第267話 美を競う

 煌びやかなステージが円形競技場の中央に設置され、早朝から列を成していた人々は、ゲートが開くと一斉に観客席になだれ込んであっと言う間に観客席は埋め尽くされた。


 星姫コンテストの最終日の開幕である。

 わあああああ! と人々の声が響き渡って競技場が揺れた。


 やがてその中央ステージに5人の候補者の代理人が現れた。


 華やかな花々で飾られた白亜のテーブルの前に審判長と審判団が立ちならんでいる。

 審判長が片手を上げた。

 それを合図に司会の男が叫んだ。


 「それでは、各陣営、課題であったアクセサリーを提出してもらいましょう! 準備ができた方から机の上に提出してください!」

 

 最初に箱を開いて置いたのはクサナベーラの陣営だ。若い側近風の眼鏡の男がそっと箱を置いた。その箱の中には大輪の花が咲いたような髪飾りが入っている。

 審判たちはうなずいた。


 続いて、ソニアとクロイエの代理人が同時に箱を置いた。二人とも似たような腕輪である。


 クサナベーラの代理人の男は残りのリサとゲ・アリナの代理人を見た。

 先にリサの代理人が動いた。その小柄な妖精族の娘は微かに微笑んだ慣れた手つきで箱を開くと、箱を机に置いた。箱の中で可憐なネックレスがキラリと輝いた。


 ゲ・アリナの代理人はまだ動かない。

 審判長が怪訝な顔で代理人の若い女官を見た。


 「いかがしましたか?」

 「いえ、何でもありません」

 ゲ・アリナの代理人の女性は箱を開けると机に置いた。

 清楚な指輪が光った。


 「さあ、無事に課題の提出が終わりました! 各陣営ともここでのリタイアはありませんでした! この審査は別会場で行われます」

 司会の声とともに審判団が移動し、さっそくアクセサリーが係員によって運ばれて行った。


 「ここまでは各候補者順調にクリアです! いよいよその美しさを競う時がきました。候補者は控え室で準備中です! まもなく姿を見せますよ! 会場の皆さんには入場時に各自1票の札が付与されていますね! 最後の投票タイムに、自分が一番良いと思った候補者に票を入れてください!」


 ざわざわと会場がざわめき出した。



 ーーーーーーーーーーー


 「まもなくお披露目ですわ」

 「急ぎませんと……」


 候補者の控室では、お供の者たちが走り回っていた。各候補者ともお披露目のためのドレスアップに余念がない。


 ゲ・アリナは王家の令嬢に相応しい気品溢れるドレスに着替えている最中だが、いつも手伝ってくれるアナの姿がないのが惜しまれた。


 「侍従長、アナの容体はどうです? 彼女は大丈夫ですか?」


 「はい、容体は安定しております。初期対応が良かったと医者からは言われております」

 侍従長のゲホジョンが答えた。


 「暴漢に襲われるなんて、この街も物騒なのですね」

 ゲ・アリナがイスに座ると、お化粧係が周囲を世話しなく動き回り始めた。


 「はい。そうでございますな。ですが、昨晩お話したとおり、リサ嬢のグループの者が協力してくれました」


 「そうらしいですね。このコンテストが終わったら、お礼を言わなくてはなりませんね。今晩のお食事にリサ嬢とそのグループの者を招待するように手配してください」

 「畏まりました」

 ゲホジョンが顔を上げると、控室の入口から騒がしい声が聞こえてきた。


 「何事です? 騒がしいですよ」

 ゲホジョンが入口に立つと、そこに中途半端に衣装を着たクサナベーラ嬢の姿があった。かなり慌てて来たらしい。どうも着替えの最中に周りの者が止めるのも聞かずに自分の控室から出て来たという感じである。


