第204話 <<東マンド国王都防衛戦2 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
国王軍とサンドラット軍の開戦から半日、未だ一進一退の攻防が続いている。
両軍とも今一歩相手を突破するだけの勢いがない。
サンドラット軍も連弩の攻撃を恐れて押し寄せては引き返し、東マンド軍の兵が地に伏せると同じように地に伏せ、連弩の攻撃を警戒している。
「敵の動きに変化は見られませんな。攻めあぐねているというところですか?」
「それを言うなら、こちらも似たようなものだ。決定打になるものが無いからな。だが、そろそろ仕掛ける頃合いだろう。敵にも疲れが見えてきた」
ラダは目を凝らした。
敵もそろそろ何かやるはずだ。
「先手を打たせてもらう」
こちらの歩兵が地に伏せれば連弩を恐れて同じように行動する。それがこちらの目的だ。
「次のタイミングで敵兵が地に伏せた時に、騎兵を先頭に重装兵部隊に敵の本陣を強襲させる。敵兵が立ち上がる前に敵陣を突破するのだ!」
「宰相! 左右から敵の騎馬隊が接近! 連弩部隊を狙うようです!」
ふっと宰相の口元に笑みが浮かぶ。やっかいな騎馬隊が主戦場から離れたと言うことだ。
「構うな! それこそ狙い通りだ。やるぞ! 旗を上げよ!」
宰相の命令とともに戦場が動く。
地に伏せる両軍の歩兵たち。その中を数少ない騎馬兵を先頭に重装兵が錐陣で駆け抜けて行く。
敵陣に動揺が広がるのが見える。
本陣の前に兵を集めるようだが、遅い。
「宰相! 敵の騎馬部隊が来ます!」
「わかっている。そこには砂に隠した柵がある。突入してきた騎馬はそこで終わりだ」
「いいえ、大きく迂回して馬上から火矢を打ちこんできました! 後方にあった物資に火が付いた箇所があります」
黒煙が上がっているのが見えるが物資は離して管理している。燃え広がることはないだろう。
「ちっ、さすがは盗賊集団ということか。姑息な。だが、大した被害ではない。今の戦況を変えるほどではない! 今は前方に集中しろ!」
こちらの騎馬隊が敵の陣の正面に食い込んだ。柵があったらしく動きが鈍くなるが、重装兵が到達すれば戦況は一変するはずだ。
「よし、行けるぞ! 敵将、メルスランド王子を捕まえるのだ!」
ラダは叫んだ。
その時だ、突然、背後に大きな雷鳴が起きた。凄まじい音が東マンド国軍の陣地に鳴り響き、土煙が幾つか立ち上った。
「何だ?」
ラダは手すりにつかまり、その揺れに耐えた。
「敵が
煙は国王の天幕を守る近衛兵たちの周囲から立ち昇っている。
命中した弾はなかったようだ。だが一体どこから撃ちこんだのだ? 遠距離砲があるような陣は見えない。雷筒を打つには固定陣地が必要なのだ。
目を凝らすと黒煙の向こう、右翼の草原地帯から光がゆらゆらと上昇し、王の天幕の近くに落ちた。
再び轟音と衝撃が響く。
「ちっ、盗賊め。いつの間にあんな所に部隊を。可搬式の雷筒もどきか。さっきの煙は目くらましだったのだな。だが、あんなもの、精度が低い子ども騙しに過ぎん。奴らの本陣を落せばこの戦は終わりなのだ」
正面の戦いでは重装兵が敵の本陣にかなり肉薄している。重装兵の背後から敵兵が追撃しているが、こちらは装備が違う、曲剣では重装備の者を簡単には打ち倒せない。
敵の本陣の旗がついに倒れた。
「よし、もう少しだ!」
「大変です! 宰相!」
「何だ! 今が一番大事なところだ!」
「王が、国王が、退却を開始しました!」
一瞬、こいつは何を言っているのだとラダの動きが止まる。
「宰相! コドマンド王がわずかな伴を引き連れて天幕から逃げ出したようです!」
「ばかな! 勝利は目の前なのだぞ!」
「ですが、しかし、おそらく、さっきの雷鳴のような攻撃に気が動転したものかと」
兵が櫓を駆け上がってくる。
「宰相! 王が退却され、天幕の周囲に布陣していた近衛がその守護のため退却を開始しております。我が軍はいかがいたしますか?」
「退却などありえん!」
「宰相! 近衛部隊の退却に気づいた左右の歩兵が逃亡を始めました!」
こうなると手の打ちようがない。恐怖にかられた市民兵が我先に何もかも捨てて逃げ出している。
「馬鹿め、連弩部隊の前面をふさぎおって!」
宰相ラダは唇を噛んで敵の本陣方向を見た。
敵の本陣付近から火の手が上がるのが見えたが、歓声は聞こえない。丘の向こうで何が起きているのか見えない。だが、重装兵だけが孤立している状況になっている。
「早く! 早く敵の本陣を落すのだ!」
