第140話 新王国樹立へ

 帝国軍から接収した中央大テントに囚人都市の代表とクリスティリーナ信奉者代表の面々が集まり、テントの中央には縄で拘束された軍人が一人座らせられていた。


 囚人都市の住人代表の席には、反政府組織の者たちやコロニーの長老とその仲間たち、そして一般人代表として選ばれた者たちが座る。


 なかでも反政府組織を率いるメロイアという歌姫は正装の代わりにステージ衣装を着ており、ひときわ目を引く。

 コロニーの長老たちの背後には屈強な男や少し不気味だが鋭い視線を送る男が控えていた。囚人服ではないが質素な身なりなのでコロニーの者だとすぐに分かる。


 囚人服を着た一般囚人の代表者は体つきの良い若い男三人が選ばれて席についているが、辺りを見回してびくびくしており一人として落ち着いている者はない。

 護衛なのか、その傍らに控える白髪の老人と腰に木刀を下げている騎士見習いになったばかりだという可愛い少女の方がよっぽど堂々としている。


 クリスティリーナ信奉者代表の席についているのは、多くはデッケ・サーカの街の出身者である。


 その中心人物はクリス亭の親父ベント・サンバス、武器屋の親父ブルガッタ・バドス、雑貨屋の親父ビヅド・バイダである。以前から3Bと呼ばれているデッケ・サーカの商店街の顔役だ。その後ろにはデッケ・サーカの商店街の若い面々が並んでいる。

 3Bの隣には、帝都からやってきた若者、シズル大原からやってきた若者の代表者たちが座った。


 「さて、ガイル・ラボンダ殿、正直に話をしてくれ。やはり我々の行為は反乱とみなされるか?」

 縄で拘束された軍人の男が顔を上げた。

 額に包帯を巻かれたガイル・ラボンダはベントを見上げて無言でうなずいた。


 彼は中流貴族だが、バルザ関門の守備隊長に過ぎず、囚人都市の帝国軍の中枢にいた人物ではない。だが、囚人都市陥落の直前に帝国軍の提督ニーゲルンや貴族たちは軍港から船で我先にと逃げ出してしまって誰一人残っていない。

 そのため、情けないことに囚人都市に残る帝国軍で最も高位の軍人がただの一隊長に過ぎない彼なのである。


 「……だろうな、だとすれば帝国はどう動くだろうか? ここに至っては話し合いは無理か? どうなんだ?」

 

 ガイル・ラボンダは無言である。


 「ガイル・ラボンダ殿、無言を貫くのも良いですが、おそらく逃げ帰った提督は貴方が簡単に関門を抜かれたのが敗因だと、貴方に責任をなすり付けますよ」

 コロニーの長老の背後にいた顔の半分に包帯を巻いた長身でやせた枯れ枝のような男が言った。


 「ジャクの言う通りなのさ。お前の生き延びる道はもはや私たちと共にあるのさ」

 歌姫メロイアが腕組みしたままガイル・ラボンダを睨んだ。


 一瞬睨みあったガイル・ラボンダは皮肉な笑みを浮かべた。帝国のために最後まで戦ったというのに、責任を押し付けられるか……確かに今の帝国の中枢部の状況なら、あり得ないことではないかもしれない。


 「北方貴族の反乱で帝国がとった強硬策を考えれば、この期に及んで話し合いは無理だな」

 ガイル・ラボンダは話し始めた。


 「無理か……」


 「今頃は討伐隊の編成が進められているだろうな。各地に分散しているとは言え、都にはまだ数万の精兵がいる。もはや素人がいくら集まっても数だけでは勝てないだろうな」


 ガイル・ラボンダの言葉は概ね正しいだろう。だが、彼は間違っている。ここに集まっている若者の三分の一は予備兵だった者たちだ。単なる素人集団ではない。クリスティリーナ親衛隊を名乗る中年連中の多くも先の大戦で帝国や王国の兵として戦った経験者なのだ。


 「討伐隊か、帝国が我らに対して動員できる兵力はわかるか?」


 「数万から数十万、帝国の本気度で違うだろうが、北方貴族の反乱も大詰めだ。そっちにく兵力も必要だし、なによりも帝国が市民と交戦した事実が大陸中に伝わって動揺が広がっていくだろう。その動揺を鎮めるためにも少なくない兵力が割かれるかもしれないが」


 「数十万の帝国軍が動くか……大戦以来だな」

 「どうする? 既に我々は後戻りできない道に入ったようだぞ」

 雑貨屋の親父ビヅドが困った顔をしてベントを見た。

 「座して反乱者の汚名を被って死刑か、生き延びるために戦って死ぬか、やはり戦わぜるを得ないだろうか……」

 ベントは思案顔で顎髭を撫でた。


 「いずれにせよです。この囚人都市では食料の確保も困難なのは明らか。ここには街の再整備にあたる者だけを残し、本隊はデッケ・サーカ近郊に移動すべきでしょう。戦となれば、やはり湖沼地帯を守りに利用しつつ、スーゴ高原に防衛線を張って迎え撃つのが理想と言えるでしょう」

