第128話 工房広場

 村はずれにある工房広場にはたくさんの木材が並べられていた。木を削る音と木の匂いが漂っていたが、やがて小気味良い金槌の音と空気を震わせる大槌の音が混じり始める。


 広場の中央に小型の帆船らしきものが鎮座している。あれがネルドルたちが乗ってきた丘舟だ。

 丘舟の完成見本として置いてあるのだが、実際に造っているのはあれよりもさらに一回り小型の丘舟である。ネルドルが新たに設計図を書き起こした舟でスピードと旋回性能を重視したという。


 「ネルドル様! カイン様! こちらでしたか」

 瞳をキラキラさせて、息を切らせて走ってきたのは先月成人したばかりのまだ少女と言って良い歳の見習い職人である。


 「どうした? クラベル。何かあったのか?」

 俺とネルドルは足を止めた。

 「これを見てくださいよ」

 そう言って腰の袋から砕けた石の残骸を取りだした。


 「頂いた石を二つに割っていったのですが、石材に質の悪いものが混じっていて、内部の割れに沿ってバラバラに砕けてしまいました」

 「うーーん、これはダメだな」

 ネルドルが石をつまんでルーペで覗き込んだ。

 俺はネルドルの後ろから覗きこんだ。クラベルは俺を見て少し微笑んだ。先日、崩れてきた荷物から彼女を助けてから俺を見る目が熱い気がする。


 「これは、使い物にならない。別の軽浮き石はないのか?」

 「昨日届いた石材の中に大型舟用にも使えるとおっしゃられた大きな石材ならあります。あれなら一つから4隻分は取れます」


 「ああ、あれか。うーーむ、あれを割ってしまうか。もったいない気もするが、今は大型舟よりも足の速い舟ができるだけ多く必要だからな。あれを4つに割ることのできる腕の良い石工はいるか? 正確に等分しないともったいない」


 「うーーん、そうですね」とクラベルは少し考えていたが、首を振った。


 「この辺りは石自体が少ないので石に慣れた職人はいません」

 「そうか、それじゃあ、向こうの煙突から煙が出ている工房にいるゴルパーネに頼むんだ。彼女は何でもこなすぞ。彼女の作業を見て盗める技術は盗んでおけ、それが職人ってものだ」


 「わかりました。頼んできます」

 クラベルは駆け出そうとして急に思い出したように止まった。


 「そう言えば、カイン様、昼食、またご一緒してもいいですか? オカズを作り過ぎたんです」

 クラベルは愛らしい笑顔で振り返った。


 「え、ああ、いいよ」

 「じゃあ、工房食堂で! ネルドル様も!」

 そう言ってクラベルはまた元気に駆けだして行った。


 「意欲もあるし仕事熱心だ。あの子は良い職人になりそうだ」

 「急に忙しくなったな?」

 「ああ、これもカインのおかげだな」


 俺とネルドルが村長を通じて工房組合に丘舟の造船方法を売り込んでからわずか数日である。

 早くも丘舟造りは本格化していた。それだけ魔獣討伐は大湿地の村々の存続に関わる一大事なのだ。


 造船方法の売り込みに関しては、ネルドルたちは腕は良いがどうも商売には疎いため、ネルドルとゴルパーネと相談した結果、“親友” であるこの俺が一肌脱ぐことになったのだ。こう見えても俺は旅商人の貴族である。商売に関する交渉には多少慣れている。


 交渉を円滑に進めるため、俺は魔獣ウンバスケの角を売って儲けた金を元手に事前に個人商会を設立した。


 商会の名前はカッイン商会である。村にある宝財所の出張所で設立手続きを行ったのだが、はっきり言って村で商会を立ち上げる者など普通はいないのだろう、事務員は慣れておらず、ほとんどザルのような資格審査ですんなり設立が認められた。下手に大都市で手続きするより良かったかもしれない。

 これで俺の商会が仲介役に入ることで、結果的にネルドルの思惑の倍の額で契約がなされたのだ。


 俺もわずかながらの手数料だが、今後は丘舟が売れるたびに額に応じた金が俺の宝財所に入ることになった。

 もちろんネルドルたちの元にも俺とは比べものにならない額の権利料が入ることになる。おそらくこの丘舟は大湿地の移動手段に革命をもたらすだろう。そこから今後得られる利益はとても大きいものになる気がしている。


 リィルいわく、「下衆いな、うまくやりやがった」である。


 いやいやネルドルだけでやっていたら、自分で造って売る、それだけである。

 売った丘舟の構造を調べられて、すぐに模造品が出回って終わりになっていただろう。それを将来にわたってずっと彼らに利益が入るように仕組みを整えてやったのだ。


 ちゃっかりと美味い儲け話を利用しただけではないのである。


 さて、既に工房では従業員総出で魔獣ヤンナルネ討伐用の丘舟の建造を進めている。


 工房広場は村の共同作業場である。

 本来は主に家を建てる時にここで集団で部材を加工するための作業場で、加工した部材を現場に運んで家を組み立てるのだが、村長の鶴の一声で今はそのような通常作業を中断して全員で丘舟造りに取り掛かっているのだ。


 かなり目端の利く村長である。

 ここで村の大工たちに丘舟づくりの技術を習得させ、村の新しい産業にしようという思惑が見え隠れする。しかし、それはそれで俺たちにとっても利益につながる。誰も損する者はいないのだ。


