第343話 最終兵器

 「魔王オズル様! 大変でございます。魔王五家のゲ・マリエラ様と大貴族セクエリア様が共に叛意を示され、それに応じる貴族がゲ・マリエラ様の館に続々と集結しているとのことでございます!」

 

 近衛兵の一人が火急の用件ありと軍議中の謁見の間に姿を現すや叫んだ。


 「なんだと! 大貴族のセクエリア様が叛意だと!」

 「ばかな! 魔王五家が謀反をおこすなどありえん!」

 諸将に動揺が走る。彼らは今回新たに任じられた者が多く、その大部分は中小貴族である。

 

 「さわぐな! 静かにしろ!」

 報を受けた玉座の魔王オズルは顔を歪めている。握り締められた拳がひじ掛けを荒々しく叩いた。

 

 魔王五家の中でもゲ・マリエラは成人したばかりで当主に就任したのはつい先ごろだ。そんな若い彼女が一人でそのような大それたことを画策するはずがない。おそらく大貴族の謀反と連動しているのだろう。


 ゲ王朝を腐らせた大貴族など元々信用していないが、今回謀反を起こしたのは大貴族の中でも常識派として人望の厚いセクエリア嬢だ。2年前に若干20歳で当主になった独身の美女である。


 社交界の華としても知られる彼女が反旗を翻したとなれば、その影響は計り知れないものになるだろう。さらにあの家は代々セメン家と仲が良い。そのセメン家のご令嬢クサナベーラ嬢はゲ・アリナ嬢と懇意なのだ。


 「カルディよ。ゲ・アリナ嬢の動向はどうだ?」

 魔王オズルは側に控えているカルディをそっと呼んだ。


 このことをゲ・アリナ嬢が知れば彼女がどう動くか未知数だ。万が一、ゲ・アリナ嬢がセクエリアと手を結べば一層脅威である。


 「はっ。このような場合に備え、彼女はオズル様との婚姻が正式に行われるまでオズル様のお屋敷に監禁しております。彼女がこの反乱に加担することはないかと存じます」

 カルディは小声で答えた。


 「ならば良い」


 魔王オズルは部屋に集まった諸将を見下ろし、右手を顎に添えるとわずかに首を傾けた。その仕草は将たちに意見を出せと言っているように見える。


 「陛下、いかがなさいますか? ゲ・マリエラ様の領地は帝都の東であります。そこに討伐軍を差し向けてしまっては黒鉄関門からの連合国軍の行動に対処できませぬぞ」


 「いや、それよりも問題は大貴族セクエリア様であろう? 陛下、彼女の兵力は少ないなどと言って侮れませんぞ。北方戦役で鍛え上げられた精兵が彼女の領地に帰還しているはずです」


 「ならばどうするのだ! 前面には連合国軍、背後にはセクエリア、東にはゲ・マリエラなのだぞ!」

 諸将は互いに口論を始めた。


 やはり付け焼刃の将では大局を見据えることはできない。帝国はあまりにも人材を失いすぎたのだ。新たな人材の育成や市井しせいからの登用を進めているが間に合うわけもない。


 「みなの申す通り、帝都には即応できる兵力は既にない」

 魔王オズルは玉座から立ち上がった。


 「では、どういたしますか?」

 

 「セクエリアとゲ・マリエラの元へ使者を差し向けよ。交渉にて時間を稼ぐ。その間に我らは目の前の連合国軍に兵力を集中させるのだ! 帝都南部に防衛網を敷くぞ! さっそく準備にかかれ!」

 魔王オズルが叫ぶと諸将は、おおっ、さすがはオズル様とさっそく部屋を退出して準備にむかった。


 魔王オズルは一人玉座に腰を落とした。

 

 「馬鹿どもめ、もはや手の打ちようはない。それぐらいわからぬのか? あの黒鉄関門を奪還するにはよほどの兵力が必要なのだ。信望の熱い大貴族セクエリア嬢が反旗を翻したとなれば、日和見している貴族どもはもはや兵の招集には応じまい。つまり正攻法での奪還は事実上不可能になったということだ」


 「それで? オズル様、いかがなされるのです?」

 カルディの目に危険な色が灯った。


 カルディには自分の身の安全を優先するという呪いがかかっている。彼が誰かに殺されてはいけない理由があるのだが、それが今、オズルの側にいること自体が身に危険につながると認識したとすれば……。


