第99話 カムカムの来訪

 俺たちは村のバザーでこれまで集めてきた薬草や獣の皮等を換金し、村長の屋敷に戻ってきた。バザーで一騒動あったので休みたかったのだが、何やら中庭が騒がしい。どうもゆっくり休めそうな雰囲気ではないのだった。


 「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 玄関先で屋敷勤めの男に声をかける。

 

 「これはお帰りなさいませ。カイン様。実は帝国貴族の御一行が、明日のお昼に村に立ち寄られるので、水や食料を準備しろと急に伝令がありまして、急きょその準備を始めたところなのです」


 「珍しいわね、こんな村を通るなんて」

 オリナが首をかしげる。


 魔都から大きな街に行くルートからこの村は大きく外れている。通常は貴族が通るルートではないはずだ。

 

 「何でも、急にルートを変更したせいで、本来なら通る予定の無かった村々を通過することになったらしいですよ」

 男はそう言って床に置いていた樽を抱え、中庭の方へ運んで行く。


 「俺たちは先に上に行ってるぜ」

 その場に3姉妹の姿が無いのを知って、サンドラットはそわそわしながらリサを連れて二階に上って行く。

 俺たちはホールの椅子に座って、忙しく動き回る屋敷の雇い人たちを眺めた。


 いつの間にかテーブルには飲み物が準備されていた。


 持ってきたのは屋敷勤めのお手伝いさんである。いつも奥方の世話をしている娘で、村長夫妻のプライベートゾーンで働いているのであまり姿を見かけなかったが、今回はそれだけ全員で対応しているということだろう。


 「大変だな、ここは占領された土地だから、貴族への対応次第では村の運営にも大きな影響が出る場合があるんだろうな。まったく、神経を使うよな」

 村長の姿が無いのも準備に大わらわだからだろう。

 俺とオリナは果実水を飲む。

 

 「お味はいかがですか?」

 疲れた体に沁み込む。

 「美味しいよ」

 「お貴族様に出すので、味見をしてもらいました。特産の葡萄液のジュースです。カップも一番良い物を出してみました」

 なるほど、だから器も少し高級だったのか。


 「しかし、わざわざこんな田舎を通るなんて。物好きな貴族もいたものよね」

 オリナが余り興味無さそうにつぶやいた。


 「ええ、なんでもあの女好きのボロロン伯だそうです」

 ぶーっ! とオリナがジュースを噴き出した。



 ーーーーーーーーー


 「ふむ、中々悪くない村だ」

 カムカム伯は馬の背から辺りを見渡した。


 この村は旧カエウ国の領土であった。カエウ国はシズル大原の諸国連合の中でも魔王軍侵略の際にいち早く降伏した小国の一つである。大きな戦禍に巻き込まれなかったため国土の被害はほとんどなく、大戦前からの家並みと産業が息づいている、


 特にこの村ではアパカラ河が生み出した緩やかな自然の丘に特産のブドウ畑が広がり、葡萄酒の伝統が息づいている。穀倉地帯が広がる大地は豊かである。


 「バルドン、この辺りの土地は誰の統治だったかな?」

 カムカムは随行して馬を進めるバルドンに尋ねた。

 バルドンは昔からボロロン家の家宰を務める家系の出身でカムカムの右腕とも呼べる存在だ。

 

 「私の記憶ではアッケーユ一帯は、単年変動統治地区だったかと思います。確か今年の統治者はセミ・クリスタル貴族のマ・ツクラダだったと思いましたが。何か至らぬ点でもありましたか?」

 バルドンは周りを見渡す。


 通りには人通りが少ないが、通りに面した屋敷は手入れが行き届いており、どこの窓辺にも飾られた花々が咲き、生活のゆとりを感じさせる。


 「いや、固定の領主がいないならば、ガル・ルンダス君の領地に推薦してやろうかと思ってな」

 「ああ、なるほど。結婚祝いですか。これほどの田舎ですし、葡萄以外にこれと言った特産物もない土地ですから、この地を欲しがる貴族は少ないでしょう。ですが、どうしてこの地なのですか?」


 「立地を見て分からないか? 旧カエウ国はシズル大原ではやや西に位置しているが、大陸全体を見ると真ん中に近い」

 「はあ、そうですね」

 「北に行けば旧魔王国、南はスーゴ高原に通じ、東にはオミュズイの街がある、西の街道は山岳地帯の国々につながり、山々から流れる込む河川はこの地でアパカラ大河となり、その水は清らかで水量も十分だ」


 「整備次第では確かに交通の要衝になりますね」


 「うむ。しかも平原の中では一番高所だから、河を船で下れば、兵の移動、物資の移動も容易い。つまりどの方面にもつながる要所、本来なら交易上も重要地点だが、平地すぎて防御には不向きだ」

 「つまり?」


 「わからぬか? 小国ではこの場所を守るための戦力は維持できない、だからこの地は発展してこなかった。しかし、今は帝国の版図にあり、周囲から攻められる恐れはない。水と豊かな大地、交通の便、どれを見ても利点しか無い。俺ならここに新帝都を築くな」


