第136話 大魔女ミズハ

 三人の銀髪の美少女が股間丸出しにしてひっくり返っている俺を見下ろしている。

 誘拐されてきたが、婚約紋の加護が発動していないことを考えるとまだ命の危険はないのだろう。


 「本当にこいつなのか?」

 俺を上から覗きこんでそいつは言った。


 「はい、間違いありません。ミズハ様。この男が旗を揚げて指揮を執っていたリーダーです」

 スイルンと呼ばれたさっきの銀色の髪の少女がその背後に隠れた。


 「ふーーん、そうか」

 ミズハと呼ばれたのは、同じような銀髪の美少女だが、ただの銀髪と違ってまるで光り輝くような美しさである。

 年齢はアリスより少し下に見えるが、実際はどうなのか。やや細身で背は高くないが、かなりの美少女だ。


 愛らしい顔立ちに頭上の金細工を模した布製のティアラが高貴な印象を与えている。ただ、気配からは普通の魔族とは違う凄みのようなものを感じる。


 もう一人はスイルンと似た少女だ。二人は姉妹ではないだろうか。


 「だが、この程度で白目を剥いているぞ」

 ミズハは閉じた目を指で開いて確認した。

 「ですが、この状況でアレをあんなに……。並みの人間ではありません、きっと変態という種類です」

 スイルンはまだ顔が赤い。


 「これか? 確かに立派なものだな、人間にしては大きい。ふむふむ確かに並みの人間ではないが、しかし、我が魔王様よりは劣るだろうな」

 そう言いつつ、冷ややかな目で落ちていた棒を拾って、「硬いな」とか言いながら俺のをツンツンとつつく。


 「しかし、ミズハ様自らがお出でにならずとも、これは私たち湿地の魔女の問題です。私たちに任せればよろしかったのでは?」


 「シルン、何を言いますか? ここは私の故郷ですよ。久しぶりに顔を出してみればこんな事に。仲間が大事に育てた魔獣をかってに狩られては死活問題ではないですか。捕まった魔獣を返してもらわないとね。それにしてもこんな女みたいな顔で魔獣狩りのリーダーとはね」

 そいつは再び俺を上から覗き込む。


 「それはそうと、ミズハ様はまた一段とお美しくなられましたわ。もしかして、魔王様とのご結婚がお決まりですか? 式のご予定はいつですか?」

 シルンと呼ばれていたもう一人の少女が目をキラキラさせた。


 ミズハが成人して湿地の魔女の巣を旅立ったのは何年も前だが、長寿で成長が遅い一族だけあって未だに通常の魔族なら16、7歳に見えるだろう。

 魔王様に認められて頭角を現し、魔王軍最高幹部の一人にまで上り詰めた美少女である。彼女が魔王国の王妃の座を狙っていることは一族の者なら誰でも知っていることだ。

 ミズハは一族の誉れなのだ。


 「ふう、それもライバルがいるのだ。そいつが色々と邪魔をするのでなかなか話がまとまらない。ただの妾になるのであれば簡単だろうが、私が狙うのは魔王国を動かす力のある正王妃の座だからな」

 「我々、湿地の魔女はいつでもミズハ様を応援しておりますわ」

 シルンは両手に握り拳を作ってミズハを尊敬の眼差しで見つめる。


 「ありがとう、今年の魔族長会では頼むぞ。今度こそ魔王様は私が正王妃に相応しいとお認めになるだろう。先の大戦では、ニロネリアが南部攻略戦を指揮したせいで戦功としてはあいつが上位とされているが、その後の詰めが甘い。私が攻略したシズル大原の多くの街は政治的に安定しているが、あいつの管理下に入った南郡は未だ安定には程遠いからな」


 「南部戦線では危険な薬物兵器が使用されたという疑いもあるとお聞きしております。それを突きつけて蹴落としてはいかがです?」

 スイルンが言った。


 「あいつはそんな物を無差別に使うような者ではないのだけどな。本当は繊細な心の持ち主だ。信じたくはないな」

 ミズハは大戦で道を違えた3人の仲間たちを思い出す。


 「薬物兵器に関しては、旧公国平原の戦場跡を調べれば、その証拠が出てくるかもしれないが、あの辺りは一級危険地帯として魔王一天衆が閉鎖している。証拠を見つけるのは無理だろう」


