第103話 お屋敷の夕食会

 扉を開けると、廊下の奥の方が明るく賑やかだった。情熱的な異国情緒あふれる音楽が奏でられたりしている。


 「よう、遅かったな。こっちだ、こっちだ! ここに座れよ」

 大工仲間に囲まれたネルドルが手を振った。質素だが大きなホールでは既に夕食会が始まっている。俺の正面では、どこかで見たことのある二人組が飯をガツガツと食っている。


 「おい、クリウス、モンオン、こいつがさっき話した奴だ」

 思い出した!

 良く見ればこいつら、以前リサがさらわれた時に俺を取り囲んだ男たちだ。


 「俺は、セ・クリウス。こっちは親友のモンオンだよ。ネルドルとは子どもの頃からの付き合いだ。よろしくな。この間は誤解があったようで済まなかったな」

 クリウスはそう言って握手を求めてきた。

 

 彼は魔族なのだろうが、いかにも素朴な微笑みが似会う田舎の好青年という感じだ。変態に襲われている少女を救おうとして小枝を拾って加勢に参じたくらいだ。性根が良い奴なのだろう。


 「俺はカインだ。よろしく」

 俺たちが握手を交わすとその手の上にもう一つ、ゴツい魔獣のように大きな手が無造作に載せられた。あのネルドルが小さく見えるほど恵まれた体躯の男が歯を剥き出しにして笑う。


 「よろしくな、俺はモンオン」

 「カインだ」

 その分厚い手から感じる圧倒的な力、こいつただ者じゃない感が半端ない。これで大工なのか?


 「怪訝な顔をしてるな? 俺が大工には見えないってか?」

 「あ、いや、すまない」


 「いいや、謝ることはないさ。実を言うと俺もクリウスも大工じゃないんだ。身分上はただの農民だよ」


 「農民?」

 「だよなぁ! かえって嘘くさいよな!」とクリウスがモンオンの肩を抱く。


 「俺たちは北部の例の反乱で村も農地も焼かれてね。帝国軍に義勇兵として参加したんだ」

 「だが、こいつも俺も、農民だけに出世には縁がなくてな。反乱が収まったのはいいが帰る家も既にないときた」

 「だから、見分を広げるために二人で旅している途中ってわけさ。この村に友人のネルドルが仕事に来ていると噂で聞いたんで、陣中見舞いに来た。……というつもりだったんだけど、逆にこの御馳走さ」

 そう言って笑う。


 「こいつらこう見えて北部戦線では結構活躍したんだ。モンオンは北部貴族連合の敵の猛将を一刀で討ち取ったほどの豪傑だ」


 やはりただの大男じゃなかった。あの時、こいつに棒で殴られていたら、死んでいたかもしれない、そう思うと今さらぞっとする。


 「さあ、挨拶もすんだし、みんな俺の友人だ! 冷めないうちに頂こうぜ! 乾杯!」

 ネルドルが陽気にグラスを掲げ、「「おう!」」とクリウスたちが声を合わせた。


 みんなは次々と出てくる料理を奪い合いように取り合っている。

 大広間には長いテーブルが3列に置かれ、その真ん中のテーブルの奥にマラッサと貴族の男がいた。

 テーブルにはこの村に来て初めて見るような貴族料理が並べられる。

 俺はこれでも貴族出身である。この程度の料理は見慣れているが今は空腹だ。


 ネルドルの隣に座り、給仕担当の女に勧められるまま競うようにごちそうを平らげて行く。もちろんクリウスたちの食いっぷりも相当豪快なものだ。


 「なあカイン、クリウスは今でこそ農民だが、元をたどればセ家、つまりかつての王族の流れをくむんだぞ」

 ネルドルが酔った勢いでクリウスの肩を抱いて互いの酒杯を打ち鳴らした。


 「ははは……昔の話はよせ。落ちぶれた王族なんてのは、この時勢、履いて捨てるほどいるんだぞ」

 「いや。お前は俺が見込んだ男だ。いいかカイン、俺とクリウスは必ず一旗揚げてみせる! いつかきっとな!」

 モンオンが肉を豪快に頬張った。


 「セ家か……」

 セシリーナと同じ一族、クリウスは彼女の遠い親族だ。セ家の者は美男美女が多いというが確かにクリウスも顔は悪くない。


 「さあさあ、皆さん、遠慮なく食べてくださいよ! たった今、お待ちかねの山黒豚肉が焼けましたぞ! 貴族のマナーなど気にする必要はありませんから、どんどん食べて、飲んでください」


 マラッサはそう言うと、自ら手づかみで骨付き肉を取ってかぶり付いた。こんな風にして良いというパフォーマンスだろう。

 

 「おおう!」

 会場が勢い付いた。

 みんなの席に葡萄酒が振る舞われる。既に会場は大盛り上がりで、席から立って騒ぎだしている。


 俺は一応葡萄酒を遠慮して果実水を頼んだ。


 「意外だわね、あんたが葡萄酒を飲めないなんてさぁ」とネルドルの隣から少し酔ったゴルパーネが顔をのぞかせた。

 

