第342話 黒鉄関門の変質者

 黒鉄関門の司令塔の中では、警戒配置を南から北へ切り替える作業が急ピッチで進められていた。当初から黒鉄関門奪還後の対応を見据え、北からの攻撃にどう対応すべきかその策は考え抜かれていたのだ。


 新王国から呼び寄せていた技術者が優秀だったせいか、それともオミュズイ攻略戦で投降した兵の中に黒鉄関門の元技術者だった者がいたせいか、その改修作業はとても順調に進んでいる。


 「ネルドル夫妻は仕事が早いですな。おかげで元帝国の技術者連中まで尻を叩かれているようだ。皆が目の色を変えて取り組んでいますよ」

 黒鉄関門の総指揮官に任じられたバルガゼット将軍が二人の働きぶりを称賛した。


 「そうだろう。ネルドルとゴルパーネは私がカインと一緒に旅をする途中で見つけた天才だ。凄いだろ?」

 女王ミズハが少し得意そうな顔で応えた。

 もちろん、カインとネルドルの出会いが二人で肥え溜めに落ちたことだったことも知っているが、それは伏せておく。


 「素晴らしい! 君が旅をしていた理由がこれだね? 君の新パーティはまさに人材豊富! びっくりだよ。ミズハが魔王二天という立場を捨ててまで僕を探すために冒険者に戻り、各地を回った成果がこれなんだ。僕もうれしいよ。それにこれほど多くの人々が正統の旗の元に集まってくれるとはね」

 ゲ・ロンパは笑いながらミズハの手を握った。


 「アックス……」

 「ミズハ……」

 二人の仲睦まじい光景に集まっている諸将の顔がほころんだ。

 毎日仲が良すぎて遠からず世継ぎができそうですと女官たちがうれしそうに噂していたのである。


 「でもまあ、なんだかんだでカイン次期国王のおかげだ。あいつには感謝だな」

 あの夜、カインの尻の穴にこの角がずぶりと刺さらなかったら、今の自分はいないだろう。その言葉を真剣な面持ちで聞く妙齢な女官たちを前にミズハはつい思い出して苦笑する。


 「あいつは一見凡人に見えるが、いつも事件の中心にいて色々とやらかす男だ。その強運、いや女運か……それはもう恐ろしいほど。この私ですら一時期は愛人眷属にされてしまった。お前たちもあの女たらしには気をつけるんだ、絶倫だそうだ」

 

 「ミズハ様が愛人眷属……」

 「お手つきされた子が既に何人かいるって!」

 「本当かな?」


 「ちょっと可愛いと襲われるってさ。ほら、没落した貴族令嬢のあの子! 暗い子だと思ってたけど実は美人で目をかけられたって聞いたよ」

 「次期国王様でしょう? むしろこれは狙い目ですね……」

 「ええ玉の輿狙いですわ……」

 「私、今夜初めて彼の夜食当番なの、気合い入れなきゃ!」

 「それなら太もも露わなミニスカートが好みらしいよ、誘淫剤入りの香水貸そうか?」

 ひそひそと壁際で新しく入った女官たちが話をしているのが聞こえてくる。どうやってカインに取り入るかどう誘惑するかで大いに盛り上がっている。


 「ああ、そのカイン様ですが、下でルップルップに追い回されていますよ。何でもルップルップが秘蔵していた食べ物を勝手に食べたとか。またやらかしたようです。ほら、あそこです」

 バルガゼットが肩をすくめた。


 「なるほど、いるな。……ああ、ついに追い詰められたな。哀れな奴だ」

 ゲ・ロンパが窓から外を眺めて言った。


 「あっ! あの馬鹿! ルップルップの一撃で下半身丸出しに! あれではまるで変質者ではないか! ああっ、あの恰好でそのまま階段に飛びおりましたぞ!」

 バルガゼットが目を丸くした。


 「あっ、あいつ、誰か階段を上って来た者を下敷きにして、押し倒した!」


 遠くで悲鳴が起きた

 兵がわらわらと集まっているのが見えた。


 「大変だ! 馬鹿が美女の顔にあそこを押し付けて眷属にしたぞ!」と誰かが叫んでいるのが聞こえて来た。


 どうやら、また誰かがカインの愛人か眷属になったらしい。


 「またか、やらかしおって……」

 ミズハは頭を抱えた。新たにダブライドの神殿もうでをしなければならない人が増えたようだ。そんな事を考えていると、ドタドタと足音がして報告が入ってきた。


 「ただ今、ゲ・アリナ様からの使者として侍従のアナ・ペロ・カレドア様が参られましたが、あの、その……」

 衛兵は口ごもった。何か言いづらいことがあるらしい。しかし、もう察しはついている。


 「まさか、さっきの?」

 「はっ。不慮の事故で使者のアナ様がカイン様の新たな愛人眷属になられたご様子であります」


 「まぁ! さすが次期国王さま、目をつけると遠慮がない!」

 「素晴らしい容赦ない行動力ですわ!」

 周囲の女官たちが噂に花を咲かす。


 「そうか、やっぱりな。まったくあの男はもう……」

 ミズハはふうっと大きなため息をついた。


 

 ーーーーーーーーーーー


 額に包帯を巻かれた眼鏡の美女が女王ミズハの前にかしづいている。たわわに揺れる巨乳がとにかく目を引く魅惑的な大人の女性である。


 バルガゼット将軍は、弟の騎士バルゼロットがゲ・アリナの元にいるためアナとは昔からの顔見しりである。

 アナの隣でやらかした男、カイン次期国王がそわそわしているのが目に入った。


 「陛下、こちらを我が主人から預かって参りました。至急の要件とのことであります」

 型通りの挨拶を終えた後、アナはバックから封書を取り出した。

 

