第321話 王女の帰還2

 歓迎の宴は盛大だった。


 食材は少ないが精一杯工夫を凝らしたという感じがひしひしと伝わって来る温かい料理が並べられ、人々の笑顔が絶えなかった。

 俺は中央大陸に来て以来、初めて食べきれないほどの料理というものを目にした。


 しかも美女にモテモテだった!

 リサ王女を救い出して、ここまで守ってきた勇敢な”従者”として、これほどチヤホヤされたのは初めてだ。


 従者扱いというのはちょっと不満だが、俺がリサの婚約者だということは一部の者しかまだ知らないので仕方がない。

 俺とリサの関係を知らない若い美しい乙女たちに囲まれ、俺はずっと鼻の下を伸ばしていたのである。


 「げぷっ、食い過ぎたかもしれん……腹が苦しくて、眠れない」

 俺は一人ベッドの上でパンツ一枚の姿で右をむいたり、左をむいたりして腹を撫でている。


 ああ、ルップルップを置いてきて良かった。あいつがいたらリサ王女一行に下品な大喰らいがいるという悪い噂が立ってしまっていたかもしれない。


 それにしても、あんなにモテたんだから、誰か一人くらい隣にいても良い雰囲気だったのに。


 今日、俺の隣は空いているんだぞ。俺は冷えた布団を撫でた。セシリーナはリサと一緒だし、サティナたちは女性専用の別棟なので会いに行けないし、向こうから誰かが夜這いしてくる気配もない。


 リサ王女御一行として、一人一部屋の貴賓室が準備されており、俺はその豪華な部屋で落ち着かない夜を過ごしている。


 ずっと安宿か野宿だったので久しぶりのふかふかのベッドだ。こんな豪勢な部屋は東の大陸に居た頃でも経験が無いかもしれない。


 いや、サティナの部屋のベッドは別か。あれはこれ以上豪華だったかもしれない。しかし、1回目は酔い潰れていたし、2回目はほぼ全裸のサティナを前にしてうろたえまくっていたから記憶が曖昧だ。


 「うーむ。窓が大きくて月が明るい」

 俺はカーテンを閉め忘れていたようだ。起き上がるとカーテンを閉めようとバルコニー付きの窓に近づいた。


 ここは2階である。

 そこからはコベィの市街地が見えるはずなのだが、深夜の街は街灯すらあまり無いらしい。


 帝国との流通が断絶しているので物資不足で夜間の賑わいはありませんと言っていたがその通りなのだろう。大都市にしては寂しい限りである。


 街にしては満天の星空だ。本来なら街灯りがまぶしすぎて星空なんか見えないのだそうだ。


 しかし、野宿に慣れた俺にとってはいつもの見慣れた星空だ。そう思いながらカーテンをつかんだ時、俺は見上げた夜空に何か違和感を感じた。

 

 美しく瞬く星座が雲に隠れたように見えた。


 「雲か?」

 違う、澄み渡る空には一片の雲も無い。


 おかしい。

 次々と星が闇に消えては再び現れる。


 「いや、これは雲じゃない!」

 何かが夜空を移動しているのだ。しかも、そいつは大きい! 俺がその正体に気づいた瞬間、地響きが大地を揺らし、そいつらが次々と地上に舞い降りた。


 グギャアアアーー!

 深夜の都市の真ん中で巨大な飛竜が翼を広げて吠える。そしてパラパラと飛竜の背から複数の人影が敷地内に降り立つのが見えた。


 不味い! あれは間違いなく敵だ!

 確認するまでもない、敵襲以外に考えられない。新王国の者なら誰も夜中にこんな手荒い来訪の仕方はしないだろう。


 「敵襲! 敵襲だ! みんな起きろ!」

 屋敷のどこからか誰かの叫び声が聞こえた。


 とたんに屋敷内が騒々しくなった。


 「ヤバい! こいつらの目的はリサか!」

 リサは隣棟にいる。俺はベッド脇に置いていた骨棍棒を手に取った。

 

 ガチャン!

