第202話 <<東マンド国 王都防衛戦1 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
平原の西に広がる草原地帯は丈の短い夏草がわずかに生い茂っている。
わずかな起伏のある丘の上に整然と陣を張っているのがメルスランド王子率いるサンドラット軍だ。その数は5万と聞いていたが、その布陣を見る限りさらに増えているようだ。
宰相のラダは無言で移動式の櫓の上からその配置を眺めていた。
正面の横陣には、短い盾と槍を持ち腰に曲剣を下げた部隊がある。その主力兵の防具は東マンド国軍に比べれば貧弱だが、左右の側面には砂漠の民が得意とする騎馬部隊がいる。
対して、こちらは前面に王都防衛の兵と近衛兵からなる重装備の部隊が横陣を構え、その左右には市民兵と囚人兵からなる軽装備の歩兵部隊がいる。
側面には敵と同様に騎馬を配しているがその数は少ない。王の本陣を守る近衛も残す必要があるため、実際に戦闘に参加出来る兵の数は互角と言ったところだ。
王は後方の自らの天幕にいるため、実際の指揮は宰相ラダに任されている。
各軍の先頭にいる信号兵が旗を掲げたのが見えた。
「ラダ様、準備は整ったようです」
「うむ。風向きが少々不利だが、相手も待ってはくれぬだろう。旗を掲げよ! 我らに精霊のご加護を!」
ラダが告げると、両側の櫓に戦旗が揚がった。
東マンド国ではドメナス王国のような通信士といった術に長けた者の養成が遅れている。それが大国ドメナスとの違いなのだが、この付近の国はどこも似たようなものである。通信手段が未熟なため兵の運用には陣形を組む以外ないのだ。
「精霊のご加護を!」
騎士が剣を掲げた。
うおおおおおおーーーーーー!
ドドドドドドド…………!
それを合図にしたように、相手の陣でも旗が揚がり、ついに地鳴りのような声が響き渡り、両軍とも動く。
「ラダ様、敵軍の方が動きが良いようです」
「うむ、だが想定の範囲内だ」
後方支援の矢が両軍から放たれる。友軍の矢数が圧倒的に多いが、やはり風下というのが不利だ。巻き起こった砂煙がこちらに吹きつけるのも不味い状況である。
中央の重装兵は良いが、左右の軽装備の歩兵に被害が集中している。対して相手は盾を有効に使っているようだ。
野を覆う銀色の集団が互いに吸い寄せられるように接近し、戦場の中央で先陣同士が激突した。重装兵の我が軍が有利に敵陣を縦に引き裂いていくが、やはり左右の歩兵が弱い。
重装兵の一団を残して、左右の厚みを保てず両側から押し込まれている。
その趨勢は時間が経つほど明らかになってくる。
「数は多いとはいえ、やはり、市民兵ではこんなものか」
ラダはつぶやいて欄干を握り締めた。戦場の声は次第に近づいてくるようだ。
敵のサンドラット兵はかなり場慣れしている。強敵と見れば引き、弱みを見せるとそこを突いてくる。
「宰相、左右の消耗が早いようです。このままでは中央の軍が左右から挟撃されます」
「よし、少し早いが予定地点まで後退させろ!」
その言葉を待っていたかのように、合図の銅鑼が間隔を置いて打ち鳴らされた。
東マンド国軍はじりじりと押されてきたように見える。
「我が軍を押し込んでいると見て、敵の主力騎馬隊が動き始めました!」
その声に敵の陣に目を凝らすと、丘を下るように左右から砂煙が上がっている。
「鼠め、こちらの左右が引いたので追い打ちをかけるつもりだな。だが、もう少し我慢するのだ」
欄干を握り、身を乗り出すラダの指が白い。その横顔からは戦場の一瞬の機微も逃すまいと集中しているのがわかる。
「ラダ様、重装兵団が予定射角の外に出ました!」
「よしっ! 今だ! 合図を送れ!」
宰相ラダの櫓から旗が振られ、同時に銅鑼が立て続けに三度打たれた。
「!」
左右の歩兵が一斉に倒れた。地に伏せたのである。
「撃てッ!」
