを見てセシリーナたちもひきつった笑みを浮かべるしかなかった。



―――――――――――――――――


お読み下さり、ありがとうございます!


『帝都ダ・アウロゼの何でも屋騒動記―― 恋する魔女は魔法嫌い』の第10章 『魔女も時にはやります――故郷からの訪問者』の話が、”湿地の魔女の巣”に関係するお話で、この話の後日談にもなっていますので、よろしかったらこちらもお読みください。

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