第306話 こんな時にお前は

 王宮前の庭園に集まったカムカムの騎士たちは壁にもたれかかったり、ベンチに座ったりして、お互いの考えを議論しているようだ。

 「まぁ無理もないがな。誰もが家族が国元にいるんだ」

 カムカムも美しい花々を眺めながら思案している。


 ミズハ様が助け出したこの方が本物の魔王様で間違いはない。

 だが、それでどうなるのか。帝都には厳然として魔王様が君臨しており、魔王国はその方を中心に動いているのだ。

 カムカムは指を組んで正面に座るゲ・ロンパを見た。


 ここで本物はこっちだと声を上げても大貴族や王族たちは簡単には信じまい。むしろ軍務への招集にも応じなかったカムカムが偽の魔王を擁立して謀反を起こしたとして討伐軍が差し向けられ、誅されるのがオチだ。


 しかし、本物の忠節心のある貴族であり、騎士であり続けようとするならば、負けると分かっていても真の主君に付き従うべきだ。


 何も見なかったことにしてこの王城を去るか。信念に従って生きるか。騎士たちが悩むのも当たり前だ。


 「さて、これからどうなさいますか。ゲ・ロンパ様。事実を知った以上、我々も覚悟を決めなければなりません」

 カムカムは深く息を吐いて、ミズハと一緒にイスに座っているゲ・ロンパを見た。


 今は王の部屋で見つけた衣装に着替えたのでそれらしい威厳は戻ってきたものの、彼がパンツ一丁でカインと並んで出て来たのを見た時には、誰もが「変態が一人増えてる!」と思ってしまったのだった。


 「もちろん決まっているだろ? 今すぐ決起するぞ! 僕を閉じ込め、魔王国をこんな風にした奴を叩くのみ!」

 ゲ・ロンパは拳を握った。


 「戦うのですか?」


 「ああ、必要ならば戦うぞ!」

 「アックス、軽はずみな言動は止めてください。戦うといってもこちらには兵も金も何もないのですよ」

 ミズハが拳を握ったゲ・ロンパの腕を掴んだ。


 「ではどうすればいいのだ? このまま魔王国を好き勝手にやらせるのか、裏切り者は向こうなんだぞ?」


 「今の魔王国の首脳部を一掃するには、準備が必要だと言っているのです。魔王国は新王国に討伐軍を送っています。その戦いの動向を探りながら準備を進めましょう。そのうえでやるべきは第一に新王国と手を結ぶことです」


 「新王国と? なぜだ? それにそんな事ができるのか?」


 「何をおっしゃいます。こちらには新王国の本当の主になるべきリサ王女がいるのです。リサと私はとても仲良しなのですよ」


 ミズハはカインと庭園の芝生の上で戯れているリサ王女をまぶしそうに見た。

 あの男、自分では気づいていないかもしれないが、まわりにあんなに美女を侍らせてどう見てもハーレムだ。


 「なるほど……」

 ゲ・ロンパは考え込んだ。


 「新王国は今の魔王国首脳部と戦っているのですよ。我らがその首脳部と取って代わり、そのうえで新王国の存在を認めると約束すれば我らに協力してくれるでしょう。そして新王国の力を利用しながらシズル大原の旧国を味方につけるべきでしょう。その力を背景に魔王国に圧力をかけながら、こちらの正当性を訴えるのです。そして魔王国内でもこちらの味方を増やし、今の首脳部を孤立させることです」 


 「そうか、さすがは我がパーティーの知恵袋、大魔女ミズハだな。我が妻にふさわしい賢さだ」

 うむうむ、とゲ・ロンパはうなずいた。


 「というわけだ。カムカム殿、一緒にゲ・ロンパが王位に復帰できるよう助力してくれないだろうか? お願いする」

 ミズハが頭を下げた。


 「僕からも頼む、カムカム」

 ゲ・ロンパはカムカムの手を取った。その瞳は純粋だ。


 やるしかない、この方は裏表のない人のようだ。この方に付いていってもしもうまくいかなかったとしても、騎士として本望だ。

 ついにカムカムは決意する。


 「わかりました。ゲ・ロンパ様の頼みとあれば、我々も力を尽くしましょう」

 カムカムは敬礼した。


 「ありがとう、カムカム! さて、さっそくこれからどうするか相談したいのだが……」

 ゲ・ロンパが言いかけた時、「奴が来たか……」とミズハが魔女帽の庇を上げた。


 「ミズハ様! ゲ・ロンパ様、敵です!」

 イリスが駆け寄ってきた。

 「王都を包んでいた封印が消えていきます! 誰かがやって来ます」

 アリスが告げた。


 「敵も僕が目覚めたことに気づいたということだね? ミズハ、僕は少し手荒なことがしたくなったよ。いいかな?」

 「うむ、やるのならもちろん手伝うぞ」

 「うん、ミズハは真面目な顔も良いが、笑った顔が一番似合うのだぞ」

 そう言ってゲ・ロンパは笑った。



 ーーーーーーーーーーー


 「カイン! 来る! 伏せて!」

 クリスが槍を手にした。


 地響きとと共に王城の城壁が崩れ落ちた。その破片を3姉妹が次々と打ち砕く。目の前に崩れ落ちた瓦礫の山が出来上がった。その土煙の向こうでは上空の分厚い雲が分かれ、晴れた大空が見え始めた。


