第98.5話 商売敵の二人
俺たちは朝から村一番の繁華街だという通りに来ていた。
今日は毎週恒例の市が開かれており、通りには多くの露店が出ている。多くは近隣の街から集まってきた商人たちだが、中には、服装や髪型の違う者もいる。わざわざ遠い町から来ているのだろう。
村には日常品を扱う店がないため、村人はこの定期市で生活用品を買うのだそうだ。
「買い取りを行う店もあるのよね?」
オリナは小獣スカンベのモフモフの毛皮を何枚も縛ったのを背負っている。
俺の重い背袋にも薬草が入っている。
サンドラットはリサの手を引きながら後ろをついてくる。今日はアリスたちが同行していないので少しつまらなそうだ。
アリスによれば、サンドラットは砂金を換金し終えて、全額宝財所に預けたらしい。どのくらい儲けたのかは不明だが、東の大陸に帰るにはまだまだかなりの額を準備する必要があるだろう。
「セシリーナ、あそこに皮製品を扱う店が出ている、行ってみようか。ちょうど隣は薬屋みたいだしな」
通りのちょうど中間地点、普段は夜に小さな酒場をしているという店先にテントが張ってあった。
「じゃあ、あとでね」
隣の店の前に入るオリナたち。
俺は、家庭で良く使われる薬やその材料を床に並べた店に入る。テントの看板には“アビエル薬店”と書かれている。
「いらっしゃい! どんな薬が必要でしょうか?」
若い魔族の娘である。特徴的な赤毛の巻き髪に未婚の象徴である大きな白い花のリボンを結んでいる。
露店商にしておくのはもったいないような可愛い娘である。素っぴんでどことなく野性的と言うか強気な目元が印象的だ。たぶん化粧をしたら大化けするタイプだろう。
少し胸が無いのが残念だ。
手をにぎにぎしながら、営業スマイルを振りまく。
「えっと、薬草や薬の素材の買い取りはここでできるかい?」
俺がそう言った途端、笑顔が消えた。
「お客さん……」
なんだか声のトーンが低い。
「ここは、薬売りの店よ! 見てわからないの! 買い取りの店は道向こう、ザハトの店よ。ふん!」
びしっと道向かいの店を指差す。
「ああ、そうだったのか、すまない」
俺はその迫力に気押されてしまった。
そそくさと反対側の店に向かう。
店の前に、若い魔族の男が腕組みして立っていた。
こいつがザハトか。
いかにも女にもてそうなクールな顔立ちと、センスの良い服装は村程度に出店するような男には見えない。嫌みなほど足が長くてスタイルが良い。大して身長は違わないと思うのに奴の股下は俺のへそ位の高さから始まっている。
その店内は薬屋という雰囲気ではなく、どちらかと言うと雑貨屋だ。怪しげな魔術具みたいなものまで並んでいる。
「見てましたよ、災難でしたね、お客さん」
ザハトはさわやかな笑顔で言った。
そんな笑顔は不要だ。今の状況なら、少し心配そうな顔とか、少し同情してますよ、みたいな顔をするべきだろう。
そう思って男を見ると、違った。
ザハトの視線はさっきの店の若い娘を見ているのだ。にやりとザハトが笑うと娘がキッとにらんで、ぷいっとそっぽを向いた。
どうやら、ライバル店同士の意地の張り合いのような雰囲気がある。
「当店はお向かいのアビー嬢の店と違って、誠実な取引をさせて頂きます。何をお持ちになられました? こちらのカウンターで査定をさせていただきましょう」
そう言って俺を案内する。
俺は背負い袋から道中集めた薬草を取りだした。
「まずは細かな物の買い取りを頼む。大きい原料はこれが済んだら査定してもらいたい。あ、種類毎に縛ってあるから。あと、既に乾燥もしてあるし、その辺も良く見てくれよ」
俺は幾つもの薬草の束をカウンターに並べた。
「ふむふむ、なるほど、なかなか上手に乾燥して、不要な部分はキチンと切ってありますね。分類も間違いはない。お客さんは薬の調合または薬の販売経験がありますね?」
「まあ、少しだけな」
俺は待っている間、奥の方に並べてある妙な形をした器具を手にとって見る。
同じような形のものが大小並んでいる。何につかうものだろう? 奥には怪しい手枷板や鞭まである。小瓶に分けられた様々なタイプのヌルヌル薬も見える。
「やはり、素人ではこうは見事に処理できないでしょう? どこの薬組合にご加入ですか? 私はこれでも旧エイ国王都の薬組合の幹部なのですが、貴方の顔は拝見したことがないですね」
