第335話 連合国軍VS魔王国、黒鉄関門攻防戦3

 「開門せよ! 全軍出撃! 目標は真魔王国前線砦群!」

 銀の鎧を纏った司令官ガルダドナがその剣を振り下ろした。


 ギィギギギギギッ…………

 

 重々しい音を立て、闇の中に黒鉄関門の大門が開いていった。


 その大門の開閉音は大きく、本来なら遥か遠くからでも分かるレベルなのだが、街道をうろついている野生の魔獣ですらまったく気がついていない。


 「うまくやっているようだな」

 セ・カムは城壁を見上げた。 

 城壁の上で淡い光に包まれた者たちがいる。あそこで魔導士たちが魔法陣を展開している。


 その遮音術と幻影術の相乗効果で、門が開いたことを誰にも気づかせない。


 やがて、開いた大門から司令官ガルダドナを先頭に帝国軍の一団が威風堂々と進軍を開始した。

 戦闘用の装甲馬車や騎馬よりも歩兵が圧倒的に多い構成なのは、元々が関門の守備兵だからである。その歩兵の左右を囲むように進軍する騎馬部隊は大貴族が引き連れて来た兵である。


 続々と大門から姿を現す第一軍の装甲馬車の中に、屋根を取り払って大型の雷式臼砲を搭載した車両が混じっている。

 これは砦を攻撃するのが今回の目的だからだ。臼砲は重いため馬車の移動速度は極端に落ちるが、今回はそもそも歩兵が多いので問題にはならない。


 さらにこの迅速とは呼べない進軍速度の欠点を補うため、隊列自体にも遮蔽魔法をかけて敵から見つかりにくくしている。


 これは装甲馬車に乗っている防御魔法に長けた兵士たちの活躍である。いかに敵に見つからずに雷式臼砲の射程距離まで近づくか、それが今回の作戦の重要なポイントである。

 

 「よし! 第二軍、ガルダドナ閣下に続いて全軍出撃だ! 歩調を合わせろ! 遅れてはならんぞ!」

 セ・カムが馬の上から叫んだ。


 第二軍はやや騎馬の数が多いが、これも大貴族が連れて来た部隊であり、必ずしも黒鉄関門守備兵の部隊と連携がとれているわけでもなく、やりにくさを覚える。

 「騎馬隊! 歩兵を置いて行くな! 歩調を乱すな!」

 セ・カムは叫ぶが大貴族の将軍たちはその声を無視することにしたようだ。


 大きく二軍に分かれた帝国軍は黒鉄関門前の坂を下り、峡谷の荒れ地に姿を見せた。


 この辺りは先の戦いで獣天が陣を敷いた場所で、あちこちに黒鉄関門からの砲撃の跡が残っている。

 焼け野原になった荒れ地は黒鉄関門の監視台から丸見えなので敵兵が隠れることはできず、黒鉄関門からの監視情報は逐一こちらの進軍に合わせて魔鏡によって知らされている。


 今のところ問題はまったくない。真魔王国軍がこちらの動きを察知した気配はうかがえない。


 「遮蔽術がかかっているからといって、余計な音は立てるな! 何がきっかけで敵に見つかるか分からんのだぞ。騎馬隊に遮蔽ゾーンからはみ出さないように伝えろ」

 ガルダドナ司令が振り返って言った。


 「はっ!」

 司令の言葉を受けて伝令が後方に走った。


 「馬鹿どもめ、まともに進軍すらできぬのか」

 どこまで敵に気づかれずに砦に近づけるかが勝負だ。そのために遮蔽術をかけて慎重に進軍しているというのに、その効果範囲からわざわざはみ出して進む愚か者もいる。


 第一軍、第二軍ともに軍旗などは掲げていない。事前に斥候が調べ上げた真魔王国軍の監視塔は元鬼天衆くずれの暗殺者が襲撃しているはずである。彼らは鬼天衆の一員になり損ねた連中だがそれでも他の暗殺者に比べれば能力は高い。

 その成果か、砦が目視できる地点まで順調に歩を進めることができた。


 「司令、第二軍はここから予定通り別行動に移りますとのセ・カム副官からの伝言であります」

 伝令が馬の傍らに走ってきた。

 後方を振り返ると、第二軍の隊列が分かれていく。


 「うむ、武運を祈ると伝えておけ」

 「はっ!」


 第一軍は長い蛇のように連なって荒れ地の中を静かに進む。

 空の色は夜明けだが、峡谷の中にはまだ光が届かない。各兵士に賭けた暗視の術がちょうど切れるころに夜明けを迎えるだろう。予定通りである。


 「順調であるな」

 ガルダドナ司令はニヤリと笑みを浮かべて見えて来た砦をにらんだ。



ーーーーーーーーーー


 セ・カムの率いる第二軍は、第一軍と分かれてから南へ移動し、大きく迂回して砦のある西峡谷へと迫った。既に荒野の向こうには目的の砦群が見えている。


 「おかしいな?」

 セ・カムは妙な胸騒ぎを感じた。景色に微妙な違和感がある。


 このあたりは黒鉄関門の外ではあるが、シズル大原に割拠していた南方諸国との緩衝地帯として昔からの帝国領になっている。

 黒鉄関門を守る将としてこの一帯の地形は把握しているはずだが、先頭を進ませている部隊の隊列が細長くなりすぎているような気がする。


 「何か変だぞ、おい、斥候からの定時連絡はあったか?」

 「はっ、定時連絡の時刻ですが、少し遅れているようです」

 「そう言う事は速やかに教えろ!」

 セ・カムは叱咤した。


 これは何かある!