 「あっ、お前、そこにいたのか。ネルドルの体に隠れて全然見えなかった」


 「お前だなんて失礼ね、カイン。私はずっーーっとここにいたわよ。男同士の語らいに遠慮してたんだから。ねえ、ネルドル」

 「んぐ、んん。そうだな。ゴルパーネはずっとそこに居たぞ。……何度かトイレに立っただけで」

 ネルドルは喉につかえそうになった肉を飲みこむ。両手には骨付き肉を掴んだままだ。


 「ちょっと、それは言う必要ないからね! ネルドルにはデリカシーってものがないの?」

 ぷんと怒ったが、本気ではなさそうだ。


 やはり、こいつら仲が良い。


 特にゴルパーネ嬢はネルドルを異性としてかなり意識している。俺にはわかる。酔ったせいかネルドルを見つめる目は恋する乙女そのものだ。


 そんな二人を見てニヤニヤしていると。


 「おや、貴方もお酒は飲まないのですね?」

 ふいに俺の後ろから声がした。

 振り返ると、さっきまでマラッサの隣にいた魔族の貴族だ。


 手にした木製の椀には果実水が入っている。貴族なのに各テーブルを回っているらしい。人種や身分にこだわらない珍しい男のようだ。


 「はい。お酒はどうも体質的に合わなくて」

 俺は立ちあがり、咄嗟に貴族に対する庶民の礼をした。


 これでも貴族だから様々な礼は叩き込まれている。たしかこれで良かったはずだ。

 故郷の礼式とはちょっと違うところもあるが、細かな所作はセシリーナ直伝なので多分大丈夫だろう。彼女は貴族のご令嬢なのだ。


 「おや? その礼型は……。いや失礼。大工と言えども、教養のある者がいるということですね?」


 ん、反応が妙だ。

 もしかしてどこかおかしかったのか? 例型とか言ったな?

 礼式に微妙な差異があったのだろうか? 魔族の礼式の伝統には無知だから、間違ってもどこが違っていたのかわからない。


 「教養だなんて、そんな」

 これ以上話をしたらボロがでそう。


 「私は、ボロロン家に仕えるバルドンと申します。大工仕事は各地を転々と流浪する者が多いとか、貴方もそういう方なのですか? 失礼ですがお名前は? どこでその礼式を習ったのですか?」


 ええっ、なんで質問ぜめ?


 「私は、カッインと申します」

 ちょっと噛んだように言う。


 ネルドルたちには既にカインと名乗っているが、あいつらは酔っぱらっているし、これならごまかせる範囲だろう。


 「カッインですか? ふむ。どこかで聞いたような。聞いたことがないような」と言って俺の顔をじっと見る。


 いやいや、聞いたことはないはずだ。

 囚人都市からの脱獄囚として名指しで指名手配されたりしていない限り、誰も知らないはずだ。


 むしろ帝国の逃亡者リストに載っている可能性があるのはサンドラットやリサだろう。


 セシリーナもゲ・ボンダの奴に顔を見られたので奴が生き残って報告していれば、裏切り者として手配されているかもしれない。

 そうでなければ、駐屯地からの謎の失踪扱いだろうか。


 「おお、思い出しました! カッインという名はかつて魔王国の都で暗躍した義賊の名ですね。私腹を肥やしていた大貴族の屋敷ばかり狙った謎の大泥棒カッイン・アノヒ! まさかその息子とか? いや貴方はどう見ても人族、やはり無関係ですかな?」

 

 「ええ、無関係ですね」

 当たり前だ、まったく違う。全然関係がない。そんな人のことは初めて聞いたぞ。


 「はははは……」

 「はははは……」


 「で、こいつは実を言うと大工でも無いんだな」

 隣で酔っ払っているネルドルが俺の肩を抱いて余計な一言を言う。


 「そうそう、偶然、この夕食に参加することになった、ただの通りすがりよ! 人族なのに度胸があるのか馬鹿なのか、顔に似合わず底知れない奴よね」

 赤い顔をしたゴルパーネがさらに輪をかけて余計な事を言う!


 「ほう?」

 とバルドンの目が急に鋭くなった。


 「偶然に参加されたのですか? ふーむ、魔族ばかりの宴に参加することに抵抗はないのですかな?」


 しまった。

 やってしまった!

 この国では人族は魔族から見れば下級種族扱い。本来なら同席することもはばかれるのかもしれない。

 俺の周りにはなぜか俺に好意をよせる魔族が多いのでつい忘れがちだった。


 「は、母からの教えで、魔族の素晴らしさは十分知っていますし。こういう機会があればぜひ参加して見分を広めることが商人として大切だと言われておりましたので」


 「商人? ほう、貴方は商人なのですか? もしかして母上も?」


 「あ、そ、そうですね。ちょっとした旅商人というか、そんな感じです」


 まずい、こいつと話をしていると、逆にこっちの情報がどんどん漏れる。カムカムの動向を聞き出すこともできていない。


 「ふむ……」

 バルドンが急に考え込んだ。

 「純粋な人族でありながら、ボロロン家伝統の作法を知る旅商人ですか」

 そのつぶやきにドキッとした。


 あれはセシリーナから教えてもらった作法だが、ボロロン家伝統の作法が混じっていたのか?


