第362話 ー結婚相手選抜4ー 魔王降臨
「マ・オサーシ様ーーっ! ここから逆転ですぞ!」
「メン様ーーっ! がんばれーー!」
横断幕がなびいて、メン・チャコーツの領民たちが手を振っている。
「チーサっ! チーサっ!」
一部熱狂的なクリス教信者たちがチーサに声をかけている。
さながら応援合戦だが、自分たちが賭けている候補者を応援している者も多いようだ。
「もうこれで決まったのかしら? まだ試練は続くのかしら?」
リサがイスから身を乗り出した。
「試練は三回だそうですよ。もう一つ何かやるのでしょうね。でもここまでの結果をみると泥豚族に変身しているチーサという男が結果を見ても獲得点数を見ても有利になってきたようです」
セシリーナはそのあまりに間抜けな結果に少々呆れながら答えた。
チーサは第一試合で2位、第二試合で1位なのだ。
マ・オサーシは第一試合1位だが、第二試合は得点なしの2位だ。メン・チャコーツは第一試合3位、第二試合はマ・オサーシと同じく得点なしの2位だ。
メン・チャコーツはほぼ優勝圏外、第三試合でマ・オサーシがどれだけ得点を上げてチーサに迫るかだろう。
最後の試練は、どうやら弓で遠くの的を射るという趣向らしい。ハート型をした的の周囲には罰ゲームのような指示が書いてある外れ的も並ぶ。
「さあ、これが最後の試練です! 題して“君のハートを射抜け!”です。5本の矢をより多く的に当てた者が勝者です! 一位、二位、三位への得点とは別に、当てた矢の数も得点になります!」
なんとなく、弓兵を従えるマ・オサーシに有利な競技になっている気がする。運営によれば、どんな試練になるかは前の試練が終わった直後にルーレットを回して決めているということだったが、果たして本当にそうなのだろうか?
すぐに試練は開始された。
マ・オサーシが自信満々に弓を引き、矢を放つとその矢は見事に的のハートを射抜いた。
メン・チャコーツは弓が腹につかえて、構えがすでにおかしい。しかし、ひょろひょろと山なりに打ち上がった矢はハードの的の端に当たった。まぐれとは言え、大成功である。
それを見てマ・オサーシがチッと舌打ちした。
泥豚族のチーサ・トグソクは子ども用の弓を渡されている。
限界まで引いた矢が放たれるが、的へと弓なりに飛んだ矢は、的の手前で失速して地面に突き立った。誰が見ても明らかに威力が足りないのだ。
チーサが係員に抗議し始めたようだが、逆に減点をちらつかされたらしい。
「ふっ、馬鹿め」
これで今回の勝負は二人だけだな。そして総合優勝は、奇跡の逆転勝利を果たすこの私だ。マ・オサーシは余裕で矢を放った。
隣で同時にメン・チャコーツも矢を放った。ふたりの矢が的に向かって飛んだ。
チーサも負けじと遅れて2本目を射た。
「?」
その時、的がぴょんと横に飛んだ。
「うわああああーーーーっ! そんな事があるか!」
マ・オサーシの矢はハートの的があった場所を通過し、その背後にあった別の的に突き刺さった。
メン・チャコーツの矢は風に流されて最初から全然別の方向に跳び、外れ的に当たった。
「ああっ! マ・オサーシ候補者の矢が射てはいけない的に当たってしまった! 当たりからマイナス2本となります! メン・チャコーツ候補者は外れ的で得点は無し、罰として持ち矢を1本没収になります!」
会場がどよめく。
と言う事は、マ・オサーシは現在-1点、メン・チャコーツは1点。2本目も外したチーサが0点だ。
マ・オサーシの矢は残り3本でこれから全部当てても2点、メン・チャコーツは残り2本だから全部当てて3点、チーサは残り3本で全部当てて3点だ。
「マ・オサーシ候補が圧倒的に有利と思われたこの試合、まさかの白熱した展開になってきました!」
司会の熱弁に会場が湧いた。
次に現れた的は様々な魔獣の背中にくくりつけられている。
マ・オサーシはハートの的を背負った魔獣と睨みあった。魔獣はマ・オサーシに敵愾心を燃やしているようだ。