 このタイミングで斥候からの連絡が途切れたのだとすれば、敵がこちらに気づいて動いた可能性がある。


 後ろを振り返ってみると、後陣はまだ広がって進んでいるが動きが遅い。急に地形が狭まっているので足踏みしているようだ。


 おかしい、目的地の荒野の手前にこのような狭い場所があっただろうか?


 「まさか!」

 さあっと血の気が引いた。


 「セ・カム将軍! どちらへ!」

 その声を背中にセ・カムは愛馬を走らせた。


 「副将、ここはお前に任せる! 私はガルダドナ様の元へ行く! 気になることがあるのだ!」

 セ・カムは馬に鞭を打った。


 こんな地形は記憶に無い。ということはこれは一見自然に見えるが人工的に作られた地形ではないのか?


 高位の魔法や暗黒術に地形改変の術というものがなかっただろうか?

 もしも、これがそのような術で造られた地形だとすればそれが意味するものは!


 疾駆するセ・カムの目に細長く隊列を変えたガルダドナの第一軍が荒野への道を進んでいくのが見えた。


 「やはり、こちらにも同じ地形が! これは罠だ!」

 セ・カムは間にあってくれ、と馬に鞭を入れる。蹄が小石を巻き上げ、荒れ地を人馬一体となって疾駆していく。

 狭い土地に入ってそこを挟撃されたらどうなるのか、しかも退却するにも後陣が詰まっている。


 その時だ、どこかでヒュンという風切り音がした。


 「!」


 セ・カムは自分の首に棒のような物が生じたのを見た。なんだこれは……


 それが最後だった。

 セ・カムの身体が馬の上から跳ね飛ばされ、主のいなくなった馬だけがどこかに走り去り、ごろごろとセ・カムの体が人形のように地面に転がって砂煙にまみれた。


 もはやセ・カムはぴくりとも動かない。


 「ちょっと出番には早かったが、これはもしかすると大物だったかな?」

 弓を手にした騎士は息絶えたセ・カムの認識票を手に取って眺めた。


 「カブン殿、我らの出番はまだですぞ。今見つかるとクリス様にまた怒られます。早く隠れてくださいませ」

 老騎士がカブンのマントを引っ張って魔法で作られている穴倉に引き込もうとする。


 「爺や、我らの姫があそこで活躍しておられるのだぞ。こんな穴に閉じこもっていてはさっぱり見えんじゃないか。その御身を一目見たいと思わんのか?」

 蛇人族の神聖騎士団長カブンはそう言って薄闇の中に目を凝らした。うん、いる。姫の暗黒術の気配を感じる。

 カブンは鼻をくんくんと鳴らした。


 「団長、クリス様とアリス様でしたら、後ほどお会いできますから! イリス様もまもなくこっちに到着します。下がってくださいませ。他の国の兵が見ておりますぞ。勝手に動いて作戦を台無しにするおつもりですか?」


 「そうですよ、団長もあの銀髪の美少女たちを見たでしょう? あんなカワイイ魔女っ子たちが我らの動きを見ているんですよ。勝手な事をして我らの好感度が落ちたら、責任をとってもらいますからね」

 「あの子たちに避けられたら団長と言えど許しませんよ」

 若い団員たちの目が怖い。

 

 昨日、顔合わせを行った際に女王ミズハと親し気に語らっていた銀髪の魔女たち。彼女たちにこいつらは一目ぼれしたらしい。


 「そうか、ならば仕方がないな」

 カブンは辺りを見回し、しぶしぶ頭をひっこめた。

 確かにこいつらが言うように、このどこかにあの凄い美少女たちからなる軍隊も潜んでいるのだ。カブンの脳裏にその銀髪の魔女を率いる娘の横顔が浮かんだ。


 「でも団長、どうして真魔王国軍はクリス様とアリス様に暗黒術を使わせないのでしょうか? クリス様たちであれば死人兵を大量に召喚してあっと言う間にあの程度の敵は殲滅できそうですが?」

 クリスとアリスはそれぞれ砦前の荒野で敵の目を欺くための大規模な術を展開しているが、死人兵召喚等のこれこそ暗黒術という感じの禍々しい術は使わないことになっている。


 「バカを言うな。これはミズハ様が正統の旗を掲げての戦いなんだぞ? 死人を操って敵を蹂躙するような軍を人々が歓迎すると思うか?」


 「あっ、そうですね! わかりました」

 「ミズハ様が正しい道を示されているからこそ、あのように多くの人がその旗の元に集まってきているのだ」

 そう言ってカブンは目を細めた。


 荒れ地の東側の窪地で真魔王国と同盟を結んだ蛇人族の国の騎士たちが集まって出番を待っている。

 その周囲には同じように女王ミズハの元に馳せ参じた連合国軍の部隊がいくつも隠れているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る