ラダは欄干を握りしめて叫ぶ。
櫓の周囲は逃亡する自軍の兵で溢れ、既に本来の陣形を成している部隊は無い。正規兵の部隊長達が逃亡兵を止めようと右往左往しているのが見えた。
「これでは総崩れです」
敵の本陣を落したという合図の信号弾は未だに打ち上がらない。正面の丘の上で活発に動いているのはもはや敵軍だけだ。
後続の援護がなくなった重装兵の部隊は敵軍に包囲され、もはや防戦で手一杯なのだろう。
「くっ、こんな事になるとは……」
この程度で逃亡するとは、コドマンド王はあまりにも小心である。この一戦が持つ意味を理解していないのか……。
「どうか降伏して頂きたい」
その声にはっとしてラダは振り返る。
櫓の上に居た部下の二人は味方の鎧を着た男達に口をふさがれ、拘束されている。いつの間に……
ふっ、とラダは微笑んだ。
「見事なものだ、いつの間に忍び込んだのか、さずがは盗賊ということか。名は何と言う?」
「サンドラットのミドゾウと申す」
「そうか、私らは負けたか」
王が逃げ出さず、軍が総崩れになっていなければ、仕掛けてある防御魔法でその男を吹き飛ばすことなど容易なのだが、今さら
どうなるものでもない。
あまりにあっけない幕切れである。この戦いを後世の人々はどう評価するだろうか。敵を前に我先に逃げ出した王など……。
「お互いこれ以上の犠牲は無用かと思います」
「そうだな。お主の言うとおりだ。王があのような無様な姿を晒してはな」
ラダは力なくつぶやくと櫓の隅にある紐をひく。
その瞬間、筒から放出された弾が高く天に登り、二段階で破裂すると赤い煙と白い煙をたなびかせた。戦闘の即時中止と全軍撤退の合図である。
「さあ、我が主、メルスランド王子がお待ちですぞ」
そう言ってミドゾウはラダを引き連れて櫓を下りた。
◇◆◇
青い山々が澄み渡る空との境界線を描いていた。
素足で歩く高原を少し強めの風が吹き抜けていく。
リナルべ山脈に続くその地を行くニロネリアの後ろには、かろうじて生き延びていた御者のノンムマートが付き従っていた。
彼は泥鬼族であるがフードを被っていると見た目は人間に見える。
「ニロネリア様、これをどうぞ。先ほどの農家で東マンド国の状況を聞く事ができました」
ノンムマートは分けてもらった果実をニロネリアに手渡した。
「戦はどうなったの?」
「はい、コドマンド王は王都を捨てて逃亡し、ノスブラッドの都にメルスランド王子が戻ったようです。同時に第2軍はラマンド国と和睦、第3軍はガゼブ国との国境地帯から撤退したそうです」
ニロネリアの顔色を伺うが、その表情に変化はない。
「ガゼブ国に侵入した第1軍は、コドメラッザ将軍が自軍の撤退時間を稼ぐため、わずか1000騎で追撃する旧諸国連合軍十数万に突撃し、奮戦の末、戦死したらしいです」
「そうですか……」
「そうそう、面白い出来事もあったようですよ。第1軍の本隊ですが、なんとガゼブ国の南方要塞群の背後を突く形で撤退して、第3軍と合流して堂々と帰還したらしいですよ。脱落者はほとんどいなかったそうです。
あまりに奇抜な作戦でガゼブ国軍も要塞防衛線を越えられるまで敵軍とは気づかなかったらしいです」
ぴくっとニロネリアの頬が動いた。
「それは面白いわ。そんな事を思いつく者がいたのね? 第一軍本隊の兵はほとんどが帰国できたというわけですか?」
「ええ、それを指揮したのは准将の女騎士で、自軍を全員撤退させるため最後まで国境に残り、その橋の上で追撃してきたガゼブ国の2人の騎士と壮絶な戦いを繰り広げたそうです。結果は引き分けだったそうですが」
ノンムマートは果実を齧った。
ニロネリアはその様子を見て少し微笑んだ。
全て失ったと思ったが、このようにまだ慕ってくれる者もいるのだ。戦場を共に駆け回った第一軍の兵が多く助かったというのも少しは救いだ。
今、二人は西方諸国の港を目指している。
そこには中央大陸との連絡係が身を隠しているはずだった。
その残留組と合流し、何とか中央大陸に帰還したいが、西方諸国に通じる道である西砂漠地帯はサンドラットに抑えられている。
「ニロネリア様、やはりあの雪山を越えるおつもりですか?」
彼方に白い雪を湛える山々が見える。
「今の私の魔力では厳しいかもしれないけれど、砂漠地帯を通れない以上、西の港に行くにはあそこしか残されていないわ」
「分かりました」
大きな荷物を背負って歩くノンムマートがうなづいた。
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