 「預かろう」

 差し出された一通の封書をダブライド将軍が丁寧に受け取った。


 「開封してください」


 「はっ」

 ダブライド将軍が封を切ると、ゲ・アリナ嬢の姿が浮かび上がった。魔法の手紙である。

 

 「ミズハ女王陛下、お久しぶりです。このたびは友人として魔王の件で至急お伝えしたいことがあり、このような形でお会いする失礼をお許しください」

 小さく浮かんだゲ・アリナ嬢が宮廷式のおじぎをした。


 「もうご承知のこととは思いますが、私は魔王オズルの王妃になることに決まりました。オズルの館に招かれ、そこに閉じ込められた私は彼の部屋で恐ろしいものを見たのでございます」

 ゲ・アリナは彼女にしては珍しく顔を伏せた。


 閉じ込められたと言っていたがどうなったのか。この書簡が出せたということは無事に逃げたのだろうか。

 ミズハはちらりとアナを見た。彼女の落ち着いた表情や、ミズハの視線に気づいて軽くうなづいた所を見ると、ゲ・アリナ嬢は無事なのだろう。

 

 「魔王オズルは邪神竜復活の研究をしていたようです。最後の邪神竜、時空裂の青竜を封じた鍵の宝珠は既に彼の手中にあります。お気をつけください。時空裂の青竜を封じるのに必要な服属の魔道具はまだ発見されておりません。もし竜がこの世に姿を見せれば、世界は破滅で……」

 ぷつっ、とそこで封書が閉じた。書き記すための魔力限界に達したのだろう。


 ゲ・アリナからの報告を聞いて一堂は表情を強張らせた。邪神竜と言えば一匹で世界を滅ぼすほどの力があるという神話の怪物である。それを魔王オズルが復活させようとしているのだ。


 「なるほど深刻な事態だと言う事は分かった。イリスたち三姉妹を会議室に呼んでくれ、話をしたい。皆の者、至急軍議を開くぞ。アナ殿、御役目ご苦労であった。しばらく休まれよ。誰か、アナ殿をお部屋に案内しなさい」

 そう言ってミズハは席を立ち、諸将とともに部屋を退出した。


 後に残されたのは「こいつがやりました」とばかりに連れてこられた俺だけだ。アナと目が合ってしまい。何だか気まずい。アナもいつになくそわそわしている。


 「カイン様……」

 アナが伏し目がちに俺を見る。


 その仕草がカワイイ。野暮ったい眼鏡をしているが、眼鏡を外すと凄い美人というのはお約束だ。

 思わずその顔に見入ってしまったが、すぐにその下の巨乳に視線が落ちてしまう。体を動かすとすぐ揺れる、本当にでかい!


 「またカイン様にお会いできて嬉しいです。それにまさかこんな事になるとは思いませんでした」


 「わあああ……、ごめん! 本当に悪かった! まさか階段の下にアナがいるとは思わなかったんだ。これはきっと運命の悪戯ってやつだ」

 飛び降りてアナの顔面に股間を激突させたあと、そのままアナを大胆に押し倒したのだ。


 「本当にそう。運命的再会とはこのような事を言うのでしょうか。まさかあの一瞬でさらに胸まで揉まれるとは思いもしませんでしたわ」


 「うっ。それは思わず両手を出したら、偶然、脇の下から手が入って、そのままモミモミと……」

 自分でもどう動けばそうなるか理解不能だが、ものすごく気持ちのいい手触りだった。もうずっとこうしていたいと思ったほどだ。


 「よろしいのですか? 私で?」

 そう言ってアナは急に俺に近づいて、上目づかいで俺を見上げた。美人だし、すごくカワイイ。


 「ちょ、ちょっと待て。嫌じゃないのか? 俺の愛人だぞ? いいのかよ?」

 と言いつつ、俺はその胸に気を奪われている。その胸の大きさはかつてないうえに、しかもふわふわでその弾力を思い出しただけで、もうたまらない……。

 

 「嫌いだなんて、むしろ命を救われてからずっとお慕いしておりました。どうか私をカイン様の愛人としてその末席に加えてくださいませんでしょうか?」

 そう言って愛らしい唇を突き出した。

 もちろん、こんな状況で断るわけはない。アナは巨乳眼鏡美女だ。今まで周りにいなかったタイプの美女だ。


 アナを部屋に案内するという人もなかなかやって来ない。俺はアナに誘われるままソファにもつれこむと優しく抱き合う。


 「ああっ、アナ!」

 「カイン様!」

 激しく乱れるアナが可愛い。そんなアナに夢中になっていると。


 「そこで一体何をしていますの? カイン様?」

 濃厚なキスを交わしながらソファの上で絡みあっていた二人の背後にふいにミラティリアの声がした。


 「あーあ、こんな場所で! それはいけませんね! 特にカイン様のその指づかいがいけません。これはもう処罰ものですね!」

 ちょっとすねた顔つきでルミカーナが俺をにらんだ。


 「カイン、ちょっとお話があります!」

 うわっ、サティナ姫までいた! どこから見ていたのか、聞いていたのか分からないが、その目つきが怖い、殺されそうだ。


 「私には全然手を出さないくせに! もう、カインのバカっ!」

 「痛て、痛ててて!」

 俺はサティナに耳を引っ張られて部屋の外に連れて行かれた。


 「さあ、アナさん、服の乱れを直しましたらこちらへどうぞ。お部屋を準備しました。これからはカインを支える者同士、末永くよろしくお願いします」

 「こちらこそ」

 ミラティリアはアナと握手を交わすと廊下の扉を開けた。

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