第200話 洞窟都市へ2

 「こ、これは?」

 細長い横穴を抜けるといきなり目の前に大空間が広がっていた。


 「おおー。これが地下大空間ですか、凄いものです」

 俺のすぐ後ろでルップルップが声を上げた。

 「へえ! お宝がありそう!」

 続けて顔を出したリィルが駆け出した。


 「ほう! これは見事だな」

 「わー凄いわね」

 「きれいだねー」


 大きな地下洞窟で、天井には魔光石が星のように輝き、全体に薄明るい。とはいっても洞窟の果てが見通せるほどには明るくない。


 ごうごうと水の流れる音が響いてくる。わりと近くに大量の水が流れているようだ。おそらく地下水脈があるのだろう。


 俺たちが出てきた横穴は崖の中腹付近に開口しており、その正面にはまるで石橋のような岩がそそり立って緩やかに下っている。あの醜悪なモンスターもこの下から上がってきたに違いない。


 「見て、カイン! ずっと先の方に明るい光が集まっているところがあるわ」

 セシリーナが指差した。


 「人工的な光というより、光る何かを集めてあるように見えるな?」


 「何かお宝がありそうです。長老が言っていたお宝があそこにあるのではないでしょうか?」

 リィルの目が輝いている。確かにここはこいつが好きそうな場所だな。


 「リィル油断は禁物だ。ここからは用心しながら行くぞ。この先で先ほどの奴らが罠を張っているかもしれない」

 ミズハが闇を見通すように目を細める。


 そして、ミズハの言葉通りだった。

 少し進んだだけで岩の向こうに嫌な気配がした。


 覗きこむと、泥豚族をミイラ化したような気色の悪い姿の奴らが集まっている。

 骨で作った槍状の武器や弓を持って襲撃の準備中のようだ。中でも一際大きい奴がいる。おそらくあの群れのボスだ。


 俺はセシリーナを見てうなずく。

 セシリーナは弓を準備した。


 近づけば魔族を眠らせる道具をまだ持っている可能性がある。

 ミズハも詠唱を始めている。

 リィルはリサを守って後ろに引いた。


 「行くぞ!」

 俺とルップルップはうなずいた。

 今だ!


 「う、ぶへぅ!」

 うおおおっ! と飛びだし、奴らを仰天させようした俺は紫色の石につまづいた。


 集まっていた奴らが振り返り、その目が点になった。


 それはそうだろう、敵がいきなり現れたと思ったら何もないところで盛大に転んだのだ。意味が分からない。


 「カイン! やはりまぬけね!」

 ルップルップは少しも動じず、手はずどおり頭上で振り回していた飛石を投げた。


 縄の付いた石が3匹をからめ捕った。

 俺は擦りむいた膝の痛みに耐えながらも果敢に立ちあがる。


 「ゲヘア! ブブブ!」

 俺を見て、先頭の1匹が指差して叫んだ。

 後ろにいた一番大きな奴が前に出てくる。


 「ボンボン、ブブブ! べぐあ!」

 そいつは何か叫んで腰に手を当てた。


 ほほう、なかなか立派なものを持っているようだな。その表情、かなりの自信家のようだ。


 だが、俺も立ちあがって腰に手を当てる。


 「びぐ、べぐあ? グヘラ、コヘラ?」

 どうやらこの勝負、今回も俺の勝ちだったな。奴は俺の巨竜を目にして悔しそうに歯ぎしりする。


 この俺に勝負を挑むとは身の程知らずめ!