ザハトは手際よく薬草の重さを秤で量っている。
まずいぞ、この辺りでも組合があるのか。そう言えば東の大陸でも薬を販売したり調合したりするには組合の免許が必要だった。
俺が答えないので、ザハトがじろっと俺を見た。
「見よう見まねだよ。うちの婆ちゃんの親戚の隣の家が薬屋で、良く遊びに行ってたから、いろいろと覚えたんだ。手伝いもさせられたしな。組合に入ってなくても原料の販売は問題ないだろう?」
もちろん出鱈目である。婆ちゃんの親戚なんたらの元ネタはナーナリアだ。もっとも彼女は神官なので組合に入らなくても問題ない。彼女の場合は逆に組合の設立すら許認可できる立場だった。
ナーナリアも原料は街の農家や何でも屋から普通に仕入れていたから問題ないはずだ。俺が調合や薬の精製までできる腕と知識がある事がバレなければ。
「それは優秀な薬屋だったのでしょうな。この仕訳方法も、その方の指示ですか?」
しまった。いつもの癖ですぐ調合できるように回復薬用の薬草を一まとめにしてあった。調合の知識のない者が偶然にそう縛ったとは言い訳にならない。
「あ、そう、そうだよ。何か手間を省くためとか。こんな風にして持ってきてくれといつも言われていてね。癖みたいなもんだ」そう言って俺はさっきから手に持ったままだった商品を棚に戻した。
「そうですか」
ザハトの興味は査定に移ったようだ。
慣れた手つきで計算しながら、羽筆を忙しなく動かしている。
「さてと……」
大体その計算も終わる頃を見計らって、俺は大物を背負い袋から取りだした。
「実は、こういう物もあるんだが、これも買い取りできるかい?」
例のなんたらとか言う魔獣の角をテーブルに置いた。
ハベロの薬草店で売っていたものに比べるとやや小ぶりな気がするが、立派に黒光りして反りかえっている。驚愕に見開かれるザハトの目、どうだ? 凄いだろうと俺の鼻息も荒くなる。
ガタン! と音を立ててザハトが立ちあがった。その勢いでインク壺が倒れ、溢れ出た墨が机の上にひろがった。
「そ、それは! 魔獣ウンバスケの足角じゃないですか! しかも、その一本線は!」
その大声に通りを行きかう人まで振り返るほどだ。
「こ、これをどこで手に入れました?」
血相を変えたザハトが俺に迫った。
一体、どうしたと言うのか。さっきまでのクールさはどこへやらで、鬼気迫る表情である。もしかしてご禁制の品だったりするのか?
「う、ロッデバル街道を南へ行ったところ、スーゴ高原に入る手前あたりだよ」
「貴方がその魔獣ウンバスケを倒したと言うのですか!」
凄い誤解だ。そんな魔獣見たこともないし、名前だって今初めて知ったぞ。
「う、う、うんこぱす?」
「どうなんです! 貴方がやったんですか!!」
「ちが、ちが、ちが……」
違うと言おうとするが、ザハトが興奮して俺の肩を掴んで凄い力でぶるんぶるんと前後に振るので話せない。
「いた、いた、痛い……」
ザハトの両手が益々強くなって、骨が軋む。流石に魔族、凄い力だ。
「何! 何かあったの!」
向かいの店のアビーが、ザハトの声に只ならぬ物を感じて飛びこんできた。
その声でザハトが一瞬我に返った。
「ま、ま、待て、そんな興奮するな。話せない」
「ザハト! 手を離しなさい! この人の肩にあなたの爪が食い込んでるわ!」
痛いはずだ、興奮したザハトの爪が攻撃型に変わって鋭利に伸び、俺の両肩に突き刺さって血がにじんでいる。
「はっ、これは! これは失礼を、つ、つい取りみだしました」
ザハトが手を離すと、かぎ爪が元の形状に戻っていく。
「どうしたの! 何かあった?」
オリナが店の前の野次馬をかき分けて入ってきて、俺を見るなり血相を変えた。
「カイン! どうしたの! ひどいわ、肩から血が出ている」
腰が抜けたように地べたに座り込んでいる俺にオリナが駆け寄り、すぐにポシェットから布と水筒を出して肩の血を拭く。
爪の跡がしっかり残って血が滲み出てくる。
「これを使うと良いわ。止血薬よ、殺菌作用もあるわ」
店に戻ったアビーが、貝殻にのせた塗り薬を持ってきて、オリナに差し出した。
「ありがとう。使わせてもらうわ!」
オリナは甲斐甲斐しく傷に薬を塗るとザハトが奥から持ってきた包帯を巻く。その手際の良さは軍隊で鍛えられている。まだあどけなさの残るような少女の無駄のない処置にアビーも驚く。
