第137話 <<ラメラ嬢救出作戦 ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 王都ノスブラッドの中心に近い場所にありながら、その屋敷は広大な敷地の中に建っていた。


 豪奢な白亜の宮殿様式の建物を中心に周囲には幾つもの屋敷が左右対称に配置されており、王都の大半を占める沈んだ灰色の石造建築とは異なり、月明かりを浴びて光り輝いている。


 その一室の前に、王弟コドマンドが護衛騎士たちと共に姿を見せた。


 「これはコドマンド様、よくぞいらっしゃいました」

 美しい赤い服の女が部屋の前で待っていた。


 男を虜にする魔性の美しさである。

 背後に控える精鋭の騎士たちですら動揺する気配が感じられる。だが、コドマンドはその女がただの人間ではないということを知っていた。


 「うむ。良くやった。だが、ラマンドの都が死人の群れに襲われたという報告が無かったぞ」


 「予想外の邪魔が入りました。ですが、大した問題ではございません。こちらへ」

 コドマンドの言葉に、微かに唇を噛んだようにも見えたが、何事もなかったかのように微笑むと美女は扉を開いた。


 「連れてきたのだな」

 「どうぞ、中へ、お確かめになってください」

 豪華な装飾品が置かれた貴賓室の中央にベッドがある。

 そこに少女が寝ていた。


 「こいつか? これが南マンド大王国の王族最後の生き残りか? おい、明かりをつけよ」

 コドマンドが命じると騎士が魔法灯を光らせた。

 部屋一杯に光が満ちる。


 「ほう、なかなか美しい顔立ちをしておる。起こせ」


 「かしこまりました」

 女が指をパチンと鳴らした。

 眺め込むコドマンドの前で、少女が目を開いた。


 「え? ここはどこです?」

 少女は目をくりくりとさせた。


 「初めてお目にかかる。私は東マンド国の次期国王のコドマンドである。ようこそ、我が国に」


 「え、何? 東マンド国? ここは東マンドなの?」

 「驚かれるのも無理はない、だが、お前はわしの妃となり、共に新たなる東マンド大王国を作り上げるのだ。よいな、パルケッタ・ナマンド・ルーラ嬢よ」

 コドマンドはにやりと笑った。


 まだまだ子どもにすぎないが、形だけの結婚で十分である。南マンド大王国の王家と婚姻することでラマンド国を併合する大義名分がたつ。


 だが、目の前の少女はきょとんとして首をかしげた。


 「……ナマンド・ルーラ?」

 その姿に違和感を覚えたコドマンドが女を振りかえった。


 女が少女の両肩を掴んだ。

 「どうしたの? 何か混乱しているのかしら?」


 「おばさんは誰です? 私はラメラ・ミレネ・ヘロドマエ。ラマンド国宰相の娘ですわ」

 「なっ、おい、カミネロア、どういうことだ?」

 コドマンドはその美女をにらんだ。


 「お前、名前はパルケッタ・ナマンド・ルーラじゃないの?」

 おばさんと呼ばれ、カミネロアと称する美女は頬をぴくぴくさせながらラメラをにらむ。


 「私はラメラよ。パルケッタは王子の側仕そばづかえの名前だわ」


 「こいつ、別人ではないか!」

 コドマンドは絶句する。


 「あれ、おかしいわね。あなた宮廷にいたじゃない? 王子の側にいるのを見たわよ。パルケッタは王子の婚約者だからいつも一緒にいると聞いていたのだけど」


 ラメラがむっとした。

 自分こそが王子の婚約者だと思っている。パルケッタがライバルだと言う事も本当は分かっているが、知らないふりをしているのだ。


 「あんな平民と比べないで頂けます?」

 ラメラはふんと鼻を鳴らした。


 「おい、誰か、こいつを放り出してしまえ!」

