17 旧公国へ

第270話 歪む貴天、ブレないカムカム

 帝都、黒水晶の塔の地下深くにその研究施設があった。


 「どうして今もって意識がはっきりしない? 原因は何だ?」

 「はっ、身体機能のどこにも異常はなく、おそらく先に目覚めたドリス2が影響していると思われます」


 オズルの前にカプセルに入ったシュトルテネーゼが横たわっている。


 白衣を着た研究員たちが魔法陣の描かれた盤にはめた魔石をせわしなく調整していた。


 「同じ身体を持っているため、精神が干渉してしまうのではないかと思われます。双子が同じ行動をとるのと似た現象です。この場合は先に目覚めていたドリス2が優勢なのでしょう」

 ラボの研究主任の男だ。


 「なんとかできないのか?」

 「この身体と幽体との融合は理論的には完璧なのですが」

 「理論など……これが現実なのだぞ? 何とかしろ。さもないと……」


 貴天オズルの目が光った。

 前の研究主任は謎の失踪を遂げている。

 今度は自分の番かもしれない……男はぞっとした。


 「そ、それでは……、2号の自由意思を奪ってはどうでしょう? その時の反応で解決策が見えるかもしれません」

 「ふむ。なるほど」

 今すぐ消されることは無さそうだ。オズルの試案顔に男は少しほっとした。


 「それでなんとかなるのだろうな?」

 「混濁の原因が判明する可能性があります」

 「ならば、すぐに準備にかかれ、失敗は許さない。いいな」

 そう言って貴天オズルはカプセルに手を置いた。


 「シュトルテネーゼ、私はお前をきっと救い出す」

 眠る彼女を見る優しい瞳は、やがて強く歪んだ光を帯び、オズルは部屋の入口に向かった。



 魔導昇降機の入口が優雅に開き、中から貴天オズルが姿を見せた。


 「オズル様、お待ちしておりました。各部隊の出陣準備は完了したそうであります、各将軍がお待ちです」

 待っていた老執事カルディが頭を下げた。


 「うむ、戦闘指揮車に作らせていた彼女の部屋も完成しただろうな?」


 「やはり遠征には彼女も連れて行かれるのですか?」


 「当たり前だ。二、三日私と離れただけで彼女は不安定になるのだ、連れて行くしかあるまい。それに主力が帝都を離れるのだ、何が起こるかわからぬ。彼女を置いてはいけぬ。それと他の女官たちも至急郊外の屋敷に移らせろ、ここに残らせるな」


