第301話 守りの石像

 俺たちが狭い横道から大きな回廊に入ると、すぐに前方に冷たく光る石段が見えてきた。どうやらあれが上層につながっているらしい。そしてそこがこの地下の大回廊の終点にもなっているようだ。


 「ほう、ここは今までとは雰囲気が違うな、バルドン。どう思う?」とカムカムは高い天井を見上げた。


 光り輝く立派な石段の周りには幾つもの円柱が整然と並んで天井を支え、ホール状の大空間になっている。


 「そうですな。誘い込まれたというより全ての地下回廊は必然的にここに辿り着くように作られているようです。おそらくこの空間はあの扉を封じている何者か、有体に言えばエリアボスが暴れるためのものでしょう」


 バルドンの視線の先、ホール中央の石段の途中には防御用と思われる巨大な褐色の鉄扉が降りていた。


 埃や錆具合からすると、どうやらそれは大戦中に閉鎖され、それ以来、開けられることがなかったようだ。


 そして、その扉の前には左右二体の四足獣の石像がある。右の像は巨大で左にいるのはやや小型である。どこかで見たことがあると思ったのは王国の紋章に使われている守護獣を模した像だったからだ。


 「やれやれ、どうやらここが関門だな。この気配と雰囲気、まさにボス戦ステージといったところらしい。全員抜刀っ! 敵の攻撃に備えろ!」

 カムカムは剣を抜く。


 あれは単なる石像ではない。

 白亜の台座の上で明らかに敵意を持ってこちらを睨んでいる。間違いなくあの扉を守護する石像だろう。


 「カムカム様、念のため、我々の後ろにお隠れください!」

 剣を抜いたカムカムの前に騎士たちが幾重にも壁を作った。


 「スケルオーナ様も私の後ろに!」

 バルドンがそう言ってスケルオーナーの前に立つ。

 

 「カインも私たちの後ろに隠れて! ルミカーナはカインの護衛をお願いします!」

 そう言って前に出たサティナとミラティリアが剣を構える。


 俺だってやれる! と腰に下げた骨棍棒を確かめるが、サティナと俺では実力差がありすぎるのも事実。ここはみんなの邪魔にならないよう立ち回るのが賢い選択だろう。


 バルドンが「行け」と一人の騎士に目配せする。


 誰もが固唾をのんで見守るなか、騎士の一人が慎重に階段に近づき、そっと片足を石段に乗せた。


 その時だ!

 石像の身体にビキビキとひびが入り、次の瞬間、石像が動いた! やはり動いたか! などと思う暇もない。


 六本牙に一角の巨象のような大型石獣がカムカムたち目がけて駆け下りてきたかと思うと、もう一匹、小型の石獣は大きく跳躍し、なんと俺たちの背後に着地した。


 こいつは牛ほどもある大きさの狼のような姿をした石獣、つまり石狼だ。


 「ちっ! カイン様、私の後ろに!」

 ルミカーナが素早く前後の位置を入れ替え、石狼の前に立ちはだかる。やはり彼女の動きも速い。


 「グオオオオーーーーッツ!」

 正面では既に戦いが始まっている。怒りを全身で表して吠えた石獣が凄まじい突進力を見せつける!


 来るッ! と石獣の動きを読んでいた騎士たちすら対応が遅れ、木の葉のように吹き飛ばされる。


 鈍重そうな見た目と裏腹に凄まじい速さに絶句する。


 「守れっ!!」

 カムカムを守ろうと大盾を並べる騎士に対し、硬い岩の両腕を使ったぶん回し攻撃が圧倒的な威力を発揮した。

 あっと言う間に吹っ飛ばされた大盾の騎士たちが周囲の石壁に激突して大きな音を立てる。


 「ええい、怯むな、回りこめ! 脇から腹をねらうのだ!」

 バルトンが叫んだ。

 「加勢します!」

 大型石獣が騎士を蹂躙する中、サティナたちが走り、戦線に加わっていくのが見える。

 あんなに突っ込んで大丈夫かサティナ! と思ったが、こっちもそれどころじゃなかった!


 「カイン、逃げろっ! こっちだ!」

 ルミカーナが素早く俺の手を引く、刹那、後頭部の髪の毛の先端が風圧で断ち切られた!


 あっぶねぇーーーーっつ!

 いつの間にか俺を狙っていた石狼の猛烈な前足のなぎ払いを回避した!

 直後、奴は全身で旋回し前足を振り切る。そして勢いあまって天井を支える柱を一撃でへし折った。


 「うわあっ!」

 支えを失ってドドドっと崩落してきた天井石をルミカーナと共に危うくかわすが、埃が舞って思わずゲホゲホと咳き込んでしまう。その背後に灯る赤い眼!