「凄いのね、あなた、そんな年齢で」
アビーは感心した。
「あとはハサミがあれば」
「ハサミね。それなら、ここにあるみたいだぜ」
俺は棚の一番下に隠れるように置いてある銀色の器具の取っ手に指を入れて引き出した。
「ほら」
カシャカシャ……と動かす。あれ? 変だ。俺の知ってるハサミじゃない。
アビーの顔がみるみる赤くなって、「バ、バカ! そんなもの出さないで!」と叫ぶ。
改めて見るとハサミと違う。先端は筒を半分に割ったような金属になっている。開くと筒が開く。なんだろうか。
オリナもそれが何か知らないらしい。
アビーの反応を不思議そうな顔をして見ている。
「ごほん、それは私が預かろう。ハサミはここにあります」
冷静さを取り戻したザハトが器具を取り上げ、ハサミを手渡す。
「ところで、それは何に使う器具なんだ?」
俺はこっそりとザハトに耳打ちした。
アビーはまだ顔が赤い。
「これはですね、主に女性が妊娠したかどうかを調べるための医療器具です」
ザハトはさらりと言って器具をカウンターに置く。
「変な物ばかり扱って、もっとまっとうな物だけ扱えば良いのに」
「ご心配ありがとう、アビー。これでも様々な需要があるのでね。まあ、この辺りに置いてある商品は、その年で男も近寄ってこない乙女のアビー嬢には不要でしょうけど」
ちくりと棘のある言い方だ。
「ふん、いつも閑古鳥の貴方の店と違って、店が繁盛しすぎて男を作るヒマがないだけよ。私が本気をだせば男なんて」
バチバチと火花を散らしてにらみ合う二人。
なんとなく本当は物凄く気が合うんじゃないの? この二人、と思ったのは俺だけだろうか。
「それよりも! 私の大事な人に、こんな怪我を負わせて、どういうつもり!」
オリナが仁王立ちになって、突然ザハトの鼻先に指を突き立てた。
周囲の野次馬の目に、怒り心頭のオリナが映る。オリナは幼さが残る少女で、ちょっと可愛い顔つきだ。
次に今度は、野次馬たちの冷たい目が一斉に俺を見た。
「今、この少女はとんでもないことを言ったような?」
そこに気づいた野次馬たちである。
「私の大事な人って……?」
アビーがきょとんとしている。
ザハトは一瞬早く、その意味に気づいて引いている。
あわわわ……セシリーナが怒りのあまり、今の姿がオリナだという事を忘れている。
周囲の冷たい視線が痛い。
こんな少女に手を出している! 最低男だ! と非難する目が俺に集中砲火を浴びせ始めた。
しかも、さっきの治療でオリナが見せた妻らしい甲斐甲斐しい献身的な態度が今の言葉を見事に裏付けている。
二人は出来ている……。
そのことにアビーだけが気づいていない。
「何? どうしたの? 急に静まり返って」
アビーはきょろきょろしている。
「アビー。いや、もういいんだ……。ええと、君の大切な人に怪我を負わせてすまなかった。許してくれ」
ザハトはオリナに謝った。
「それで? 何がどうしたんだ? わけがあるんだろ?」
俺は痛む肩を押さえて立ちあがった。
ザハトはうなだれてイスに座った。
「辛いなら、私から話そうか?」
アビーが横から口を挟んだ。
「いや、これは私からちゃんと話そう」
ザハトは口を開いた。
「ここから南東に行った旧公国平原での戦いの最中でのことだ。その攻城戦に増援部隊として派遣された私たちの隊の駐屯地が一匹の大型魔獣の襲撃にあってね。
我が隊は私を含めて生き残ったのはわずか数名という有様だったのさ」
「……」
「その時、連絡員として一緒に従軍していた弟のトハトが行方不明に……、弟を襲ったのがその魔獣ウンバスケだ。
忘れもしない膝角に1条の白い線のある個体だった。角の模様は個体毎に違う、だから、この角は弟を襲った奴に間違いない」
アビーがその背中をさする。
「あの時、私たち、第七工兵部隊の合流が間に合っていれば、駐屯地の柵が完成して守れたかも知れないのにね」
「そうだな、お前たちが呑気に弁当など食っていなければな」
「だから、それは何度も謝ったじゃないの。それに弁当じゃなくてお花摘みの時間だったって言ってるでしょう」
「ふん、何であのタイミングで花なんか摘んでいるんだ。どうせ弁当を食っていたんだろ」
アビーは顔が赤くなる。
「だから、なぜそれを女の口から言わせようとするのよ」
ははーんとオリナがうなずいた。
オリナが俺に耳打ちする。なるほど、そういうことか!
