第341話 敗戦の報
「愚か者めが!」
魔王オズルは事の顛末を記した最終報告を床に叩きつけた。
「わずか一晩で帝国軍の中核を成す精兵3万を失い、黒鉄関門まで失陥しただと!」
帝都に残る兵は未だ3万を超えるとはいうものの、これは新たに召集した新兵である。訓練は順調だが実戦ではほとんど期待できないだろう。敗戦を知った貴族連中がさらに兵を出し渋るのは目に見えている。
これはと目星をつけていた諸将を失ったことも大きい。唯一の戦果と言えば目障りな大貴族が戦死してくれたことくらいか。
「とにかく問題は黒鉄関門だ。あれを奪還しなければ帝国は滅びるぞ。喉元にナイフを突き立てられたようなものだ」
魔王オズルはいつになく苛立っている。
執事カルディにはその原因がわかる。
自分の指示もなく、王宮地下の研究所が所在不明になった。
その裏切りとも言える行為を知って、オズルが激怒するのを始めて見た。
幸いにもシュトルテネーゼが眠る区画だけは元の位置にあることが分かり、その場は救われたが、もしもシュトルテネーゼまで研究所と共に消えていたら……と思うと背筋が凍る。
「おっしゃるとおりでございます。黒鉄関門奪還が最大の課題でありましょう」
執事のカルディが頭を下げた。
報告によれば黒鉄関門を落した真魔王国の主力は既に関門に入ったようだ。女王ミズハと共にゲ・ロンパの奴も入城したらしいな。
その迅速さが気にくわない。
敵ながら、流石は元魔王二天ミズハと思わざるを得ない。
先の大戦で連戦した経験と実績は伊達ではないらしい。
黒鉄関門を陥すという確信を持って、前もって用意周到に準備していなければこれほど速やかな奪取と占拠はできなかったに違いない。
あの黒鉄関門が落ちるとは誰も想像もしていなかった。油断していなかったかと言われれば、否定できない。
魔王オズルですら想像しえなかったほど、鉄壁の要塞、黒鉄関門は絶対に落ちないと信じられていたのである。それが陥落したという事実は帝国の存在をも揺るがす大事件であり、民衆の不安も高まっているはずだ。
真魔王国との戦いは黒鉄関門を挟んで長期戦になると帝国軍の参謀たちは誰もがそう思っていた。
そして敵に疲れや弛緩が見えた頃合いをもって、貴族の兵と帝都で訓練中の新兵を投入し、総勢10万に近い軍勢で一気に敵を殲滅する計画だった。
それがまさか黒鉄関門が陥落するとは……。
魔王オズルと参謀たちは緊急の軍議を開いた。しかし想定したこともない事態にすぐには名案は浮かばず、とりあえず帝都の守りを固め、セク大道に新たに砦を構築するという案が採用された。
バカどもめ、今から新たな砦など構築する時間をミズハが与えるとでも思っているのか。
魔王オズルは参謀たちの提案にうんざりしたが、上に立つ者として一応部下の意見を聞いた風を装う必要があった。
「やはりあの時トドメを刺せなかったのが悔やまれるな」
魔王はぎりぎりと手にした報告書を握りしめた。
「せめて美天がまともであれば黒鉄関門の守りを任せることができたのだが」
美天であれば、あの馬鹿な司令官が暴走するのを止められたはずだ。それが、今や美天ナダは美天というより糞天と呼んでやりたいようなみじめな状態で生死の境をさまよっている。
誰にやられたかはわからない。いや、むしろ誰かにやられたという方が一天衆としての面目がたつ。
処刑場で発見された時には美天たちしかいなかった。何とか話せる兵に問いただしたところ、実験体2号を跡形もなく消滅処分した後、突然豚の暴走に遭ったということらしい。
他の処刑執行人と一緒になって豚の脱走という単なる事故に巻き込まれただけだとしたら一天衆の面目丸つぶれだ、あまりにも愚かすぎる。
何度も豚に踏まれ、糞まみれとなって瀕死の状態で発見された美天ナダは今もって集中治療室から出られない。
「いかがいたしますか? 今となってはミズハ側と和平交渉という外交手段も残されておりますが? 黒鉄関門以南の領土を認めるということで決着を図る手もございます」
「カルディ、それは俺に死ねと言っているのに等しいぞ? それが分からぬお前ではあるまい?」
この状態での和平交渉は帝国が真魔王国に負けを認めることと同義。敗北した魔王を誰が魔王と認めるだろうか。
そうなれば、おそらくオズルを魔王の座から引きずり落とそうという動きが活性化することは明白だ。あれは偽王だと喧伝しているゲ・ロンパこそ本物と認める動きも出てくるかもしれない。
もしもそんな事態になり、オズルが魔王の座から降りることを拒んだとしたら、恐らく再び帝国内は内乱状態に陥る。
ここまで弱体化した帝国で内乱が始まればどうなるか?
もしも、どこかの勢力が真魔王国に降伏したり、手を握ったりしたらどうなるか? それこそ帝国の滅亡は目に見えている。
もっともシュトルテネーゼが完全回復し、その呪いが解けるのであれば、帝国などどうなろうが知ったことではない。
だが、今はまだダメだ。彼女の呪いを解くには彼女が覚醒していなければならない。それまでは帝国を存続させておかねばならない。
転生するたびに研究を進めてきた。呪いを解く鍵は既にわかっている。あと少しだ。
結局、自分たちを最初に殺した時空裂の青竜が鍵だった。あれの攻撃からシュトルテネーゼを守ろうと強引に術を発動し続けた結果、因果の輪がねじれてしまった。
永遠に続くこの地獄の転生の輪から逃れるには同じ状況を作り出し、今度こそ二人一緒に死ぬか、依り代をつくってそれに呪いを転嫁させてしまうか。
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