第291話 第二次スーゴ高原の戦い3
「伝令! 帝国軍に動きあり、敵重砲大隊が接近中です! 上空からは鳥人部隊が同時侵攻を確認!」
「いよいよ来たな」
ベントが腕組みして閉じていた目を開いた。
「正念場ですね」
ジャクが静かに立ち上がった。
「ブルガッタとビヅドに指令! 各隊応戦準備! 敵の重砲攻撃に備えよ!」
「はっ!」
地下深くに作られた指揮所から兵が飛び出して行く。壁面には魔法による魔境が浮かび、外の様子を映し出している。
「厄兎大獣隊ですか、これは厄介ですな」
根菜をカリカリとかじりながらホダがつぶやいた。
「ああ、あれを正面から撃ち抜ける武器は我々には無いからな。しかも今回、獣天は100匹を超える厄兎を連れて来た。一気にこの要塞群を打ち崩すつもりらしい」
「こちらの兵器の有効射程の外から撃ってくるのでしょうな?」
「残念だが、そうなるな」
その時、ズズーンと重々しい音が響いて地下室が大きく揺れた。
「ついに始まったな」
ジャクが埃が落ちて来た天井を見上げた。
ー---------
「貫徹魔弾着弾しました!」
「敵要害の崩落を確認! 街道要塞の前方石垣の一部消滅を確認しました!」
獣天ズモーの元に次々と報告が入る。
牽制攻撃とも言える初弾の一斉射で、敵の守りの要となる街道要塞が既に一部崩れたらしい。これは幸先の良い成果だろう。
「うむ、そのまま前進せよ! 中間地点に到着後、再度一斉射を行え! それこそが本番である!」
獣天は腕組みしながら魔獣の曳く戦闘装甲車の上に立っている。
厄兎大獣はその重量ゆえに足は遅いが頭部から前足にかけての鱗は驚異的な厚みがあり、敵の魔弾の攻撃など物ともしない。まして要害に設置されている強弩程度では刺さりもしない。
横一列に並んで進軍する限り、万が一側面から攻撃を受けても被害は全体には及ばない。せいぜい1匹、2匹斃れたところで何の影響もない。
しかも側面攻撃に備えて、厄兎の進軍する左右の草原には既に獣化部隊が進出して警戒にあたっている。さらには上空からの鳥人部隊の支援もある。鉄壁の布陣のまま一方的に要塞を蹂躙する構えだ。
「さて、あの敵将はどう動くかな?」獣天ズモ―は勝利を確信し、敵の動きをにらみながら口元を歪めた。
ー---------
「敵、鳥人部隊、急速接近中であります!」
ブルガッタの元に報告が入った。
「ゴッパデルト、ネルドル殿の準備はどうなっている?」
「ばっちりだぜ。今までのお返しだ」
「よし、始めるぞ!」
櫓の上でゴッパデルトが伝声管の蓋を開けた。
「対空防御! 迎撃を開始しろ!」
ゴッパデルトの声が拡散した。
櫓の背後に配置されていた数十台の射出機がキリキリと音を立て射撃角度を変えていく。
「今だ、撃てぇ!」
射出機のロック機構がハンマーで打たれ、解き放たれた巨大な弦が唸りを上げた。
ヒュン! ヒュン! と風を切る音がして回転しながら無数の石が飛んでいく。兵士たちは成果を確認する間も惜しんですぐに次の弾を装填し、射出の準備を開始した。
縄を二つの石に結んだ飛石が鳥人の翼や胴体に絡まり、一人、また一人と落下する鳥人が見え始めた。
鳥人は落下と同時に次々と爆炎を噴き上げた。要塞やデッケ・サーカを空襲するために抱えていた爆弾が地面に激突して爆発したのだろう。
「成功だ! 続けて撃て!」
ゴッパデルトが叫んだ。
野族という者たちが鳥を狩る時に使う狩猟具を大型にしたような兵器らしいが、構造が単純なので既存の兵器の改良だけで済み、短期間で数を揃えられた。その効果は絶大である。
「不眠不休でこれを作ったネルドル工房の者に感謝だな。その分、金はかかったがな」
ブルガッタが落下する鳥人部隊の兵をにらんだ。
当然全ての鳥人を迎撃できるわけではないが、これまでのように容易に侵入ができないという心理的圧力だけでも十分効果がある。しかも飛んでくる縄の部分は見えづらくて回避しにくいようだ。
数度の攻撃で、やがて上空への侵入を諦めて引きかえす鳥人兵も現れ始めた。一人が戦意を喪失して逃げ始めると、攻撃部隊の士気が下がるのは早い。鳥人兵は爆弾を投げ捨てて一斉に後退し始めた。
「やったぞ! 鳥人兵が逃げていくぞ!」
「うおおっ! 我らの勝利だ!」
ズゴゴゴン!