 「なるほど、戦のない時代にあっては繁栄する要素が多いということですか?」


 「ふむ。だからだよ。先手を打ってここに新たなボロロン家の礎を築くのも悪くないだろう?」

 カムカムは通りに面した店や行き交う人々を見ながら馬を進ませる。その後ろには20騎の私兵がつき従っている。檻車の兵をガルに貸してやったので兵の数は半分になっている。帝都に囚人を護送している彼らが合流できるのは1カ月後か。


 公務ではなく、単なる狩りのための貴族一団なので、別に村人たちが沿道で畏まる必要はない。失礼が無いようにしておけば良い。


 通りでは日常の生活の風景が続いている。

 「それにしても。現状ではまったくつまらん村だな」

 カムカムは改めて辺りを見渡した。


 村自体は良いのだが、カムカムの食指が動くような美女はさっぱり見当たらない。いくら寒村とは言え、少しくらい若い女性はいないのか。


 その表情に気づいたのかバルトンが笑った。


 「ここにはカムカム様がこれはと思うような女性はいないようですな。我々としても無駄に足止めされないので幸いです」

 「お前はすぐそういうことを言う。こういう所に隠れている名宝を見つけ出す喜びというものを知らんのか。それにしても若い娘の姿が無いというのはさびしいものだな」


 カムカムは、バルトンの指示で村長が未婚の娘たちに外出を控えるように命じたことを知らない。


 一番賑やかな大通りも半ばを過ぎた。

 このまま何もなく、若い娘にも出会わなければ、オミュズイの街への到着も予定通りに進むだろう。バルトンは黙ってカムカムの後ろを付いて行く。


 その馬が止まった。

 顔をあげるとカムカムが馬を止めていた。

 その横には露店が残っている。定期市は昨日までだったはずだが……。


 バルトンが怪訝な目でカムカムの表情を伺う。

 その目は薬屋の露店の天幕の奥に向けられていた。


 店の前で隊列が止まったことに気づき、奥で話をしていたらしい店主の女性が顔を出した。その美貌を見た途端、しまった! とバルトンの顔が曇る。露店商は村人ではないので指示が行き届かなかったのだろう。


 「何か、お薬が御入用でしょうか?」

 その若々しい美女は尋ねた。


 日差しに赤い口紅が魅力的に映える。

 テントの中には様々な薬が並べられているが、奥の方は未整理らしく魔道具のようなものが箱に入れられて乱雑に積まれている。


 彼女はテントの前に出てきた。その姿を見てカムカムが気落ちした様子が見れた。


 バルトンはほっと胸をなで下ろす。


 その薬屋の美女はどうやら新婚らしい。赤毛の巻き髪に真新しい銀色のカチューシャをしている。奥にいるイケメンの魔族の男が夫なのだろう。いくら多夫多妻が許されるとしても結婚したばかりではカムカムになびくはずもない。


 「いやなんでもない、仕事の邪魔をしたようだね」

 カムカムは笑顔で答えた。


 「おおい、代金はどこに入れておくんだい?」

 奥から声がする。

 「カウンターの下の木箱に入れてよ」

 「ああ、これか。わかった。ーーーー荷物は袋にいれましたので、次回もまたよろしくお願いします。アリス様」

 夫は接客中らしい。


 少し気落ちして興味を失ったカムカムは、再び移動するため馬の手綱を持ち直す。その時、テントから客が出てきた。


 カムカムの手が震えた。


 黒いフードを被っているため顔は鼻から下しか見えていないが、その顎のラインの美しさは一瞬でカムカムの目を奪う。

 黒っぽい上等とはいえない緩めの庶民服を着ているが、上品な腰つきと足首の細さから、かなり良いスタイルの持ち主であることは間違いない。


 娘はカムカム一行には目もくれず静かに立ち去って行く。


 あれこそ滅多に見ない超一級の原石ではないか! カムカムは思わず振り返った。その歩く姿にはただの村娘にはない優雅さを秘めている。


 その時、強い風が通りを吹き抜け、一瞬フードがはためく。


 「!」

 カムカムの胸は久しぶりに高鳴った。


 美しい顔立ち、愛らしい唇、端正な顔立ちだが少し丸みを帯びた輪郭がかわいらしい。素晴らしい逸材だ。


 これこそ私の新しい妻に相応しい!

 なんという美少女がこんな田舎に埋もれていたのだろうか!


 あんな娘がこんな村で一生を終えるのを見過ごすことはできない。あの美しい血統こそ我が一族に加わるべきだ。


 カムカムはバルトンを呼んだ。


 「今、店を出たあの娘の後をつけさせろ。名前はアリス、必ず自宅をつきとめるんだ」

 ああ、また悪い虫が出た。

 バルトンはため息が出た。

 こうなったら逆らっても仕方がない。バルトンは直ちに部下に命じて後を追わせた。


 カムカムはうきうきと馬を進める。

 「バルトン、しばらくこの近くに滞在するぞ。村の郊外で野宿だ。準備は良いな」

 「はっ。かしこまりました」

 バルトンは渋々うなずいた。


 カムカム一行は威風堂々と隊列を成して村を出ていく。



 ーーーーぎりっと歯を噛みしめ、村の入口の石柱からその姿を見つめる小さな影があった。

 「カムカムめ、ついに追いつきましたよ」

 その目に険しい光が宿った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る