 「貴天と鬼天か!」

 ミズハが叫んだ。

 青空に浮かぶのは間違いない、貴天オズルと鬼天ダニキア! そしてダニキア配下の鬼天部隊だ。


 鬼天部隊は数こそ少ないが獰猛で残酷無比な修羅の部隊として帝国軍でも恐れられる最強の部隊である。

 奴らは庭園の反対側に着地した。全員が飛行術を心得ているとは思えない。何か魔道具を使って城壁を越えたのだろう。


 「戦うぞ! みんな僕に手を貸してくれ!」

 ゲ・ロンパが叫ぶと脱兎のごとく走って前に出た。

 「慌てるな、奴らは強いぞ!」

 その後を物凄い速さで追従したのはミズハだ。


 続いて3姉妹がルップルップが発動した防殻の中から飛び出した。とたんに暗殺部隊とゲ・ロンパの中間地点の地面が黒く染まって死人兵がむくむくと地面から姿を見せ始めた。3姉妹の暗黒術だろう。あれで敵の数的有利性は無くなった。


 「カイン、あの敵は危険よ、殺意の塊だわ! 私たちも戦うしかないわよ! ルミカーナ、ミラティリア! 殲滅戦だわ」

 「はっ!」

 「やりますわ!」

 サティナたちが剣を抜いた。


 「リサは私と一緒に行動よ!」

 「わかった!」

 セシリーナが弓を手にした。


 サティナたちが瓦礫を足場に軽やかに飛んでミズハたちの前に陣取った。サティナが連れて来た2人も敏捷だ。セシリーナも早い。リサも薙刀を手に軽やかに駆けて行く。


 「ゲ・ロンパ様をお守りしろ! 防御陣形を急げ!」

 カムカムとスケルオーナが騎士を引き連れ、ゲ・ロンパを守るように庭園内に広がった。


 相変わらず俺が一番ドンくさくて出遅れた。崩れ落ちて来た王城の瓦礫を越えるのに手間取ったのだ。


 「待ちなさいよ!」

 そう思っていたらもっとドンくさいのが後ろにいた。運動神経は良いはずなのになぜか行動がドンくさい。ルップルップが置いて行かれまいと俺のズボンのすそを握った。


 「お前、引っ張るな! 脱げる!」

 言っているそばからルップルップにズボンを脱がされた。

 もちろんパンツも犠牲になった。

 「まぶしい、カインの股の間から青空が見える。ん、何か変なものも揺れてるわね……」

 ルップルップが手をかざして見上げた。


 「馬鹿っ! パンツが足に絡まって!」

 「うわあああ!」

 俺たちは一緒になって瓦礫の上から転がり落ちた。

 気がつくと俺のむき出しの股間の下にルップルップがいる。顔面直押しだ。


 「ひええええええ! カインのたまたまが!」

 「うぎゃああああ!」

 俺は跳び退くと腹の下を見た。


 ぼうっと新しい愛人眷属紋が浮かんできた。最近色々と触れ合う機会が多かったせいなのか、紋が発生する条件が揃っていたのだろう。たまたま、たまを彼女の顔面に押し付けたのが紋の発動の切っ掛けになったらしい。

 

 「ぎゃあああ! カインの愛人になってしまったわ!」

 ルップルップがふとももを大胆に広げて叫ぶ。


 ああ、やってしまったようだ。

 こんな時にお前は!

 みんなが真剣に決戦だと緊張している時に、俺たちだけ一体何をやっているのか。


 「うむむ、こうなってしまったものは仕方がない。うん。今はそれどころじゃない」

 俺はパンツを履き直して、頭を切り替えることにした。


 「むむむ……確かにこうなってしまった以上は仕方がないわね」

 「ほら、俺の手をつかんで立て。この先は、二人で協力して行こう」

 敵の動きを見るとかなり俊敏だ。俺一人では太刀打ちできそうにない。ルップルップに守ってもらいながら攻撃役に徹するのが生き残る手段だろう。


 「やるぞ、お前は防御に徹してくれ。たまりん、リンリン! 戦いだ! あおりん、幻影防御を頼む!」

 その声に俺の股間がピカッと光った。


 「お忙しいですこと」

 リンリンが頭の上で言った。


 「リンリン、やつらの精神かく乱をたのむぞ。たまりんは上空から俺に視野情報をくれ! 奴らの動きは速い」

 「わかりましたよーー、まかせなさーーい」


 おお、何だかカインがカッコ良く見えてきた。星神様をあんな風に使役するとはなんという男なのか。それに、これからは二人で協力して行こうと言ったか……。


 ルップルップはカインの大きな背中を見て少し顔を赤くした。

 なぜか、「お前たちは似た者夫婦だな」というミズハの言葉が頭の中に木霊していた。

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