第330話 同盟と北伐
「カインさま、部屋の手直しが終わりました。ご確認くださいますか?」
ネルドル工房から派遣されてきた少女がひょこっと顔をだした。
湿地の街の工房広場で働いていた子で、何かと俺の周りにくっついていた工房職人見習いの少女クラベルである。
腕が良いらしくネルドルに見込まれて簡単な仕事なら一人で任せられることも多くなってきたらしい。
「うん、奇麗に貼れているじゃないか。見違えたよ」
奥の書斎の壁紙が古くなっていたので、ネルドルに新しいものに取り換えてくれと頼んだら彼女が来たのである。
「カイン様、以前私がお渡しした首飾りは付けていらっしゃらないのですね?」
隣でクラベルが俺の胸元をのぞきこんでいる。
そう言えば、前に淡緑色の美しい首飾りをもらったんだった。後で聞いたら首飾りを渡すのが愛の告白で、それを男が受け取ったら婚約成立だという話だった。
「あれは大事な物だからな、宝箱にしまってあるんだ」
はははは……。
大切にしまってあるのは間違いない。ただ、今の今まで首飾りをしまっていたことをすっかり忘れていただけである。
「それなら良かった。私が一人前になったら独立して街角工房
を開こうと思うの。そうしたら必ず来てね、約束だからね?」
クラベルはドアの奥のセシリーナをちょっと気にしながら俺の手を両手で握って微笑んだ。
「ありがとう。その時は必ずお祝いに駆けつけるよ」
クラベルはどことなく神秘的だ。ほかの魔族の娘とはどこか違う。ネルドルが「あの子の魔力は凄い」とか褒めていたがそのせいかもしれない。
「んーー、そういう意味じゃないんだけどな。まぁいいわ」
「ん? あ、そうそう。そう言えばここが終わったら厨房の方を手伝ってくれってさっきネルドルが言ってたぞ」
俺はクラベルがちょっとすねた感じになったのを見て、急に思い出した。
「ええ? そうなんですか、すぐに行かなきゃ! カイン様、セシリーナ様、お邪魔しました!」
クラベルはにっこり笑って手を振ると、バタバタと部屋を出ていった。
「あの子もカインが大好きみたいね。見ていれば分かるわ」
ソファに座ってセシリーナが縫っているのは赤ちゃん用の下着らしい。まだ外見からはよくわからないが少しお腹が大きくなってきている。
「そうか?」
俺はとぼけてみた。
「分かってるくせに、わざわざ村を離れてこんな遠くまで来たのはそのせいでしょ? カインも貴族の義務があるんだから、妻はまだまだ足りないんでしょ? 私に気兼ねせず、声をかけてやっていいのよ」
「まあ、そのうちね」
俺はセシリーナの隣に座ってその横顔を見つめた。やっぱり女神のように美しい。その赤い唇を見ているとムラムラしてきたがここは我慢だ。
「リサと正式に結婚したら気軽に女の子を探しに行くことも出来なくなるわよ、国王になるんだから。でもまあ、政略結婚の申し出はどんどん来るでしょうけどね」
「おお、そんな手があったか!」
「泥豚族の姫とか、穴熊族の姫とか……」
「いや、急に夢も希望もなくなった」
「ふふふ……冗談よ、冗談。半分はね」
ぞわわっと背筋が寒くなった。以前、泥豚族の女性が男を強引に連れさったところを見たことがあるが、あれは恐ろしかった。
「それにしても俺が国王って、冗談みたいな話だな」
「リサは本気よ。あの子は本気で貴方の妻になるつもりで準備している。だから貴方も色々と覚悟してもらうわよ」
セシリーナは手を止めて俺を見つめた。その優しく強い瞳に俺の顔が映る。
「おお、怖いね。さすがは謎の仮面宰相だ」
「茶化さないで、もう」
「ところでリサは疲れていないか? ここ二日くらい顔をみていないけど、戴冠式は長かったし、緊張していたもんな。大変だったろう?」
「それが、今はまだ疲れたなんて言っている暇はないのよね。リサ王女はベントたちと一緒に観兵式の打合せをしているわ。今日はリィルが一緒にいるから任せて大丈夫よ」
「そうか。リィルが付き添いならリサも気が楽だろうな」
戴冠式が無事に終わってすぐ、真魔王国との同盟の話が持ち上がって、真魔王国の北伐戦に対する援軍の派遣が決まった。
ただし、正式な同盟の調印は行っていないので、派遣の名目はあくまでも同盟の調印式に参加する要人らの護衛である。
それでも調印後に直ちに北伐へ参加する部隊となるため、二万人の精鋭が派遣される事に決まったのだった。
軍を率いる総大将はゴッパデルト、そして真魔王国との同盟交渉を努める大役を命じられ、影の大将などと呼ばれているのは、なんと俺である。
守るべき最大の要人は次期国王の俺なのである。
真魔王国に到着すれば俺が先頭になって同盟交渉の席につくことになるが、一時期は俺の愛人眷属になっていたミズハが相手なのだ。お互いの事は十分すぎるほど分かっているから多分大きな問題はない。
それに万が一何か問題が生じても優秀な外交官の美女リイカがずっと付き添い同行するので大丈夫だろう。
真魔王国が北伐の拠点としたアッケーユ村郊外の野営地へと赴く俺たちの軍は大きく三編成に決まった。
主力の第一軍、約一万人を率いる将はサティナ姫である。
新王国にはジャク将軍以外に経験豊富な将はおらず、野戦や攻城戦の経験者もいない。ジャク将軍は王女の戻った聖都の守りを固めておく必要があるため都を離れられない。
そのためコベィの襲撃戦で実力を示したサティナ姫が選ばれたのである。第一軍にはイリス、ルミカーナ、ミラティリアが副将として従軍するのでまったく不安はない。
第二軍は八千人でその多くは後期兵である。その将はクラウスで、彼の元にはモンオンやバゼッタがついた。
そして残りの二千人が総大将ゴッデバルトの直属で、言ってみれば俺の近衛兵というわけだ。
リサ王女を迎えて行われる観兵式が終われば、いよいよ北へ向けて進軍となるのだが、実はミズハが呼びかけたこの北伐に兵を出すのは新王国だけではないらしい。
噂ではアパカ山脈周辺の小国からも援軍を出す動きがあるらしい。イリスたちの故郷である蛇人国からは、人数は少ないが暗黒騎士というなんだか物騒な肩書きの連中が来るらしいし、ミズハに呼応して湿地の魔女たちも動いているそうだ。
さらに言えば、星姫様コンテストの時からリサ王女に目をつけていたロウ商会が新王国側に付いた影響も大きい。帝国に対し、物流や経済面でも有利に事を進められるのである。
かつての小国の王族や貴族、騎士だった者など、帝国に仕えることを良しとせず、帝国の目を逃れて隠れていた者たちも次々とミズハ陣営に集結しているという。
この真魔王国の活発な動きに対し、帝国は黒鉄関門の以北に引っ込んでしまって、何を考えているかよく分からない。
動きがないのは不気味だが、帝国と真魔王国の最終決戦の日が刻々と近づいていることだけは間違いなかった。
「大丈夫? 珍しく真面目な顔をしてるわ」
「え? ああ、同盟の件で、ちょっと考えていたんだ。帝国がゲ・ロンパの正統性を認めない限り、やっぱり真っ向勝負になるんだろうな」
帝国が今さらゲ・ロンパが本当の魔王様でしたなどと認めて迎え入れるわけがない。おそらく大きな戦さになるだろう。
「カイン、必ず戻って来てね」
セシリーナが俺の頬に優しいキスをした。
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