第256話 野族の里2(ルップルップたち)

 木の皮が残る太い丸太を柱に組んで作られたその部屋は眠気を誘うようなお香の匂いで満ちている。

 堅牢な板壁造りの建物は元々は倉庫のようだが今は空っぽで、シュウたち4人はその硬い板間に座らせられている。


 しばらくすると周囲を取り囲んでいた厳つい槍兵たちはいつの間にかいなくなり、代わりにあの金ピカ鎧の野族が姿を見せた。


 「先ほどは失礼しました。ルップルップ様」

 「ボフルト、ようやく来たか」

 部屋に入るや否やボフルトが打って変わった様子でルップルップに頭を下げたのを見てシュウは目を丸くした。最悪、このまま処刑宣告を受ける可能性すらあると思っていたからだ。


 「まだ手首が痛いぞ、ボフルト」

 ルップルップはさっきまで縄で縛られていた手首を撫でる。


 「はっ。申し訳ございません。あの場には人族を良く思わない連中も混じっていたため、ここにお招きするため、あえて少々手荒なことをいたしました。しかし、こうしてご無事なお姿を拝見でき、うれしく存じます」


 ボフルトはまだ頭を上げない。よほど恐縮しているようだ。

 あのルップルップがまるで神の化身だとでも思っているかのような雰囲気である。


 「お前の忠誠心は疑ってない。良くぞ機転をきかせて、私たちを守ってくれた」


 「ありがたいお言葉。それで、この方々はどなたです? それに一族を離れたルップルップ様が何故、今さら危険を顧みず里に戻られたのです?」

 そう言いながらボフルトは、おずおずと前に進み出てルップルップにナッツのぎっしり入った小袋を差し出した。


 「彼らは仲間よ」

 「仲間? 人間が良く使う言葉ですな?」

 「私と共に歩み、共に生き、共に危険に立ち向かう者だ」

 「よくは分かりかねますが、ルップルップ様の御身を守る兵のようなものでしょうか?」

 「うーーん、まあそういう理解でも悪くはない」


 ネルドルたちはルップルップが聞きなれない言葉で会話しているのをただ見ている。

 野族語はチンプンカンプンだ。

 翻訳機も部屋の片隅の回収されているが、あのお面を付けないと会話にならない。というわけでボフルトとルップルップが何を話しているかは、二人の表情や仕草から推測するしかなかった。


 「今、森の外では北の国と南の国との間で戦争が起きている。彼らはその南の国の代表で私の仲間よ。今、この森を悪い軍隊が通ろうとしている。彼らはそれを阻止するため野族の協力を得たいと思っている。それで野族に縁の深い私がこうして一緒に来た」


 ルップルップは袋の中のナッツをポリポリと食べながら言っ

た。ボフルトは真面目な顔をしているが、尻尾がわずかに左右に揺れ始めたのは、以前と変わらぬルップルップの様子を見て安心したからだろうか。


 「なるほど。それではルップルップ様のご意思で野族に戻ってきたという訳ではないのですな?」


 「まあ、今さら戻れないね。私が人間であることが知れ渡ってしまったし……。でも、里がどうなっているか、どうしてもこの目で見ておきたかったんだ。……見たところ大過なく安心した。ところで約束通り星神様は降臨されている?」


 「はっ、ご安心ください。神官見習いであったリリテイル姉妹の妹が、ルップルップ様の後を継いでしっかりと星神様をお祀りしております」


 「へえ、あの子がねぇ。それで? 姉のベラナ・リリテイルは神官にはなれなかった? 彼女の方が器量良しで神官服も似合っていたけれど」


 「はい。姉のベラナ様には別の思いがあったようです。神官の席を妹に譲ったのです」

 ボフルトは微妙な顔をした。

 尻尾が下がったところを見ると、何があったかわからないが多少気落ちしたようだ。


 「そうなのですか。そう言えばあのあと亜族長一族はどうなりました? あのままだとしたら、下手をすると今頃は内戦状態かもしれない、と心配だったんですよ」


 「亜族長一族とそれに追従する者共との間で多少のいさかいはありました。しかし、やつらは星神の言葉に背いた事が明白でしたので里の民心は我らが掌握しました。民の後ろ盾を失った奴らを抑え込むのにそう時間はかかりませんでした。裁きの結果、生き残った亜族長一族は里を追放になりました」


 「なるほど。そうですか」

 ルップルップはナッツをかじりながらうなずいた。


 「さて、ルップルップ様、さきほどの彼らの願いの件ですが、私が族長ヘルヘイ様との面会の手はずをいたしましょう」

 ボフルトは顔を引き締めた。

 下がっていた尻尾が再びピンと立つ。


 「いいの? 貴方の立場が悪くならない?」

 「ご心配には及びませぬ。それにこれはルップルップ様を自らの命を賭けて守った勇敢な弟のためでもあります」

 ボフルトは拳を握る。


 「弟? ボザルトのこと?」


 「ええ、弟は、勇敢に戦って散った……。彼こそ族長一族を守る者の誇り。彼の死を聞かされ、密かに弟に想いをよせていたベラナ・リリテイル嬢は巡礼の旅に出ると申して……」


 「なるほど、それでベラナは神官にならないと……。でもおかしいわね。ボザルトならつい最近会ったばかりよ」


 「は?」

 「だ、か、ら、ボザルトは生きているって! 彼は死んでいないわ!」


 ルップルップの言葉にボフルトの顔が青くなった。


 「何ということだ! せっかく奴の所持金を全て使いこんで、みんなで飲み食いして立派な葬儀を行ったというのに!」


 なるほど、ボザルトが溜めていた有り金を全部使ってみんなで豪勢に宴会を開いたということか。帰ってきて見れば無一文ね、哀れだわーー、ボザルト。


 「ボザルトが生きていたとなれば知らせを出さねば! 我々が無事だと分かれば里に戻ってくるかもしれん。死んだはずの者が戻ってくると色々まずいことになる。おい! 誰か!」

 ボフルトは部下を呼んで何か指示し始めた。


 「ふう、先にボザルトに接触できれば良いが、万が一先にボザルトが帰ってきた場合は捜索費がかかったことにしてと……。けして我々が飲み喰いして使いきったのではないと……。それにベラナにも早まるなと言わないとな……」

 何か、隠ぺい工作のような事をぶつぶつ漏らしているが、全部ルップルップには丸聞こえである。


 「ボフルト、今は時間が惜しい。早く族長ヘルヘイ殿に会わせてもらえる?」

 「わかりました。とりあえずここでお待ちを。会合の席を設けましょう」

 そう言うとボフルトはパンパン!と手を叩き、すっくと立ち上がった。


 ルップルップ以外の3人は何をされるのかとビクッと体を動かす。

 しかし、ボフルトと入れ替わりに果物を山もりにした皿を抱えた野族が入ってくるのを見て、ようやく3人はほっと胸を撫でおろした。

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