第138話 開放、囚人都市

 囚人都市の正門である北の大門はその左右の塔と共に崩れ落ちていた。


 収監されれば生きて二度と外に出ることは無いと言われた囚人都市、そのシンボルとも言える帝国が造った二重城門の黒い大扉は第一門も第二門も共に雷砲の集中砲火で破壊され、崩れた城壁の間から新しい風が吹き込んでくる。


 その北の大門からほど近い場所、かつての帝国軍駐屯地跡に無数のテントが張られていた。その多くは帝国軍標準仕様の軍用テントだが、所々にカラフルなレジャー用のテントが混じり、あちこちから食事を作る煙がいくつも立ち昇っている。


 死肉喰らいが最初に出現したという荒野、この北部エリアの掃討は数日で完了し、自然発生していた魔獣や生き残りの死肉喰らいは既に一匹もいない。今や普通の都市と同じレベルの安全が確保されている。


 終戦以降、帝国が一度も復興を進めなかったこの不毛の荒野を埋め尽くす多くの若者の姿があった。

 彼らは、誰が命じたわけでもないのに額の汗を拭って黙々と瓦礫の撤去作業をしている。

 男が大半だが女性の姿もちらほらと混じっている。照り付ける陽光にきらきら光る汗がまぶしい。埃まみれになりながら、人族の若者も魔族の若者も種族に関係なく協力し合っている。


 行方不明のクリスティリーナを探す目的で集まった数十万の若者たちが人海戦術で彼女の捜索を初めて数日、その撤去作業と捜索の速度は驚異的である。


 既にこれまで千人以上の戦死者の遺体を瓦礫の中から発見しているが、クリスティリーナと思しき遺体は見つかっていない。

 しかし、彼女が散ったと思われるこの場所を荒れ果てた寂しい土地のままにしておけるか、という熱い思いが彼らを突き動かしている。今や彼らはここに新たな街をつくる気なのだ。


 「彼らの思いを受け止めるのが大人の役目なんだろうな」

 倉庫の奥から引っ張り出してきたようなボロい鎧を着た無精髭の男が、顎をポリポリと掻きながら小高い円塔状の瓦礫の上から作業を見下ろしていた。


 彼らの思いはわかるが、現状で一体あと何日ここに滞在できると思っているのか、彼らは食料の配給にも限界があるということを考えていない。


 「まあ、それが若さって奴なんだろうがなあ」と目を細める。


 「クリス亭の旦那! ここにいたか、探したんだぞ……」

 背後から声をかけられ男は振り返った。


 「ん? ブルガッタか? それでどうだった?」

 食堂クリス亭の親父ベント・サンバスの前に姿を見せたのは同じデッケ・サーカの街の住人で、武器屋の親父ブルガッタ・バドスだ。


 「捜索班の指揮をしているゴッパデルトから作業報告が上がってきた。エリアの8割を調査終了、彼女と思われる遺体は未だに発見できていないそうだ」

 ブルガッタが近づいてきて、目の前の光景を眺めた。ゴッパデルトはデッケ・サーカの右曲がり亭の親父でクリスティリーナの大ファンというベントたちの同士だ。


 「そうか、帝国軍も指揮官クラスの戦死者を優先的に捜索したが見つからなかったらしい。もしかすると本当に我らがクリスティリーナ嬢はどこかで生きているのかもしれないな」


 ベントは眼鏡を外して目を押さえた。強い日差しの中、若者たちに頼られて色々と指示を出していたせいだろう、バルザ関門での激戦以降、ろくに寝ていないのでだいぶ疲れている。


 「報告はもう一つ。発見した遺体を埋葬するために懸案だった墓地の確保だがな、例の大墓地の魔物討伐はかなり順調に進んでいるそうだ。彼らに頼って良かったよ」


 大墓地、それは大戦時に帝国軍決戦兵器の大爆発が旧王国王宮エリアの南半分を吹き飛ばした時にできた、巨大なクレーターを利用して作られた墓地である。

 ろくに弔いもされず機械的に埋葬された大戦の犠牲者の霊が悪霊となってさまよい、邪悪な魔物が発生している立ち入り禁止区域だったのである。


 「彼ら? ああ、義勇兵の彼らだな? 囚人都市の城門突破戦で最初に突入して獅子奮迅の活躍を見せた? リーダーは、ええと、名前は確か……ク、クルなんとか君だったか?」


