第300話 封印の秘密
第二城壁の門をくぐったセシリーナたちの前にエッツ公国旧王都の街が広がっていた。
「これは……」
「無人の、王都……」
「誰もいませんね、モンスターの気配もない」
先に入ったイリスたち三姉妹が辺りを見回した。
不思議なほどの静謐さの中、人が誰もいない市街地は完全に元の姿を保っていた。
見上げると強力な結界で封印された空は鉛色に染まり、日中なのに地面には影もできない。
「ふー-む、これは」
ミズハは通りに立って四方を見回した。
鳥のさえずりすらもないその街は時が止まったかのようだ。戦争による破壊の痕跡も見当たらない。周囲の建物は完璧に残されており、中央通りの正面には王城が見えている。
噂で聞いていたのとはだいぶ違う。
大激戦となったエッツ公国攻防戦で王都はニロネリア軍の総攻撃で戦火に焼かれ、廃墟と化した街は今や毒に汚染され、変異した凶暴な怪物が無数に繁殖している。
そんな噂は完全に嘘だったらしい。だが、おかしい。そうであればなぜ帝国がこの王都を封印しているのか。なぜそんな噂を流して人々が近づかないようにしているのか。
それを考えるミズハの表情が次第に険しくなっていった。
「本当に不思議な光景ね。まるで時間が止まったかのようね」
セシリーナが言った。
今にも街角や家の中から人々が姿を見せるのではないかとすら思えてくる。
「変な感じなのです」
「何年も無人だったとは思えないね」
リィルとリサは大きな窓のある雑貨屋の店先をのぞきこんでいる。人はいないが、商品の並ぶ棚には埃すらない。
「食べ物は無いのでしょうか?」
ルップルップが隣のパン屋をのぞきこんだ。さすがに棚には何もない。
「みんな、これを見てみろ」
ミズハが十字路の中央でみんなを呼ぶと、魔法で手の平に水のようなものを作りだした。その水の玉がぷかぷかと宙に浮いた。
「うわー-、何なの? 何の魔法?」
リサが目を輝かせた。
「これは、ミズハ様が浮かべているわけじゃないのね?」
「何も、しないのに、浮いている」
「あらまあ不思議なのです」
「これはただの水ではありませんね?」
アリスが水の玉を指で弾いた。
すると水の玉が弾けていくつかに分裂し、それがまた宙にぷかぷかと浮かんでいる。
「どういうことなの?」
セシリーナがその小さな水の玉を手のひらに乗せた。
「ここには特殊な結界が張られているようだ。これは水ではない。これは結界の存在を感知する魔法なのだが、どうやらここではその効果が限定されて玉になってしまうようだ。さっきの石像といい、おそらくこの都自体が精神生命にとって迷路になっているのだろう。ほら玉の中を良く見てみろ」
そう言われてみんなが水の玉を覗きこんだ。
「?」
中に何かがいるようだ。
水の中で何かがもぞもぞと動いている感じがする。だが、どうも玉の中にいる感じでは無い。
「人? 玉を通して見ると、いないはずの街の人が見えるよ!」
リサが目を丸くして叫んだ。
「!」
リサの言う通りだ。
良く見ると、水の玉に浮かんでいるのはその背後の街の風景で、そこに多くの人が行き交っている。
だが、玉から目をそらすと現実は無人である。
「訳がわかりませんね、時空の歪みでしょうか?」
リィルが頭を抱えた。
「まさか、まだこの街の人々は生きているの? 姿が見えなくなっているだけとか?」
セシリーナがミズハを見たが、ミズハは静かに頭を振った。
「いや、人々は既に死んでいる。これは人の意識や記憶を幻術の中に閉じ込めているのだ。ここに映る人々は自分たちが既に存在しないことすら分からないのだろう。つまり魂の迷路、一旦閉じ込められれば逃げ出すことが困難な封印術が施されているんだ」
「いったい誰がこんなことを? 旧王都の結界って、ただ単に魔獣を閉じ込めるだけの封印では無かったのね。酷いわ」
セシリーナが表情を変えた。
これだけの人々に自分が死んだことすら気づかせず、その魂を封じ込めているのだ。そしておそらくその魂の力を何かに利用したか、今もって利用しているのだろう。それはとても恐ろしいことだ。そしてそんなふうに魂を封印したり利用したりする闇の研究をさせていた者が帝都にいたことをミズハは知っている。
「セシリーナには分かったようだな」とミズハはうなずいた。
「つまり何者かが王都全体を魂の迷宮にして、その力を利用したのだ。さらに言えば、未だにその力で何かを閉じ込めているとも言って良い。そして、それだけのことをしなければ封じられない存在とは一体なんなのか……」
その言葉が意味することと、ミズハの腕輪が示す意味は……。
「!」
誰もがその答えに辿りつく。
「まさか! 真の魔王様がここに閉じ込められている? では、今帝都におられる魔王様は?」
セシリーナが口を押さえた。
「つまり、帝都にいるのは偽者だ。我々はずっと騙されていたのだ。おそらくは肉体的には本物の魔王と同じだったために誰にも分からなかったのだ。しかし、真の魔王、そう呼ばれるべき方はあそこにいる可能性が高い」
ミズハは王城を杖で示しながら目を細めた。
帝都の暗部では、肉体的にはまったく同じ人間を培養する太古の技術を復活させる闇の研究をさせていた組織があった。魔王の偽物はそこで作られたに違いない。
そして、魂の拘束と肉体の培養、そのどちらも出元を探っていくと浮かんでくる男の名があった。証拠がなく手が出せなかったが……。貴天オズル……、やはり奴が黒幕か……
「王城へ乗り込むぞ。アックスは生きているはずだ、でなければこんなに大掛かりな封印を施しているはずがない。アックスは絶対に助け出す!」
ミズハの表情には今までにない決意が溢れていた。
「アックス?」
「それって誰ですか?」
「魔王様が成人する前の名前だ。そしてそれは私の恋人の名前でもある。アックス・ゲ・ロンパ、それが彼の本当の名前なのだ」
ミズハは魔女帽を深く被った。おそらくみんなに私の恋人だと宣言するのが恥ずかしかったのだろう。
「ええっ、ミズハ様の恋人なんですか! 魔王様が!」
リィルの無遠慮な声にみんなが「しっ!」と唇に指を立てた。
みんな驚いて目を丸くしているのだが、そんな事を恥ずかしがるミズハに面と向かって大声で叫ぶのはリィルくらいだ。
「まぁそういうことだから。……王城へ行くぞ。魔王様を封じている結界を解けば、カインがどこに居るか、すぐに魔法で見つけられるだろう。一筋縄ではいかない強力な魔法結界のようだが、幸いここにはイリスたちがいる。私と帝国屈指の暗黒術師が三人だ、これが帝級結界だろうが破れない結界などない」
ミズハの言葉に全員がうなずいた。
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