第135話 湿地の魔女の巣

 パチパチと薪が燃える音で俺は目を開いた。

 夕闇の迫る薄暗さの中、木々の枝がざわざわと揺れている。


 「うっ」

 右肩に痛みを感じて呻きながら身を起こすと、ほっとしたような優しい微笑みが俺を迎えた。

 

 「やっと、気付いた? ああ、カイン、良かった」

 どうやら俺はクリスの膝枕で寝ていたらしい。

 クリスの手のひらがそっと優しく俺の額に触れた。その温もりから彼女の想いと愛情が伝わってくる。


 「熱も、ない、大丈夫、心配した」

 クリスはにっこりと笑ってそのまま大切そうに俺の頭を抱きかかえた。柔らかい双丘に挟まれ、気持ちいいことこの上ない。なんだここは天国か?


 しばらくクリスの好きにさせた後、ちょっと起き上がって焚き火の周りをみると、ゴルパーネとオリナが反対側に横たわっている。


 「セシリーナ!」

 「待つ」

 思わず動こうとすると、腕をクリスが掴んだ。


 「心配ない。大丈夫、眠っているだけ。どこも怪我はない。むしろ、カインは、肩が脱臼してた」

 クリスが俺の肩をさすった。どうやらずっと治療してくれていたようだ。


 「カイン様、クリス姉様はカイン様が目を覚まさないので、それはもう心配なされていたのです」


 「それは言わない、約束……」


 「そうなのか?」

 そういえばクリスの目が赤いような気がする。心配して涙ぐんでいたのだろうか。


 「カイン様。夕食です。こんなものしかありませんが、どうぞ。食べれば力がでますわ」

 アリスがスープを入れた皿を手渡した。


 「ありがとう。ところでネルドルはどこだ?」

 ネルドルがいないことに気づいて急に不安になった。まさかあいつだけ行方不明とか、死んだとか言わないよな、と一瞬悪い想像をしてしまう。


 「ネルドルさんなら、とっくに目覚めて、あちらで丘舟の修理をしています」

 アリスは森の入り口を指差した。

 帆柱の折れたボロボロの舟が木々の間から見える。時折舟に明かりが当たって動いている。


 「そうか良かった。みんな無事だったんだな? それで、あれからあの魔獣はどうなった?」


 「はい、あーん」

 クリスが俺の口にスープを運ぶ。クリスは俺に寄り添って微笑む。離れ離れになっていた恋人にようやく出会えたかのような、その笑顔、やられてしまいそうだ。


 俺は黙ってスープを飲んだ。

 思わずクリスを見つめてしまう。こいつこんなに可愛かったか? いや、それはとっくに分かっていた。俺は彼女たち三姉妹にとっくに惚れ込んでいる。


 「魔獣なら、私が回収しておきました」

 アリスは野営用の簡易調理台に立ちながら、事もなげに言う。


 「回収? 倒したんじゃないのか?」


 「それ、もったいないから」

 クリスがそう言ってさらにスープを俺の口に運ぶ。


 「クリス姉様の言う通りです。せっかく成獣にまで育った魔獣です。何か役に立つでしょうから、ペットとして異空間に閉じ込めました」


 「ペットって、まさかあれをか? 本当に? あんな巨大な奴を?」

 俺は青くなった。


 「あんなの、まだかわいい方。……私もイリス姉様も、もっと凄いペットがいる。かつて古き世界を滅ぼせし、大災厄の黒飛龍とか、震災の灼熱八頭龍とか……。見たい? カイン? 黒ちゃんを呼ぶ?」

 クリスは微笑みながら物騒な事を言いだした。


 「い、いや、今は遠慮しておこう」

 名前だけで世界が終りそうな怪物のような気がする。


 古きなんとかというのは神話に出てくる神龍だったような気がする。太古の昔に邪神と争った神龍で邪神を倒したものの穢れに触れたせいで自らが邪神竜になってしまったとか。

 その時に世界が一度滅亡して再生された世界が今の世界だとかいう壮大な話だったはずだ。


 まさか本当にそんな怪物をペットにしているとは思えないが、 そんな感じの怪物を飼っているのだろうか。


 「ところで、ここはどこなんだ? 湿地の中にしては地面が固くて乾いている場所だな」

 俺は話題を変えた。


 「吹き飛ばされたカイン様たちが落ちたのがこの近くだったのでここにキャンプ地を設けましたが、少し危険な、いわくつきの場所の近くです。魔獣の粘液で大地が硬くなっています。こんな場所ですから、夜は焚き火の光が当たる範囲の外には出ないようにしてください」


