第227話 青竜の眠る場所
「リィルのアホー!」
ルップルップはあせあせと衣服を直している。俺が横を向くと歯車が止まっているのが見えた。
「どうやら生贄の血が止める鍵になるようだな」
ミズハが穴の部分に付着した俺の鼻血を見て言った。
「見て!」
リサが歯車の向こう、濃紺色の壁を指差した。壁の一部がもやもやと白い煙で覆われている。
「あっ。あれが入口に違いないです。みんな急いで入るんです!」
リィルが素早く動いた。
「あっ、待ってくれ!」
リィルの後にみんな続く。俺だけ立ちあがる分だけ遅れた。その結果、ゴーン!と音が響いて俺は壁に激突した。ぐおっ、おでこの痛さよりも心が痛い、みんなに置いて行かれた!
くらくらしていると壁がすうっと再び開いた。
「何をしてるの? 早く入って。心配させないで」
セシリーナが顔を出した。
「おお、また開いた。助かった」
俺は扉に飛びこんだ。
「中からは自由に開けられるらしいな」
スイッチに指を置いたミズハが俺を見上げた。
建物の中は白い光に包まれていた。壁自体が白く発光しているらしく、他の建物とはまったく違う。その白い光のせいでミズハの銀髪がより一層輝いて見える。床も壁はつるりとしており、石をくり抜いたかのような回廊が奥へと続いている。
「今までの構造物とは異質だ。気を付けて進むぞ」
「隠し扉は無いようですね」
リィルはリサの手を引きながら壁に片手を添えて確認しながら一歩一歩進んでいく。
「どうだミズハ、何か感じるか?」
「いや、雑音が多い、ここは特殊な場所のようだな」
ミズハは気配を察知する術を展開しているがノイズが多いらしい。セシリーナは用心深く弓を短剣に持ち替えた。
「やけにつるつるの床だな」
俺がそう思った瞬間、床がピカと光ったかと思うと鏡のように変化した。他のみんなは周囲を警戒しているので床面の異変には気づいていないようだ。
「お……」
おいと言おうとして俺は思わず言葉を飲み込んだ。
全員、真下から丸見えだ。
ミズハの黒い……、リィルの白い……、セシリーナの紫の……、振り返るとルップルップの白い……。
俺は目をこする。あれ、おかしい、床はさっきの床に戻っている。
「どうかしたか。カイン?」
ルップルップが怪訝な顔をした。
「いや、目の錯覚だったらしい」
目を擦って進む。
「わっ!」
今度はルップルップが妙な声を上げた。
「どうした?」
全員が振り返る。
「いや、この壁が急に透明に見えて、その先に野族の村が見えた気がしたのだ。おかしいな、幻か?」
「きゃっ!」
「うわ!」
今度はリサとリィルが同時に声を上げた。
「今度はなに?」
「そこに……」とリサが反対の壁を指差した。
「そこに、カインと会う前に私がいた囚人都市の部屋と、あの黒い闇術師の男が見えた」
「私は、闇の森で追いかけてきた怪物が向かってくるのがみえましたよ」
「うーーむ、精神攻撃かもしれない。この回廊は見かけより危険なのかもしれないな。少し急ぐぞ」
ミズハの言葉に全員少し早足になった。
俺には時折鏡のようになった床が見える。真下から見えるその光景が色々とエロ過ぎてヤバい。
みんなの反応を見ているとそれぞれ見えているものが違うようだ。
回廊を抜けると石畳の円形広場に出た。無駄に広い広場で、周囲のドーム状の壁はこの広場を囲っている壁に相当するらしい。
「一体、ここには何があるのだろう?」
「上を見て、カイン!」
セシリーナが声を上げた。
見上げた目に信じられない光景が映った。
巨大な竜が石庇の下にある青い光の球体の中にいる。その姿は以前夢で見た蛇のような姿の竜である。
「あれは……眠っているようね」
ルップルップが杖を握りしめた。
「そのようだな。あれが神竜かもしれない。あれは目覚めさせないようにした方が良さそうだぞ」
ミズハが言う。
「すごーい。竜だ! 初めて見た!」
「あれが竜ですか? そうすると近くに莫大なお宝が?」
リィルが途端に挙動不審になる。
「リィル、ここは危険よ。あれが目覚めて攻撃してきたら大変よ。静かに」
セシリーナが唇に指を当てる。
「カインの夢が事実を伝えているなら、あれは神に仕える竜なのだろうな。ここは人が下手に手を出して良い場所ではないようだ」
ミズハがスケッチをしている。
「!」
その時、全員の脳裏に澄んだ声が響き渡った。
人の声だが、どこにその人がいるのかは全く不明である。声の主が男なのか女なのかすら分からない。ミズハですらその人物がどこにいるかも認識できないらしい。
その声は伝える。
先ほどの回廊で、俺たちの考えや性格、善悪は全てお見通しになっているらしい。幸い俺たちは、生きて竜の姿を見るところまでは許されたようだ。
この邂逅にどんな意味があるのか、なぜカインだけがその夢を見たのか、声の主は明確な言葉を避けているようだが、カインの子孫がこの竜と関係があるのだという意味のことを伝えようとしている。
全員がその言葉を聞く。
俺の子孫? セシリーナと俺の子とかだろうか?
俺が疑問に思うと、その声は俺だけに明確なビジョンを見せた。
「!」
それは未来のある瞬間の映像。
この場所に40人近い勇者と呼ばれる若い男女が集合している。どことなくクリスに似た美少女が俺に気づいたように笑顔で手を振った。
一斉に振り向いた中には俺の妻や婚約者たちによく似た容姿の者がいる。まさか全員が俺の子というわけではないだろう?
そう思ったらその声の主は笑った気がした。
映像が勇者の輪の中心に近づき、俺は目を見開いた。
その中心で話をしている美少女、そのアリスに似た容姿は、まさしく野族とともに上層へと消えたあの子である。未来だとわかっているのにその容姿は全く変わっていないように見える。
誰なんだ?
その声は答えない。
「!」
そして唐突に映像は途切れ、俺たちは気がつくと石庇の上にいた。遥か下にあのドームが見えている。
「えっ? えええ……どうして? どうしてこんな所にいるの!」
「おお! いつの間に、ここはあの巨大な岩の上か?」
「ひええええ! 怖い」
「落ちたら死にます、死ぬんです」
「リサにはカインがいるから平気」
「うおおお! 怖えええ!」
俺が一番端に立っていたのでちょっとよろけたら足を滑らせ崖下に真っ逆さまだ。
俺たちは抱きあって震えた。というか、俺が震えてみんなに抱きついたというのが正しい。
「ぐえ! そんなにきつくつかまないで!」
誰かに押されてよろめく。
「ぎゃー! 変なところをつかむな!」
俺は落ちそうになって思わず真正面にあったルップルップのたわわな胸を鷲づかみにした。俺たちが石庇の上で右に左によろけていると再び声が頭の中に響いた。
「みなさん、未来でお待ちしております」
その声がアリスに似ていると思った瞬間、景色が変わった。
「これは強い! 暗黒術か!」
ミズハすら抵抗できないのだ。周囲の空間が歪んだ。
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