 その時だ、突然窓ガラスが割れる音がして、何者かが俺の部屋に飛び込んできた。


 背後に迫った影に俺は振り向きざまに棍棒でなぎ払ったが、そいつは見事に反応して後方に跳躍した。


 速い! しかも動きが手慣れている。

 手にしている刃が冷たく光るのが恐ろしい。闇の中で鬼の面が不気味に浮かんだ。


 俺はベッドを背にして棍棒を構えたが、そいつの口元が動いた。ニヤリと笑ったようだ。


 その鬼の面、見覚えがある。帝国の暗殺集団、鬼天という奴の配下、囚人都市で俺を執拗に追って来た奴の仲間だろう。


 「お頭、“どん亀”を確認しました。情報通り、ドでかい一物のもっこり変態ゲス野郎です、間違いないでしょう」

 通信の魔法具だろうか。手にした四角い石みたいなものにつぶやくのが聞こえた。


 もっとマシな確認方法は無いのかよと思いつつ、俺は機会を見て廊下に逃げようとちらちらと扉を見た。だが奴には隙がない。では窓か、と思ったがそこにまたも人影が現れた。


 「逃がしはしないぜ」

 そいつは壊れた窓から部屋に入ってきた。

 げっ! 敵が増えた。

 最悪だ。相手が一人でも勝てないのに二対一になった。


 しかもこいつら、その身のこなしと歩き方はまさに一流の暗殺者。

 殺気立ったリィルが数人目の前にいるような気分になったが、そう思えるだけまだ余裕があるのかもしれない。

 俺は毎日リィルにからかわれているうちに暗殺者や盗賊職の動きに慣れてきていた。


 ふふんと二人は俺を馬鹿にしたような表情で笑う。


 パンツ一丁で棍棒を構える俺を見て、すぐにその程度の男か、と分かったのだろう。

 だが、それで良い。油断してくれる相手とも思えないが、俺が何もできないボンクラだと思ってもらえれば都合が良い。そうだろ、あおりん?


 「何を一人でボソボソ言っているんだ、気持ち悪い奴め。逃がしはせんぞ」

 男が短剣を逆手に持って身構えた。

 「貴様が反乱分子の中心になり、ハーレムを謳歌している変態カインで間違いないな?」

 新たに姿を見せた男も気持ち悪いほど全く同じ構えをする。


 ひどいな。

 一体、どこでそういう話になっているのだろう。ハーレムを謳歌って? まだ全然なんだが? 


 たしかに周りには美女ばかりで、俺を見る男共の目が厳しいのは知っている。

 嫉妬か? 俺はまだそんなに手を出していないぞ?


 ダメだ。

 誰か助けを呼ぼうにしても、屋敷中が大騒ぎだ。外では兵士が集まってきて竜に対して一斉に矢を射かけ、戦いが始まっている。


 「お、お前たちは何者だ!」

 俺は時間稼ぎのセリフを叫んだ。


 「やはりこいつがターゲット”どん亀”で間違いないようだな?」

 男の手には手配書のような物がある。


 「間違いない、パンツ1枚のあの姿、どでかいモッコリ、露出狂の変態だと言う情報も一致している。捕らえるぞ」


 「誰が露出狂だ!」 

 俺は思わず叫んだ。一体誰だ、そんなロクでもないデータを作った奴は。


 「気をつけろよ。一見素人丸出しだが、何人もこいつにやられたという報告もある。魔法使いとも思えんが、何か武器とは違う抵抗手段を持っているに違いないぞ」

 「了解した、任せろ」

 じりじりと男たちが間合いを詰めてきた。青白い尖った短剣がピカリと光る。


 ヤバい。


 「今だ! 捕らえよ!」

 男たちが両側から一斉に飛びかかってきた。俺を生きて捕らえよと命令されているのだろう。剣は使わず素手で殴りかかってきた!

 

 「そう簡単にやられるかよっ!」

 俺はとっさにベッド脇に揃えていたボロ長靴をぶん投げた。


 「うおっ! くっせえ!」

 思わず怯んだ男の隙をついて窮地を脱する。


 でもそんなに臭かったか? 


 「!」

 壁際で振り返るともう一人の男が目の前に迫っていた。


 その拳が唸りを上げて下から俺の腹にめり込む! だが、直後、壁の腰板が破壊される音が響いて、そいつの一撃は壁にめり込んでいた。


 「何っ?」

 「やはり怪しげな技を使う!」

 

 驚く鬼面の男を前に俺は壁沿いに飛び退いていた。どうだ! あおりんの幻影防御は! 敵は俺の幻影に襲い掛かったのだ。


 「見た目に惑わされるな、音を聴けばわかるぞ!」

 くそっ、さすがは一流の暗殺者か。すぐに幻影防御に惑わされない方法を悟ったようだ。


 俺の骨棍棒ではこいつらを倒せない。奴らが知らないたまりんたちの能力を使ってなんとかこの危機を脱するしかない。


 「奴はしょせん我らの敵ではない! 小細工に惑わされず、次で捕らえる!」

 「はっ!」

 目の前で二人の姿が消えた。

 ぞっとした。鳥肌が立つ感覚だ。俺の目では奴らの動きは見切れないが、何もしなければ次の瞬間、血反吐を吐いて床に倒れる自分が想像できる!


