第91話 <<イクスルベの街への凱旋 ―東の大陸 サティナ姫―>>
「わああああああ……!」
砂漠の入口に位置するイクスルベの街は大きな歓声に包まれていた。大歓迎である。
魔獣を駆逐し、凱旋する王国軍が隊列を作ってその大通りを進む。その威風堂々とした姿に市民が声を上げる。
騎士たちが子どもたちの作った花飾りを受け取る。
その中でも一際熱烈な歓迎で出迎えられる一団がいる。
サティナ姫とその近衛騎士団である。
「すごい人気ですね、姫様」
マルガが笑顔で手を振りながら言った。
「ええ。でも、こんなに歓迎されていいの? 一番の功績は、第一軍と第二軍を支えた第三軍のカルレッタ将軍でしょうに。将軍が後方で適切に対応しなければ大変な事になっていたわ」
「姫、我々も第三軍なのですから、良しとしておきましょうよ、おっ、おおい!」
マルガは群衆の中にかわいらしい娘を見つけて、さらに大きく手を振った。
「ああいう娘が好みなの? 貴方の妻は美人歌手で名の知れたアリーナさんでしょう? 電撃結婚で貴方が王国中のファンに目の仇にされたって聞いているわよ」
「ああ、それも5年も前のことですからね。子どもも2人できたし、妻からは貴族の義務を果たしなさい! と最近良く言われていたのですよ。早く新しい妻を娶れとうるさくて」
マルガはまた別の娘に大きく手を振る。
「まあ、ここの住人は砂漠の民の血が混じっているから、王都の娘とは違う顔立ちよね」
サティナは笑顔を振りまきながら言った。
「ええ、少し褐色の肌というのもなんとも魅力的で。二人とも夜も凄く激しいですし」
じいーーっとサティナに見られてマルガは口をふさぐ。
「い、いえ、何でもありません」
「いいわよ。2、3日は休暇を取らせるから、正式に妻に娶りたい女性たちがいるなら早めに式を挙げなさい。この街にも王国に認められている神殿があるんだから」
「感謝します。姫」
なんだか凄く張り切りだしたマルガを横目に、サティナは笑顔で手を振り続ける。
◇◆◇
サティナ姫がいると聞いて、その姿を一目見ようと群衆が波のように移動する。大観衆の目が第2軍旗艦サンドウエーブの艦首に立つサティナ姫に集まっている。
サティナが手を振り、微笑むたびにどよめきが湧き起こる。
漆黒の戦乙女と称される姫の今回の活躍ぶりは、既に伝説となって街中に広まっていた。
王国の姫君が自ら先陣に立ってこの街の危機を救った。サティナ姫に随行する近衛騎士団の装甲騎兵も堂々としたものだ。
この戦いに参加する前まで、脆弱な貴族のおぼっちゃまだったとは誰も思わないだろう。街の美しい娘たちがこぞって近衛騎士団の騎士たちに駆けよって花束を渡したりしている。
隊列が乱れるがサティナは見て見ぬふりをしている。
イクスルベの街は人口20万人を超える南砂漠随一の交易都市である。
魔獣ヤンナルネの標的となった街で、討伐が成功しなければ、街は放棄されるか無謀な篭城戦で壊滅していただろう。
この街には外壁が無く、そもそも篭城戦には向かない都市なのだ。だからこそ、撃って出て砂漠地帯での決戦に挑む必要があった。
最終的な戦死者は二千人に迫ったが、20万人の命を守った英雄として語られている。
ガルナン伯、リーガ伯、カルレッタ伯の各軍の指揮官はサティナ姫に敬礼する。
王位後継者であり、大陸随一の魔法騎士はこの戦でその素質を見事に開花させた。
遊撃隊としての活躍も素晴らしかった。戦況の変化に的確に対応して見事に第1軍の救出を成功させている。普通のお姫様に出来るような判断力や行動力ではない。
その姫がこの戦で育てた近衛騎士たちもそうである。
最初は剣すらろくに扱えない坊ちゃんの集まりだった。狭量な貴族特有の空威張りが鼻について、他の部隊の騎士たちと度々衝突していたのが信じられない。今ではどこに出しても恥ずかしくない騎士である。
「見ていて気持ちが良いですな。姫もあの近衛も」
リーガ伯がガルナン伯に言った。
「まったく、そのとおり。姫は心も美しい方のようだ」
今回の討伐戦でわかったことは、サティナ姫の人としての本質が非常に好ましいと言うこと、そして、なによりも人を導き育てる力とその王才だ。
その姿に、ガルナン伯たちは王国の未来を垣間見た。
「王国の未来は明るいものになりそうですな。我々もその礎として頑張りましょう」
カルレッタ伯が二人を見た。3人の指揮官は互いの手を取り、姫のために力を尽くすことを誓いあった。
◇◆◇
勝利の凱旋が終わり、兵幕に戻った一部の兵たちは帰還の準備を始めているが、多くの兵は開放的な気分に浸って街に出ている。駐屯地の出口には多くの娘たちが花束や贈り物を持って集まっていたようだ。
日は砂漠の地平線に消えようとしている。
ようやく一息ついた第3軍指揮官カルレッタ伯は一人蜜酒を仰ぎ、部屋の隅に置いた甲冑を見て深い息を吐いた。