 「危ない!」

 ガキーーン! と金属音が響き、ルミカーナが石狼の尻尾攻撃を巧みに反らす。まともに受けたら剣は砕け、体はバラバラになるに違いない。


 「助かった!」

 「走れっ! 今の攻撃はこっちを認識して繰り出したわけじゃない。咳に反応したんだ。奴はこの埃で私たちを見失ってる!」


 二人は石狼からできるだけ距離をかせぐと、埃が薄くなる直前に石柱の陰に隠れた。


 ずっと向こう側ではサティナや騎士たちが一匹の大型石獣に集中攻撃を行っているのが見える。


 サティナが攻勢に出て有利なように見えていたが、大型石獣が遠吠えをしたとたん、奴の周囲の石床が泡立ち、そこから小ぶりな狼のような見た目の石獣が次々と現れた。


 どうやらあれは仲間を召喚するタイプの厄介な敵らしい。サティナとミラティリアが周囲の石獣に応戦し始めるのが見えた。


 遠吠えを聞いて俺たちを探していた石狼も振り返った。


 「不味い、奴も向こうに加勢する気だ。ここで奴まで向こうに行ったら均衡が崩れる。サティナも危ないんじゃないか?」


 「ええ、カイン様、我々でこいつをひきつけましょう! こいつを向こうには行かせてはならない。サティナ様たちが大型石獣を倒しすまで食い止めます!」

 ルミカーナが剣を握りしめる。


 「カイン様はできるだけ離れて、隠れていてください。では行きます!」

 ルミカーナは飛び出し、氷の短剣を石狼に向けて放つ!


 「グガッ!」と奴が吠えた。

 その片目に短剣が突き刺さっている。


 「お前の相手は私だっ!」

 ルミカーナが叫ぶや重厚な音を響かせながら石狼が追撃してくる。ルミカーナはわざと目立つように動く。軽やかに左右に移動し、敵のヘイトを稼いでいる。


 俺はとりあえず邪魔にならないように、ルミカーナに言われた通りできるだけ安全な場所を探して隠れた。


 石狼はルミカーナを踏みつぶそうと跳躍し、全体重をかけて落下! 頑丈な石畳の床をも砕き、鋭利な破片が飛び散って彼女を襲う。そして着地と同時に振り回す足先の爪はまさに凶器だ!

 

 ルミカーナは剣で巧みに攻撃を凌いでいるが反撃に出る暇がない。凄まじい石狼の連撃! あんな攻撃、一度でも喰らえば俺など一発で死ぬ!


 俺は柱の陰に隠れ息を整えた。


 もちろんルミカーナ一人を危険な目に遭わせるつもりなどない。彼女は俺の身のこなしが素人なので戦力外と判断しているのだろう。しかしちょっと違う。これでも俺は騎士の訓練を受けた貴族の端くれ、しまも今まで様々な実戦経験を積んでいる。


 俺は骨棍棒の感触を確かめ「やってやる」と握りしめて口を開いた。


 「あおりん、幻影防御をたのむ! たまりん、視覚視野拡張! そしてリンリン! お前が一番の頼りだ! 奴を攪乱してくれ!」

 俺の叫びに応じ、すぐに目の前に三つの玉がぼわーーっと現れた。


 「やっと本格的に出番ですねえーー、腕がなまるところでしたよー-」と金色のたまりんが俺の股間でつぶやく。


 「そうそう、あんまり呼ばないから、そろそろ痛い目を見せてやろうかしらと思っていたところよ」

 「イテッ! リンリンお前、尻をつねったな!」


 ピカピカ! とあおりん。


 俺の周囲を旋回しながら三つの光玉が浮遊する。


 「いや、リンリンもたまりんと一緒に野族の村に行っていたんだろ? 忙しいだろうからと遠慮してただけだ。それにお前らは人目について目立ちすぎるしな」


 「へぇー-ー。そうかしら?」


 「心にもない事を言うとー-、色々と悪い事をしてたことをー-、セシリーナ様に告げ口しますよー-。クリス様やイリス様とかーー、ルップルップ様ーー、それとアリス様の事ですかねーー? 人目に付かないところでー-、こっそり色々やってたのをこの目で見てますからねー-」

 ピカピカ!


 「バカ! 余計なこと言うな!」


 「へぇ、私も知ってるぅ! お兄さんが不在の時なんだけど。カミナーガの宿の地下室のこと、しゃべっちゃおうかなー-?」

 ドキリ!


 「へぇ、私がいないときにー-? 何かー-、楽しいことがー-、あったのですかー-?」


 「聞いてよ兄さん! カインが女装した男に拉致されて、特殊な性癖満載の秘密の地下室に拘束されたのよ。そこに颯爽と助けに来たアリス様にまさかあんな恰好をさせて……凄いプレイを……むげむげ……」

 俺はリンリンの口を塞いだ。


 その時だ。

 凄まじい音がして、俺の目の前の床にルミカーナが吹っ飛んできた。


 「ルミカーナ!」

 思わず声が出た。

 彼女は奴の一撃を喰らってしまったのだ! 助けに飛び出したいが今は不味い、俺の声に反応して奴がこっちを探している。


 「ん…………」

 ルミカーナが動いた。大丈夫、彼女は生きている。薙ぎ払い攻撃を剣で受け流したものの、全身に強い衝撃波を受けたようだ。


 しかし、俺もまだ動けない。

 柱の背後から次第に奴が近づく気配がするがここは我慢。今、出たら奴の正面だ。真っ向勝負ではまず勝ち目はない。


 そっと通り過ぎる奴を横目で見ると、奴はルミカーナにとどめを刺そうとしている。石狼が凶悪な爪を光らせ、その片手を振り上げた。


 「今だ! たまりん!」

 俺の叫びとともに眩い光が石像の目を眩ませる。


 グアッ!

 目標を見失った爪が石床を裂く。


 「しっかりしろ! ルミカーナ!」

 その隙に俺はルミカーナを抱き上げ、素早く反対側の柱の影、つまり安全な壁際に滑り込んだ。

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