しかし、その時、迎撃成功に湧く新王国軍の肝を冷やす轟音と地響きが再び襲いかかった。
凄まじい爆風とともに街道要塞一高い楼閣が倒壊し、崩れる塔から人々が落下していくのが見えた。あの高さから落ちたらもはや助からない。
「くそっ、厄兎が出て来たか。なんという破壊力だ!」
「しかも、あの距離ではこっちの攻撃は届かない!」
ズゴゴゴン!
再び要害が大きく揺れ動いた。
街道要塞の左右の崖が土塁や柵とともに崩落し、前面の横濠を埋めていく。
「まずいぞ! 崩れた個所から兵が侵入したら防ぎきれんぞ!」
砂塵に目を細めながらゴッパデルトが叫んだ。
「幸い獣化兵に動きなし! 敵主力である獣人兵部隊もまだ動く気配がありません!」
「妙だな?」
「帝国軍も連携がうまくいっていないのか?」
セオリーどおりならば厄兎の攻撃後に歩兵部隊が現れても良いはず、しかし、妙な事にその動きがない。
このタイミングで獣化部隊が一斉に両翼から攻め込んできたら、戦線は一気に崩壊していたかもしれない。運は我らにある?
「なぜ攻めてこない? 獣化兵はそこまで押し出してきているのだぞ?」
「うむ、徹底的にこちらの防衛線を破壊してから押し寄せる気か?」
「ああ、獣天はブライドの高い男。獣化兵などと言う化け物ではなく、自分の獣人兵からなる正規軍を突入させて手柄にさせたいのだ。まだ獣人兵を動かさないのは正規兵の消耗を避けるため。厄兎で我々を十分弱体化させ、必殺の一手を繰り出す気だろう」
「なるほど、奴のプライドに救われましたか」
「厄兎の強さを過信する帝国軍の慢心にも感謝ですな」
「ところで、ジャク将軍からの伝令はまだないのか?」
「はっ、まだありません」
「ここが踏ん張りどころだが、通常兵器ではあれは止められんぞ。将軍はどうするつもりなのだ?」
鳥人部隊の脅威は半減したが、迫ってくる厄兎の群れはどうしようもない。城壁の上からようやく射程に入った強弩を次々と撃ち込んでいるが簡単に弾かれている。
その足が一歩一歩近づくたびに地面が振動する。厄兎は魔弾射出の冷却に時間を要するため連射してこないのだけが唯一の救いだ。
「敵、厄兎、第一次警戒線を突破しました! 進撃が止まりません!」
「くそっ、何かあれを止める方法はないのか!」
ブルガッタは握り締めた拳で石壁を叩く。
「ブルガッタ様! ジャク将軍より伝令です! 敵が第二次警戒線を越えたら、全員耳を塞いで目を閉じろとのことです!」
「なんだと? どういう意味だ?」
「まもなく第二次警戒線を越えます!」
「いかん! 全員、耳を塞げ! 目を閉じろ!」
ブルガッタが伝声管に向かって叫んだ。
その時、地平線に沿って眩い稲光が走ったように思えた。直後、物凄い爆音と衝撃波が要塞を包み込む。
なんだ! と思う間もない。
第二次警戒線上で連続的に爆発が起きているのだ。
一体何が起きたのか?