 魔王一天衆は、大戦の功績で成り上った最高幹部上席の魔人たちのことである。魔王二天と呼ばれるニロネリアとミズハと言えども、現在はその指示で動く駒に過ぎないと言われていることにシルンは納得がいかない。


 「それに、そもそも私としてはそんな証拠を利用して相手を蹴落とすというのは嫌だな」


 「やはりそういう方ですよねミズハ様は。ところで、ライバルのニロネリア様は今どちらに?」


 「ニロネリアは、一天衆の指示で東の大陸に出かけているらしい。あいつが不在の今こそ魔王様にアタックする絶好の時期だ。だから、この時期に私の故郷で問題を起こして欲しくないのだ」


 「申しわけございません。初めて地上に出した若い個体が沼牛の群れを見つけてしまったのが原因です。あれを追って成獣まで出てしまい、結果的に3体もの魔獣を失いました」

 シルンが頭を下げた。


 「魔獣ヤンナルナは湿地の魔女一族が湿地の地下都市で暮らす上で必要不可欠な魔獣だからな。成獣を2体も失ったのは痛いな、今後どの程度影響が出る?」


 「地下都市の拡張や維持に影響がでると思われますが、まもなく成獣になる個体もいますし、足りない労働力は同胞の魔女が頑張りますのでご安心ください」

 「そうか」とミズハはうなずいた。


 湿地の魔女はめったに姿を見られることはない。それは彼女たちの国が湿地の地下深くにあるからだ。かつて迫害を受けた魔女たちは魔獣が掘りぬいた湿地の地下洞窟を見つけ、そこを安住の地に定めた。

 その時から魔女は魔獣ヤンナルナと共生してきたのだ。魔獣を家畜として手なづけ、洞窟の拡張と維持を行わせてきた。

 魔獣の粘液は湿地の脆弱な壁を強固に固める。その卵や肉は貴重な食料だ。天井に埋め込んだ魔光石によって光を生み出し、洞窟内には畑や果樹園まである。


 一族の名は湿地の魔女だが、当然男の魔族も暮らしており、そこでの生活は地上の街と何ら変わりがない。

 ただ、地上の人間や魔族にはその街の存在がほとんど知られていないだけである。

 もしも地上の者がその街を見れば地上にある街と間違うだろう。ただ、行き交う人の外見が少し地上とは違う。長年の洞窟生活で変化した湿地の魔女一族は銀髪と白い肌を持つ。魔族の中でも銀髪の種族は珍しいのだ。


 中でも100年に一人の逸材と称賛された魔力を持つミズハの銀髪は美しい。

 妖精族とのハーフというレアな生い立ちだけに、その容姿は妖精族の美女にも劣らない。そのミズハが魔王軍幹部になり、魔王国の領土をここまで広げたことは一族の誇りになっている。


 「それにしても、こんな人間ごときに魔獣が一度に3体もやられるとは信じられないな。しかも見ろ、下半身丸出しで逆さになって白目を剥いているような奴だぞ? 精霊を使役しているようだが、残念なことに使いこなせてもいない。強い加護の力に頼っているのだ、こいつは」


