第344話 エチアという少女

 「あっ! カインだぜっ!」

 俺の顔を見て満面の笑みを浮かべたのは獣人の美女ジャシア。そしてその隣に隠れるように佇んでいるのは…………間違いない。あのエチアだ!

 

 「ジャシア! エチア!」

 俺はたまらず二人に抱きついた。

 「カインっ!」

 ジャシアも飛びついて来た。


 うれしいっ!


 これが敵の罠かもしれないなんてことは頭のどこにも浮かばなかった。次期国王失格の行為だが、今はそんな理性は吹っ飛んだ。今はただただ激しい感情の嵐だけが俺を突き動かしている。

 

 「ジャシア、エチア……よくも無事で……」

 二人を思い切り抱きしめ、もう涙が止まらない。


 「カ、カイン、照れるんだぜ」

 「カイン様? この方が?」

 

 「ん?」

 俺は腕の中のエチアの顔を見つめた。どこにも怪我はない。元気そうだ。少し大人になった容貌は愛らしさよりも美しさが上回るようになっている。

 

 「そうだよ、この方が私たちのご主人、カイン様なんだぜ」

 ジャシアは涙ぐみながら俺の胸に顔を埋めた。


 「なんだか、変だぞエチア、俺だよ。カインだぞ、ずっと探していたんだ」

 俺は涙をぬぐって、少しきょとんとしているエチアの頭を撫でながらその瞳を見つめた。どうも何か変だ。


 「実はな、カイン……」

 ジャシアがエチアの状況について話し出した。



ーーーーーーーーーーー


 「そうだったのか……」

 俺は広い応接室の石の天井を見上げた。

 

 エチアが座るソファの前に俺の妻と婚約者たちが集合している。ジャシアの話を聞いて、初めて会うエチアという少女にみんなの好奇心の目が集まっている。


 この愛らしい小柄な美少女がエチアだ。


 婚約者のサティナ姫から逃げたカインが帝国に囚われ、収監された囚人都市、重犯罪人区画でカインが初めて出会った美少女。


 自らも獣化の病に冒され、苦しみながらもカインを救った恩人である。カインは離れ離れになった後も彼女の生存を信じ、彼女の病を治すために囚人都市からの脱走を企てた。


 それが全ての始まりだった。


 今、こうしてここに集う人々とカインが運命の出会いを果たしたのは、彼女が絶望の地にいたカインに生きる勇気を与え、その背中を押したからだ。


 みんなの目はそんな切っ掛けをつくったエチアを温かく包み込んでいる。


 俺は、みんなにエチアを紹介するため黒鉄関門付近にいるカインパーティーの全員をここに集合させたのだ。


 新王国にいるリサ王女とセシリーナ、そして微妙に婚約状態の工房見習いのクラベル嬢はいないが、それ以外の全員に声をかけた。


 ずっと離れ離れだったが、エチアもカインパーティーの大切な一員である。いつの日かきっと幸せに、と汚染された絶望の大地から見上げた星空に誓ったのだ。


 「エチア、これが俺の妻と婚約者たちだ。ジャシアのことは知っているだろうけど」

 そう言って俺はエチアに一人一人紹介した。


 妻と婚約者たち。つまり、三姉妹とルップルップにサティナたちである。

 しかもゲ・アリナ嬢の美しき巨乳の侍従アナとリイカという外交官の美女まで、申し訳なさそうに姿を見せている。


 リイカ嬢まで? まさかそう言う事なの? いつの間に? と三姉妹やサティナたちは改めてため息をついた。 


 リイカという美人官僚とは基地で夜遅くまで打合せしていたようだったが、今さらカインの手の早さにはあきれるしかない。


 もっとも、貴族というのはそうしなければならない義務がある。チャンスは物にしろ! より多くの妻を娶らねばならない! というのは中央大陸の貴族も同じだ。カインは親からは妻は20人! と言われているらしい。


 東の大陸で待っている妻を入れるとあと少しだ。ナーナリア、マリアンナ、サティナ姫、ルミカーナ、ミラティリア、リサ王女、セシリーナ、イリス、クリス、アリス、ルップルップ、ジャシア、アナ、リイカ、クラベル、そしてエチアで16人である。黒鉄関門内で噂になった女官たちとはまだそこまで深い関係にはなっていない。


