第361話 ー結婚相手選抜3ー 決闘
まもなく午後の試練が始まる。競技場の観客席は屋台村から戻ってきた人々で満員になってきた。
「どうですか? 彼の様子は?」
多くの男どもの目を引きつけながら彼女が屈んだ。
異国風の魔女帽を深く被った美女である。
彼女が屋台から買ってきた飲み物を手渡すと、隣席の大男の腕を窮屈そうに押し戻しながら、彼はそれを受け取った。
隣に座った美女は顔をベールで覆っているので良く見えないが、抜群のスタイルに男たちの目が釘付けだ。その立ち振る舞いや気配だけで物凄い美女だとわかってしまう。
「あいつはやっぱり凄いよ。昔からだけど、一見、無策のように見えて、実は裏ではしっかり計算して動いている。お供の彼女らとも息ぴったりだな」
男はズズズーーと下品な音を立ててジュースを一口飲んだ。
「そうですか。さすがは弟君ですね。噂どおりです」
「ところで後の二人はどこに行った? あれから戻って来ないんだが?」
「ええ、二人は反対側の席にまわりましたよ。ほら」
そう言って指で輪を作り、男の目にくっつけた。
輪の中の空間が歪んで拡大された向い側の観客席に同じ魔女帽を被った二人が仲良く並んで座っているのが見える。
「本当だ。あっちにいた」
「でしょう? さあ冷たいうちにどうぞ」
その笑顔が眩しい。
ああ、久しぶりに飲むジュースは懐かしい味がして美味い。日差しが強くなってきただけに生き返る気がする。
「さて、そろそろでしょうか?」
「いよいよなんだな?」
「はい」
ベールで顔を隠した彼女が雲一つない空を見上げた。
ーーーーーーーーーー
「さあ、午後の試練再開です! 日差しとともに会場も熱く盛り上がってきました! 勝ち残った候補者たちの入場であります!」
競技場に3人の候補者が再び姿を見せた。
マ・オサーシが手を振るとどっと歓声が上がる。やはり勝ち残った候補者の中で人気は一番のようだ。
まけじとメン・チャコーツが手を振るが、わずかにごく一部の観客席から声援があった。横断幕を持っているところからみるとメン・チャコーツの領民だろう。
チーサ・トグソクはと言えば、ただぼけっと突っ立っている。何しに来たーー、豚ーーっ! などとヤジが飛んでいる。
「最終試練、第二試練はガチ勝負になります! 血沸き肉躍る模擬戦でーーす! スタート地点から同時に走り、あの岩の手前に置いてある好きな武器を手にとって戦ってもらいます! 頭につけた風船が割れたら負けになります!」
既に競技場内のフィールドは凝りに凝った模擬戦用の地形に変っている。岩の手前に置かれている武器らしきものは、長い棒や弓矢のようなもの、そして何故か人形のような物まで置かれている。
「みなさん準備は良いですか? では、鐘が鳴ったらスタートですよ!」
観客が息を飲む中、会場に厳かな鐘の音が鳴り響いた。クリス教の神殿の鐘の音を再現したものだ。
「試合開始ーーーっつ!」
「よし!」
以外にもメン・チャコーツが頭一つ飛びだした。中年太りの腹を揺らして懸命に走る。
「くそっ!」
余裕の表情で会場に向けて手を振っていたため、一歩出遅れたマ・オサーシがその後を追う。
そして二人からだいぶ離されて、一番最後尾を泥豚族のチーサが短い手足を振ってドタドタと走る。
「あああっ!」と観衆が声をもらした。
先頭を走っていたメン・チャコーツが足を絡めて転倒したのだ。やはり小太りのあの体形では全力疾走に無理があったのだろう。
「馬鹿め! お先!」
マ・オサーシが軽やかにその脇を通り抜けた。
「私としたことが。痛てて……」
膝を擦りむいたメン・チャコーツが立ち上がる。その後ろにようやくチーサが追い付いたところだ。
「一番良い武器はもらった!」
マ・オサーシは見えて来た武器を素早く見回す。風船割りに有利そうなのは棒か弓か、攻守両立させるならやはり棒だろうか。
にやりと笑って走る。
「え?」
その足元が不意に崩れた。
「ああーっ! マ・オサーシ候補が落とし穴に落ちたァ!」
会場に響く司会の声。
「ひ、卑怯な! 落し穴があるなど一言も言わなかったではなか……」
這いあがろうとするマ・オサーシの背後にメン・チャコーツが迫る。
良く見れば、落し穴のある地面は少しだけ窪んでいる。
子どもでも見破れる程度の代物だ。メン・チャコーツとチーサが落し穴を避けながら走ってきた。
「負けてたまるか!」
「なんの! 棒は私がもらいます!」
マ・オサーシとメン・チャコーツが棒に手を伸ばしたのは全くの同時だ!
