第269話 ゲ・アリナとミズハ
「カイン殿、ゲ・アリナ様は王族です。王族が面会するのにその身を守る者がいないという事はありえません」
ゲボジョンが丁寧ながらきっぱりと言う。さすがである。
「まあ待て」
ゲ・アリナが手を上げた。
「この者たちが私に危害を加えることは無いと思います。なんだか物凄く身近に感じるのです。わかりますか? 私の魔族としての感覚を疑うのなら別ですが」
「いえ、ゲ・アリナ様の直感を疑うことなどございません。ですが、御身を守るのが我々の役目ですので」
「ならば、アナに防殻術を施してもらいます。貴方たちも扉のすぐ外に控えていればよろしいでしょう」
「わかりました。どうしてもと言うのであれば、それで我慢いたします」
そう言うと、ゲボジョンたちが廊下に出た。
「ゲ・アリナ様、それではよろしいですか? 防殻術をかけます」
アナは両手を前に出して詠唱する。
ルップルップの得意な防殻術だが、アナの術の方が頑強そうだ。流石は王族の側に仕えるだけのことはある。大きな魔力を持っているということだろう。
「カイン様、信頼しております」
アナはそう言うと外に出て、ゆっくりと扉が閉まる。
「不思議なものですね。今日こうして会うまで身近に感じることはなかったのですが。どうしてでしょうか」
ゲ・アリナは笑っているが、おそらくその感覚が事実だからだろう。
リサは魔王の姪である。
ゲ・アリナに近しい親類なのだ。
ミズハはそれこそ会った事があるだろし、クリスティリーナの事も知っているはすだ。
「それで? 人払いをしなければ話せないような願い事とはなんでしょうか?」
ゲ・アリナは急に真面目な顔になった。
「ここからは彼女が話をする」
俺の言葉にミズハがうなずいた。
「ゲ・アリナ様、
ミズハは窓辺の可憐な花を見た。
「えっ? どうしてそれを? 一目であの花がわかるなんて。あれはとても希少な花で知っている者は少ないはずですわ。しかも肥料によって色が変わることまでご存知とは、ずいぶん物知りでいらっしゃいますのね?」
「あの花はどこで手に入れられたのです?」
「竜寿草は、王家に繁栄をもたらすと言われる花で、確か何かの記念で頂いたのですわ」
ゲ・アリナは微笑んだ。
「ふふふ……3年前のゲ・アリナ様の誕生会の時に王宮騎士団の副長、クリスタル階級貴族ビブサラ・ンダ・ロベルト殿から頂いたのではありませんか?」
「えっ? どうしてそれを?」
ゲ・アリナは少し頬を染め、目が丸くなった。
「私ですよ。ゲ・アリナ様」
その言葉と共に青い光が明滅した。
「何ですの? え? ミズハ様? 大魔女ミズハ様ではありませんか!」
ゲ・アリナの前に魔王二天として知られるミズハがいた。
「あの花はロベルトが、歯が浮くようなセリフを言いながら私の目の前で貴女に手渡したものだ。覚えていないはずがないだろう」
「ほ、本物……ですわね?」
ゲ・アリナはますます目を大きくして驚いている。
「と言う事は、このリサ様のグル―プを率いていたのは実はミズハ様だったのですね? なるほどそうですか、納得しましたわ。どうして聞いた事もないポッと出のカッイン商会などと言うものが星姫コンテストで優勝できたのかがわかりましたわ」
うんうんとゲ・アリナはうなずいている。
「それでは、他の方々も変装しておられるのですか?」
「うむ、そう言う者もいる。だが事情があって今は素顔は晒せない」
「わかりました。それにしてもびっくりしました。まさかミズハ様一行だとは思いもしませんでした。でも、私の勘のとおり、やはり信頼できる方々でしたね」
ゲ・アリナの表情に笑顔が戻った。
「二人は昔からの知り合いなのか?」
俺はミズハに尋ねた。
「彼女が幼い頃から良く知っている。それにあの花を送った彼女の恋人のロベルトは、我がライバル、ニロネリアの兄なのだ」