 「……エチアの状態については、今、説明したとおりなんだぜ。研究所で身体は治ったが記憶が戻らないんだぜ」


 「今の私にはここ最近の記憶しかありません。カイン様と婚約していたらしいということもジャシアさんに教えてもらいました」

 エチアはそう言って不安そうにうつむいた。婚約したのであればカインの腹とエチアのふとももに紋があるはずだが、それもお互いいつの間にか消えていた。


 アリスはじっとエチアを観察していたが、そっとうつむいたエチアの手を取って優しく微笑んだ。


 「エチアは囚人都市でカイン様を救った美少女と聞いていました。本当にカイン好みの顔立ちですね。婚約紋はエチアが治癒された過程で消えてしまったのでしょう。心配しないで、記憶はきっと戻りますよ」

 「ありがとうございます」

 アリスの優しさに触れたエチアが微笑みを返した。その表情はかなりカワイイ。


 カインにとって中央大陸で出会った本妻本命第一号が彼女だ。少し小柄で胸はちょっとスリムだが、その美貌は数年もすればセシリーナや三姉妹たちに匹敵する美女になると俺は信じてる。


 それにしても……、とみんなの目はジャシアに移った。


 このジャシアという女獣人は、エチアとはまったく真逆、色気の塊みたいな美女だ。

 凄まじく肉感的で男を惑わせる妖艶な美女である。ベッドの上で男を殺す暗殺を得意としていたため、これまでの男性遍歴も凄まじいらしい。


 本人は「そんな私が妻だなんて、そんな柄じゃないんだぜ」と否定していたが、間違いなくカインは彼女を妻として認めている。


 「帝都地下の研究施設は私たちも確認済みなのですが……」

 アリスがエチアの手を握りながら言った。


 「そこに行かないとエチアの記憶は戻らないのかな?」


 「わかりません。ただ、研究所でエチアさんの体が一からつくり直された可能性もあります。その際に記憶の一部が戻されなかったのかもしれません」


 「そうか……。でも経緯はともかく、こうしてエチアと再会できた、ジャシアありがとう! どんなに礼を言っても足りないくらいだ。もう言葉に尽くせないよ」

 エチア救出の最大の功労者は彼女だ。


 俺と交わした約束は、ベッド上での戯れみたいなものに過ぎなかったのに、彼女は俺のためにエチアを守ってくれていた。


 当初は、俺の体液を採取し、俺を寝殺すのが目的で近づいたらしいがもうそんなことはどうでもいい。


 「カイン、照れるぜ。一生ついていくと決めた男に私は従うだけなんだぜ。私は自分の使命に従っただけだ」とジャシアは鼻先を掻いた。


 その耳がぴくぴくして尻尾を振っているのがカワイイ。みんなの目が「ああモフモフしたい!」と語っている。


 「ジャシアには何かお礼をしないとな」

 「だったら今夜は一晩中、久しぶりに思いっ切り抱いて欲しいんだぜ。カインに見せていない獣人族の秘義はまだまだあるんだぜ」

 少し頬を染め、珍しくもじもじしながらジャシアが俺を見つめた。


 「まあ!」

 ミラティリアがなんて大胆な発言、とばかりに口元を押さえた。清楚な雰囲気だが、何度もカインに夜這いをかけていて、夜が凄く激しいことはとっくにみんなにバレている。


 なぜバレるのか?

 毎晩早い者勝ちだからである。


 カインは寝る相手は一晩で一人と決めているらしい。そのため夜這いに行ってみて既に先客がいる時は引き返さざるを得ない。


 競争率は極めて高いし、どこでカインが寝るか決まっていない場合もあるので、せっかく部屋に行ってみてもカインがいないということもあるのである。


 「わかった! 久しぶりに朝までやってやる! 返り討ちだ!」 

 カインはなんだか急に元気な声で親指を立てた。


 「朝までですって! ジャシアがカインの最終奥義まで引き出してしまいそう!」

 ルミカーナが両肘を押さえ、身悶えしながら羨ましそうに叫んだ。

 きっとカインのベッド上の激しさを思い出したのだろう、その上気した表情はとても氷の狂戦士と呼ばれた女騎士とは思えないほど蕩けている。


 あのセシリーナですらその虜になってしまったほどの技だ。無垢だったルミカーナが夢中になってしまうのも当たり前である。


 天国に入ったきりカインが満足するまで地上に帰って来られなくなるというアベルト家伝来の秘技、しかもベッド上のカインはまさに魔王の中の魔王だ。あんな巨竜にやられては女なら誰も勝てない。イリスもアリスですら毎回完敗だ。


 「ああ、あの技はもの凄いんだぜ。初めて会った日にあれを食らってカインの虜になって、その後は何発決められたか分からないくらいだぜ、なぁカイン、またあんな風に野獣のようにやろう!」

 ジャシアは下腹部を押さえ、うっとりと夢見るように微笑んだ。

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