19・新たなる魔王

第317話 即位と復活と

 帝都ダ・アウロゼの栄光を示す大鳳凰路の左右に魔族の伝統的な種族紋を描いた旗や数多くの属国の旗がなびいている。


 その大通りの正面、黒水晶の塔の南方区画に立つ巨大な方形の建物の前の広大な広場には数万人もの市民が集まってその臣民議場のバルコニーを見上げていた。


 二日前から始まった魔族長会議は、初日の会議で第4代魔王ゲ・ロンパを殺したゲ・ボンダの正統性を否定した。


 本日の会議では第5代となる次期魔王の選出が重要課題である。王族派の大貴族はゲロロンダを推す者と、ゲ・アリナを推す者に分かれた。これに対して一天衆に組する中小貴族は貴天オズルを推していた。


 あとは各魔族の族長の票が誰に流れるのかである。


 やがて、臣民議場の屋上から花火のようなものが打ち上がり、上空に赤い煙が球状になってしだいに広がった。


 第5代魔王が決まったらしい。

 固唾を飲んで見守っていた群衆が一斉に揺らめいた。


 「おおおおおおおお!」

 集まった人々が大歓声を上げたのは、バルコニーに新たな魔王、貴天オズルがその雄姿を現した時だった。


 若々しい魔王オズルの頭上には金色の王冠が輝き、貴天は人々の声に応じるようににこやかに手を振った。


 バルコニーを見上げる数万の群衆は、熱狂的に貴天の一天衆公旗を振っている。これだけの市民が支援していたという事はゲ王朝の衰退を如実に物語っている。庶民と言っても良い程度の地方小貴族家からついに新魔王が誕生したのだ。

 やがて魔王の背後には有力魔族の族長らが次々と顔を出し、数万の群衆が新魔王の誕生を祝った。


 手を振りながらバルコニーを端から端まで往復した魔王オズルは背中に大歓声を浴びながら建物の中に姿を消した。


 「おめでとうございます。オズル陛下」

 執事のカルディが待っていた。

 「ふむ」

 オズルはカルディに導かれ、緋色のマントを翻すと豪奢な調度品の置かれた室内に入った。そこは王の控室になっている。


 「これで見せ物は終わりだ。国民の人気取りも楽ではない」


 「本日の議会は午後に陛下のお言葉をもって閉会でございます。その後はさっそくですが大臣の候補者選定会議と政策会議の予定になっております」

 カルディはオズルの服の埃を払った。


 「ところで、あれは何なのだ?」

 部屋の隅に希少な美術品等の品々がうずたかく積まれているのが目に入った。


 「ああ、あれは陛下に気にいられようとする貴族たちが持参した贈り物でございます。皆、大臣やその他の要職に就くことを望んでいるようですな」

 オズルは薄い笑みを浮かべた。


 「流石は尻尾を振るのがうまいだけの貴族どもだな。この分では俺の妻になる予定となったあの女の元にもたくさんの品が届いていることだろうな」


 「ゲ王朝の継続のためと言う理由で、魔族長会議で決まったことでございます。ご不満ですか?」

 「ふん」

 オズルは鼻で笑った。


 貴天が魔王に就任することについて、議会では王族派が二分したことで貴天が有利に票を集めたが、現王朝の存続を望む者たちがオズルの妻としてゲ・アリナを迎え、王妃にすることを条件に付した。


 ゲ・アリナは美しいと評判だが、オズルの好みではない。オズルはどちらかと言えば森の乙女のような少し儚げな妖精のような女性がタイプである。それにオズルは既にシュトレテネーゼを正王妃にすると決めている。


 「あれは副王妃にしておけば問題ないだろう。あとは早急に後宮に入れる女か。魔王は即位後一年以内に最低二人は後宮入りさせておかねばならぬそうだ。形だけとは言っても気に入らぬ女を後宮に迎えたくもない。そうだな、まずは女官ステイシアは呼び戻すか。あれは良い女だ。あとめぼしい女は……そう言えば、あの旧公国王都での戦いに参加していた森の妖精族の娘がいたな。わかるか?」


