第165話 <<砂漠のお嬢様 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
「はじめまして、私はサンドラットの里から来たサク・トウユです。身辺警護の任に就かせていただきます」
サティナは軽く腰を落とし、サンドラット風の礼をした。
「まあ、女性なのですね? 里一番の剛の者と聞いて、いかつい男が来るとばかり思っていましたのよ。ミラティリア・メーロゼと申します。どうぞよろしくね」
ミラティリアは明るく微笑んだ。それだけで周りの花が一気に色づいたように輝いて見える。こんな砂漠に住む商人の令嬢とは思えない、貴族のような仕草だ。
ミラティリアはサクと名乗った傭兵の姿をじろじろ眺め、パン、と手を叩いて合図した。
「メセバ、それではいつものように準備してくださいな」
ミラティリアの朗らかな笑顔に、メセバは一瞬少しまたかという表情を見せた。
何かあるのだろうか? ……いつものという事は?
「サク、一緒に来てください」
「はい」
サティナはその後に続く。
「サク、お父様からはサンドラットで一番強い者を護衛に頼んだとお聞きしました。それで間違いはございませんか?」
ミラティリアは屋敷の二重回廊の下を歩いて行く。
「はい、その認識で良いかと思います」
「そうですか」
「雇い主の前でも仮面やフードを脱がないのもサンドラットの主義ですか?」
「そう考えて頂ければ幸いです」
「そうですか」
通りかかった使用人たちが立ち止まって礼をする。
回廊の向こうは明るく開けていた。
「ここは?」
小さな円形競技場のような場所である。
オアシスの民が楽しむ蹴り玉競技を開催する場所だろうか。このような施設を屋敷の中に持っていることがメーロゼ家の財力を伺わせる。
競技場の隅でメセバが待っていた。
扉が開き、ガラガラと硬い車輪の音が響く。そこに剣や槍が並ぶ棚が引き出された。
ミラティリアはその中から細身の刺突剣を手に取った。
「さあ、サク様、私と勝負ですわ!」
ミラティリアは軽やかに振り返った。
その表情はさっきまでの深窓の令嬢という雰囲気ではない。お転婆が服を着ているかのような溌剌さに変わり、それになんだかウキウキしている。
メセバたちがミラティリアの髪を後ろでまとめ、慣れた手つきで軽装鎧に着替えさせていく。
「私は、少なくとも私と同じくらい強い者でない限り、護衛などお願いしませんわ。自分の身は自分で守ります。それが砂漠に生きる者の覚悟でございますの」
ミラティリアは剣をサティナに突きつけた。
「ふふっ」
サティナは笑った。
馬鹿にしたわけではない。今のミラティリアの方が砂漠の民らしくて好ましい。
かよわい繊細な美少女を演じていたのだろう。それが実はこれほど快活な乙女だったとは……。
カインであればそのギャップに萌えるかもしれない。この娘はカインの好みのタイプだろう。根底に流れる何かがナーナリアさんやマリアンナさんに似ている。
「サク殿、お好きな武器をお選びください」
メセバが武器の見本市のような棚を示した。すべて練習用だが、中には一風変わった武器もある。
サティナは武器棚をながめていたが、その中からごく普通の短剣を2本手に取った。
「さあ、勝負してくださいませ、遠慮はいりませんわよ」
ミラティリアはくるくると剣先を回して挑発する。
「分かったわ」
サティナは手袋を外した。
「お嬢様に手加減は無用でございます。あれでもお嬢様はこのバーバラッサ随一の剣才の乙女と言われておりまして、この数年、負けなしでございます。十分お気をつけください」
メセバがやってきて耳打ちした。
「では、試合を始めます。相手が負けを認めるか、私が終了を宣言すれば試合は終わりです。剣は模擬剣ですが相手に怪我をさせないように十分気を付けてください」
メセバは旗を手に取って準備する。
「いつでもいいですわ」
ミラティリアが刺突剣を右手で構えた。
相手に対し、自分の体の面積が一番小さくなるようなスタイルである。その姿を見ただけで彼女の技術の高さがわかる。
剣才の乙女というのも嘘ではないのだろう。常に何かを仕掛けてやろうというイタズラ心にも似た気配をその瞳に感じる。
「私も準備できました」
サティナも短剣を両手に構えた。
「では、試合開始ッ!」
メセバが叫んだ。
「ハッ!」
その言葉が終わらないうちに、ミラティリアが目の覚めるような速さで迫った。
「!」
踏み込みが速い!