 コドマンドはラメラを指さして叫んだ。


 きゃーきゃー騒ぐラメラを小脇に抱えて騎士が部屋を出ていく。


 「どういうことだ? カミネロア。これではただの誘拐だ。何が一流の闇術師だ。わしの部下を使った方がマシだったかもしれん」

 振り返ったコドマンドの目にカミネロアが窓の外を見上げ、唇を噛むのが見えた。


 「この場所にいることに気付かれた? 追跡術を使うほどの者がいるとはね」

 「どうしたのだ、カミネロア」

 「コドマンド様、どうやら邪魔者がここへ来るようです。おそらくラマンド国の手の者でしょう。迎撃の御準備を」

 そう言うとコドマンドに背を向ける。その瞬間に女の姿が消えた。


 「な、あの女め、逃げおったな。おのれ、小馬鹿にしおって。おい、敵が来るらしい。敵襲に備えよ!」

 コドマンドは騎士たちに叫んだ。


 騎士たちが夜の庭園に駆けだして行った。



 ーーーーーーーーーー


 夜風が髪をなびかせる。

 サティナの目に屋敷の塀を乗り越える仲間たちの姿が見える。

 屋敷正面の庭園には敵の騎士が待ち構えていた。


 「マルガ、下りるわよ」

 「下りる? 落ちるの間違いでは? うわーー!」

 マルガにとっては初めての跳躍である。マルガはサティナ姫の腰に抱きついている。


 姫が目標を確認した。その落下速度が速い。


 これが姫の魔術なのか。マルガですら初めて経験する飛行術である。短時間ながら空中を飛ぶという力は人間離れしている。サティナの顔を見上げるが、顔をフードで隠したサティナ姫の表情を見る事はできなかった。


 着地の瞬間、衝撃に目をつぶる。だが、何の衝撃もなく、地面に降り立っていた。


 「て、敵だ! 一体どこから!」

 突然姿を現した二人を見て、周囲で声が上がった。


 「姫、もう、勘弁してくださいよ、敵のど真ん中じゃないですか」

 マルガはそう言いつつ剣を抜いた。


 「手っ取り早くて良いでしょう?」

 サティナの口元が微笑んだ。


 2人は敵の騎士団の陣のど真ん中に降り立っていた。

 サティナの目には屋敷の入り口で頭を抱えてしゃがんでいるラメラ嬢が映っていた。


 「敵襲! 屋敷の中には入れるな!」

 騎士たちが剣を抜いて飛びかかる。


 サティナが大剣を一閃すると、飛びかかった騎士たちの剣が全て半ばから折れて破片が飛び散った。あまりの出来事に騎士たちがたじろぐ。


 「バ、バケモノだ!」


 「失礼な!」

 サティナ姫に対して化け物とは、何と言う失礼な奴だ。そう思いながら、マルガは対面の騎士の攻撃を受け流す。


 騎士として十分訓練された者のようだが、マルガたちのように死線をくぐり抜けてきた凄みはない。

 マルガが本気を出して剣を構えると、その迫力に気押されたようだ。徐々に後ろに下がって行く。

 こちらに撃ちかかることが無謀な行為だと理解したらしい。


 「後ろ、屋敷入口脇の茂みの所に彼女がいます。確保してください」

 姫の声が聞こえた。


 「了解しました」

 マルガは駆けだす。思った通り、マルガの前にいた騎士たちは追いかけてこない。


 サティナの前に集まっている騎士たちは中々に手強い。数の優位性を生かしている。同時に相手が女だとわかって少し舐めているところもあるようだ。


 サティナはフードの奥で微笑んだ。


 「うわ!」

 騎士たちにどよめきが起きた。


 忍び込んだサティナの部下たちが背後から強襲したのだ。暗い庭園内は混乱に陥った。


 「今のうちよ、マルガ。こっちへ」

 「痛っ、噛むな、こら」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐラメラを抱っこしてマルガが戻ってきた。