 「はい、遠視で見ておりました」

 「あの娘を探し出せ。きっとあれは化ける。強さと美しさを兼ね備えたあのような者が後宮に入れば、それだけで新たな王朝が始まったという印象につながるだろう」


 「はっ。それで、その娘以外の者はいかがいたしますか?」

 カルディはオズルの胸に勲章を取りつけ始めた。


 「無論、生かしておくことはできんな。見つけ出して全員殺せ」

 「ボロロン卿も同様な処分でよろしいのですな?」


 「二度も言わせるな」

 オズルは冷酷な目でカルディを見下ろした。


 「本来ならば、あの場で処分する予定だったのだ。何者かが黒水晶の塔にある我が部屋に忍び込み、術法を台無しにした。そのせいで仕留められなかった。忍び込んだ者は捕らえたか?」

 オズルは忌々しそうに顔を歪めた。


 奥の手としても有効な“支配の器”の壺を壊されたもの痛手である。壺が割られていることに気づいた時の衝撃は忘れられない。 


 ご丁寧に割れた壺をわざわざくっつけておき、知らずに俺が持ち上げた瞬間に砕け散るなど、何と言う悪趣味なことをする奴だろうか!


 そいつは純真な精霊を邪悪な存在に変えることで無限の力を得るという呪いの術法をぶち壊しただけではない。


 この世に二つとない闇魔法の禁書をびりびりに破き、しかも神聖な術を行使するうえで一番の禁忌とされる薄汚い獣の毛まで部屋中に撒き散らしていったのだ。


 そのおかげで新たに呪いの珠を作ることすらも不可能になった。


 「いえ、未だに犯人は不明であります」

 「あの術法に気づいて妨害した程の者だ。ミズハ並みに魔術の知識に精通している者だろう。おそらく魔術学院を主席で卒業したような賢い奴に違いない。既に滅んで久しいと言われる大賢者かもしれん。扉の封印を破壊した痕跡から見ると武技の腕も一流の者だろうな」


 「はっ。そこまで具体的に指示していただければ見つけ出すのは容易かと思います」


 「急げよ。そいつはまだ近くにいる。奴が次に何を仕掛けてくるのかわからないのだからな」

 「はっ。陛下の御心のままに」

 カルディは拝礼した。



 ーーーーーーーーーー


 カツンカツンと固い靴音が響いていた。


 その長い地下通路は見たこともない素材でできていた。鉄のように滑らかでありながら鉄ではない。土や木材も全く使われていないようだ。


 天井の灯りは一本の細い線のようでありながら良く見ると光の粒の集合体らしい。人工的な光だが、その光には熱がない。魔道具とも違う働きによって発光しているらしい。


 高名な闇術師たちですら初めて見るものばかりで息を飲んでいるのがわかるが、舐められないように虚勢を張っているようだ。

 白衣を着た男が三人、闇術師たちを引きつれて通路を歩いている。


 「ニドル所長、よろしいのですか? あのような者共をこの禁忌のエリアに引き入れたことが知られれば、我々は……」

 黒光りする通路を歩く白衣の長身の男の背後につき従っていた男が足早に近づくと彼に耳打ちした。


 「989号、君は臆病者だな。よいか我々は地上の王が誰になろうが知ったことではない。うまく利用してここを存続させること、それが我々が製造された唯一絶対の理由なのだ」