 「ここは、湿地の魔女の巣、と呼ばれる所。この近くの地下深くに、強大な魔力を持つ魔女が潜む国がある」

 クリスはかいがいしく俺の口を拭った。


 「そうなのか? いかにも危なそうな所だな」


 「そう、危ない、私がカインにここで奪われる、そう、今夜!」

 クリスが空になった皿を地面に置いたかと思うと、いきなりがばっと抱きついてきた。ちゅ~ちゅ~、と唇を尖らせてまたも唇を奪おうと迫ってきた。


 「ま、待て。クリス! おい、アリス止めてくれ」

 「お姉様、おふざけはダメですよ」

 振り返ったアリスの手の包丁が妙に光る。


 「あ。アリスが本気、これはヤバい」

 クリスもキスを迫るのは諦めたようだ。


 その代わり俺のふともものあたりを妙な手つきで撫で回しながら甘えてくる。オリナが爆睡しているのでやりたい放題だ。その胸元の谷間が目に毒だ。さっきの感触を思い出すと興奮してくる。目が吸い寄せられる。


 その様子を見たアリスの目が険しくなった気がした。


 「みなさん、今日はお疲れですから、早めに寝た方がよろしいですよ。姉さんもね」

 アリスは微笑んで指をぱちんと鳴らした。


 「ぐおー」

 やりやがった。

 姉まで術で眠らせるとは……。俺も瞼が急激に重くなる。

 「むがー……」

 俺は眠ったクリスを抱いたまま、深い眠りに落ちた。



 ーーーーーーーーー


 深夜である。

 俺はぶるるると震えた。妙に寒い。


 そう思って見ると、クリスが俺の太ももに頭を乗せて寝ている。寒いわけだ。クリスが眠ったまま引っ張ったのか、ズボンが膝まで下がってパンツ一枚だ。

 寝たせいでちょっと元気になっていたので、これはかなり危ない状況だった。クリスの顔の目の前でパンツがテントだ。


 しかも俺は頭をアリスの胸に抱かれて寝ていたようだ。


 アリスも意外に大胆で、薄地の服の下はノーブラである。

 俺は良い匂いがしてぽわぽわの柔らかいアリスの乳房に顔を埋めて無意識に堪能していたようだ。


 やばい……俺はそっとその天国を離れる。俺の涎で乳房が透けて見えるのがかなりエロい。


 見ると、焚き火の周囲にみんなが寝ている。

 舟の修理を終えたのか、ネルドルがゴルパーネの隣で大の字になっていびきをかいている。寝ながら腹を掻いているところなどイケメンのくせに台無しだ。


 アリスもかなり疲れたのだろうか、今はぐっすり寝ているようだ。俺は冷えた腹を撫でながらそっとアリスから離れて立ち上がった。


 ぶるっと震えが来た。我慢などできない。

 これほど冷えては尿意をもよおすのはあたりまえだ。

 俺は林の隙間から外の湿原に出た。見られるとまずいので木の影に立って用をたす。


 一陣の風が吹き抜けた。

 ぶるぶると震える。


 パンツを上げようとした時、誰かが俺のを掴んだ。


 「!」

 いつの間にか俺の前に銀色の髪の少女がしゃがんでいた。


 「お、お前は?」

 驚きすぎて声も出ない。幽霊か、化け物か、こんな所にいるのだ、普通の人間ではないことだけは間違いない。


 少女は顔に似合わない怖い笑みを浮かべた。

 まずい、こいつはヤバイ奴だ。


 そう思った瞬間、少女が凄い力で俺のを引っ張った。

 千切れる! と思う間もなく、俺の体は少女と共に湿原の上を滑り出す。


 いつの間にか少し地面から足先が浮いている。


 しかも、いくら力を入れても四肢が動かず、声が出ない。助けを呼ぶことも、たまりんやリンリンを呼ぶこともできない。

 パンツを上げることもできず、引っ張られたまま少女に拉致される。これは拘束と移動系の魔法だろう。この少女は魔女だ。


 野営地の明かりが遠くになった。ここまで連れて来られればもうダメだろう。なるようになるしかない。今はだめだ。

 俺は無駄な抵抗を止め、体力を温存する方向に頭を切り替えた。


 すっかり抵抗を諦め、改めて少女を見る。

 銀色の髪が珍しい。薄いワンピースで短いスカートの裾がパタパタとはためく。ちらっとお尻が見えたが、まさかノーパンじゃないだろうか、思わずナニが固くなる。


 「?」

 少女もその変化に気づいたらしい。

 顔が少し赤くなったようだ。


 まさに変態である。一旦意識するとどんどん硬く大きくなる。

 少女も何か間違ったと思い始めたのか、手を離そうか離すまいか悩んでいる。その手の繊細な動きがさらに俺を固くする。

 以前、獣人のジャシアに怪物と称された大きな毒蛇である。


 「ぎゃーー! 変態!」

 ついに少女は叫んで手を離すと、バイ菌を振りはらうように手を振った。


 「うっわあああああ!」

 俺は慣性がついたまま滑っていく、目の前に壁のように切り立つ大木の根が近づく。

 「ぎゃあああ!」

 俺は発達した板根に激突し、思い切りひっくり返った。



 「ーーーー我らの大切な魔獣を盗ったというのは、こいつなのか? スイルン」

 下半身丸出しでケツを逆さに止まって目を回す俺の前に、誰かの影が落ちた。

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