 俺はニヤリと笑う。


 「グーダ、グー!」

 いきなりそいつが大声で叫んだ。


 それを合図に一斉に俺に向かって周りの連中が攻めてきた。

 「や、やばい!」

 奴め、大きさでは叶わぬと見て、実力行使に出るとは流石にモンスターだ! 俺は骨棍棒を構えた。


 「ほい!」

 ルップルップがさらに飛石を投げる。

 うまいもんだ。矢をつがえようとしていた3匹が脱落した。


 「ぎぇあばあ!」

 奇声とともに槍を構え、俺に向かって跳びかかった奴の脳天に矢が突き立った。


 「カイン! 後退して!」

 セシリーナの声とともに矢が幾つも放たれる。


 電撃を帯びた光の鞭のようなものが突如現れ、何匹ものモンスターを打ち払った。あれはミズハの術だろう。

 それでもすり抜けてくる小さい奴を俺は骨棍棒で迎えうつ。


 さらにルップルップが神官の術を使った。

 眩しい光が閃き、眩しさに恐れおののいた奴らが次々と逃げ出した。奴らが逃げて行くのはあの光が集まっている場所である。


 ミズハが手帳を取り出して何かメモしている。


 「あそこが奴らの集落らしいな。今回の我らの任務は洞窟の調査だ。あれの壊滅が目的ではないからな。あそこには近づかないほうが良いな」

 「ええっ、行かないのですか? せっかくのお宝が」


 「リィル、ミズハの言うとおりよ。この大洞窟内に何があるのか、危険は何か、それを調べるのが目的よ」

 「この先で道が二手に分かれている。右に行けば下りで奴ら集落に向かっている。左は向こうの台地の方に続いているようだな。そっちに行こう」


 俺は地形を眺めた。どうやら奴らの集落はこの洞窟の中でも窪地になっている範囲にあるようだ。窪地は面積的に大洞窟の4分の1程度を占めている。


 「左に進んでも後ろから狙われるのは御免だな」

 そう言うとミズハが目を閉じて術をかける。


 あっというまに右の道を遮断する半透明の壁が作られた。


 「すごーい、さすがミズハっ!」

 リサが感嘆の声を上げた。

 

 「この術は一週間は持続する。通路がこの道しか無いなら奴らはしばらく上がってこれまい」


 「ところで、こいつらはどうするのかしら? 飛石も回収しておきたいわ」

 ルップルップの足元には6匹ほどのモンスターが縛られたままだ。


 「うーん。放置しておくのもヤバそうだしな」

 「いくらモンスターでも無抵抗なのを殺すのも気が引けるわ」


 「いいえ、後腐れなしに一息に殺しましょう!」

 リィルが短剣を抜いた。


 「きゃー。リィルが残酷うーー!」

 リサが目を覆う。


 「ちょっと待て、ここはアレだな。おいリンリン出てきてくれ」

 俺が叫ぶと、俺の頭の上にもやもやと紫色の玉が現れた。


 「ちょっと、アレなんですか? もしかして、あれも星神様ですか?」とルップルップ。


 そう言えばルップルップはリンリンを見るのは初めてだったか?


 「ふわー。もう出番が無くて、待ちくたびれたわぁ。退屈で、退屈で、もうこうなったら密かにカインに何かしてやろうと思っていたところよ」

 そう言えば、さっき俺がこけたのは石というより紫色の……。


 「ところで、何か仕事かしら?」

 「ああ、頼みたい事がある。こいつら何だけど」

 俺は目をギラつかせているモンスターを見せた。


 「ああ、深い地下に住む “奥底の妖精” ですね?  まあ懐かしいですこと」


 「「「これが妖精?」」」

 リィル以外、ほぼ全員が同時に叫んだ。


 「こ、これが、この汚らわしいのが同族? これが呪われた一族、やはり妖精族なのですか? 信じられない話なのです」

 同族と言われたリィルが一番衝撃を受けているようだ。


 「ええ、彼らは奥底の妖精族、とても希少な種族ですよ。かつて闇の魔法の生贄として狩られ、地底に逃げた妖精の末裔です」


 「そうか、元々妖精だから背が低いのか」

 「これも、妖精族だから持っていたのですね」

 ルップルップはランタンを出した。


 「神聖文字は古代文字ですが、彼らが今でも普通に使う文字ですよ。それにそのランタンは危険な魔獣避けで、妖精狩りを行った野蛮な魔族から逃げるために使う道具でもあるんです」


 「リンリンは、随分と詳しいんだな」


 「それはですねぇ」

 リンリンは俺の周囲をくるくると回った。


 「大昔に、地下に逃げ込んだ最初の奥底の妖精族のリーダーの一人が、私にリンリンと名を付けたのですよねー。いや懐かしいですこと」

 「なんと!」

 ミズハも初めて聞く話だ。


 驚きである。そう言えば、リンリンたちがどんな人生、もとい“玉生”を送ってきたか聞いた事がなかった。特にこいつは、ついこの間まで妙なカルト集団に利用されていたりと、色々といわくつきの存在なのだ。


 「それで? 私に頼みとは何でしょう?」

 「それだけど、こいつらを説得して俺たちを追わないようにして欲しいんだ。こいつらの集落からの出入り口はミズハが閉じてしまったから、集落にはしばらく戻れないだろうが、俺たちに危害を加えないようにして説得して欲しい」


 「ふふん。なーーんだ、そんな簡単な事ですか。いいでしょう。私の力の一端をお見せしましょう」

 そう言って、リンリンは捕まえている6匹の周りに飛んだ。


 何か耳慣れない言葉で会話をしているようだ。

 やがて6匹の様子が変わった。

 頭を垂れて神妙になっている。

 ついには平伏して祈り出した。


 「今、何か“真なる祖先神”などという単語が出ましたよ」

 リィルが聞き耳を立てている。


 会話している大半は意味不明だが、同じ妖精族として共通の単語も時折あるらしい。


 「もう大丈夫ですよ。縄を解いても彼らは危害を加えたりしません」

 リンリンは俺の頭の上で瞬いた。


 「げぼら、げげげ、げぼげぼむ」

 「べぐあーー、べぐあーー!」

 6匹は俺の股間を指差して膝をついて崇め始めた。


 何だ、どうしたのだ?