もう一人の魔王二天の話はセシリーナやミズハから色々と聞いている。元はミズハと同じパーティメンバーの冒険者だった白魔術士だったが、後に白魔術とは真逆の闇術に傾倒したという人だろう。大戦では酷い殲滅戦を指揮した恐ろしい奴で、ミズハに対抗して魔王に求婚しているという。
「最近、ミズハ様の動向を聞かなかったのですけれど、密かに行動されておられたのですね? 口の悪い者など、帝国を裏切って行方をくらませたのだとか言う者もいたのですが、杞憂だったのですね。よかった」
「まあ、あながち否定はできないのだがな。今の私は帝国の命で動いているわけではない。あくまでも私の意思で行動しているのだ」
「でも、帝国に反逆しようとしているわけではありませんよね? もしそうなら私の所に現れたりしないはずですし」
「私は魔王に求婚しているのだぞ、反逆などもちろん考えていない。だが、これからやろうとしている事が、結果的に今の帝国にとっては都合が悪いことになるかもしれないな。今の現状を変えることになるかもしれないのでな」
「人払いをしてまで私にお願いというのと関係がありますのね?」
「そんな事はするな、と言わないところがそなたらしいな」
「それは、お話をお聞きしてから考えます」
「うむ、ではお願いなのだが、そなたの父上にお願いして、旧公国王都に我々を立ち入らせてもらいたいのだ。あそこはそなたの父上が管理しているエリアだ。その結界を抜けて内部に入るために協力して欲しい」
「旧公国王都ですか? あそこは大戦で著しく汚染された所で、魔獣の異常発生が続いて閉鎖された場所ですよ。魔王の許可なく立ち入ることは禁止されておりますわ」
「だが、どうしても確かめなければならないことがあるのだ」
「それは、帝国に利することでしょうか? それても害になることでしょうか?」
ふう、とミズハはため息をついた。
「そうだな、そなたに隠し事をしても仕方がないことだな」
「そうですよ。私とミズハ様の間に隠し事は不要ですわ」
「これを見てくれ」
そう言ってミズハは腰に下げていたものを手に取った。
「それは? 壊れた腕輪ですか?」
「これは、二つに割れた腕輪どうしが互いに引き合うという古代の魔法具で、この破断面がもう半分の腕輪がある方向を示すのだ。一つはここにある。もう一つは魔王様が持っているのだ」
「ミズハ様たちが魔王様とパーティーを組んでいた頃の品ですね?」
「そうだ。そして今、魔王様は都ダ・アウロゼにいる」
「そのはずですわ」
ミズハは吊紐を手にとって持ち上げる。くるくると回っていた腕輪がやがてしだいに方向を定めでゆっくりと止まる。
「見てみろ、どっちを示している?」
「ここから南東の方角……旧公国王都の方向ですか?」
「そういう事だ。おかしいとは思わないか? 魔王は都にいる。ならばこれは北西を示すはずだろう」
「大戦中に腕輪を旧公国王都に落してきたのではありませんか?」
「その線も考えたが、あの魔王が自分の所有物をうっかり落してくるなどあり得るだろうか? 何人もの優秀な従者を率いて行動していたのだぞ。魔王が落したり、忘れたりしたのであれば、その誰もが気づかない事などあるだろうか?」
「魔法具の異常とか」
「魔法の道具に関して私が気づかない異常があると思うか?」
「となると……」
「だから、調べに行くしかないのだ」
「わかりました」
ゲ・アリナの表情が固くなった。
ミズハの話しから、これが帝国にとってかなり重大な問題であることを察したのだろう。
「父上は私が説得します。ミズハ様たちが旧公国王都に着く前には結果をお知らせしますわ」
「感謝する。旧公国王都で何が起きているか、必ず確かめてくる」
そうしてミズハはゲ・アリナと握手を交わした。
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