 「クリウス君だろ? 彼はやってくれたよ。意外に人望を集める若者で、何かと面倒を起こすバゼッタ団の連中ともうまくやっている。今朝方、彼の右腕の武神のような男が墓地の王と呼ばれていた魔物を一騎打ちで討ち滅ぼしたらしいぞ。将来有望な逸材だな」


 「そいつは凄い。確か墓地の王は帝国軍が何度も討伐に失敗した凶悪な奴だったな。奴が滅んだのなら墓地の魔物討伐は成功したようなものだ。大墓地での討伐がうまくいけば、次はいよいよ懸案の重犯罪人地区の開放だな?」


 「いや、あそこは生半可には手を出せない。繁殖している獣化型の人間くずれという魔物は一匹倒すのに帝国軍の精兵十人の兵力が必要と言う話だし、そいつに噛まれたりすると噛まれた人間まで化け物になるそうだ。魔物を駆逐するには、そうだな、数千人規模の兵が必要だろうな」


 「うーーむ。そうか。手を出すにはもっと強い組織的な力が必要ということだな……」


 「それよりもだ。この地にクリスティリーナや戦死者を祀る塔を作ってここを聖地化したい、と気の早い若者たちから提言が上がってきていたがどうする? 今はそんな余力はないと一喝するか?」


 「いや、好きにさせたらいい。今は溢れ出た彼らの若い力を無理に押しとどめるよりも、うまく使った方が良い結果が出そうだ」

 ベントは荒野で精を出す若者たちを眩しそうに見た。


 「わかった。そう伝達しておこう」



 「ベント様! ブルガッタ様!」

 話をしている二人の元へ難しい顔をした若者がやってきた。


 彼はセダ・マクロン、帝国軍の予備役として招集され、今回の事件に巻き込まれた田舎の若者で、彼もまたクリスティリーナの大ファンである。その事務能力の高さが認められ、今は雑貨屋のビヅドの部下として動いている。


 「ビヅド様からの伝言です! 備蓄兵糧の計算が終わりました。デッケ・サーカの街から輸送してきた食料はあと一週間程度で無くなりそうだとの事です」


 「一週間か……、うーむ。セダ、その計算に元々この街の駐屯部隊が蓄えていた食料は入っているか?」


 「いえ、街の物資には手をつけるなという指示でしたので計算には加えていません」


 「わかった。今後、どうするかは後で指示を出す」

 「はい、そう伝えます」

 セダは一礼をして去って行く。


 「やはり食料もどうにかせねばならないようですな」


 「デッケ・サーカにある帝国軍大倉庫を接収し、そこから移送すれば半年は持つだろうが、やはり周辺の街と連携をとって、周辺農地の地力ちりょくを回復させ、自給自足ができるようになるまで数年間は支援してもらう必要があるな。それと同時に、集まった若者の分散配置も必要だ」


 「ええ、帝都やシズル大原の各地から集まった数十万の若者ですからね、飯も良く食う。一か所にいるだけでその地の食料を食い尽くしてしまう」


 「ああ、彼らを飢えさせることはできない、それは俺たち大人の仕事だぞ、ブルガッタ」

 食料を食い漁るだけでは蝗害と同じだ。

 いずれ自滅する。

 食料生産の向上は今後最大の課題になるだろう。

 

 「旧王都の周辺には廃村が点在し、大戦で耕作者が居なくなった荒畑が広がっている。かつての村に人々を入植させ、農地を元に戻し、食料の生産量を増やすことが急務だな。村を再興するには男だけではダメだ。囚人都市に集まった若者の7割は男だ、さらに全土から女性入植者を募集する必要があるぞ」

 

 「そうですな」

 ブルガッタは目を細め、若者たちの姿を眺めた。


 こいつもこの年になって若者に頼られるのが嬉しいらしい。終戦とともに俺たちの時代は終わった気がしていたが、若者に生きる道を示すのは大人の責任だろうとデッケ・サーカの商店街の顔役でもある通称3Bの男たちは考えていた。


 「一週間もあれば、この人数だ。囚人都市の危険な生物を一掃して、街を復興する下地くらいはできるだろう。そのあとは希望者をグループに分けて、開拓地に入ってもらおう」


 「でも、帝国はどうするつもりだ? あの若者たちも我々も帝国から見れば既に反乱分子、いや、もはや我々は反乱軍扱いだろうよ」


 「勢いとは言え、やっちまったものは仕方がないだろ?」

 ベントは肩をすくめた。

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