 「ですが、私に与えられた記憶では現在ほど地上の者どもと接触し、彼らの意をくんだ成果を出していた時代はありません」


 「989号、所長から離れろ。煩わせることはならん」

 989号の肩を同僚の1001号がつかんだ。


 「だが、私はそのように忠告するように造られているのだ。過度な地上への干渉はここの存在を危険にさらすことになる」


 「心配するな989号、よいか、地上との交渉は単純ではならんのだ。常に様々な可能性があり、変化がある。その多様性に対応することも我々の研究の一環なのだ」


 「どうした? 何を話ししておる?」

 黒いマントを羽織った集団の先頭にいる男が背後からいぶかし気な声を上げた。


 「いや、なんでもありませんよ。ボヅンダ祭司官。これからの手順について意見交換をしていだだけです」

 ニドル所長と呼ばれた男は微笑んだ。


 「ならば良いのだ。良いな、我らに逆らえば死あるのみなのだ。それを忘れるな?」

 ボヅンダは声を押し殺して言った。

 ここは帝都の地下である。闇術師を手足のように使いながらも不要になるとあっさり見捨てた魔王国の中枢なのだ。


 帝国も新たな魔王が決まるというその日に、反逆者の烙印を押され、追われる身になった我々が足元で活動しているとは想像もしていないだろう。


 「ここでございます」

 ニドル所長は銀色の扉の前で止まった。


 扉には取っ手も何もない。魔力すら感じないところを見ると魔法で開くわけでもなさそうだ。そう思っているとニドルは扉の前に立った。


 「認証しました」

 そんな優しい女の声がどこからともなく響いて、何をしたわけでもないのに扉が左右に開いた。

 部屋の中には見たこともない金属の器具が巨大な生物の内臓のように配置され不気味に蠢いていた。

 その壁にいくつかの棺桶が並んでいる。


 「どこだ? どこにおられるのだ?」

 ボヅンダとその配下の闇術師たちが辺りを見回した。


 「989号、1001号、既に覚醒しているはずです。開けて差し上げなさい」

 ニドル所長は微笑みを浮かべた。だが、それは人形が笑っているような不自然さを感じさせるものだった。


 ボヅンダの傍らで、黒い棺がブシュウと白い水蒸気を噴き上げ、蓋が開いていった。


 中から手がぬっと現れ、その棺の端をつかんだ。

 水蒸気の向こう側から見知った顔が現れ、その瞬間、ボヅンダたちの表情に緊張が走った。


 「貴天! 貴天オズルか!」

 ボヅンダたちが杖を構えた。

 目の前に貴天オズルがいる。だが、どこかまだ少年のようだ。いつもとまるで雰囲気が違う。


 「待ちなさい、ボヅンダ殿。違いますよ」

 ニドルが冷静にボヅンダの杖先を押さえて下に下げた。


 「なんだと! どういうことだ! 我らを騙したのか!」


 「違うぞ、ボヅンダ。私だ。私がゾルラヅンダじゃ」

 棺桶に腰を掛けて、貴天がそう言って顎を撫でた。


 「こ、これはどういうことだ! ニドル所長」


 「お約束したとおりです。こちらのお方こそ復活されたゾルラヅンダ祭司長様でございます。ゾルラヅンダ様は貴天オズルの肉体を借りて復活なされたのですよ。培養時間が短かったので子どもの肉体ですがね」

 ニドル所長はニヤリと笑った。


 「貴天オズルの肉体だと! まさか、本当にそんなことが可能なのか?」


 「本当じゃ、ボヅンダ。わしがゾルラヅンダだ。その証拠を見せよう。闇術、記憶写し!」

 目の前の少年が両手の指をボヅンダたちに向けた。

 その指先から黒い糸がぬるぬると延びるとボヅンダたちの額に吸い付いた。ゾルラヅンダの記憶がボヅンダたちの脳裏に鮮明に転写された。


 「ははー-っ。これは間違いなくゾルラヅンダ様の記憶でございます。ご復活おめでとうございます」

 ボヅンダたちが床にひれ伏した。


 「今の状況は既に把握しておる。オズルの奴め、今は得意の絶頂だろうが、じきに思い知らせてくれるわ!」

 ゾルラヅンダ祭司長はボヅンダたちが準備してきた闇術師の衣装に着替えた。


 「それにこの体、奴の能力はわが手中にある。これに我が闇術と邪神竜の知識が加わればもはや敵なしじゃ。奴が一番大切にしているものを奴の目の前で引き裂いてやろうぞ!」

 奴の細胞を培養して造った肉体で蘇るとは妙な因果を感じるが、これで奴に復讐できる。


 「くくくく……待っておれ、貴天オズル」

 貴天の姿をした少年、ゾルラヅンダの瞳は激しい復讐の色に染まっていった。

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