第125話 <<新たなる出陣 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
「やられました」
開口一番、顔の皺が増えた宰相のヘロドマエが肩を落とした。
「被害は、被害はどうなのだ?」
国王の前でバルア王子が興奮気味に言った。
「こちらの地図をご覧ください」
王宮の一室に集まった人々の視線が壁に張り出された地図に向く。王都の地図に黒い丸がいくつも書き込まれている。
騎士たちは悔しそうな表情で剣の柄をぎゅっと握った。
「同時多発でございます。謎の襲撃者に襲われたのはここに示したとおり、国の重要機関や大貴族の屋敷等、10か所でございます。迎賓館も襲われましたがサティナ姫がご無事だったのは不幸中の幸いでございました」
「襲撃者の正体はつかんでおるか?」
ラマンド三世が上座から宰相を見る。
「不明でございますが、背後に東マンド国が関与している可能性が考えられます」
「むむむ、許し難い暴挙と言うべきだな」
「父上、このうえは」
バルア王子が勢いよく王の顔を見上げた。
「軽率な言動は控えよ、王子。証拠もなくこの程度の騒乱で国同士の戦に発展させるわけにはいかぬ。まずは被害を報告せよ」
さすがに国王は冷静だ。
おそらく、ラマンド国の情報網でこの破壊活動が東マンド国の王弟の手引きらしいということは承知しているのだろう。なぜ、迎賓館を襲ったか、その理由もわかっているはずだ。
サティナたちは無事だったものの、大国の姫が襲われたという事実だけでもラマンド国には大きなマイナスなのだ。
宰相は淡々と被害状況を述べていく。
殺されたのは数名である。貴族の死者は無く、負傷者は勇敢に反撃した者が数名である。襲撃者は各地点1名で、そのうち倒したのは1か所だけであるという。
襲撃者にもレベル差があったのかもしれないが、サティナたちですら取り逃がしたのに1人でも倒したというのは凄い。ラマンド国にも強い騎士がいるらしい。
「最後になりますが……」
と言って、宰相の言葉が詰まる。
「どうした? 続けよ」
「敵はバルア王子の誘拐を試みましたが失敗しております。……ただし、代わりに誘拐された貴族が一名おります」
「何と! それは誰じゃ?」
ラマンド三世は身を乗り出した。
「はっ、ラメラ・ミレネ・ヘロドマエ、10歳であります」
宰相の暗い顔が全てを物語る。宰相の孫にして、バルア王子の
「ラメラが! うそだ! うそだろう!」
バルアが宰相に駆け寄って、その腕を掴んで揺すった。
宰相は唇を噛んでいる。
周囲の人々に動揺が走った。会場がざわつく。
ドン! と国王が王錫で床を突いた。
その音が会場に響く。
「聞いての通りだ。奴らの襲撃はまだ終わったわけではないぞ。誘拐されたラメラ嬢は必ず無事に救出しなければならん!」
「はっ!」
集まった貴族たちは応えた。
若い国だけに大貴族による腐敗はドメナス王国ほど進んでいないのだろう。多くの者が騎士の顔をして使命に燃えているのが感じられる。この雰囲気は好ましいものだ。
「陛下! お話したいことがあります」
サティナが声を上げた。
「姫は本来お客人なのだが、その実力は皆の知るところだ。遠慮なく申せ」
「ありがとうございます。私が襲撃された際に、逃げた襲撃者に追跡するための目印を付けました。お許しが頂ければ襲撃者を追いたいと思います」
「おお、それはありがたい! 今回の事件に関する限り、姫とその近衛兵団にわが国内での戦闘行為を特別に許可しよう。……だが単独行動というわけにもいかぬな。東の第二騎士団はサティナ姫と行動を共にせよ。良いな!」
「はっ! ご命令のままに!」
騎士団の長だろう、若い騎士が前に進み出るとサティナに向かって礼をした。
「それでは他の者は各自の調査ルートから後を追え! なんとしてもラメラ嬢を救出せよ。そして我が国このような襲撃を行った者に
「はっ!」
一糸乱れぬ姿勢で直立している騎士全員が同時に叫んだ。
ーーーーーーーーーー
王宮から退出すると、王宮前の広場は既に出撃準備を行う騎士たちで溢れていた。サティナの部隊のリーダーたちも既に集合している。
サティナは目立つ。
その美しさもそうだが、全身から放たれるオーラが人々を振り向かせる。
ただ、その神話から抜け出したような美しい姿に心を奪われ、誰も声をかけられない。
マルガはその高貴な横顔を見る。
近衛騎士たちも慣れるまではそうだった。だが、今は全員が姫と共に歩けることを誇りに思っている。
そんな中、サティナ姫の姿を見つけ、手を振ってこちらに駆けてくる者がいた。謁見の間にいたあの若い騎士だ。
「サティナ姫、東の第二騎士団隊長のブルッサであります。よろしければ至急打ち合わせをお願いしたいと存じます」
若い貴族の騎士だが、近くで見ると顔や手にはいくつもの切り傷がある。”片鋏の
「作戦の打合せですね、わかりました」
サティナはマルガを見てうなずく。
「ブルッサ殿、案内を頼む」