避けたサティナの前髪の先端を剣先が貫く。
避けられたと分かった瞬間、ミラティリアの剣が軌道を変えて鞭のようにしなるとサティナの腹部の殴打を狙う。
ガッ! と音がして、サティナの首の前で、サティナの右手の短剣がミラティリアの左手の短剣を防いだ。
パッと二人とも後方に跳ね、一旦距離を取る。
「よく見切りましたね?」
ミラティリアが嬉しそうに笑った。
サティナの腹部を狙うと見せかけ、サティナが腹部を守るために手を下げた瞬間に、隠し持っていた左での短刀でその首を狙った。
だが、サティナはそのフェイントに乗らなかった。左手で刺突剣を弾き、右手で短剣を防いだ。ミラティリアの攻撃を予測していたのだろう。
砂漠の民は両手武器を好む。特に盗賊職のものは片手を素手に見せかけている事が多い。これにはサンドラットの里の連中と荒っぽい試合を何度も行った経験が生きた。
「これはどうですか?」
そう言って、ミラティリアは連撃を繰り出した。刺突剣が残像で何十本にも見えそうな速さである。
サティナはそれを左右に体をひねって避ける。
「ここ!」
ミラティリアはその動きを狙っていた。
左右に避けていても中央で重なる部分が生じる瞬間がある。並みの人間では見えない一瞬の身体の動きを計算した一撃である。
「!」
だが、ミラティリアの剣は宙を切った。
サティナは普通なら避ける所を逆に前に出て跳んだのだ。サティナの揃えた足首がミラティリアの横顔を擦りぬける。
振り返ると、サティナは着地して体勢を整えた後である。
「サンドラットで一番の剣士というのは本当かもしれませんわね」
ミラティリアは自分が攻撃しているのに、追い詰められている気分になってきた。
攻めているのに攻め切れていない。相手の方がまだ余裕がありそうだ。第一、サクはまだ一度も攻撃してこないのだ。
ミラティリアは身を低くして剣を構えた。
「本気でいきます」
その瞳に力強い輝きが浮かび、サティナの動きを捉える。
「お嬢様! その技は危険ですぞ!」
メセバが叫んだ。
「風撃一閃!」
サティナの胸に向かって銀色の光が撃ちこまれる。俊足の足術で突進速度を倍にした一撃必殺の突きである。
「それま……!」
メセバが試合中止を宣言しようと旗を振りあげかけた手が止まった。
ミラティリアの剣が先端から根元に向かって火煙を上げていた。サティナが交差した2本の短剣でその軌道を反したのだ。
短剣と刺突剣との摩擦熱で模擬刀の表面塗装がはげ落ち、一瞬で燃えあがったのである。
サティナは刺突剣の刃を上滑りさせ、その鍔の所を片手で上方へ弾いた。それと同時にもう一方の短剣をミラティリアの首元に付きつけ、刃が素肌に触れる寸前で止まっていた。
「し、勝負あり! サク様の勝利でございます」
メセバが旗を上げた。
一瞬の間があってミラティリアはくすっと笑った。
「やはりサンドラットの里の者はお強いですわ。返し技だけで翻弄されるとは思いもよりませんでした」
「ご満足いただけましたか?」
「ええ、もちろんよ。あなたなら多少無理をしてもついてきてくれそうだわ」
ミラティリアはメセバに剣を返した。お伴の者が装備を外していく。
「どこかに出かけるのですか?」
「今日はゆっくりなさってください。明朝、獣退治に出かけますよ。私は相手が飛びかかってくるまで待っているというのは嫌いですの」
どうやら彼女は父親が思っている以上にお転婆らしい。
この強引さと行動力、どことなく自分に似ているところがある。サティナは思わず口元に笑みを浮かべた。
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