 作法一つで全てバレてしまいそうだ。


 「カッイン殿、貴方の母上はご健在ですかな? 今はどこにおられるのです?」


 「え?」

 なぜか急に話が母親に移った。


 俺の母親はミスタルにいる。自由闊達かったつな性分で、毎日運動を欠かさない。若々しく、今でも自称20代で通しているほどなので、多分バリバリに元気だろう。


 「えっと、とても遠い所におります」

 俺は眼を会わせないように壁の方を見て言った。東の大陸の方角だ。


 「うっ、そうでしたか」

 ふいにバルドンの涙腺が緩んだ。

 何か派手に誤解している気がする。


 「失礼、貴方はマオという名字では?」


 「ふはははっ……こいつはマオーじゃないわ、ぱおーんよ。ぱおーん」

 酔ったゴルパーネは俺を指差してまたもひどい事を言う。

 「あははは……そうだ、そうだ」

 ネルドルもかなり陽気になっていて、うなずく。


 「何よ、ネルドル、あんただって同じよ」

 急に怖い顔になってネルドルの胸に指を突き立てるゴルパーネ。こいつは酒乱系か?


 「そうですか、カッイン・パオンと名乗っているのですか?」


 なんか、まったく知らない人の名前が出来上がった。まあ、この際、都合が良いから否定せずにおく。


 「カッインさん、夕食後にぜひ一緒に来てもらいたいところがあるのですが、よろしいかな?」


 バルドンが真剣な顔で迫る。こういう真面目そうな奴が真剣な顔をしている時に断るほどの度胸は俺にはない。


 俺は、首振り人形のようにうなずいた。


 「それで、どこに?」

 「良いところですよ。それでは後ほど」

 怪しい笑みを浮かべた後、バルドンは次の相手に移っていった。


 なんだったのだろうか?


 夕食会が始まってかなり時間が経つから外は真っ暗だ。こんな夜に男を連れだす先はどこだろう?

 良い所と言っていたな。むふふふな店か? と想像したが、あの真面目そうなバルドンだ。おそらく違う。第一この村にそんな嬉しい店があるなど聞いていない。


 俺の隣ではネルドルとゴルパーネ嬢が仲良く飲みつぶれている。クリウスたちも同様である。テーブルのあちこちで似たような光景が広がっている。


 「お開きでーす。今夜は解散でーす」


 給仕の女性たちが声を上げて、パンパンと手を叩くと、すぐに使用人たちが後片付けに入った。


 酔い潰れた者は二人がかりで部屋の隅に運ばれて行く。

 俺も席を立つが呼び止められた。


 「ちょっと、そこの人、この二人は貴方の同僚でしょ。宿泊所に連れて行ってくださいな。このままだと後片付けができませんわ!」

 そう言ってネルドルを指差している。


 俺が連れていくのか? と思ったが、若い女性ににらまれると反論できない。


 「宿泊所はどこだっけ?」

 「もう、酔ってますね? ネルドルさんたちの割り当てはこの母屋2階の東角の部屋ですよ」

 たち? ということは相部屋かこいつら。

 仕方がないので、先にゴルパーネ嬢を背負って運ぶ。


 くーくー寝ている。いい気なもんだ。

 俺は部屋に入った。


 大きなベッドしかない。どうやら相部屋というわけではないらしい。


 さっきの給仕が言い間違ったのだろう。


 しかし、今さらゴルパーネの部屋がどこなのか聞きに行くのも面倒だ。


 仕方がないのでまずはベッドにゴルパーネを転がす。乱暴に降ろしたがさっぱり起きる気配はない。後はネルドルをどこか別の部屋に適当に置いてくればいいだろう。


 と思っていたら荒々しく扉が開いて、ネルドルが倒れ込んできた。


 「連れてきてやったぜ。じゃあな、ネルドル」


 どうやらネルドルの大工仲間が連れてきてくれたらしい。ネルドルの下敷きになった俺はもがきながらようやく這いだす。


 ネルドルはかなり重い。爆睡しているから余計に重い。


 足を引っ張ってみたが、ズボンが脱げ、パンツが中途半端に途中まで脱げただけで微塵も動かない。


 こいつを非力な俺が別の部屋に運ぶことは困難極まる。はっきり言おう、無理だ。


 俺は諦めて、ネルドルをそのままベッド脇の床に転がして部屋を出た。


 あくる朝、ネルドルのベッド上で目覚めたゴルパーネ嬢によって、股間丸出しで大の字で床に寝ていたネルドルの身にどんな惨劇が起きたかは俺の知るところではない。

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