マルガが言った。
サティナたちは庭園内に設営された簡易なテントに入った。
中央の大きな四角いテーブルには事前にサティナがお願いしていた周辺一帯の地図が広げられていた。
「では、ブルッサ殿、我が部隊一の情報収集の腕を持つ騎士ケビルの報告を聞きましょう」
「お願いします」
「では報告を」
サティナは騎士ケビルを見てうなずいた。
「それでは、結論から申します。襲撃者につけたトレーサーの移動は既に止まっています。移動の最終地点であるこの地点が奴らの潜伏地と思われます」
騎士ケビルが地図の一点を指し示した。
「ここですか? こんなところに?」
ケビルと同じ年頃だろう。ブルッサに随伴している若い騎士が目を見張った。
「この場所がわかるのか? サブルグ」
ブルッサが若い騎士の表情を見た。彼はこの辺りの地形や地理に詳しい。
「はい、西の荒れ地のこの一帯に集落はありません。過去の戦で滅んだ村がある場所で、今は墓場になっているはずです」
「そこに襲撃者が潜んでいるのね? 位置に間違いはない?」
「はい、姫様、虫のトレーサーはこの地点で停止しています」
騎士ケビルがサティナ姫を見てうなずいた。
「間違いないでしょう。騎士ケビルの追跡能力は騎士団一です。その墓場がやつらの潜伏地なのでしょう」
マルガがうなずいた。
「その他にこの地点の情報はあるか? サブルグ」
「はい、墓場に中心にはかつての神殿跡があるのですが、そこで数年前、邪神を奉じる連中が目撃され、当時、騎士団が一帯の警備を強化したという事件が起きています」
「ふむ、何かいわくつきの場所のようだな」
「行きますか?」
マルガがサティナを見た。
サティナ姫は顎に指を添えて考えている。
「どうしました?」
「こんなに簡単に居場所がわかるなんて、少し不自然とは思わない? あれだけの手練の暗殺者を送り込んでくるほどの者よ。なんだかね」
「そうですね、なんだか、我々を誘っているかのようだ」
ブルッサが言った。
「罠でしょうか?」
サブルグが問う。
「ケビル、追跡中に不自然な点はあったか?」
「いえ、特別には。ただ時折、トレーサーの術に雑音のようなものが混じっているような感じがします」
サティナとマルガは見つめあってうなずき、まわりを見渡して唇に人差し指を立てた。
「だめだな。今日の会議は終わりだ。解散だ」
マルガがそう言いながら、紙に字を書く。
『逆トレーサーの可能性。我々の会話は盗聴されているかもしれない』と紙に書いた文字を見せる。
驚いて、何か言いそうになったブルッサが口を押さえ、続けて紙に書く。
『では、どういたしますか? 何もできない?』
サティナが首を振ってブルッサの耳元に口を寄せた。
「逆に利用しましょう。十分準備してからその地点に向かうことにするため、到着には少し時間がかかる、と偽の情報を掴ませ、その隙に全速で向かって強襲します」
罠を張っている襲撃者たちに、こちらが到着するタイミングを誤解させることが重要なのだ。
ブルッサは無言でうなずいた。
続けてサティナはさらさらと命令書を書くとケビルに渡した。
『すぐに偽の情報を流してきます』
騎士ケビルは命令書に目を通すと、すぐにメモを書いてテントを出ていった。
「さあ、みんな準備して! まだ日は上らないけど出発するわよ。急げば今日の午後には目的地に着くわ」
ケビルが十分離れたのを確認し、サティナが告げた。
「はっ!」
マルガたちが同時に叫ぶ。
マルガたちが慌ただしくテントを出た後、少ししてブルッサとサティナが外に出る。
そこには出撃準備を整え、命令を待つばかりとなったブルッサの部下たちが集まってきていた。
「良く訓練されていますね。動きをみればわかります。貴方の事をとても信頼しているようね」
サティナはブルッサを見上げた。
「ええ、あいつらの半分は子どもの頃から一緒に育った仲間ですから」
「一緒に?」
「ああ、兄弟なんですよ。あ、いえ、本当の兄弟じゃありません。私たちは同じ孤児園育ちなんです。東マンド国との戦争孤児って奴ですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、実の妹とは幼い時に生き別れてしまって……、生きていれば姫と同じ位の年齢でしょうか」
「そうですか……」
「ブルッサ隊長! 準備が全て整いました!」
その時、騎士の一人がブルッサの馬を引き連れてきた。
「では出発しますか?」
ブルッサはその手綱を手にした。
ブルッサ率いる東の第二騎士団の動きは機敏だ。かなりの精鋭揃いと言えるだろう。小国ながらラマンド国の兵は強いと聞いていたがそれは確かのようだ。
「さあ、全軍出陣よ!」
サティナの声で軍が動きだす。全軍で100名足らずの部隊だが士気は高い。東の第二騎士団に続いてサティナの部隊が砂塵を巻き上げて出発した。
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