第98話 一網打尽
カインたちがちょうど屋敷に戻った頃、洞窟の前に武装した帝国兵の一団が到着していた。
「うーーむ、なぜだろう?」
一般兵の装備とは造りの違う黒鎧をまとった赤毛の青年は腕組みした上腕を指でトントンと叩きながら首を傾げた。
こんな田舎の洞窟に何があるのか。普段なら全く気にも留めない古い遺跡なのだが、不思議なことに今日はなぜか妙に気になって、わざわざ巡回ルートを変更したのである。
「隊長! やはり中にいるのは先ごろ指名手配されたカルト教団『真実の愛人協会』の一味に間違いないようです!」
偵察に出した兵の一人が息を切らせて戻ってきた。
「おお、そうか! 私の勘も捨てたものではないな! よーし、付近にいる各
街道で全身を真っ黒なフードで隠した女占い師に出会ってから勘が冴えまくっている。右に行くぞと言えば強盗団を捕縛し、左に進めと言えば人さらいグループを発見して壊滅させた。
「はっ! 了解であります! 他の部隊ですが既に第3隊からはまもなくここへ到着するという連絡が入っております! 隊長が先に他の部隊を召集したのではありませんか?」
「え? あーーそうだったかな?」
いいや、そうに違いない。
俺はこうなると見越して既に味方を招集していたのだ。まったく俺は冴えている、なんだか今日の俺は調子が良い!
ーーーーーーーーーー
そして、犯罪者集団を発見してわずか数刻後である。
洞窟の前に帝国軍が整列を完了していた。
街道警邏隊の全部隊、約80人。彼らはみな正規兵だ。士気が高く、精悍な顔つきからよく訓練された兵だとすぐに分かる。
「作戦は先に伝達した通りだ! 奴らは帝都で争乱を起こした連中! 帝都では犠牲になった仲間も多い、気を引き締めてかかれ! 特に幹部は凶悪な攻撃魔法を行使する、やられる前にやれ! 抵抗する者に容赦はするな!」
「はっ!」
「よーし、全軍突入開始だ! 一気に洞窟内を制圧せよ!」
今日に限って不思議とツキまくっている彼は叫ぶ。
彼の名はガル・ルンダス。
准王族の家柄で西シズル大原一帯の帝国軍巡邏隊の一隊を率いる若き隊長である。
「さあ、うまくやってくれよ……」
ガルはせわしなく
部下たちは一斉に洞窟に入って行った。
いつもなら自分が真っ先に先陣を切るところだが、今回は集まった部隊全体の指揮をとるため臨時指揮所に居残りだ。
「待つだけと言うのも、何とももどかしいな」
「落ち着きたまえ、ガル君。それが将たる者の役割だ」
不意にその肩を叩かれ、ガルはうなずくと大きく深呼吸した。
内部で悲鳴や怒号が上がったのが聞こえたが、予想されたほど抵抗は激しくないようだ。すぐに捕縛された信者たちが一人二人と連行され始めた。
次々と内部の情報が本部にもたらされるようになると、洞窟内の様子が明らかになっていった。敵の抵抗も意外なほど少なく、この奇襲作戦は成功したといっていい。
次々と戻って来る部下からの報告を聞いてガル・ルンダスは少し安堵した。
「どうやらうまくいきそうです。カムカム伯」
そう言って、到着直後から臨時の副指揮官として傍らで適切な助言をしてくれている騎士の横顔を見た。
彼こそ、中流貴族でありながら大貴族も一目置くという騎士のカムカム伯である。
貴族名はカムカム・ボン・カダムル・ボロロン。ボロロン家当主である。代々騎士として魔王国に仕えてきた名の知れた一族で、その当主であるカムカム伯も40歳は優に超えているはずだが、今なお、若々しくかなりのイケメンである。
その引き締まった筋骨たくましい肉体は男として魅力たっぷりで、多くの女性たちを惹きつける。彼は当代一の女たらしとして魔族界では有名人物なのである。
捕らえられた信徒たちはカムカム伯が率いてきた数台の檻車に次々と収監されていく。
カムカム伯の一行は警邏隊ではないのだが、彼らが狩りのため偶然この近くまで来ていた事は幸運だった。本当にツイている。
カムカム伯領の兵は帝国でも有数の武勇を誇る精鋭揃いである。ガルが発した緊急支援要請を聞きつけ、カムカム本人と騎兵が先にここに到着し、歩兵と狩猟用の檻車をひいた馬車が少し遅れて到着した。
「カムカム伯、このたびは旅行中のところ、急な要請にもかかわらず救援をいただき、誠にありがたく存じます」
ガルは片膝をついて礼をした。
「何を言うんだねガル君。君は私の息子になる男だろ? 君が応援を呼んだとなれば、真っ先に駆けつけるさ。私もちょうどアパカ山脈の温泉地から戻ってきて、こっちで新たに狩りでも始めようか、としていた矢先でタイミングも良かった。一応狩りの体裁を整えるために運ばせていた檻車も変なところで役立ったようだしね」
