第334話 連合国軍VS魔王国、黒鉄関門攻防戦2
黒鉄関門の司令官ガルダドナたちの前に縄で縛られた一人の捕虜が連行されていた。
「さきほどの話は本当であろうな?」
「本当です。我々は帝国に忠誠を誓った兵です。妻子も帝都で暮らしております」
逃亡兵のリーダーという男の目は嘘を言っている目ではない。
それは分かるがどうも胸騒ぎがする。副官セ・カムは男のすり切れた粗末な衣服に違和感を覚える。あのミズハが投降兵や捕虜に対してこんな冷遇をするだろうか?
そんなセ・カムの元に兵士が近づいてきて耳うちした。
「結果がでたようじゃな? それでどうだったのだ?」
ガルダドナがセ・カムを見た。
軍議に参加している諸将たちの目が一斉にセ・カムに集まった。
「はっ、ガルダドナ司令。彼の仲間に自白術をかけて確認しましたが、彼の言葉に間違いはないようです」
セ・カムが告げた。
その言葉に不安そうな顔をしていた逃亡兵のリーダーの表情がパッと明るくなった。
「ならば、あの目の上のタンコブのような真魔王国の砦は未完成。しかも内部で働く元帝国兵たちに待遇への不満が高まっており、我々が攻撃すれば内部から呼応して反乱を起こすのは間違いないということだな?」
「それが事実であれば、です」
セ・カムが用心深い目をして逃亡兵の男を見つめた。この男たちの言葉は本当だろう。だが、男たちが言う砦の現状が事実だと証明されたわけではない。
かつての帝国であれば鬼天衆の者を偵察に潜りこませて確認したであろう。しかし、今や鬼天衆はほぼ壊滅状態で、わずかに生き残った者たちが魔王の元で再起を図っているらしい。つまり今は確かめるための目が無いのだ。
「うむ、セ・カム副官、用心深いのは良い。だが、もしも本当であれば、これは千載一遇のチャンスだ。砦が完成すれば砦を前線基地とした真魔王国の進軍が予想される。それに奴らが攻撃してこなくとも我らが再びシズル大原に打って出る際に、あの砦は大きな障害になるであろう」
ガルダドナは指揮棒を手の平でポンポンと叩いて思案している。
「その通りでございます! ここで座して待つのは帝国の名折れですぞ」
「司令官! 今を逃せばより困難な局面になるでしょう、ご決断を!」
諸将から次々と高揚した声が上がったが、その主だった面々は大貴族出身の者たちだ。
こいつらは、新王国への討伐の際はうまく立ち回って保身を図り、結局は一兵も出さずにその地位を守ったような連中だ。さすがに王朝が変わると、魔王オズルに媚を売る必要が生じたのだろう。すぐさま自領から兵を募って黒鉄関門の守りに着任したのである。ここで名を上げて魔王の信頼を得ようという魂胆が見え見えだ。
その地位も将軍という肩書きも何代も前の先祖が自ら血を流して獲得したものである。こいつらは何の実績もないくせに大貴族だというだけで世襲で将軍に任じられている。特権階級意識が強く、高慢さばかりが鼻に付く連中である。
「ですが、陛下からはまだ出撃命令は出ておりません。軽々しく、勝手に打って出てはなりません」
「セ・カム副官、臆病風にふかれましたかな?」
「名家セ家ももはや中流、先祖は勇猛であったが、やはり血は薄まったということでしょうな、ははは……」
おのれ、内心怒りに震えながらセ・カムは唇を噛んだ。
将軍はここでは副官と同格だけに始末が悪い。
本来、黒鉄関門は司令官ガルダドナとセ・カムを筆頭とする数名の副官が取り仕切っていた。獣天と鳥天の攻撃を退けたのは我らなのだ。
ところが、シズル大原を失陥し、多くの帝国兵が逃げ込んでくるや、戦時即応体制の強化と称して急によそ者である将軍というバカ共がやってきて、好き勝手しているのである。
「うむ、セ・カムよ。よく考えよ。兵力として2万もの軍勢が新たに到着しているのだぞ。その意味を汲み取るのだ。陛下とていずれ出撃を望んでいるということは相違ない。問題はその時期であろう。どのタイミングで打って出て真魔王国などという反逆者どもに正義の鉄槌を下すかだ」
