第201話 <<それぞれの防衛戦 ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 ガゼブ国王都のあるガーザン平原。

 そこに旧諸国連合の軍が集結していた。


 「やはり、おかしいわよ」

 騎士シャルロッテは自軍の土塁の影から平原を走る東マンド軍を見つめていた。


 早朝から東マンド軍の騎兵の一部隊がこちらの陣に向かうと見せて引き返すような行動を取っている。


 「誘っているのではありませんか? こちらが陣に籠っていては手が出せないので平原におびき出そうとしているのでは?」

 騎士アクセラが遠眼鏡で走る騎馬を見ている。


 「出てきているのは1000騎たらず。誰が見ても陽動とか囮とわかる数よ。あの東マンド国第一軍の老将軍がそんな単純な事をするかしら?」


 「でも、攻めてくる気がないならいいじゃありませんか。陽動にさえ乗らなければいいのです。明日にも奴らの背後に味方が食らいつきますし。時間が経てば経つほど我らに有利になりますよ。さあ、朝飯でも食べましょう。もう飯が出来てますよ。シャルロッテ。戦の前の腹ごしらえは大事ですよ」

 アクセラが自軍の陣地を見た。


 追撃されていた時とは異なり、兵にも余裕が見られるようになっている。あちこちで竃の煙が上がっている。


 その光景を見た瞬間、シャルロッテは違和感を感じた。

 何か見落としているような気がしてならない。それは何か……


 「アクセラ、敵も兵糧は十分なのよね?」

 「ええ、前に大量の兵糧を運んでいるのを見たでしょう? だから兵糧攻めはできませんよ」


 「違うわよ。ねえアクセラ、私も今朝方から敵陣をずっと見ていたけど、貴方は敵陣に竃の煙が大量に上がったのを見ましたか?」


 「ん?」

 アクセラは芋汁を手に頬を膨らませていたが、その手が止まる。


 「どうなの?」

 「いや、そう言えばあまり見なかったな、五~六条の煙は上がっていたけどな」


 「まさか?」

 シャルロッテが土塁から飛びだし敵の動きを眺めた。


 「やはりおかしい、ちょっと見てきます!」

 シャルロッテは叫ぶと、繋いであった馬に飛び乗った。


 「シャルロッテ! 何を急に、一体どこへ行くのです!」

 その声を無視するようにシャルロッテの馬はいななくと前足を高く上げ、駆けだす。


 「待ってくれって! もう、どうしていつもいつも!」

 アクセラは芋汁をぶちまけて、自分の馬に走った。


 シャルロッテの馬は敵の騎兵部隊の最後尾の後方に張りついた。


 「なんて無茶をするんです! 引き返しましょう! このままでは敵陣ですよ、囲まれます!」

 追い付いたアクセラの声が聞こえた。


 「私の考えが正しければ、囲まれないわ!」

 「何を根拠に」

 いつもながらこの幼馴染みの行動には手を焼く。アクセラは彼女を守るため剣を抜いて片手で馬を操る。


 前方の敵騎兵隊は自軍の陣地のある丘を目指して駆けあがって行った。


 やがて丘を越える。


 その最後尾に紛れたシャルロッテとアクセラは見た。

 敵陣には無数の旗が翻っているが、そこに居るはずの軍団がいない。


 「何だこれは? 無人だと! どうして?」

 疾駆しつつ、アクセラが左右の兵舎に目をやる。

 布製の野営テントの入り口が風ではためいている。兵舎はあるがどれもみな空っぽである。


 「やっぱり! アクセラ! 戻るわ! 敵は既に昨夜のうちに撤退していたのよ! 何て決断の速さかしら! 急いでゴリオン王子に連絡してやつらの行方を探さないとならないわ! 王子の部隊は待ち伏せの準備をしてるはずよ!」

 シャルロッテが馬を止めた。


 「おいおい、気付かれたぞ。騎兵がこっちに来る!」

 アクセラがその隣に寄せる。


 「逃げるわ!」

 「心得た!」

 二騎の騎馬は一番近い味方の陣に向かって駆けだした。




 ◇◆◇


 東マンド国王都西方平原。

 そこは砂漠と草原地帯の境となっている荒涼たる大地といって良い。わずかに乾燥に強い草が生える程度で灌木も無い。


 今、そこに東マンド国王都から出撃した軍が野営していた。

 その中央に巨大な国王旗がなびいている。

 夕食も終わり、兵たちの多くは既に就眠している時間である。


 「何だと……」

 宰相ラダはその大テントの入り口で杖を落した。

 伝令を伝えたばかりの兵が不審気にその顔を見上げた。


 「これは、事実なのか……」

 「はっ、第2軍ゴーマ・ベロモット将軍から直接承った書簡でございます、間違いはございません」

 伝令は表情を強張らせて言った。


 「王に、伝えねば……」

 その顔は青ざめ、手が震えている。


 書簡には、第2軍と対峙するラマンド国が未だに撤退せず、むしろ攻勢を強めており、いつ要塞が抜かれるか分からないという危機的な状況が記してある。


 要塞を支えるうえで極めて重要な枝砦の幾つかが陥落したらしい。敵は要塞の死角を補っている小砦に攻めかかると見せかけ、その砦を守ろうとして血気にはやった将が砦を空にして援軍を出した隙に手薄になった砦をまんまと奪取したのだ。