歩兵部隊の後方に隠れていたのは大型連弩部隊だ。その恐ろしい兵器が一斉に吠えた。
突進してきたサンドラット軍に悲鳴と混乱が巻き起こった。
馬が射抜かれて倒れ、その下敷きになった兵の血飛沫が舞う。
左右から戦場に突入したサンドラット自慢の騎馬が次々と倒れていった。この連弩の一斉射は戦況を一変させる。
大型連弩の矢の前にはサンドラットの歩兵が手にする盾など無いに等しい。盾を易々と貫通し、多くの歩兵を射抜いていく。
敵陣の銅鑼が鳴り響き、生き残ったサンドラット兵達が弩の射程外まで後退を始めた。作戦は大成功である。目の前には一面にサンドラット兵の死体が広がっている。
「ここに雷砲があれば、決定打になったのだがな」
宰相ラダはつぶやいた。
「王都に配置されていなかったのが残念であります」
「うむ、だが、我々は与えられた装備で最善を尽くすのみだ」
東マンド国の重火器類は正規軍、つまり第1軍から第3軍の攻城部隊にしか装備されていないのが悔やまれる。
王都防衛には遠距離攻撃武器は不要と考えられていたのだ。そもそも敵軍が迫っている時に第1軍から第3軍が王都周辺にいない事態など想定されていない。
王都守備隊は主に王都内での暴徒鎮圧を想定した部隊であり、そのために歩兵が主体だ。弓兵の割合が意外に少ないのもそのせいである。
対するサンドラット軍は弓兵はそこそこ多いが弓兵部隊を編成しているわけではなく、個人の判断とその武技に頼っているようだ。
上から見る限り弓は独特な形状をしており、威力は強いが射程は短い。だが重装兵の鎧を貫通している点は脅威だろう。
「さて、これからどうするかだ。早々に奴らを蹴散らし、第2軍の支援に回らねばな」
宰相ラダは手すりを握りしめ戦場を見渡した。
◇◆◇
「ムラウエ様! 敵は大型の連弩を使用! 味方の被害は甚大であります!」
報告を聞くまでもない。
丘の上の指揮所からは戦場が見渡せるのだ。
「メルスランド王子、あの敵はご存知ですか?」
「国王旗が見えているからな、コドマンド自身が出てきているのだろうが、あの采配ぶりは恐らく宰相のラダであろう」
「宰相ですか? 軍事面でもかなりやり手の人物のようですな?」
「ああ、やつは手強いぞ」
そう言ってメルスランドは考え込んだ。
戦力的には兵数は敵の方がやや多いようだが、あの両翼の脆さを考えればおそらく市民兵なのだろう。中央の正規兵部隊がしっかりしているうちは良いが、精神的にはぎりぎり留まっている者が多いはずだ。
一端逃亡が始まればそれを止めることはできないだろう。しかし、奴はそれを承知のうえで市民兵の背後に弩の部隊を置いているのだ。逃げれば撃つという無言の圧力だ。
「問題はあの連弩部隊ですな。騎馬部隊に側面から襲撃させますか?」
「それは奴らも読んでいるだろう、恐らく何らかの対策を講じているはずだ。罠にかかりに行くようなものだな」
「そう言えば、サティナ姫から届いていた土産があったな?」
サティナが敵の魔術師の拠点を破壊した時に、部下の騎士がこっそり持ち出していた物らしい。
「ああ、あれですか? 使いますか? ですがあれは命中精度が著しく悪く、とても狙った所に撃ちこむなどできないような不安定な代物のようですが」
ムラウエは王子の顔を見た。
試し打ちは王子も見ていたはずだ。威力は大きいが命中しないような兵器を実戦に投入しようと言うのだろうか。
「コドマンドは小心者だ、命中せずとも意外とうまくいくかもしれないぞ。お前の部下に身を隠して動くのが得意な連中がいたな? 彼らにやらせてみよう」
メルスランドは目を光らせた。
「わかりました。それでどのような作戦ですか?」
「うむ……」
メルスランドがムラウエに耳打ちすると、ムラウエはにやにや笑いだした。
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