 「ラメラさま、少しの間ですから、静かにしてくださいね」

 そう言うと、サティナ姫は術をかけ、ポンと宙に跳ぶ。


 サティナは飛翔しながら咥えた笛を鳴らした。それが合図で屋敷に潜入した部下たちが撤収を開始する。


 「わわわわわ……」

 マルガは姫に片手で首根っこを掴まれているだけなのですっぽ抜けて落ちそうだ。

 ラメラは目を丸くしていた。空を飛んでいるのが信じられないのだ。サティナ姫の足首には光の羽が生えている。光術だが、ここまでの力がある術者はそうはいないだろう。


 「サティナ姫?」

 フードが風でめくれ、その横顔を見たラメラが思わずつぶやいた。月をバックに微笑むサティナ姫は信じがたい美しさだった。


 「女神様だ」

 まさに月夜に空を舞う女神である。ラメラは祈るように両手を組んでその瞳を輝かせた。




 ーーーーーーーーーー


 ノスブラッドの都を離れて半日、草原の中の朽ち果てた集落の広場に騎馬隊がいた。その旗を見るとサティナたちはようやく警戒を解いて近づく。


 「御苦労さまでした。サティナ姫」

 広場の入口でラマンド国第一騎士団の騎士が声をかけた。


 「ここまで出迎えが来ているとは思いませんでした。国境はまだ先のはずですが、大丈夫なのですか?」


 「ええ、東マンド国の政情不安のせいで王都警備に人員を裂いたため、国境付近の警備が手薄になっているようです。見つかりはしないでしょう。そちらがラメラ様ですね」

 そう言ってサティナの後ろに座る少女を見た。


 ラメラは大人しくうなずく。噂に聞いていたよりもトゲトゲしさがない。


 サティナは馬から下りるとラメラを地上に降ろした。


 「大丈夫でしたか? お尻は痛くないですか?」

 「ありがとう、サティナ様。大丈夫です」


 「こちらへどうぞ」

 騎士はにっこり笑うと二人をテントに案内する。


 指揮官用の大きなテントだ。これをわざわざ張っているところを見ると誰が来ているのか想像できる。

 サティナがそう思った瞬間、テントの入り口の幕がバッと開いた。

 「ラメラ! 無事だったか!」

 黒い影が跳び出した。


 「まあ! バルア王子! なぜここに?」

 「良かった、本当に心配したのだぞ」

 驚くラメラを抱きしめてくるくると回る。


 「お、王子、みんなが見ています」

 顔を赤くするがバルアはラメラを抱きしめて離さない。


 「本当に良かった。ラメラ。そなたがいなくなって本当に心配したのだ。居ても立ってもおられず、無茶を言ってここまで迎えに来たのだ」

 「あ、ありがとうございます」


 やがて、ようやく止まったバルア王子は抱きしめたラメラ越しにサティナ姫を見た。


 「サティナ姫、このたびは本当にありがとう。国を代表して礼を言うぞ」

 「どういたしまして。本当に良かったですね」

 サティナがにっこり笑うと、バルア王子は礼をしてラメラを連れてテントに入った。


 その後ろ姿を見送ったサティナの隣にマルガが来た。


 「誘拐については無事終わりましたが、東マンド国の謀略は今後も続くでしょうね。これから、どうなさるおつもりですか?」


 「国同士の事にこれ以上第三者が首を突っ込むわけにはいかないでしょうね。国王にはラメラを救出後に出立すると既に言ってありますから、王子をラマンド領まで送ってから別れを告げて立ち去りましょうか。大砂漠の縁に沿って西に進みます」


 「ラマンド国の騒動からはひとまず手を引くということですか?」

 「そうかもしれないけれど、そうならないかもしれない」

 サティナは難しい顔をした。


 「どういう事です?」


 「あのニロネリアとか言う魔族の女、あれは闇術を使って何か企んでいるようです。その動き次第では無視できないかもしれません」


 「やはり、王弟の思惑に沿って東マンド国の勢力を強めようとしているだけでは無いという事ですかね?」

 「そうね。むしろあいつはこの混乱を拡大させるように動いている気がする」

 「目的は、この地域の政情を不安定にさせることですか? 何のために? そんな事をして得になる奴がいるとは思えませんが」


 「そうね。この付近にはいないでしょうね」

 サティナ姫はカインの母からの手紙を思い出した。


 カインは中央大陸の魔王の国にいる。カインの遭難がもし陰謀だとすれば、大貴族の誰かが中央大陸の魔王の配下とつながっている可能性がある。そこに来て、魔族のあの女だ。


 どう考えても魔王国の者であるとしか思えない。あの女が東マンド国の王弟と絡んでいたとすれば、東の大陸の国々が不安定になって得をするのが誰か自ずと明らかになる。


 「真の敵は魔王国か……」

 サティナは独り言のようにつぶやいた。

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