おかしくなった耳を押さえながら櫓から身を乗り出した人々は地平線が燃え上がっているのを見た。
そこには累々と倒れた厄兎が断末魔に打ち震え、地面と一緒に燃え上がっている。
「何が起きたんだ!」
「今のは? 味方の攻撃なのか? あ、あれは何だったんだ…」
「伝令! 今のは味方の魔導地雷です! 先の攻防戦以前から埋めていたものを、今回始めて使用したそうです!」
「地中に埋めておいた地雷か! だが、見ろ、流石は厄兎! 半数が再び動き始めたぞ。あの攻撃で生きているとは恐るべき奴らだな」
「続いて局地雷砲による射撃が開始されます!」
その言葉も終わらぬうちに背後から上空に向かって雷砲の軌跡が幾つも弧を描いた。
直後、雷砲の弾が生き残った厄兎の周辺に次々と着弾し、凄まじい爆炎と土煙が立ち昇った。
あれは本来は攻城戦用の重砲だ。
強固な城壁を打ち砕くためのものである。
その威力は凄まじい。直撃を免れた厄兎ですら横転し、まして真上から直撃を受けた厄兎は一撃でバラバラになった。
「雷砲だと! 味方も知らないうちに雷砲陣地など、一体いつの間に構築していたんだ?」
ブルガッタは自軍の方を振り返ったが、誰もが顔を見合わす。
その時だ。
「うまくいきましたね。何とか間に合ったようです」
ブルガッタの質問に答えるかのように櫓の上にジャクが姿を見せた。
「ジャク将軍! いつの間にあれを準備していたのです?」
「西の大森林側に構築していた陣地の他にこちらにも陣地だけは作らせていたのです。むろん雷砲は西の砦に配置していましたから、こちらは空陣地だったのですが、西からの侵攻が無いことが分かった段階で密かに雷砲を移動させていたのですよ。見て下さい、厄兎は上からの攻撃には弱いですからね」
その言葉通り、既に動ける厄兎は何頭も残っていないように見える。しかも辛うじて生き残った厄兎も混乱状態に陥り、同士討ちを始めたり、倒れてもがいている仲間を踏み殺したりしている。
これはかなりの戦果だ。獣天も自信満々で繰り出した厄兎がこれほどの被害を受けるとは思っていなかったに違いない。
思ったとおり、わずかに生き残った厄兎がゆっくり後退を始めた。
地雷と雷砲の攻撃は、厄兎の左右を進んでいた獣化部隊にもかなりの被害を与えたようだ。東側の獣化部隊は撤退していくのが見えるが、西側では動きはない。待機している訳ではない。おそらく西側に布陣していた部隊は壊滅したのだ。
帝国軍は、獣化部隊の守りがなくなって左右から攻撃される恐れがでてきたため、雷砲の射程から出ようとしている。
獣天にしてみれば思わぬ被害だろう。
だが、それ以上の混乱を見せず、ためらわずに後退させる手腕はさすがは一天衆である。最強兵器である厄兎の温存を図ったのだ。
「歩兵部隊が出てくるぞ! 急いで破壊された地点の修復にかかれ! 壁が崩れた場所だけでいい!」
ジャクの命令とともに待機していた工兵隊の部隊が一斉に外に飛び出して行った。
こちらも防塁が何か所も崩されている。雷砲もそれほど弾薬があるわけではないことくらい帝国軍も分かっているだろう。歩兵部隊に弾を消費してしまっては厄兎の侵攻を押さえられない。だから今度こそ崩した防塁からの突入を図って歩兵が出てくるはずだ。
「来ました! 重装歩兵部隊を先頭に獣人兵の歩兵部隊が前進してきます!」
遠眼鏡を覗いていた兵が高楼の上で叫んだ。
ーーーーーーーーーー
「エチア! 大丈夫か! しっかりしろ!」
ジャシアは斃れた獣化兵の下に銀狼の前足をようやく見つけ叫んだ。ジャシアも全身血まみれで片腕はだらりと垂れ下がっているがそれどころではない。
傭兵部隊の仲間も突然爆炎が上がった直後から姿が見えない。
獣化部隊の指揮車付近に雷砲の直撃が落ちたのだ。その周囲には獣化兵の死骸が散乱しており、生きて動いているのはジャシア一人だ。
「くそう! エチア、お前を死なせないんだぜ!」
ジャシアは剣を死骸の間に挟みこんで体重をかけ、銀狼を押しつぶしていた大きな死骸をなんとか押しのけた。片腕が使えないので何をするにしても手間がかかる。
すぐに銀狼の腹部が大きく動くのが見えた。
呼吸を回復したらしい。
大丈夫だ、まだ生きている!
「今、助けるんだぜ! 待ってろ! エチア!」
ジャシアは片腕で銀狼の身体の上にある肉の塊をかき分け始めた。
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