「もらった!」
「しまった!」
武器争奪戦に勝利したのはマ・オサーシだ。マ・オサーシは勝ち誇って観衆の声援に応えるように意気揚々と振り返った。
「わはははははーー! 見たか! やったぞっ! ん……?」
手にした棒がふにゃっと曲がった。
「こ、これは根菜ゴンボ! 棒じゃない、ただの野菜ではないか!」
「ふ、愚か者め、本当に良い武器はこっちだったのだ!」
メン・チャコーツが棒立ちのマ・オサーシを横目で見て笑いながら弓を手に取った。
続いて、その向こう側ではチーサが人形を拾い上げ、首を傾げた。
「おわああああ! これは弓じゃない! 蛇のおもちゃだ!」
メン・チャコーツが震えた。
弓に見えていたのは蛇の玩具だったらしい。
「これは……女神の像か?」
チーサも戸惑いを隠せない。
人形はどうやらクリスティリーナを模した木像だ。露店で売られてるお土産品だがこだわりの造形師の作である。細部までしっかり造形されており、ミニスカートから覗く曲線美が美しい。
「ふむ、中まで忠実に再現されている」
チーサはひっくり返してスカートの中を確認した。
「運営っ! こんなものでどうやって戦えと言うのだ!」
マ・オサーシが叫んだ。
「はい、マ・オサーシ候補、運営批判! 減点です! 思っていたのと違うという動揺をいかに抑え、与えられた物を工夫していかに戦うか、この試練はそう言った感情抑制と臨機応変な知恵も求められているのであります!」
「ぐぬぬぬ……騙されたわっ!」
「マ殿、チーサ殿、ここはルールに従って、これらを武器に正々堂々と戦いましょうぞ!」
メン・チャコーツが蛇の尻尾を掴んでブンブン振りまわした。
「望むところだ」
チーサがクリスティリーナ像を胸の前に突き出した。
「そうとなれば、お前には真っ先に消えてもらう!」
マ・オサーシが根菜ゴンボを振り上げてチーサに迫った。
だが、流石に泥豚族、像を胸に抱えたまま丸っこい小柄な体をうまく使って転がって逃げた。
「油断大敵!」
マ・オサーシの背後から頭の風船を狙ってメン・チャコーツが飛びかかった。
蛇の玩具が鞭のようにしなる。
だが、鞭の扱いには慣れていないのだろう。手元が狂ってビシッと振り向いたマ・オサーシの顔面に蛇がヒットした。
その痛みに仰け反るマ・オサーシ。
「凄い戦いです! ですが、あまりに小じんまりした戦いで遠くからは良く見えません!」
観客席に響く司会の声。
確かに観客席からは岩の前で3人がちょろちょろしているようにしか見えない。
これほど広いフィールドを準備した者たちの努力が空しく思えるほどだ。恐らく戦っているあいつらは前後で3歩くらいしか動いていない。
「ちょこまか逃げるな! 卑怯者め!」
マ・オサーシの根菜ゴンボが風を切る。
「なんの!」
チーサが手にした女神像でその攻撃を防いだ。バシッとゴンボが女神の豊満な胸に当たった。
「ああっ! クリスティリーナ像を叩きやがったぞ!」
「あの男、許せん!」
ブーブー!
会場のクリス教信者たちが猛烈に怒り出した。
「えっ? えっ? 今のはこいつが悪いだろ! 女神像を盾がわりにしたんだぞ?」
マ・オサーシが観衆の罵声に動揺を見せた。
「今だ! 隙あり!」
メン・チャコーツが蛇の玩具を振った。
今度こそ風船に命中したと思われた蛇は風船を守った根菜ゴンボに巻き付いた。
「簡単にはやらせんぞ」
「どうかな?」
メン・チャコーツがニヤリと笑う。
ポキリと音を立てて根菜ゴンボが折れた。
「えっ?」
「ふはははは……馬鹿め! 根菜は折れやすいのだ! 今度こそもらった!」
勝ち誇ったメン・チャコーツが再度蛇を振るう。
「させるものか!」
守るマ・オサーシ、だが折れた根菜ゴンボは今にも千切れそうだ。
「ふははは! 何っ!」
ぶちっ! とメン・チャコーツの蛇の玩具が尻尾から切れた。
次の瞬間、マ・オサーシが投げ放った根菜ゴンボとメン・チャコーツの手から千切れ飛んだ蛇の玩具が同時に二人の風船を割った。
「おおおおおおーーーー!」
会場から声が上がるが、よく考えるとしょぼい結末である。
すぐに会場は盛り下がった。
しかも姿が見えなくなっていたチーサ・トグソクがやっとの思いで落し穴から這い出てきた。
アホらしい。
いつの間にか落し穴に落ちただけで、攻撃も何もしなかった泥豚族のチーサが頭の風船を守り切ってこの戦いの勝者になったのだ。午後の試合の最初の勝者はチーサだ。
「よくやった!」
だが、観客席の一部で喝采の声を上げている集団がいる。
「よくぞ女神像を守り抜いたぞーーっ!」
「お前こそ勇者だ!」
おそらくあれはクリス教の熱狂的な信者たちなのだろう。
「おおーっ!」
泥豚族のチーサが、女神像を高々と天に掲げその声に応じた。
「何ですか、これ?」
リサ女王は思わず頬をひくつかせた。
「茶番というか、ひどいものです」
セシリーナも目が点になっている。
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