そう言って笑う。
「狩りですか? この辺りは荒れ地が多く、あまり良い獲物がいるとは思えませんが? 遠い狩り場への移動中だったのでしょうか?」
「ふふふ……そう、そうだね」
カムカム伯は顎髭を撫でた。
しまった。この方の言葉をそのままに取ってはまずかった。
カムカム伯は騎士としてその腕も一流だが、下半身の方も超一流で常に女の噂が絶えない。
30人以上の正妻と、それに倍する数の妾を持つと聞く。
”狩り”とは新たな女を見つけるとか、女の元を巡るとか、そんな意味であるに違いない。
「ガル君、うちの娘ももう20歳だ。婚約からもう数年が経つし、そろそろ覚悟を決めて結婚してはどうかね?」
その言葉にガルは、カムカム家の長女である婚約者のカミーユ嬢の笑顔を思い出し、照れる。
カムカム伯は子どもが2人しかいない。
強すぎる魔力を有する魔族ほど受胎率が低く、子どもが少ないのが悩みの種なのだが、カムカムも例に漏れない。
あれほどの数の妻がいながら、子どもは娘2人しかいない。有力貴族家としては婿であっても一族の柱になる男がぜひとも欲しいのだろう。
「カミーユさんには悪いと思っております。ですが、私は家柄こそ准王族とは言え、実績もない分家中の分家です。実質は下流貴族と同等の身。ゆえに私が胸を張って彼女にプロポーズできるような実績や手柄が欲しいのです。『あの程度の男がよくもまあボロロン家の娘を娶ったものだ』などと言われたくないんです」
とガルは手をぐっと握りしめた。
カミーユはイケメンの父に似た美人である。
だが、実のところガルは怖いのだ。カミーユの母親は武闘派で知られる有力貴族出身である。その母に育てられたカミーユはどちらかと言えば勝気な女性で、何かあるとすぐ剣で決着を図ろうとする。正直、カミーユ嬢はガルよりも腕っぷしが強い。
それだけに俺は出来る男だ、心配するな、という実績を彼女に見せてやりたい。
「大丈夫さ。君ならあれともうまくやれるさ。あれも君の前では強気に振る舞っているが、影では色々と気をつかっているよ。嘘じゃない。……いつも妹と比較されてしまうから、どうしても負けん気が先に出てくるだけで、結婚したらきっと君を大事にする。親バカかもしれないが、一人目の正妻にはちょうど良い娘だと思うがね。きっと君なら義妹も納得するさ」
「妹さんですか……」
カミーユ嬢と結婚すれば、あの帝国一の美花と称される美女クリスティリーナが義妹になる。
カミーユだって誰もが振り返るほどの美人だが、どうしても腹違いの妹と比べられてしまうから可哀想だ。
そもそもあの妹の圧倒的な美貌に勝てる者などいないのだから気にすることはないのだが……。カミーユの強気な態度の裏にはそんな微妙な乙女心が潜んでいるのだろう。
ガルはカミーユの誕生会で会った妹のことを思い出した。
ボロロン家の次女であるクリスティリーナ嬢は魔王様が婚約を申し出るほどに美しい。
まさに目もくらむほどの高根の花と言える。
彼女を妻にする幸運な男は、恐らく魔王様、そうでなければ少なくとも王位継承権を持つ有力王族か、百歩譲って魔王一天衆のような大実力者の誰かだろう。
大貴族でも、どんなに望んだところで手に入らない世界の至宝、美しすぎて近寄ることすら憚られる気高い宝石だ。
父親がどう考えているかはわからないが、平凡な貴族程度に嫁ぐ方とはとても思えない。神話に出てくる大精霊王の妃に選ばれ天界に上がったと聞かされても納得するレベルだ。
そんな絶世の美女クリスティリーナ嬢の姉であるカミーユだ。彼女を妻にしたというだけで、貴族社会では一目置かれるようになる事は間違いない。
「カムカム伯。私は……」
何か言いかけたとき、カムカム伯がガルの肩を叩いた。
「その話は後だ。どうやら大物がかかったようだぞ。君の出番だ。ここでは君が総指揮官、君の現場なのだからな。私は黙ってここで見ていよう」
洞窟の入り口から縄でぐるぐるに縛られた半裸の男が二人の兵に抱えられて出てきた。
「!」
そのカエル顔に見覚えがある。
指名手配の大物、真実の愛人協会の大教祖を詐称する魔人ガガンボダである。こいつは都で騒乱を引き起こした張本人だ。
「隊長! 大教祖を名乗る反逆者を捕らえました! その他の幹部も既に袋の鼠です。なぜか分かりませんがいつも幹部が逃亡に使うあの厄介な一角馬が白目を剥いて倒れており、逃げることができなかった模様です!」