 コロニーに住むジャクという男である。


 ベントやブルガッタは、こいつは何者だ? という目でその怪しげな風貌の男を見た。


 「失礼ながら、このジャクは旧王国で一軍の将だった騎士ですじゃ」

 コロニーの長老が言った。

 「ほう、聞かぬ名だが、元将軍というわけか!」

 ベントは思わず声を上げた。

 「俺が戦ったのはエッツ公国防衛戦だ。そこから湖沼地帯まで退却してきた時にコベィの街が降伏して南北から挟み撃ちだ。だから王都攻防戦には参加できなかった」

 「なるほど、知らないわけだ」


 「ちょっといいかい? 今、迎え撃つと言ったけどさ、それでは完全に反乱なのさ。貴方たちは、ここに国を興す気かい? というか、もはや国を興すくらいの気概がないとできない事なのさ」

 反政府組織の代表メロイアだ。


 「彼女の言う通りだ。これはもはや反乱であり、俺たちや集まった若者たちが生き延びる道は、帝国から離れて独立する、それしか無さそうだ、異論のある者はいるか?」

 

 テントの中は静まり返っている。緊張のあまり囚人代表の一人が突然ひゃっくりをし始めたのが聞こえるくらいだ。 


 「決まりだな、この地を中心に新たな国を興すぞ、王国の再興だ! いいな!」


 その声にうなずく者、黙って首を垂れる者がいるが、反対の声を上げる者はいない。


 「決まりだな……。ここに建国を宣言したとして、付近の都市はどちら側に付くだろうな? 我々か、帝国か?」

 ブルガッタがベントを見た。


 「大戦以来、南郡は不当に虐げられているからな。説得すれば我々側につく可能性は十分にある。元王国領だった東部のコベィとナーギャの街、この二大都市が我らに恭順すれば、その周辺の町や村は我々側に付くだろう」

 コベィとナーギャの街はデッケ・サーカの街と友好的な関係にある。デッケ・サーカの有力者であるベントたちがその街の有力者に話を持ち掛ければ、誘いに乗って来る見込みはある。

 元王国領だった今の南郡の状況に納得している者は少ない。誰もが帝都から派遣されている統括官僚の横柄さと強欲ぶりに閉口しているのだ。


 「食糧問題も他の街との連携が取れなければ、国を興してもすぐ瓦解するぞ。何としても他の街の協力がいるな」

 「早々に各街に使者を送ろう」

 集まっていた人々は口々に叫んでざわめき出した。


 「ーーーーそうだな、できるだけ弁の立つものを使いに立てるんだ。人選はビヅドお前がやれ」

 「了解した」


 「それと国を興すのならば、国の象徴になる人も必要だな、我々では国の顔にはならない。まして王国の跡を継ぐ国と名乗るにはな」

 ベントの落ち着いた良く通る声に、静寂が戻ってきた。


 「はい」とその静寂を打ち破って手を上げた者がいる。


 「何か意見があるのかね? 名前は?」

 「バ、バクロと言います。神殿の内部調査担当ですが、どうも旧王国の王女ルミカミアーナ様が生き残っていたとの記録がありまして……。えっと、その方を象徴にすればどうでしょう?」


 不意にガタガタンと椅子が倒れたような音が響いた。

 「おおっ、なんと! まさかリサ王女様が生きておられたと!」

 「長老! 大丈夫ですか!」

 コロニーの代表たちがざわついた。


 「ーーーーそんな方が生き残っていたのか? その王女様ルミ……」

 「王女リサ・ルミカミアーナ様と申します」


 「その王女は今どこにおられるのだ?」


 「いえ、それが……、その方も死肉喰らい事件の際に神殿から消えて、行方不明になっているようでして」

 「何だ、話にもならん」

 ビヅドが呆れ顔で肩をすくめた。

 だが、その隣でベントは考え込んでいた。


 「いや、悪くない話だ。ルミカミアーナ王女が見つかるまでの間、同じ年頃の娘に王女の替え玉をさせるというのはどうだ?」


 「人々を騙すのか?」

 「生き残りたければな……。まずは王女を探し出そう。捜索隊を出すぞ。誰か、王女の事を知っている者はいるか?」


 「わしは以前、王女様にお会いしたことがある。じゃが、この年だ。捜索は無理じゃろう。だが、コロニーにいる者で以前、王宮に務めていた者がいるぞ」

 コロニーの長老である。


 「では、捜索隊の一人としてその者に頼めるか?」

 「王女様が生きておられるのならばな。頼んでみよう」


 「それと、都市内に同じような年頃の娘がいないか至急調べてくれ」

 「わかった、任せろ」

 ブルガッタが立ち上がった。


 「よし、方針は決まったな。一同、今まで聞いていたとおりだ。今後は王女のもと、モナス・ゴイ王国の復興、つまり新王国リ・ゴイ国の建国に向けて活動する。当然、国教はクリスティリーナ教とし、女神はクリスティリーナとする。六大神に仕える女神だ。とにかく彼女は本当に女神で天界に帰ったのだと宣伝して、クリスティリーナを愛する者は我らが旗の元に集まれ! という感じでいくぞ」

