第268話 ゲ・アリナというお嬢さま
「本当に、ここなのか?」
俺たちは迎えに来た白い高級馬車から降り立った。
目の前には凄い豪邸がそびえている。
これで別荘の一つだというから驚きである。
屋敷の敷地に入る時にくぐってきた鉄門は遥か後方で見えないほどである。
目の前には白亜の石で作られた階段が大きな玄関へと続いており、馬車は華麗な装飾のある噴水前に停車していた。屋敷の南に広がる庭園には色とりどりの花が咲いている。
「早くそこをどいてくださいよ」
後ろからリィルがいかにも邪魔そうに言う。
「おお、済まん。あまりにも凄い屋敷なので思わず見入ってしまった」
「ここはゲ・アリナの別荘だ。王家の敷地など誰でも入れる場所ではないのだぞ」
リィルに続いてミズハが下りてきた。
もちろん、ミズハはルップルップに化けているので、簡単にはその正体はばれないだろう。
「リサ、手を貸すわ」
「ありがとう」
オリナがリサの手を引いて馬車を降りる。
「リサ様御一行ご到着でございます」
出迎えに出ていたゲホジョン侍従長が声を上げた。
「お招きありがとうございます」
「いえいえ、どうぞこちらに、ゲ・アリナお嬢様がお待ちになっております」
ゲホジョンは俺たちを玄関へと案内する。
玄関の入口で侍従と女官らが並んでいた。
その中にアンの姿がある。
アンは俺を見ると深々と頭を下げた。
「もう傷は良いのか? 仕事に出ても大丈夫なのか?」
「はい、カイン様のお陰ですぐに元気になりました。カイン様は命の恩人ですわ」
アンは笑顔を見せた。
「それは良かったよ。薬の効果は間違いないと思っていたが、内臓まで傷ついていたから心配していたんだ」
「ありがとうございます。とても高価な薬を使って頂いたとお聞きしています」
「いや、ただ手持ちがあっただけだから、そんなに恐縮しないで良いよ」
アンが可愛い仕草でもじもじしたので、俺も思わずにやけた。
「ねえ、あの人は誰なんです? 何だかあの二人怪しい雰囲気です。良いんですか?あれ」
「なんでもカインが命を救った方だそうよ。今回私たちがご招待を受けた理由の一つよ」
俺の背後でリィルとオリナがひそひそ話をしている。
「ふむ、カイン様、リサ様御一行には、もうお一人いらっしゃったように思うのですが、気のせいでしたか?」
ゲホジョンは玄関前に揃った俺たち5人を見て言った。
そう、ここにいないのはアリスだ。
彼女はあの時、変装していなかった。3姉妹を知らない者ばかりだったから良いが、ゲ・アリナは3姉妹を知っている。顔を出せば気づかれるだろう。
暗黒術で誤魔化すという手もあったが、今回は同行せずに遠くから見守っている。
「さあ、どうぞ」
ゲホジョンが前を歩く。アナは最後尾につき従った。
豪華な応接室の扉が開かれていた。
調度品はどれも超一流であることは一目見ればすぐに分かる。飾られている絵画や彫刻も歴史を感じさせる物だ。窓辺の花瓶には八重咲きの綺麗な青い花が飾られている。
リィルの瞳が危険な色に輝いて挙動不審だ。落ちつきがない。こいつも置いてくるべきだったのではないかと今さらながら不安になってしまう。
それに比べ、オリナとミズハは見慣れているからだろう、堂々としたものだ。
リサも長い間神殿暮らしだったのでこのような調度品は見慣れているのだろうか。きょろきょろする事もなく、とても落ち付いているように見える。
「どうぞ、おかけ下さい。今、主人が参ります」
ゲホジョンに促され、俺たちはふかふかの革張りのイスに腰を落す。なんという贅沢な座り心地、一応貴族の俺ですら始めての感触だ。たぶん何らかの快適性の魔法属性が付与されているのだろう。
すぐにアナたちがお茶とお菓子をテーブルに並べた。
お菓子はふわふわのスポンジに生クリームをかけたような物で、宝石のように輝く赤い実が惜しみなく盛られている。その赤く熟れた実に見覚えがある。
「わあっ、凄い」
リサが目を輝かせる。
「これって? 草原コケモモだよな?」
「そうね。つまり高級品ということよ」
オリナが答えた。