 「リンリン、これはどういうことだ?」

 「いえいえ、彼らにとって私は神ですから、神が宿る場所はいずこ? と聞かれたので、あそこだと答えたまでですよ」

 嫌な予感しかしない。


 「あそこというのは?」

 「もちろん、カイン様の股間ですよ。彼らは一物信仰が根強いんです。これでカイン様の無駄にご立派なものが、無駄にならずに済むじゃありませんか、ほほほほ……」

 そう言って嘲笑いながらリンリンは消えた。


 何となくとんでもない嫌がらせを受けたようだ。


 リンリンがいなくなると、6匹は何やら相談していたが、俺たちの前で腰に手を当てて、そろって腰を前後させると、崖の方を目がけ、飛び出した。


 集団自殺かよ!

 そう思って崖から身を乗り出して下を見ると、6匹は器用に崖面を下っていく。なるほど、登るのは困難でも下るのは可能ということか。つまり追ってくる気は無いということだろう。


 「カインのあそこに箔がついたわね」

 おもしろそうにセシリーナがくすくす笑っている。


 「恐ろしい男だな。股間に神を宿す男か」

 とミズハが地面に置いていた背荷物を背負う。


 「カインがこれほど星神様たちと仲がよいなんて! 思いもしなかった、これは驚きの事実っ!」

 回収した飛石を袋に入れ終えたルップルップ。

 俺を見る目が気のせいか少し尊敬の眼差しに見える。もしかするとルップルップの中で俺の地位が向上したのか?


 ニヤニヤしていると「うわーー、キモい! 死んで!」とルップルップに逃げられた。



 ーーーーーーーーーー


 さて俺たちは大洞窟を進む。


 埋没した廃墟都市。

 左右に崩れた建物が残る一本道がどこまでも続く。


 元は壮麗な石畳だったのだろう。道は緑に発光する苔に覆われている。左右の路肩には石像の女神像が立っている。かなり古いものだろうがこれは壊れていない。


 「ねえ、この石像、クリスちゃんたちと似ているね」

 リサが俺を覗きこんだ。


 「そう言われれば似てるかもな。妖精族にしては背も高いし耳も尖ってない。……と言う事はここをつくったのは奥底の妖精族じゃないということかな?」


 「うむ、その可能性は高いだろう。古代遺跡に後から奥底の妖精族が来て、住み着いたという所か」


 「でも、どうしてこっち側には住んでいないのかしら?」

 「何か、理由があるのだろうな。厄介な敵がいるとか、近づくのも恐ろしい存在がいるとかかな?」


 「おお、それは凄いお宝があるからですよ。たいがいお宝がある所にはそういう伝承があって、人を寄せ付けないようにしているものなのです」

 リィルがぴかりと目を光らせる。


 「おい、あそこに大きな建物がある。カイン、見なさい」

 ルップルップが指差した。


 青白い魔光石の輝きに包まれて、洞窟の中央にそびえる建物が見える。

 こちらが高台の上なので洞窟中央のその建物は斜め上方から見下ろしている感じになるが、まわりの建物と比較するとかなり大きな建物のようだ。


 「うーむ。あれこそが古代様式のアプデェロア大神殿だな。複相似形と言われる特徴的な造りをしている。同じような構造の部屋と通路が並列で造られており、外観だけ一体化している。大人数の参拝者を受け入れるために考えられた構造だな」

 ミズハがつぶやいた。流石に大魔女、博学である。


 「それじゃ、あそこでリサの呪いを解けるかな?」

 「いや、それは無理だろうな。こんな廃墟だぞ、あそこに今でも神官がいるように見えるか?」


 「そうか、どう見ても廃墟だよな」

 「でも何かお宝はありそうですよ! ぜひ行ってみましょうよ。地図づくりだけではもったいないのです」


 「いや、我々はできるだけ危険を避けてだな……」


 「何を言っているんですミズハ様。我々は勇者認定済みなのですよ。さあさあ、早く行きましょうよ」

 リィルが何か言いたそうなミズハの手を引いて強引に駆け降りて行く。真っ先に一番反対しそうな奴を有無を言わせず引きずり込むとか、流石はリィルである。


 「やれやれ……」

 「まったくリィルったら」

 俺とセシリーナが同時にため息をついた。

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