兵士が意気揚々と報告する。
「良くやったぞ! それで大教祖の攻撃でやられた死傷者は? 重傷の者はすぐに都へ緊急治療要請を行え!」
ガルは以前の戦闘報告を思い出した。たしか、都では精鋭の帝国兵10人が一瞬で灰になり5人が再起不能の火傷を負った。大教祖は恐ろしい火炎系の術師だったはずだ。
「そ、それが、大教祖は変態プレイの最中だったらしく、自らを縄で縛って動くことができない状態であったため、負傷者は一人もおりません!」
「おお、何て幸運! 帝国に災いを撒き散らしたカルト集団もついに一網打尽か!」
「やったじゃないかガル君! 一天衆が懸賞金をかけたほどの指名手配犯、大物のガガンボダを逮捕したんだ、君の地位と名声は格段に向上するだろう。まさに出世間違いなしだ。まさに我が娘の夫に相応しいじゃないか?」
「は、はい! これならば胸を張ってカミーユ嬢にプロポーズできそうな気がします!」
ガルは思わず涙を浮かべて笑った。
俺は幸せ者だ。これで准王家に相応しい貴族として認められ、正々堂々とカミーユと結婚できる。この幸運を運んできたあの黒い占い師に礼を言いたいところだ。
結婚式には、きっとあの美しい妹も出席するだろう。親族も友人も俺の結婚相手であるカミーユが、あのクリスティリーナ嬢の姉だとは知らない。
結婚式で美しく着飾った義妹の姿を見たらさぞやびっくりするだろう。
今までさんざん馬鹿にしてきた奴らを見返してやるチャンスが来た。ガルの脳裏には結婚式場でクリスティリーナを見てアホ面になった奴らの前で、勝ち誇る自分の姿が浮かぶ。
「ガル君、しかしながらだ。両家とも格式ある貴族、その長男と長女なのだ。プロポーズしたからと言っても、結婚する前に手を出す、乱れた関係になる事は絶対許さんぞ!」
自分の事は棚に上げ、カムカム伯は不意に父親顔になって忠告する。
「は、はい!もちろんであります」
興奮気味のガルは思わず叫んでいた。
「うむ」
ガルは純朴な男である。——カムカム伯は目を細めた。
カミーユには勿体ないくらいの男だろう。下手をしたらカミーユに入れ込み過ぎて、カミ―ユ一筋になって貴族の義務である多妻制すら無視しかねない。家の存続を考えればそれはそれで困るのだが。
そう言えば、好きにしろと言って家を追いだした妹の方は今頃何をしているのか? 貴族のくせにアイドル活動をした後、兵役に就いているはずだが、兵士の身ではまだ男も知らないのではないだろうか?
そろそろあれも結婚して良い年頃だ。
長女と違って家を継ぐ必要のない気楽な身なのだから、いくらでも好きに男を作って、早くその孫の顔を見せて欲しいものなのだが。
「はあ……無理だろうなあ」
クリスティリーナのお堅い態度を思い出してため息がでる。
高潔な騎士にして清純で純血を重んじる聖女のような乙女に育ったあれは男と手を握ったことすらないだろう。
あれが肌を許す男などいそうもない。クリスティリーナが男を作るなど到底無理に決まっている。アイドルという職も結婚には障害にしかならない。
「あれの美貌ならばどんな男でも掴まえられるだろうに。いや、逆にあまりに美しすぎて声をかける勇気のある男がいないのかもしれないな」
あれをまともに口説く男など傲慢極まりない王族か、身の程知らずのアホくらいだろうか。
カムカムは自分に子どもが少ないだけに「娘には多くの子を産んでもらって……」などと子孫が繁栄することを望んでいることにふと気づいた。
「いかんいかん、考え方がまるでジジイじゃないか。ここが一段落したら半年ぶりに妻マロアールの所に行ってみるか。彼女はここから近いオミュズイの街で暮らしているからな。俺がいきなり尋ねて行ったらびっくりするだろう。ふふふ……」
三人目の子を諦めたわけではない。俺もまだまだヤレる。
セ・シリアナ・マロアールは非常に美しい。カミーユの母親と気が合わないため、帝都から出てオミュズィにあるカムカムの別宅で生活している。
セ家は今でこそ王家には数えられないが、先々代魔王の血を引く名家である。
代々美男・美女を排出し、特にマロアールは十代でクリスティリーナを産んだとびきりの美女で夜の相性もすこぶる良い。
マロアールを孕ませるべく頑張ってみるか!
そう思うと下半身がムズムズしてくる。
「よし! 次はオミュズイの街に向かうぞ!」
カムカムは侍従に行き先を告げ、さっそく移動の準備を始めさせた。
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