メン・チャコーツの的を背負った魔獣は怠けものなのか。たまにメン・チャコーツをちらりと見るが余裕を見せて寝転んだままだ。
チーサの的を背負った亀のような魔獣はすっかり日向ぼっこで寝ているらしい。
マ・オサーシが魔獣の動きを見きって射る。
メン・チャコーツは魔獣が目を閉じた瞬間に射る。
「なにっ!」
マ・オサーシの矢を魔獣が尻尾で打ち払った。
その矢が隣のメン・チャコーツの的に当たって、その矢に弾かれたメン・チャコーツの矢が外れ的に突き立つ。
チーサの矢は相変わらず届きもしない。
「これは? どうなるのだ?」
「妨害だ! これは妨害だ!」
「ええと……」
審判が慌ててマニュアルの紙をめくった。
「ええと、マ・オサーシ候補者の矢は無効で0点! メン・チャコーツ候補者は減点的を射たのでマイナス2点です!」
メン・チャコーツががっくりと膝を落した。
マ・オサーシとメン・チャコーツは-1点、全て外しているチーサが0点だ。マ・オサーシの矢は残り2本でこれから全部当てても1点、メン・チャコーツは残り1本だから当てても0点、チーサは残り2本で全部当てて2点だ。
どう考えてももはやメン・チャコーツがマ・オサーシに勝つ見込みはなくなっただろう。もはやマ・オサーシとチーサの一騎打ちになった。
マ・オサーシは深呼吸を繰り返している。
子ども用の弓を渡されているチーサは最初から不利だが、残り二本となって観念したのか、目を閉じて何がブツブツ言っているようだ。
「あれはまさか、チーサは強化術を使う気なんじゃないかしら?」
セシリーナがチーサの弓が光に包まれたのを見て思わずつぶやいた。
たとえ子ども用でも弓の力を増やす支援魔法を使えば的に届く。そう言えばチーサのチームは他の三人は魔術師だ。チーサが実は魔法を使えるとしてもおかしくはない。
「くそっ! ここまで来たと言うのに! ええい!」
メン・チャコーツがヤケクソ気味に早々と最後の矢を空に向けて放った!
その矢は天高く飛んで、飛んで……。
矢を追った人々の目が、どす黒い雲の渦に矢が吸い込まれるのを目撃した。
その直後である。
空が裂けた!
いや、めくれたと言った方が正しい。
内側からめくれた空が黒い雲を巻き込んで、めくれ上がった空間と雲が雷鳴と共に瞬く間に消失した。
何もなくなった空から黒い点が降下してくる。
その点はやがて空中で静止した。
空中に浮かぶ不吉な黒い人影に人々は息を飲んだ。
「?」
「!」
やがて、我に返った人々がざわめき出した。
「やれやれ、歓迎がこのひょろひょろ矢とはな? まったく失礼な奴らじゃな」
空中に現れた男のつぶやき声は、なぜかそこ集まった者たちの頭の中に朗々と響き渡り、人々は頭を抱えた。
「バカ者どもめ!」
魔王オズルは掴んだ矢を片手でへし折った。
「!」
「だ、誰だ!あれは!」
頭を抑えながら人々が上空を見上げた。もはや試合どころではない。
あれは一目でヤバい奴だとわかる。
その邪悪な気配はざわざわと地上に向かって広がり、その闇に触れた途端に、屈強な兵士たちですら総毛立ったのである。
「こんなタイミングで奴が来たか!」
セシリーナはぐっと拳を握り、唇を噛みしめるとバッとマントを脱ぎ去った。その姿は一瞬で戦闘服になっている。背中に背負った弓はリサも見たことがない神聖武器だ。
「セシリーナ、誰なの? あれは!」
リサ女王が目を怒らせてイスから立ち上がった。
だが、既にその答えはわかっている。わかっているが、気丈に振る舞わないと怖気づいてしまいそうになる。
「皆さん、至急逃げてください! あれは元帝国の魔王! 貴天オズル! この世界に災いをもたらす者です!」
宰相セシリーナの声が会場に響き渡った。
そして、それがリサへの答えだった。
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