 「たまりん!」

 「ここでーーーーす!」

 強烈な光が突然俺のもっこりパンツの前で爆発した。


 「ぐあっ! 金玉が光りおった!」

 「何だ! こいつの金玉は!」

 突然の発光と光った場所の気持ち悪さに俺に襲い掛かった男たちが思わず後退して距離をとった。金玉はそいつらを攪乱するように浮遊した。


 今だ! 俺はその隙を見逃さない。とっさに扉に向かって走り、その取っ手に手をかけようとしたその時だった、右肩に急に熱湯をかけられたような感覚が走った。


 「!」

 見ると、肩に短剣が生えている。投擲武器だ!


 「ぐわあっ!」

 俺は肩を押さえて床に転がった。

 血がぴゅうっと噴き出した。


 目の片隅にたまりんががんばって男たちの行動を邪魔をしているのが映る。


 「リンリン! 俺を助けてくれ!」

 俺は痛みを堪えて息を吐いた。

 「まぁ、やられてますわねぇ!」

 頭上に現れた紫玉はすぐに状況を理解したらしい。たまりんの所に応援に飛んでいった。


 「ええい、邪魔だ! “どん亀”を逃がすな! うるさい!」

 纏わりつく紫玉と金玉を振り払いながら男が叫んだ。


 扉の取っ手は目の前だ。

 俺は歯を食いしばって取っ手に手を伸ばした。刺された肩が痺れてきた。何らかの毒が塗られていたのだ。

 なんとか逃げなければ、廊下に出れば護衛の兵士か誰かがいるはずだ……。


 「逃がさねええ!」

 たまりんの光りに目くらましを受けながらも、もう一人の男がベッドを踏み台にして跳躍する。

 その刃が闇の中をキラリと泳ぐ。

 

 ダメだ! リンリンも間に合わない。

 脳裏に奴らに半殺しにされる自分の姿が浮かぶ。

 ヤバい!

 その瞬間だった。

 物凄い衝撃が俺の脳天を直撃して俺は白目を剥いた。


 敵の攻撃ではない。

 急に開いた扉の角が凶器だった。


 その扉を蹴破ったルミカーナは見た。


 目の前に頭にタンコブをつくって白目を剥いたカインが倒れている。カインに飛びかかろうとしていた男が自分を見て一旦後退するのが目に入った。


 「よくも私の大切なカインを! 許さんぞ!」

 ルミカーナが剣を構える。その氷の刃のような殺気は一瞬で暗殺者たちを圧倒した。


 部屋に入ってきたのは鳥肌がたつほど物凄い美女。剣を手にしているが薄くて露出度の高いセクシーなナイトウェアという姿である。


 この女、ここに何をしに来たんだ? という疑問は愚かだ。その香水の匂いとヤル気満々の姿を見ればすぐに勘づく。

 この美女はコイツの女、それにしてもこんな男にまさかこれほど高レベルな……。ちくしょう!


 「ちっ、新手だ。おい、ここは一旦引くぞ」

 一目見て男はルミカーナが一筋縄ではいかない強者だと分かったらしい。隣で急に殺気を高めた仲間の肩を掴む。


 「くそっ、この金玉の邪魔さえなけりゃあ!」

 男は頭の周りにまとわりつくたまりんを手で追って叫んだ。


 「いいから引くぞ! 時間がかかり過ぎた、失敗だ!」

 男はベランダに跳び出すと指笛を吹いた。兵と戦っていた飛竜がすぐに姿を見せ、男たちをその背に乗せると大きく羽ばたいた。


 「逃がすな! 撃て、撃て!」

 強弩を設置した兵が叫ぶ。

 だが、数匹の飛竜がその前に飛び立ってしまった。

 最後の一匹だけがわずかに遅れ、強弩によって仕留められ、乗っていた男二人が倒れる飛竜の下敷きになって捕らえられたようだった。


 「カイン!」

 その様子をバルコニーから身を乗り出して確認したルミカーナはすぐに部屋に戻ってカインに駆け寄った。


 カインは頭に大きなタンコブが出来て気絶しているが息はある。どうやらこっそり夜這いに来たのが幸いしたらしい。


 「あいつらにやられたのね! くそっ、あいつらめ!」

 間に合って良かったと思ったが、肩に刺さった短剣に毒でも塗られていたのか、カインは口から泡を吹いて白目を剥いている。


 「カイン! カイン! 死ぬんじゃない! 誰か、カインがやられた! 誰か助けて!」

 ルミカーナは最初から下着もつけていないその胸にカインを抱き上げ叫んだ。

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