甲冑のへこみや傷跡が今回の戦闘の激しさを物語っている。
何度も確認したうえで、戦死した騎士たちの名前を記した書類の表紙にサインする。
そのリストには、騎士学校でカルレッタの生徒だった者の名もあった。ランプの灯が揺らいで、机の上に置かれたペンが転がった。様々な思いが交錯する。
トントン、とその部屋の扉を叩く音がした。
「何か?」
「遊撃隊のサティナ様がいらっしゃいました。面会を希望しておられます」
扉の外の衛兵の声がした。
「お通ししなさい」
軋んだ音を響かせて扉が開く。
「遊撃隊のサティナでございます」
「おう、サティナ姫、どうぞお入りください」
カルレッタ伯はイスを一つ準備した。
「失礼いたします」
サティナ姫が入ってくる。
その身には未だに甲冑を着けたままだ。艶やかな黒髪は後ろでまとめている。白桃のような頬が年齢相応の若々しさを放っている。
「どうかされましたか? 姫様」
「実は、お願いがあって参上しました」
サティナ姫は澄んだ瞳で将軍を見た。
「何でしょうか?」
カルレッタ伯は水鳥を模した瓶から水晶製の器に果実水を注ぐと姫に手渡した。
「第3軍の装甲騎馬の騎士を30名ほどお借りしたいのです」
「騎士をですか?」
「ええ、今回魔獣の群れは駆除できましたが、魔獣化した砂虫の雌雄が生き残っている可能性があります。今はごくわずかでも、どこで再び集団発生するかわかりません。生息しているのが通常の砂虫だけなのか、しばらく監視している必要があると思うのです。そして万が一魔獣が生き残っていた場合はその駆除が必要となり、我が近衛騎士団だけでは戦力が足りないと考えています」
「あの戦闘以降、我が国の領土で魔獣化した個体は確認されていないと思ったが?」
「魔獣被害は大ハラッパ砂漠全体の問題です。大ハラッパ砂漠の広大な土地の大半はどの国の領土にもなっていません。どの国も監視していないエリアが広いのです。私は、我が国だけが助かって他国の人が見殺しになっても良いとは思えません」
なんという方か、カルレッタは驚く。
この若い姫君の澄んだ美しい瞳に映っているのは、元から王国の民かどうかという狭いものではないらしい。
「さすがは、英雄王の娘ということですかな。わかりました。私の軍から騎士を徴募しましょう」
カルレッタ伯はうなづいた。
◇◆◇
翌朝、さっそく姫に随行する騎士が集まった。
姫に随行したいという希望者は数百人にのぼり、その中から優秀な者が30名選ばれ、5日後には王国別動部隊の一軍としての体裁も整った。
近衛兵団と装甲騎士の総勢50名である。
カルレッタ伯が手配した補給部隊の人員はおよそその倍で、その他にガルナン伯とリーガ伯が個人的に手配した後方支援部隊もいる。
長期戦も辞さない体制である。
魔獣の繁殖日数からすれば、一月以上、もしかすると半年は監視体制を敷く必要があるかもしれないが、この補給部隊と後方支援体制なら十分だろう。
カルレッタ伯は砂漠地帯の眩しい日差しに手をかざして見上げた。
サティナ姫は壇上に立った。
その黒髪が風になびく姿はまさに天より舞い降りた女神だ。
とても若干14、5歳の少女とは思えない。
「みんな、私の我儘に付き合ってくれてありがとう! 我が隊はこれより第3軍別働隊として特別任務にあたります! 近衛兵と選ばれし騎士、ともに一丸となって守るべきは愛すべき我が大地の民です! みんな、私に力を貸してほしい!」
うおおお! と歓声があがった。
「これより任務の内容を伝える!」
隣で副官のマルガが叫んだ。
彼はいつも姫の我儘に振りまわされてきた苦労人である。
「我が隊は、大ハラッパ砂漠を北上し、最初の魔獣発生地点を監視する。同時に北方を偵察し、魔獣の生き残りを見つけしだい、これを駆除する。いいな!」
ハッ! と騎士たちが叫ぶ。
「補給部隊の出発は後方支援部隊と連携を取って、予定通りに行う。万が一作戦に変更がある場合は、通信士が連絡する。両隊の通信士は交代制で途切れることなく回線を維持しておくように!」
補給部隊と後方支援部隊の隊員が一斉に敬礼をした。
志願者が多かっただけあって、皆動きが機敏で、士気が高いのが伝わってくる。
「それでは、出発する!」
サティナ姫は愛馬にまたがり、見送るカルレッタ伯に敬礼する
「ご武運を!」
「王都でお父様によろしくお伝えください。みんな! 行くわよ!」
サティナ姫が手を振ると馬が疾駆し、その後ろに騎士たちが続く。
見事に軍を率いていく姫の手腕に目を見張りながら、カルレッタ伯はその後ろ姿に敬礼した。我が王国は素晴らしい指導者を得たようだ。
長い間、リヒダス二世の傍らでその姿を見てきた老将軍の顔に笑顔と涙が浮かんだ。
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