司令官ガルダドナは優れた方だが、本来の気質は勇猛果敢な戦士だ。じっと待っているのは耐えがたいのだろう。ましてや前回の獣天たちとの戦いではトイレが壊れてオマルまで持ち出して籠城したのだ。あんな経験は二度としたくない、早期決戦を望む、という思いもわかる。
「確かに兵力は増強されましたが、それが打って出るためだとは聞いておりません。むしろ、陛下が直々に命を下すまではけして打って出るな、という指示こそ生きていると考えます」
ここで食い下がらねば、薄ら笑いを浮かべている将軍たちの思い通りになるだろう。だがこの胸のざわつきはセ・カムになんとか思いとどまらせろと告げている。
「セ・カムよ、陛下はここにおられるわけではない。現場における即応の判断というものが、得てして戦さの大局を動かすのだ。それにこの情報を得ながら、何もしないで奴らが砦を完成するまで指をくわえて見ていろと申すか? むしろ、なぜ動かなかった、全権を委任されながら何をしておったのか、と逆に問われるのではないか?」
「そのとおりですぞ、司令官」
「知りつつ動かず、敵を利するは逆賊の行為でございますぞ」
「それに……」
「待て」
セ・カムが厳しい顔をしたのを見て司令官ガルダドナは手をかざして将軍たちの発言を制した。
「セ・カムよ。かつての大戦で将として従軍していないそなたには分からぬであろうが、戦さには機微というものがある。将としてそれを学ぶ良い機会だ」
司令官ガルダドナは親が子を諭すように優しく微笑んだ。
「はあ、そうなのかもしれませんが……」
その表情を見てセ・カムにも迷いが生じた。魔王オズルからの指示は「黒鉄関門を死守し、軽々しく打って出てはならぬ」というものだ。それが変更されたという連絡は聞いていない。
しかし、司令にはこの関門に関する全指揮権がある。
王命を得て一度帝都を離れた以上は、王の意向にそぐわなくても果敢に動く時は動く必要があり、またそれは指揮官に認められている行為なのである。今がその時だと司令は言っているのであろう。
セ・カムは肩の力を抜くと、司令官ガルダドナに向かってうなずいた。
「わかりました。すぐに準備に取り掛かります。出撃する部隊はいかがしますか?」
こうなればやるしかない。
やるからには一気に敵の砦を奪取するだけの兵力を投入しなければならない。
セ・カムの脳裏に兵数と物資、出撃のタイミング、あらゆる事項が浮かび、既に将軍たちの笑い顔は目に映らない。
「敵の守備隊は8千人ほど。真魔王国の総兵力の三分の一に近い。これを殲滅できれば、その後、真魔王国を押しかえす際に有利になるであろう」
「はっ、完膚なきまで叩くため、通常守備兵のみを残しての全軍出撃でしょう。敵が気づいた時には既に手遅れになるような機動性重視の3万の軍勢で包囲し、これを殲滅します」
セ・カムが告げると諸将たちは我が意を得たりと口々に言い放った。
「それではすぐに準備に取り掛かれ!」
「はっ!」
「総攻撃は三日後の早朝! 全軍総攻撃準備だ!」
セ・カムが各部署に伝令を走らせると、黒鉄関門の背後に急造された大貴族の兵舎一帯はいよいよ騒々しくなった。
ーーーーーーーーーー
「どうやら、我々の策にうまく乗ったようですな」
黒鉄関門を遠眼鏡で覗いていたバルガゼットがミズハに告げた。ここから見ても関門で人の動きが急にせわしくなったのがわかる。関門の背後に大軍が来ているのだろう。竈の煙がいつにも増して非常に多い。
「あれではまもなく打って出るぞと言っているようなものだ。敵の援軍は素人の集団なのか?」
ミズハが自ら偵察に来ているのが彼女らしい。
「しかし、やはり女王陛下自らここまで見にくる必要はないのではございませんか?」
「お前も私の癖は知っているだろう?」
ミズハは微笑んだ。
「まあ、ミズハ様とは前大戦からのお付き合いですからな」
本営で待っていてくれと言ったのだが勝手についてきた。大戦で何度も繰り返した押し問答のすえ、いつものようにバルガゼットが負け、こうしてミズハが隣にいる。
「さて、お膳立ては整ったようだ。後はロベルト将軍とルミカーナ殿がうまくやってくれることを期待しよう」