 「ゲホジョン殿! ゲ・アリナ様に面会させてくださいませ!」

 クサナベーラは必死だ。とてもこれからお披露目だという優雅な雰囲気ではない。


 「只今はコンテストの最中ですぞ。後日ではいけませんかな?」


 「それではいけないのです」

 クサナベーラの大きな声にゲ・アリナも気づいたようだ。


 「何事です? クサナベーラではありませんか? どうなさったのです?」

 ゲ・アリナが立ちあがって近づくと、クサナベーラが急に膝をついて頭を下げた。


 「申し訳ございません!」

 「どうしたの? 何があったのです?」


 「ゲ・アリナ様の侍従アナを害したのは、私の配下の者です。私を優勝させようと勝手に暴走した家臣がいたことに気づかず、大変な事をしてしまいました」


 「え?」


 「クサナベーラ様、これから最終お披露目の前です。今はお引き取りを」


 「ですが……」

 

 「ゲ・アリナ様、この話はコンテストが終わった後に、という事でよろしいかと思います」

 ゲホジョンが言った。

 「わかりました。何の事かわからないけれど、クサナベーラ、後日ゆっくりと話をしましょう」


 「は、はい……」


 クサナベーラはうなだれながら侍従に抱えられて去って行った。本人は知らなかったのか、それとも演技か、ゲホジョンはその背中を見つめた。



ーーーーーーーーーー


 「さあ! いよいよ候補者のお披露目ですが、ここで残念なお知らせです! クサナベーラ嬢が体調不良のため出場辞退です! この時点でクサナベーラ嬢が失格となりました!」


 ええーーっ、と会場から不満そうな声が響いた。


 「さて! 最初のお披露目はゲ・アリナ様です! どうぞ!」


 その声とともにステージ上にゲ・アリナが現れた。


 黒を基調としたロングドレスに金の刺繍がアダルトな雰囲気で、王家の気品を醸し出している。贅沢な化粧で美しく飾り垂れられたその姿に会場からは一斉に盛大な声援が送られた。


 ゲ・アリナはステージを歩きまわってその美しさをアピールした。


 続いて、二番目はソニア嬢である。

 ショートカットに似合う軽快な衣装だが、その容姿に見事にマッチしており、快活な美女という感じになっている。

 軽やかな足取りでステージを歩く。相変わらず騎士団の野太いエールが大きい。


 三番手は、クロイエ嬢だ。

 誰もがはっとするような豪華な衣装だ。いかにも遠くの国から取り寄せたと知れる変わったアクセサリーを髪につけている。その人懐っこい笑顔が人々を魅了した。


 そして最後は、カミア嬢である。

 カミアがステージに現れた瞬間、大観衆は息を飲んだ。

 「あれは!」

 一瞬静けさが会場を包み、その後歓声が盛り上がって行く。

 知らない者はいない、あの伝説のクリスティリーナのラストステージの衣装を再現したものだ!


 それだけでも意表を突かれるが、その美貌とスタイルの良さに誰もが目を奪われている。


 まさにクリスティリーナの再来を思わせる、桁違いの美少女である。容姿と衣装が完全にマッチしており化粧も適度で自然の美しさを引き立てている。カミアがステージ上で優しく微笑んだあけで、魅了されたように会場から一斉にため息が漏れた。


 「な、なんという事だ。これほどまでに化けるとは! 凄い娘だ! 掘り出し物なんてレベルじゃない!」


 会場の最前列に陣取っていたロウ・バ・ボトナンですら息を飲んでいた。保証人になった祭に一度顔を見ているのだが、それでもそのステージ上で見せる美しさには言葉も無い。


 「ロウ様、何者なのですか、あのカミア嬢は! いや、まさに宝石の原石ですぞ! なんという可憐さと美しさ、クリスティリーナ亡き今、新たな帝国の華となるべき逸材です! 彼女は売れますぞ!」

 一緒に座っていた商人仲間の男が鼻息を荒くした。


 「これはもう圧倒的、これで決まりですな……。しまった、ロウ様の言うとおりカミア嬢に賭けるべきでした!」

 別の男が額を打った。


 会場の人気を独り占めにしてカミアが笑顔をふりまいた。


 ざわざわと余韻がいつまでも尾を引くなか、やがてステージ上が整理され、いよいよ結果発表を待つばかりとなった。

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