 今回の丘舟は、ネルドルの試算だと手持ちの軽浮き石を全て使っても建造できるのはせいぜい6艙が限界らしい。だが、それでも初めての丘舟造りで、6艙もの数を数日で仕上げるというのはかなりハードだろう。


 魔獣討伐用の丘舟部隊としては、ネルドルたちが乗ってきた舟と合わせて合計7艙になる。


 確認されている魔獣は一匹だ。これを追いたてて駆除する事は可能だろう。

 魔獣討伐用に船首には二連発式の強弩を1基取りつける予定で、乗り組むのは1艙につき2名、攻撃担当と操船担当になる。


 その乗組員の確保も課題になったが、幸いにも街道閉鎖で足止めを食った旅人の中に操船経験のある者がいた。


 先の大戦で帝国軍の水軍に属していたという男や、アパカラ河の漁師や水運業の男たちである。

 街道が閉鎖されているとどこにも行けないので、彼らは自ら手を上げて自警団に参加してきた。


 「ネルドル様、カイン様、ヨーナ村自警団の丘舟部隊のメンバーが全員揃いました。こちらへおいでください」

 俺たちは言われるがままに、荷物箱を並べただけの即席の壇に上がった。


 「いよいよ、今日から訓練開始だな」

 俺はネルドルを見上げる。ネルドルの表情は硬い。全身ガチガチだ。


 「ウム、丘舟は、普通の船より、神経質な所がある。俺の舟を使って、訓練をしなければな」

 一言しゃべるたびに息切れしている。しかも抑揚のない機械のような話し方になっている。


 俺たちが壇上に立ったのは、広場中央に見本として鎮座しているネルドルの丘舟の前である。そこには既に自警団の男たちが整列している。俺たちを見上げる表情は真剣そのものだ。

 流石は自ら名乗り出た男たち、頼もしい限りである。


 その背後には工房職人たちも集まっている。職人の半数は成人になったばかりの若者で、ここで数年間修行を積んでから一人立ちするらしい。


 クラベルも同じ年頃の友達と一緒にいるのが見えた。こっちをじっと見ているので、ちょっと手をあげたら、「きゃーー、ほら、カイン様よ、クラベル!」と友達にからかわれている。


 「若い子に好かれてるな」

 「どうした? ネルドル? 声が震えているぞ」


 「ううっ、カイン、仕切ってくれ。俺はこういうのはやはりダメだ。苦手なのだ」

 ネルドルが突然小声で俺に言った。


 「イケメンが情けない事を言うものじゃない」とささやいたが、ネルドルの奴、既に完全に頭が真っ白になったようだ。大工作業をしている時の頼もしさは微塵もない。


 「仕方がない奴だな」

 俺はこれでも貴族の端くれ、しかも一応は騎士の訓練も受けた身である。


 「おほん!」

 俺はわざとらしい咳払いをしてみた。


 一同の視線が俺に集まる。なんだか久しぶりだ。変態を見る目つきではない普通の目つきというものにちょっと感動する。クラベルの熱い視線もかなり気になる。その表情からは初々しさと清楚さが入り混じった甘酸っぱい想いを感じる。


 「みんな、良く集まってくれた! ネルドルと共に魔獣討伐に参加することになったカインだ! 村長から話は聞いていると思うが、我々丘舟部隊は魔獣ヤンナルネ討伐の中核を担う重要な部隊になる!

 魔獣がいつ村に攻めてきてもおかしくない状況で、十分訓練が出来ないまま出撃かもしれない。

 今が本番だという意識で各自真剣に訓練に取り組んで欲しい! 

 それと、これは俺の勝手な思いだが、この討伐戦では誰一人死んで欲しくない。誰も死なないで済むように備えてくれ!」


 「はッ!」とみんなが応えた。


 「訓練の教官はネルドルだ! 既に割り振られた二人一組になって、一組ずつ丘舟に乗りこんで訓練する。待機組は訓練の様子を見学だ、いいな! やるぞっ! ついてこい!」


 「おおう!」

 俺の掛け声に応じて自警団の男たちが手を振り上げた。士気が高く雰囲気も良い。これならやれそうだ。


 パチパチパチ……

 「カイン様! 最高ですよ!」

 かわいい美少女が頬を上気させながら拍手をしていた。その瞳には尊敬のまなざしが浮かんでいるようだ。

 クラベルか、いい子だな。

 「ありがとう」と感謝のつもりで微笑んだ拍子に片目にゴミが! 目をぱちぱちさせていたら、なぜか頭から湯気がでるほど顔を染めたクラベルがよろけた。

 

 「きゃーーっ、カイン様がウインクを!」

 「脈ありね!」

 「ちょっとクラベルったら、しっかり!」と周りの女の子が冷やかしているが、彼女が始めた拍手はやがて工房職人たちから自警団の男たちに広がって広場を包み込む大きなうねりとなっていた。


 「よし、つかみは上々、あとは頼んだぜ、ネルドル」と俺は目をこすりながらネルドルの肩を叩いた。


 「ウ、うむ。舟の操り方については任せておけ」

 ネルドルは舟の縄梯子に足をかけた。

 舟に乗りこむとさっきまでとは人が変わったようだ。


 「最初の組はついてこい! 乗船だぞ!」

 ネルドルは自信にあふれた大声で叫んだ。

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