「ええ、あのロベルト殿がたまたまオミュズイに滞在しておられたのは僥倖でした。さすがはミズハ様の人徳ですな」
バルガゼットはニヤリと笑った。
ロベルト・ビブサラ・ンダは元々は魔王ゲ・ロンパに仕えていた王宮騎士団副長の優秀な将で、魔王二天の一人、ニロネリアの兄でもある。
今では偽王とされたものの当時魔王の座にあったゲ・ボンダが暗殺された時、王宮騎士としてその現場にいなかった事を悔い、職を辞してオミュズイの基地近郊に滞在していたのだ。
国を興したばかりで人材不足の真魔王国にとってはまさに貴重な人材である。
「彼が味方についてくれたのは私の人徳のせいではないかもしれんぞ。ほら、例の噂だ」
「ああ、魔王オズルがゲ・アリナ様を王妃に迎えるという噂ですな。ロベルトは以前からゲ・アリナ様にぞっこんでしたからな。確かにゲ・アリナ様が望まぬ結婚をなされると知れば、我慢できないでしょうな」
「そろそろ戻るか、バルガゼット。私たちが二人ともいないことに気づけば大騒ぎになるだろ?」
「ははは……そうでございますな」
二人は魔馬の手綱を握った。
ーーーーーーーーーー
「さて、最終的な配置と作戦をご説明いたします」
ロベルト将軍が砦に戻ったミズハの前に地図を広げた。既に何度も諸将と練り上げた策の確認である。
連合国軍の軍議では、あくまでも真魔王国の将軍であるバルガゼットやロベルトが主導する形で話し合いが進んだが、その実、
新王国次期国王カインの配下であるルミカーナ将軍の献策が見事だった。
今回の作戦の発案者はこれもカインの配下であるアリス嬢だったが、その意を汲み取って二重三重に罠を講じる案を提示したのである。おそらくその場に居合わせた誰もが彼女が味方で良かったと思っただろう。
「砦は、実はほぼ完成しており、旧帝国兵に工事させていた部分は防衛上はなんの意味も無い地点になります」
ロベルトが説明を始めた。
「なるほど、そうだったか」
敵を騙すには味方から、というわけではないがその事実を知らない者もいたようだ。
「砦の防衛には女王陛下とバルガゼット将軍のお二人にお願いいたします。守備兵は3千人もいれば十分でしょう。攻めよせる敵軍が3万人と想定すると、その人数が集団で展開できる場所はこの地点とこの地点になります」
ロベルトは岩で囲まれた狭い道を抜けた先に広がる2つの荒野を示した。
「ふむ」
「それで?」
「最小の兵力で真っ先に敵の頭を刈り取ります。そのため敵将が軍の先陣にいるのか、中陣にいるのかで対応を変えましょう。まあ、帝国軍は攻める側ですからまさか後陣にはいないでしょうがね。
敵将が先陣に居る場合は、敵先陣が荒野に出た直後に左右から挟撃し敵将を討ちます。
敵将が中陣に居る場合は、敵軍の半数が道を抜けるまで待ち、後続の半数が通過中にこれを襲撃し、後陣と切り離し、これを討ち取ります」
周囲の者たちが無言でうなずいた。
「いずれにしても敵は我が軍の伏兵が左右に潜んでいることを知らないでしょうし、未完成の砦を落すつもりですから、早々に荒野まで進出し、砦の包囲を目指すはずです。その焦り、急ぐ気持ちを利用します」
「そうは言うが敵も馬鹿ではないぞ、当然斥候を放つだろう?」
「ええ、その通りでしょう。そこでこの二か所にアリス様とクリス様に待機してもらい術をかけます。斥候は伏兵を目視できず、そこには何もないと思いこむでしょう」
「なるほど。暗黒術はやはり恐ろしいものだな」
「次に荒野に入った敵に火攻めを行います。左右から挟撃のうえ混乱したところに予め準備していた油に火を放ちます。おそらくこれで帝国軍は敗走するでしょう。いかがでしょうか? 詳細は実際に戦闘に加わる諸将に個別に話をします」
そう言ってロベルトは女王を見上げた。
ミズハはうなずいて、部屋の隅に控えているルミカーナ将軍を見た。
「最後の仕上げにはうってつけの人物ということだな。期待しよう」
ミズハの言葉に首を傾げる者たちの中、ルミカーナだけがにやりと笑った。
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