 「顔も残念ですよね」

 「そうだな、魔族には色々いるからそれに慣れた目から見ると、けして悪くはないだろう。むしろ、こいつの後ろにいる背後霊のほうがずっと気色悪いな」

 そう言ってミズハは俺を覗き込む。


 ぴくっと玉が動いた。

 違う、足に力が入っただけだ。


 「うおりゃあああ!」

 俺は奇声を発して、両足で顔を挟み込むようにミズハを捕まえた。


 「うわあ!」

 流石のミズハも驚きのあまり反応できなかった。

 ミズハの目には背後霊のケバい女装男が抱きついてくるように見えたのだ。見える眼を持っているがゆえに反応が一瞬遅れたのは致命的だった。


 俺は踵でミズハのティアラを吹き飛ばし、素っ裸でスネ毛の生えた足でミズハの顔を両側から挟んだ。


 「きゃーあ! ミズハ様!」

 咄嗟のことに後ろに控えていた二人の少女が悲鳴を上げた。


 ミズハが何かしようと動く。

 だが、ここでミズハを逃がしたら最後だ。反撃されて殺されるのは間違いない。


 「たまりん!」

 俺は叫び、そのまま押し倒す勢いで、俺は両手で飛び跳ねる。

 俺の股間が光った。

 たまりんがミズハの目の前に出現した。

 その光に目がくらんだミズハの反撃が一瞬遅れた。


 うわあああ! 視力が戻ったミズハが目を剥く。

 当然だ。たまりんと入れ替わりに俺の玉、つまり股間のモノがミズハの顔面に迫っていたのだ。


 むぎゅうう!

 逃げる暇もなく、その美しい顔に俺のものが押しつけられた。

 しかも不運なことにミズハは、首の後ろに俺のパンツが引っ掛って逃げることもできない。


 「んげげげ……!」

 美少女にあるまじき妙な声を出しながらミズハは仰け反った。


 その拍子に俺の玉は頬を擦り上がって、すぽんと顔から外れた。やばい! 跳び過ぎた。俺の両足がすっぽ抜けた。


 「おのれ!」と怒りに燃えた目。

 魔力を込めた頭頂の角が光る。


 殺す! ミズハが仰け反った態勢を戻しつつ必殺術を唱える。

 だが、その一瞬の動きがミズハにとってまさに致命的だった。


 予想外の間違いが起きたのだ!

 ぶぼっつ! と妙な音がした。


 「!」

 俺は思わず口を丸く開く。

 激痛が襲う!

 俺の肛門にミズハの角が深々と突き刺さった!


 「うおおお、痔になる!」

 ケツから血を噴き出して俺は地面を転げ回った。


 「うわあああ…………!」

 その脇でミズハが頭を押さえて悲鳴を上げた。


 「刺さった、刺さった!」

 俺は尻を抱えて地面を転がっている。


 「ア、アホか! それどころじゃない、緊急事態だ!」

 ミズハは既に涙目だ。

 戦闘意欲などもはや一瞬で消しとんだ。


 「私の神聖な角がお前のケツの穴に…………もうダメだ」

 ミズハはがっくりと膝を落し、額を押さえて青ざめた。


 「魔王国の王妃になる夢がこんな男に打ち砕かれるとは……」


 「あわわわわわ…………」

 周りで一部始終を目撃した銀髪の少女たちはあまりの出来事に抱き合ってがたがたと震えている。


 やはりこの男だ。

 この男、ただ者ではなかった。

 あのミズハ様がまさに一撃でやられてしまったのだ。

 スイルンはガクガクと震えた。


 神聖な角を男に直に触れられるということがどれだけの事か。しかもケツの穴にである。

 なんという恐ろしい事態が起きたのだろうか。


 ミズハ様の額に屈辱紋が浮かんだ。それが何を意味するのか。


 「あわわわわ……」

 シルンという少女は腰を抜かしている。

 その頭上を、呼び出されたきり誰にも構ってもらえず、放置状態のたまりんがふわふわと浮遊している。


 俺のへその下に新たな俗紋が浮かんだ。愛人関係と眷属を示す紋だ。セシリーナと同じだ。俺の睾丸に触れてから、角に触れられたために単なる眷属紋ではなく、愛人紋が発生したのだ。


 がっくりとうなだれ、落ち込むミズハが可哀そうだが、こちらも命がかかっていたのだから仕方がない。やらねばやられていたのだ。


 「あの、お前、大丈夫か?」

 「お前に心配されるいわれはない! よくもやってくれた!」

 ミズハは睨みつけ印を作るが何も起きない。


 その顔に絶望の色がよぎる。

 俺に魔法攻撃をしようとしても発動できなかったようだ。


 「ミ、ミズハ様……」

 銀髪の少女が怯えながら立ち上がった。


 「スイルン済まない。こんな事になった。シルンと共にすぐに逃げてくれ。この男に命じられればお前をこの場で殺すかもしれない。逃げ帰って、私が知る里の入り口を全て転移させてくれ。私が攻め込んで里を滅ぼさないように」