俺はザハトを呼ぶとその肩に手をまわし、ごにょごにょと説明する。途端にザハトの顔色が変わった。
「なんだと、トイレだったと言うのか!」
外まで響くその大声。
乙女心など知った事ではない! という感じである。容姿はイケメンなのに、そういうところのデリカシーが無いのが残念な男だ。
ほらみろ、アビーがさらに赤くなった。
トイレ休憩をしていて救援に遅れたなどとても女兵士の口から言えたものじゃない。女兵士のトイレタイムは時間がかかる。全員終わるまでかなり時間を食う。男だけの部隊とは違う特異性があるのである。
「アビエル……」
「ザハト……」
しかし、すっかり誤解は解けたようだ。アビーを見つめるザハトの顔が違う。
おそらく、こんな風に関係が捻じれる前はきっと互いに想いあっていた仲なのだろう。
あの意地の張り合いみたいなものも、その複雑な感情ゆえだったのだ。
二人は良い感じに見つめあっている。なんだかお互いに恋人が戻ってきたという感じの甘い雰囲気だ。
くそ、俺だけ痛い目にあって何か損した感じがする!
「えーー、話は分かった。それで、査定はどうなった?」
俺は情け容赦なく、二人を現実に引き戻した。
結局、俺だけが負傷して、しかも村の人々からは変な目で見られているのだ。
ただでさえ、真っ裸で少女を襲ったという変態の噂は知らない者がいない。そこに加えて、やはりその少女はその変態の毒牙にかかっていた! という衝撃の事実が明らかになったのである。
噂があっと言う間にこの定期市から小さな村中に広がるのは、火を見るより明らかである。
「ぼろ長靴を履いた変態に気をつけろ!」である。
だが、俺はまだ知らない。この程度は序の口だったのだ。デッケ・サーカの都市伝説と化した噂話を仕入れた者たちが、今まさに村に向かっていた。『男と痴話喧嘩した変態のぼろ長靴男とさっそうと事件を解決したクリスティリーナの再来という絶世の美少女伝説』である。
「さて、査定額は、薬草が8000ルド、このウンバスケの角は特別ですので1.2万ルシッダでどうでしょう、0.2万は弟の敵分です」
ザハトは真面目な顔をしていた。
「え、ええ! 1.2万ルシッダ!」
「不服ですか? それでは私のアビーへの誤解を解いていただいたので、1.5万ルシッダ、それに、ここにある商品を何かおまけに付けましょう。よろしいですか?」
俺はガタガタ震えながらうなずいた。
なんだかとんでもない大金になってしまった。ルシドで言えば15万4千ルシドである。一番安い家だと、一軒100万ルシドで買えるというから凄い儲けだ。
俺は緊張のあまり、おまけの品にはなんだか妙な商品ばかり選んでしまう。
「また来てください」
ザハトは丁寧にお辞儀をした。
背負い袋からはみ出す変態プレイ用の拘束具やら何やらのせいで、行きかう村人はみんな俺をよけていく。まさに変態を見るような目が痛い。
「なあ、そんなもん貰ってどうするんだよ?」
サンドラットが飴をなめて上機嫌のリサの手を引いている。
「何を?」
「その妙な道具だよ。旅をするにはかさばって邪魔だぜ」
「屋敷に戻ってから処分しよう。村長にあげたら……、うん、それはまずいか。それにしても今日はいろいろあってもう疲れたよ。もう早く休みたい」
俺はこの数刻でげっそりやつれた気がする。
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