 「と言いますと? 帝都にも危険が迫ると?」

 老執事は怪訝な顔をした。

 戦場は遥か南方の高原になるはずだ。帝都周辺に賊が押し入る隙はないはずである。


 「それはお前が知る必要はない」

 オズルは無表情だ。


 「わかりました。ただちに女官たちを移動させます」

 そう言って部屋の前で立ち止まった執事に目もくれず、オズルはさらに回廊の奥に去った。


 執事カルディは部屋に入ると窓を開き空気を入れ替え、両手をベッドに縛られていた美女の手錠を外した。

 その瞳は服従の術をかけられて既に虚ろに戻っている。


 昨晩もかなり激しかったらしく、手首の皮が擦りむけている。

 この美女はオズルのお気に入りだ。

 元は敵だったが、おそらく他のどの妾より多く抱かれている。

 彼女はオズルの歪んだ愛情の対象なのだ。


 「オズル様の妾たちを全員安全な屋敷に移送する、お前も手伝うのだ、ステイシア」

 カルディは床に投げ捨てられていた服を投げた。


 「はっ、ご命令のままに」

 あちこちが引き裂かれた衣装を手に全裸の美女ステイシアはニコリともせずうなずいた。


 貴天オズルの抱える闇は深い。

 それはオズルが幼いころから仕えて来た老執事カルディですらとらえきれないほどだ。

 主人の目には帝国の未来がどう視えているのか。


 「間違った道に踏み込んでいなければいいのですが……」


 「今のその言葉、オズル様を疑うのですか?」

 ステイシアが全裸のまま鋭利な短剣をカルディの背中に突きつけていた。

 卓越した暗殺術を身に着けた美女である。

 精神支配されている時は、オズルに絶対の忠誠を誓う。


 「それは勘違いですな、ステイシア」

 老執事カルディは穏やかに窓の外を眺めた。

 黒水晶の塔の外に広がる帝都ダ・アウロゼは美しく輝いていた。




 ーーーーーーーーーーー


 「カムカム様! 起きてください!」


 野営テントの入口から家宰のバルドンの声が聞こえる。どことなく慌てているようだ。


 「むう、どうしたのだ?」

 カムカムはベッドで寝ている美女たちを起こさないように起き上がり、とりあえずそこにあった上服を着てマントを羽織った。


 テントの外にはバルドンと主だった護衛兵が集まっている。


 「何事だ? こんなに朝早くから」


 「森の妖精族のカサット村から早馬でございます」

 「早馬だと? まさかミ・マーナの身に何か起きたのではあるまいな!」

 カムカムは思わず大きな声を出したのでテントの中の女たちが目覚めた気配がする。


 「いえ、違います。ミ・マーナ様ではありません。リゾート地での休暇を愉しんでおられた第一夫人のスケルオーナ様が魔獣にさらわれたとのことです」


 「あのスケルオーナがか?」

 スケルオーナはカムカムの妻で長女カミーユの母である。


 武闘派貴族グダナス家出身で、すぐ剣で物事を解決しようとする癖があるとても勝気な女性だ。正直、さらっていった魔獣の身を案じた方が良いような気がする。


 「あれがそう簡単にさらわれるとは思えないが……」


 「湖で舟遊びをしている最中に、沼地の怪物と呼ばれる化け物に小舟ごと連れさられたそうであります。すぐに救出部隊が出たらしいのですが、その化け物は例の旧公国の領土に巣を作っているらしく、立ち入りできずに止むなく引き返したとのこと」


 「なるほど、あの危険区域に入るには正式には魔王の許可が必要だからな」


 「いかがいたしますか?」

 バルドンはカムカムの表情にいつも以上の思いを感じた。


 「いかがだと? 決まっておる! 私は妻を見殺しするような男ではない! そこが例え恐ろしい禁忌の場所でもな!」

 カムカムはポーズを決めて宣言した。


 「おお、さすがはカムカム様!」とバルドンは一瞬感激した。


 「カムカム様! 素敵でございます!」

 「一生、ついて参りますわ!」

 最近妻にしたばかりの二人の美女がテントの中からカムカムに抱きついてきた。


 山頂にある神殿に仕えていた巫女である。


 男に接触することのなかった無垢な二人はすぐにカムカムに夢中になり、山を降りてすぐ山里にある村で結婚式を上げたばかりなのだ。


 「おう、私は妻を大事にする男なのだ!」

 美女を前にカムカムはブレることはない。相変わらずイイ男を演じて、より多く美女を物にしようとする。


 「きゃー素敵!」

 きゃっきゃっと二人の美女がまとわりつく。


 「もう、私の感激を返してほしいものですな」

 バルドンの目が怖い。


 「お前たち、私は行かねばならぬ。だが、妻のお前たちに不自由はさせないぞ。お金を渡すからこの村に家を買って私の帰りを待っていてくれ」


 「「はい! カムカム様」」

 二人はキラキラした瞳でカムカムを見つめる。


 「バルドン、支度金を妻に渡せ。諸々の手続きはいつものように任せる」


 「はい、いつも通りにでございますね。彼女らの貴族位はいかがいたします?」

 「私の格に見あう階級で申請しておけ、彼女らが軽んじられてはならん」

 「わかりました」


 「では、スケルオーナを助けに行くぞ!」

 カムカムはマントを颯爽となびかせた。


 「きゃー! カッコいい!」

 その後ろ姿に新妻たちが黄色い声を上げる。


 「カムカム様、そういうポーズはせめてパンツを履いてからおっしゃって欲しいものですな」


 そう言いながらバルドンはパンツとズボンをそっと差し出した。

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