 このタイミングならば、魔王オズルを殺し、その首をもって連合国に駆け込めば保身が図れるかもしれない。そんな事を考えているのかもしれぬ。


 「カルディよ。こうなれば最後の手段しかあるまい? わかっておるな?」

 魔王オズルの目に狂気の色がよぎったような気がした。


 「最後の手段でございますか? 何をなさるのでございましょうか?」

 そう言いながらカルディが懐に手を入れた。


 この男は引退したが、かつて魔王に鬼と呼ばれた最初の男である。老いたとはいえ全盛期の暗殺術は死んだ鬼天に勝るとも劣らない、その目が妖しく光を放ち始めている。


 「つまりは、こういう事だ!」

 突然、カルディの心臓に魔王の刃のような手刀が突き刺さる。


 ぐふっ! と口から血が噴き出し、カルディは手にした短剣を床に落とした。見る見るうちに玉座が血まみれになり、オズルの一撃でカルディは絶命した。

 

 「愚か者め」

 オズルはカルディの胸から紫色をした心臓のような物を引きずりだした。


 「お前に預けていた物を返してもらうだけだ。まさか自分が本当に魔族の人間だと思っていたわけではあるまい?」

 魔王オズルは冷たく微笑んだ。


 そのオズルの前でカルディだった物体が粉のようになって崩れ去っていく。


 そして魔王の手には紫色から黒色に変色した珠が残った。


 「ふふふふ……。もはや帝国などと小さな事は言わぬ。最終兵器を発動する。この間違った世界を灰燼に帰し、シュトルテネーゼと共に始めからやり直すこととしようではないか!」


 そう言って魔王オズルは黒水晶の塔から天高く飛翔した。




 ーーーーーーーーーー


 わあわあと黒鉄関門の門の前が朝からうるさい。


 「何かあったのかな?」

 俺は、寝ぼけた目をこすって隣で寝ている裸のイリスにたずねた。そのサラサラの髪が朝日に輝いて綺麗だ。


 「ええ、外で騒いでいる者がいるようですね」

 気だるげにまつ毛がゆれ、目を開いたイリスがつぶやいた。


 昨晩からの余韻に浸るイリスはまだ腰がいっているらしく天国からまだ戻り切っていない。その露わになった肩のラインが美しすぎる。


 「ちょっと見てくる」

 俺はベッドから出て服を着替えた。


 「どうしたんだ? 何があった?」

 俺は城壁の上から下のやり取りをのぞいているバルガゼット将軍を見つけて声をかけた。


 「これはカイン殿、ちょうど良かった」

 「ちょうど良かった? 何がですか?」


 「あれですよ、外に帝国兵の女がやってきて中に入れろとうるさいんです。何でもカイン殿の知人だとか。ですが、帝国兵ですよ?」


 「俺の知人? 誰だろう?」

 そう言って下をのぞいて、俺は目を疑った。


 まさか、幻か!


 いやそうじゃない、あれは……間違いない!


 ぞくぞくと鳥肌が立って心臓が早鐘を打った。もう居ても立っても居られなくなって俺は全力で駆け出していた。


 「どうしました! カイン殿! やはりお知りあいですか!」

 背後からバルガゼット将軍の声が聞こえたが返事をする余裕もない。


 だって、どう見てもあればエチアだろ!

 階段を飛び降り、廊下の壁に激突しながら曲がる! 足がもつれて転びそうになりながら門に向かう。


 「エチアーーっ!」

 エチアとその隣にいたのは帝国兵の恰好をしているが獣人族の男喰らい、美女ジャシアに間違いない!


 「どけっ! 扉を開けろ! 早く!」

 俺は大門の脇にある通用口を閉鎖している兵士たちをかき分けて突き進んだ。


 「こ、これは、カイン様!」

 「うわっ、なにごとですか!」

 兵士たちは俺の勢いと形相にびっくりしている。


 「外の二人は俺の大事な人だ! 早く扉を開けてくれ! 頼む!」

 俺は二重三重に降りた鋼鉄の扉をドンドンと叩いた。


 「間違いないのですな?」

 「間違うものかよ! ずっと、ずうっと探していたんだ!」


 振り返った真剣な顔が真実を伝えていた。

 それを見て疑う兵士はここにはいない。いつもどこか抜けた印象のあるカインという男に初めて王の風格を見たのである。

 

 「よし、扉を開けよ!」

 

 ゆっくりと重厚な扉が上に、横に開いていく。


 外の陽光が最初に足元を照らし出し、俺の心臓の高鳴りに合わせるように、その光が徐々に上がっていった……。

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