 ラマンド国軍は総大将に王子を据えており、意気が上がっている。とはいえ余りにも鮮やかと言える行動だった。唖然とするしかない。


 コドマンド王の配下に軍師級の部下が少ないのが敗因だろう。知略のある将の多くは王子派だったため、彼らは謹慎中なのだ。


 「しかし、なぜだ? なぜ食糧難のはずのラマンド国がこうも戦える?」

 先手を売ってラマンド国が動けない状況を描いたはずだった。しかし、その食糧難が足枷になっていないらしい。


 逆に東マンド国の方が苦しくなってきている。王の無謀な命令で戦線を拡大し過ぎた影響も大きい。軍事物資が徐々に欠乏し始めているという報告も上がって来ていた。

 目論んでいた物資の流入が無くなったのだ。その原因は分かる。西方との物流がサンドラットに抑えられたためだ。元々資源の乏しい我が国にとっては厳しい状況になりつつある。


 「宰相、どうしたのだ?」

 背後で少し酔いの回ったコドマンド王の声がした。


 「王よ、至急報告であります」

 帳を開けると王が寝転ぶベッド上には、ほとんど全裸の女共が数名侍って王に媚びている。


 「申してみよ」

 王は若い女の胸を弄びながら言った。


 「王よ、重大な局面であります。第2軍が苦戦中であります。こうなればガゼブ国攻略は一時諦め、第3軍を第2軍の支援に向かわせねば、この地で我々が勝利してもラマンド国軍が王都に攻め込む可能性もありますぞ」


 「けっ」

 王は忌々しそうに唾を床に吐いた。


 「所詮、貴様もその程度の臆病者であるか? 良いか、我らには闇の力を操る大魔女がついているのだぞ。カミネロアがリナル領に侵攻した反乱分子を駆逐したならば、次はラマンド軍を血祭りにするだけじゃ。我々はあの忌々しい鼠どもをさっさと駆除して、王都を守り抜いた英傑王として凱旋すれば良いのだ」


 「しかし、いくらここが王都から遠く離れた荒野とは言え、リナル領駐留部隊からの戦況報告や第1軍からの連絡もない状態であります。こちらから送った連絡兵も未帰還であります。これは異常事態でありましょう。何かが起きております。気がかりとは思いませぬか?」


 「何を言うか! 良いか、まもなくガゼブ国と和睦を結んだという連絡が入るはずじゃ。そのような下らないことで一々わしの時間を奪うでない! 明日は予定通り、敵軍を迎え撃つのだ。わかったな」

 コドマンドはそう叫ぶともう貴様には興味がないとばかりに女の一人をベッドに押し倒した。


 「やはり、使えるべき主人を間違ったのかもしれぬ」


 嬌声が聞こえ始める中、入口を出た宰相ラダはため息をついて星空を見上げた。



 ◇◆◇


 リナル国の王都の青空に鐘が響き渡っていた。

 空は青いが心は晴れない。


 「大丈夫ですか?」

 サティナ姫は、バルコニーに佇むフォロンシア王女の肩に手を添えた。


 あれから一週間、王都は奪還したものの、王や王妃をはじめ王族はことごとく亡くなっていることが判明したのだ。


 その弔いの鐘が幾度も打ち鳴らされている。王都の通りには半旗が掲げられている。誰もが王と王妃の死を悼んでいた。


 「家臣も多く命を失いました。王国の再興は厳しいものになるのでしょうね。でもここが私の戦場ですものね」

 目を腫らしたフォロンシアは両手を組んで祈る。


 「フォロンシア王女、リナル国はドメナス王国の友好国ですよ。国の再興には私の父も力を貸すはずです。だから悲観しないでください」

 「サティナ様……」


 「それに、あなたはもう、一人ではないではありませんか? 手を携えて新たな国を作ることのできる、心から信頼をよせる人がいるのでしょう?」

 「いいのでしょうか? こんな不幸があったばかりだというのに、私は夢を見てしまうのです」


 「お二人の道は、全ての人が笑顔を取り戻す道につながっていると思いますわ」

 「ありがとう、サティナ様、そう言って頂けると……」


 「失礼いたします。フォロンシア王女。各方面からの定時連絡であります」

 その時、騎士が一人部屋に入ってきた。


 「サティナ様もおりますから、ここで聞きますわ」

 「はっ。ターマケ将軍はガゼブ国に侵入した敵軍を追撃し、ガゼブ国の国境を越え進軍中です。また、サンドラットの里を発したメルスランド王子の軍がまもなく東マンド国王都の西に入るとのこと。いよいよです。開戦は明後日頃と思われます」


 「メルスランド様…………大丈夫でしょうか?」

 フォロンシア王女は両手をぎゅっと握り締めた。


 「心配なのは分かるわ。でもきっと大丈夫ですよ。メルスランド王子は必ず貴女を迎えに来ます。そう約束したのでしょう?」

 「ええ」

 フォロンシア王女は少し頬を染めた。


 「彼は約束を破るような男ではありませんよ」

 サティナ姫は王女の手を包んで優しく微笑んだ。

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