「どうぞ、お食べになってお待ちください」
アナが微笑んだ。
そう言えば、大湿地で散々見慣れた実だが、こうしてお菓子になったものを食べるのは初めてかもしれない。あの実がこんな風に使われるのか、と俺は商人魂でしげしげとお菓子を眺めた。
「食べないのですか? ならば、私に」
リィルが手を伸ばしたので、慌てて皿を持ち上げ、お菓子を保護した。
「誰が食べないと言った? 商売の参考に眺めていただけだろ」
「ちっ。ケチなのです」
その時、奥の可憐な装飾が施された木製の扉が左右に開いた。
颯爽とゲ・アリナが入ってきた。
俺たちは立ちあがって、礼法にのっとって出迎えた。
「これは皆さん、良くお出でくださいました。館主のゲ・アリナです。どうぞ、おかけになってください」
ゲ・アリナはそう言って中央のイスに座った。
俺たちは挨拶とともに自己紹介を終える。
ゲ・アリナはにこやかな笑顔を浮かべていた。
美しい濃紺色の髪、繊細な植物文様が刻まれた清楚な冠を付けている。その澄んだ緑色の瞳が俺たちを見た。
魔王5家と呼ばれる王族で王位継承権すら持っているのだが、近寄りがたい雰囲気はなく、どことなく愛らしいのは、その性格のせいもあるのだろう。
「このたびの一件は侍従長のゲホジョンらからお聞きしました。アナの命を救ってくださったばかりでなく、盗まれた私の箱を奪い返すのにも大変ご尽力いただいたとか。誠にありがとうございます」
ゲ・アリナは丁寧に頭を下げた。
「いえ、そんな、ゲ・アリナ様がそこまで頭を下げなくても」
オリナが慌てて手を振った。
王族の彼女がどこの馬の骨か分からないカインたちに頭を下げるなど考えられないのだろう。しかもカインは劣等種族と言われる人族なのだ。
「いや、アナは私が幼少の頃から近侍として使えて来た者です。彼女を失うところだったのです。カイン殿、あなたは人族だが、だからと言って彼女の命の恩人を蔑むことは私にはできない。本当にありがとう」
そう言って、ゲ・アリナは俺の手に手を重ねた。
「!」
俺も驚いたが、オリナも驚いている。
このゲ・アリナという王族は見た目だけでなく、人格も備わっている人物らしい。彼女が魔王国の王になれば人族との関係も変わるかもしれない。そんな気にさせる人だ。
ゲ・アリナはリサを見た。
「やはり、こうして見ると貴女はかわいいですね。まだまだ幼い感じもするのに、あの観衆を魅了した訳がわかります。まずはおめでとうを言わせてもらいます、星姫様」
「え、あっ、どうも」
リサはドギマギしている。
ステージで見せたあの堂々とした姿からは想像もできない愛らしさだ。
「でも、私も少しは悔しいのですよ。結果的に圧倒的な差がついてしまいましたけどね。まさかミスコンテストで会場票があれほど貴女に流れるとはね」
そうなのだ。
一人100点を保有する審査員20名の大半はゲ・アリナ票だったが、会場票の7割がリサに流れたのだ。その結果、その他諸々の課題点を加えてもリサを逆転するに至らなかった。
一位リサ、二位ゲ・アリナ、三位クロイエ、四位ソニア。クサナベーラは失格だ。三位までが入賞で、リサが今年の星姫に、ゲ・アリナとクロイエが準星姫に選ばれたのである。
次期クリスティリーナとしてリサの周辺がにわかに賑やかになったが、リサはあくまでも名誉のために出場しただけで、今はそれ以上の活動を行う予定は無いと断るのにかなりの労力を使うことになった。
目玉が飛び出すほどの優勝金と賭け金はリサが王国に戻った時のための資金としてカッイン商会が預かることにした。もちろんカッイン商会がその金を使い込んだり、悪用したりするわけはないと宣言しておこう。
「でも、箱が取り戻せなかったらそもそも失格でした。アンの事もあるし、何かお礼をさせていただけないかしら?」
ゲ・アリナは微笑んだ。
俺はミズハを見た。
続けてオリナ、リサ、リィルと目を交わす。
「大変、
俺の申し出にゲ・アリナは少し怪訝な顔をした。
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