 「ご、御免なさい。ミズハ様」

 そう言うと二人の銀髪の少女は振り向くことなく走り去った。



 ーーーーーーーーーーー


 「終わったようなのでーー、帰りますねーー」

 たまりんがパッと消えた。


 「ーーーーこの私をどうする気だ? これでも簡単には辱めは受けないぞ」

 涙目のミズハは角をハンカチで拭いながら、後ろ向きになってパンツを履き直している俺をにらんだ。

 

 かわいい姿をしているが、こいつが魔王軍最高幹部の一人なのだ。気絶したふりをして聞いていたが、大戦で多くの国を滅ぼした奴で、魔王の王妃になるのが望みだったらしい。


 見かけによらず、とんでもない力を持った魔女だと言うことだけははっきりしているのだ。愛人眷属になったとはいえ、油断はできない。紋の効果の抜け道を知っている可能性だってあるのだ。


 だが、改めて黙って座っているミズハを見ると、年齢不詳の美少女だ。銀髪が独特な美しさを放っている。

 魔族に妖精族の特徴が入り混じって独特の美を醸し出しているようだ。


 「何をじろじろ見ている。けだものめ!」

 そう言って胸元を隠す。


 「ち、違う、ただ見惚れていただけだ」

 「馬鹿者め、お前は敵だ。眷属にされてしまったが、私の力を行使させようとしても無駄だ。抵抗してみせる。同胞の血で我が手を汚すくらいならこの場で死を選ぶぞ」


 「ま、待て、そんな気はないぞ。俺は別に敵意はない。ただ訳も分からずここに連れてこられただけだからな」


 「私が誰か知らないのか?」

 「ええと、魔王軍最高幹部の一人で、大戦で指揮官を務めたミズハだろう?」


 「そう、魔王二天と呼ばれ、魔王軍の女性幹部では最高位、もう一歩で魔王国の正王妃の座に着く予定だった偉大なる大魔女ミズハだぞ。それを知りながら、我が強大な力を使って魔王国に復讐するとか、自分が帝王になろうとか思わないのか?」


 「そんなに強いのか、お前」

 その一言にミズハは「うーーん」と頭を抱えた。この程度の男にしてやられた自分が憎い。


 「俺は、へっぽこだからな。基本的に争いは嫌いだ」


 「そうか、お前が望むのは破壊ではない……ということだな。湿地の魔女の巣にも危害は加えないのだな?」

 ミズハは俺の背中の方を見ている。背後霊とやらから俺の話を聞いているのだろう。


 「そうだ。こんな事になって申し訳ないが、こうなった以上、俺にも責任がある。どこかで紋を解呪するまででいい、俺と一緒に来てくれないか?」


 「お前は馬鹿な奴だな。私は虫をつぶすくらいの気持ちでお前を殺すつもりだったのだぞ?」

 「まあ、俺は実際その程度の人間だよ」


 「解呪した直後にお前を殺すかもしれんぞ? いいのか?」

 「俺が知っている魔王二天ミズハなら、そんな事はしないと信じるね」


 ふうとミズハはため息をついた。


 俺の方をじっと見ている。その雰囲気からは邪悪な感じは全くしない。眷属になったからではなく元々がそうなのだろう。

 わざとらしく恐ろしげな言葉を言うのも、俺を試しているのかもしれない。


 ミズハが侵攻の指揮を執ったというシズル大原の街の風景とスーゴ高原より南の戦いの跡を思い出しただけで、ミズハが殺戮を好む魔女では無いことが想像できる。


 「わかった。しばらくはお前の眷属として行動してみよう。ただし、私の意にそぐわない事をするようであれば抵抗させてもらうぞ。それで、私の主になったお前の名は?」


 「俺は、カイン・マナ・アベルト。これでも東の大陸にある国の貴族だ」


 「私は湿地の魔女、アケロイ・メロ・ミズハだ」

 「よろしく頼む、ミズハ」 

 俺は落ちていたティアラをミズハに返して微笑んだ。

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