 ベントは拳を振り上げた。



ーーーーーーーーーー


 そうして、2日後、中央テントに姿を現したのは、コロニーに住む娘だった。


 「名前は?」

 「オリナと言います。本名はオリシャンナ・キャンベルです」

 その少女は緊張した面持ちで答えた。


 


◇◆◇


 「カムカム様、例の反乱ですが、デッケ・サーカの街を中心として、南郡の都市のほとんどが新生リ・ゴイ国、通称、新王国になびいております。旧王国の忘れ形見の王女の人気は高いようです」


 バルドンの言葉にカムカムは朝食の手を止めた。

 隣に座るミ・マーナ・ブロッサ・ボロロンナが優しくカムカムの口元をハンカチでぬぐう。


 「馬鹿な事を。対応を間違ったな」

 「難しい顔をなさっていますよ」

 新妻のミ・マーナがカムカムの腕にもたれる。


 「すまないミ・マーナ。ちょっとばかりバルトンと話をしたい。席を外してくれるか?」

 「わかりました」

 美しい森の妖精のミ・マーナは微笑むとバルトンに頭を下げて部屋を出て行った。


 「都の王族と大貴族が中心となって反乱鎮圧のための大規模な兵を起こすようです。次期王選を見据え、ここで良い所を見せようという王族が多いようですね」

 「魔王様は? それは魔王様のお考えなのか? まさか魔王二天の考えとは思えない」


 どうにも魔王様の考えが読めない。このような事態になるまで放置させておくような方だとは思えないのだが。何か深い考えがあっての事だろうか?


 「どちらかと言えば、今回の対応には一天衆の考えが強く反映されているようです」

 その答えにカムカムは額を押さえた。


 「一天衆か、あいつらは基本的に脳筋馬鹿の集まりだからな。なぜ、この大事な局面で二天は意見しない?」

 「それがどうも二天は遠征しているらしく、都にはいないようです」

 「馬鹿な、この大事な時にか? だから対応を間違えるのだ」

 「と言いますと?」


 「囚人都市まで押し掛けた大群の多くは我が娘の信奉者だという話ではないか? あれが行方不明だと聞いているが、その捜索のための奉仕活動をさせろ、というのが元々の要求だったと聞いているぞ」


 「はい、そのようです。クリスティリーナ様が行方不明とは、にわかには信じがたいですが」


 「問題は、その奉仕活動の群れを帝国に歯向かう群衆と捉えたことだ。反乱軍というレッテルを貼らずに、奉仕団として許容すれば、奴らはいずれ自然に解散して元の生活に戻ったはずなのだ。それを反乱と見なして軍を出動させて鎮圧にかかったから、当然身を守るために自衛し、本物の反乱軍になってしまった。それだけでなく、南郡一帯が帝国から離れて新たな国を成そうとまでしている」


 「烏合の衆ですよ、帝国の精兵の敵ではないのではありませんか?」


 「それは驕りだな。帝国軍は既に帝国各地に分散して治安にあたっており、大戦の時のような戦力の集中はすぐには望めないし、今は兵站の備蓄も無い。

 都から進軍する精兵は最初こそ士気が高いだろうが、兵站線が延びるとどうなるか、まして相手は自分たちの土地で戦うことになり、後が無いと分かっているだけに必死になるだろう。

 この戦は戦ってはだめなのだ。慈悲の心で罪を問わないというくらいの度量の大きさを示すことが解決策なのだが」


 カムカムは常に胸に下げている皮袋を開いて覗くと、何かをつまんで遠くの空を見た。そこにはカムカム家の人々の安否が確認できる魔術が仕込まれた宝玉が入っていた。


 「ほう、クリスティリーナは充実した生き方を選んだようだな」

 宝玉の表面で一際明るく、穏やかに光るのはクリスティリーナの星印だ。それを見ただけで彼女が死んでいないことがわかる。


 それにその輝く色具合と光の状態からして、おそらく結婚して幸せ一杯のようだ。姿を見せないのは夫の身の安全を考えてのことだろう。考えてみれば当たり前の話だ。


 あのお堅い娘が……、と思うと感慨深いが、そのせいで国が二分する事態になっていることには憂慮せざるを得ない。


 今はまだ良いが、この先帝国軍の旗色が悪くなり、本当に南郡を放棄せざるを得なくなった場合、カムカム家に非難の目が集まる可能性も考えられる。


 先に何か手を打っておくべきだろうか。自分はたまたま帝都から離れているが、各地にいる妻たちが心配だ。幸い今滞在しているのは森の妖精族の村である。帝国の影響が少ない土地柄であり、新王国との間にも湖沼地帯という緩衝地帯がある。身を潜めるには格好の場所なのだ。


 「バルドン、ちょっと耳を貸せ」

 カムカムはバルドンを手招きして、彼の耳元で何か囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る